不可抗力
もうすぐ楽しい楽しいプール開き。蒸し暑くなってきた日々を送るにつれて、冷たい水に浸かれる授業が本当に待ち遠しかった。それに良い気分転換にもなる。
…だけど、ツナは違うらしい。
なんたってツナは泳げないからね。
――――――――…
学校が終わると、僕はすぐに家に帰った。『ただいま〜』と僕が言うと、ドタドタドタと足音が聞こえてくる。
「ヒカリ姉、僕待ちくたびれちゃったよ。」
「ヒカリ!早くランボさんのかき氷作るんだもんね!」
「%◎#◇▼」
『OKOK!着替えてくるから待ってて!』
そう、僕は今日チビ達にかき氷を作ってあげる約束をしたんだ。制服を脱ぎ、水色のワンピースに着替えると洗面所で手を洗って台所へとむかう。昨日洗っておいたかき氷機をテーブルの上に置くと、チビ達が僕の周りに集まってきた。皆が皆瞳をキラキラさせるもんだから、僕もなんだか嬉しくなる。人数分のかき氷用の容器とスプーン、それに冷蔵庫からはかき氷用の氷とメロンやイチゴなどのシロップを取り出した。
氷セット!
「ヒカリー!まずはランボさんからだじょー!」
ランボの言葉に、はいよーと答えるとグルグルレバーを回す。容器にはキラキラ輝く氷の結晶が積み重なっていった。
「うわーキラキラしてる!ヒカリ姉、綺麗だね〜」
「▼◇#◎」
フゥ太の感嘆に僕はニッコリと笑う。イーピンもコクコク頷いていた。そして出来上がった氷の山にメロンのシロップをかけてランボに渡す。するとランボはイーピンにわざと見せびらかしながらも嬉しそうに食べた。ここで喧嘩されても困るからイーピンやフゥ太にも同じように作ってあげる。最後に自分のを作り終えた後、ランボが自分の容器を差し出してきた。
「ヒカリー!ランボさんブドウ味の氷がいいんだもんね!」
ブドウ味?そんなもんあっただろうか。僕は席を立って冷蔵庫を漁る。だけど、ブドウ味のシロップなんて見つからなかった。
『ランボー、そんなのないよ。』
「ヤだ!ランボさんブドウ味食べたい!」
『だって無いんだから仕方ないじゃん。』
僕がそう言うと、ランボは駄々をこねだした。…面倒くさいなー。しょうがないからランボのために何かお菓子を作ろうかとかき氷をパクパク食べながら考えていると、フゥ太が一枚のチラシを持ってくる。昨日の折り込みチラシのようだった。
「ヒカリ姉、ランボ昨日これ見てたよ。」
チラシを見ると、確かにブドウ味のシロップが書いてある。場所は市営プール近くのショップだった。仕方ないからフゥ太とイーピンにお留守番を頼むと財布を入れたポシェットを肩にかける。サンダルを履いてショップへとむかった。
――――――――…
プール前まで来ると、なんだか中が煩い。よくよく耳を澄ましてみると、知ってる人たちの声だった。
《ひぎゃぁぁ》
あ、たぶんこれはツナの悲鳴だ。リボーンにまたイジメられてるんだなとすぐに予想がついた。ランボのシロップも買わなきゃだけど…でもでもこっちも気になる!ってことで寄り道決定だ。僕はフェンスを登ってプールサイドに着地した。
「あ、あれ?ヒカリちゃんじゃないですか!」
ハルの声で、皆が僕のことに気づいたみたいだ。
「沢田妹!極限に久しぶりだな!」
京子ちゃんのお兄ちゃんもいたんだ。僕は『チャオっ!』と言って軽く挨拶を交わす。
「よっヒカリ!その私服似合ってるぜ?」
『ほんと!?』
「あぁ、すっげー可愛い。」
武のもとに駆け寄ると、僕の頭をわしゃわしゃと撫でてくれた。これじゃあまるで扱いが動物みたいじゃないか。
「ヒカリ!お前なんでここに!」
『ランボが駄々こねたからお買い物だよ〜』
武に軽く文句を言って、ぐしゃぐしゃになった髪を戻しながらツナに答える。
「あ・のアホ牛ー!ヒカリに手間かけさせやがって!」
隼人が何やら拳を握っていたけど、特に気にしないことにした。むしろ僕がツナに聞きたいよ。一体君らは何してんのさ。
「今、ツナは泳ぎの特訓中なんだぞ。アホ牛はいいからヒカリも手伝え。」
ナマズ姿のリボーンが答える。ご丁寧に解答ありがとう、でもでもハルみたいに僕水着持ってきてないから無理。
「え"!って、てかヒカリってそもそも泳げるの?俺、ヒカリの泳いでるところ見たことないんだけど…」
みんなが一斉に僕を見た。まさか…って顔をしている。なんだよその目。少しムカついたから、今だにプールに浸っているツナにバシャっと水をかけた。
「うわ、コラヒカリ止めろって!」
『ツナが失礼なこと言うからだよ!大体、僕に出来ないことがあるわけないじゃん!』
「どっから出てくるのその自信!?」
プイっとそっぽをむいて膨れる僕にツナはつっこんだ。ってか、そもそも人間って浮かぶようにできてるからある程度は皆泳げるはずじゃん。生まれたての赤ん坊でさえ泳げるらしいし。
「双子って言ってもこうも違うとはな…ツナ、お前も少しはヒカリを見習え。」
「見習えって…あ!足つった!いででででで!」
突然、ツナが騒ぎだす。すぐに京子ちゃんのお兄ちゃんが飛び込んでくれたけど…何あれ。なんか京子ちゃんのお兄ちゃんの変な動きを僕は見た。僕だけではなく、皆もア然としてる。ツナも呆然としていたせいか一瞬痛みを訴えなくなったけど、すぐにつったことを思い出したようだった。
「痛だだ!…ゴボ!だ、助け…」
「ツナ!」
「十代目!」
僕はポシェットを置き、サンダルを脱ぎ捨てると誰よりも早くプールに飛び込んだ。そして、ツナを抱きしめて顔を水からだしてやる。ツナは激しく咳込みながらも大きく息をすった。
「ハァ…ヒカリ、ゴホ…ありがと…ハァ…」
『ホントだよね。見てよ、僕、服のまま飛び込んじゃったじゃんか。』
「あははは、ごめん。でもさ、お兄さんの泳ぎ見たらなんか自信湧いてきたんだよね……でも、こんな自信でいいのかな?」
『…さぁ?でもきっとリボーンならいいって言うと思う。』
とりあえず、僕はツナをプールサイドに連れていく。ツナがプールから上がったのを確認し、僕もプールから上がろうとすると、すっと伸ばされた手。上を見ると、武が僕に手を伸ばしてくれていた。
『ありがとー』
それに捕まって僕もプールからあがる。ツナが隼人とハルから足をマッサージしてもらっているのをぼーっと見ていると、隣から視線を感じた。視線の先は武がいて、僕の顔じゃないところをじーっと見ている。
『どしたの?』
僕の言葉にハッとした武。だけど、答えとして返ってきた言葉は歯切れの悪いもので、僕は頭に?を浮かべることしかできなかった。僕たちの様子に気づいた、ツナと隼人とハル。僕を見て、ツナは真っ青、隼人は見る見る赤くなり、ハルは赤くなりながらも焦っているようだった。
『?』
「ヒカリ、お前自分の今の格好見てみろ。こいつらだけじゃなく他の客もお前を見て鼻すじをのばしてるぞ。」
リボーンの言葉に僕は改めて自分のワンピースを見る
『!!????』
濡れたワンピースによって、僕のブラジャーとパンツが透けていた。前も見えるってことは後ろもそうなのだろう。その証拠に僕の後ろにいた京子ちゃんのお兄ちゃんが鼻血をだしていた。京子ちゃんのお兄ちゃんだけじゃなく、他の知らない人まで鼻血をだす始末だ。武がすぐに他の人から見られないように気をきかせて後ろに立ってくれて、隼人はツナから言われたのかツナのバスタオルを赤くなりながらも僕に差し出してくれたのでイソイソとそれを体に巻き付ける。そして僕は羞恥心から隅っこの方に座りこんだまま顔をうずめた。どうやら最近の僕の運気は急降下中のようだ。もう、本当に泣きたい。
――――――――…
暖かい温もりを感じて目を開ける。
「あ、ヒカリ起きた?」
背中ごしにツナが僕に声をかけてきた。そう、僕はツナにおんぶされている状態。パッと見、華奢なツナの背中は、思ったよりも広くて、あぁツナも男なんだなと思ってしまった。僕は少し体を離して、自分の服を確かめる。今日は天気が良かったからか、すでに僕のワンピースは乾いていた。時刻は夕方だ。
『皆は?』
「さっき解散した。ヒカリ熟睡してたみたいだからさ、起こすのも悪いだろうって気をつかってくれたんだ。ごめんな。その…俺のせいで」
ツナが何を言いたいのかすぐにわかった。僕はツナの背中にスリスリと顔をすりつける。
「…ヒカリ?」
『このまま家の前までおんぶしてくれたら許す。』
もう少しだけ、こうしていたかった。
家の前までで下ろしてもらってポシェットをツナから受け取る。そして、ただいまを言った僕たちにすぐに寄ってきたのはちびっ子たちだった。そこで、僕はあ!と思い出す。ブドウ味のシロップを買い忘れたことに気がついたのだ。ランボに謝ろうとすれば、フゥ太がすでに奈々ママが買ってきてくれたことを教えてくれた。なんでも、僕が出かけてすぐ後に奈々ママが帰ってきて、ちびっ子たちにブドウ味のかき氷を作ってくれたんだそうだ。フゥ太とイーピンが何度も僕の携帯にかけてくれたんだけどつながらなかった…って、マジでか。
その後、夕食の前に僕はお風呂に入ってパジャマに着替えた。ドライヤーで髪を乾かしていると鏡越しにリボーンが見える。スイッチを切って、リボーンに向き直った。
『リボーン、何ー?今まで何気いなかったよね?』
「まぁな、ちょっと世間話してたんだ。」
『ふーん。』
「それよりもヒカリ、ツナ達に感謝するんだな。休憩の時はツナが、ツナが練習している間はあいつらが交代で、熟睡しているお前のそばにいたんだ。お前は知らないだろうが、あちこちからロリコン野郎共のイヤらしい視線がお前にむいてたぞ。」
リボーンの言葉にぞーっとしたのは言うまでもない。
――――…
次の日。僕は丁度プールの時間帯の時になぜか恭弥からお呼びだしを受けた。実はあれ以来僕らは一度も顔を合わせていない。けれど、表面上だけならば恭弥と普通に接せる自信はある。そんな中で、僕は現在進行形で正座をさせられていた。
もう限界。両足が痺れてピクピクと痙攣していた。
恭弥は面白そうに僕の足をトンファーでつついたため、体中に電気のような刺激が走り思わず僕は叫ぶ。この理不尽さに腹が立ってキッと恭弥を睨みつけてやった。
「ワォ、君、まだ反省してないわけ?」
『反省するもなにも、僕、何も悪いことしてない。』
「…昨日、君は市営プールで下着姿を公に披露したそうだね。赤ん坊から聞いたよ。」
昨日リボーンが言ってた世間話はこのことか。リボーンのチクリ魔め。
「不可抗力みたいだから、今回は見逃すけど…」
『………』
「ただし条件がある。今度夏祭りがあるんだけどそれに付き合ってよ。」
それなら…と僕は二つ返事で了承すると、この状態をすぐに解放してもらえた。
今だにジンジンする足をもみほぐしていから、僕の返事を聞いて、イヤに上機嫌な恭弥に僕が気づくことはなかった。
(ツナ、今日のプールどうだった?昨日の成果は?)
(ヒカリ…実は今日、平泳ぎのテストだったんだ…)
(え?当然じゃん。昨日は何練習してたの?)
(…クロール)
(ドンマイだね、ツナ。)