大切な君に伝えたいこと
ヒカリがここ一ヶ月、どこか様子が可笑しい。
どこが?て聞かれればはっきりとは答えられないんだけど。
なんていうか、無理に笑っているっていうか、無理にはしゃいでいるっていうか
…みんなに聞いても首を傾げられるだけだし。やっぱりオレの気のせい、なのかな?


―――――…


最近、ようやく今までの僕に戻ってきたと思う。表面的なものだけではなく、内面的にも。プール開き以来、恭弥とは接触していないというのも理由だろう。彼のせいでここ一ヶ月間、夜も寝れない日々が続いていたから正直ホッとしていた。いや、寝れないのは恭弥のせいと言うよりは僕自身の、この変な感情のせいなんだけど。


『夏祭り、約束しちゃったよ…』

僕が危惧していること。今はまだ、小さくて意識しなければ気づかない程度のこの気持ちは、だけど、それは確かに存在している。自分の気持ちには特に敏感な方だから、分かるんだ。もしかしたら、この小さな気持ちが少しずつ育っていってしまうんじゃないかって。…はっきり言って、それでは困るんだ。この世界に未練を残すようなことはしてはいけない。これは別に異性愛限ったことじゃない。友達愛、家族愛にもあてはまると思う。そう考えてはいても、実際にはその気持ちを捻り潰す勇気なんて僕にはないんだけど。

『……難しいなぁ。』


僕はため息を吐きながらベッドに横になった。その瞬間、僕の顔に何かが舞い下りてくる。それが何だか判明した瞬間、僕はゆっくりと起き上がった。


『……そろそろだと思った。』


それは薄い黄色の短冊。どうせリボーンあたりが置いていったものだろう。……僕の願い、か。
これまでだったら、ツカサちゃんに会いたい、ただそれだけだった。だけど、フゥ太にランキングをしてもらってからは状況がガラリと変わってしまった。僕は、誰の力を借りずともツカサちゃんには必ず会えると確信している。だとするならば、後は元の世界に帰る方法を見つけることと、それからもう一つ。そこまで考えて、僕は目を閉じた。


奈々ママ、家光パパ、ツナ、隼人、武、ハル、京子ちゃん、花ちゃん、ディーノ…不本意だけどリボーン。そして、恭弥。“彼らに感じている、この気持ちを消したい”この気持ちは、この世界を去る時に、足枷にしかならないのだから。

『…結局、全然成長していないんだね。』

自嘲すると、短冊に願い事を書いた。願い事は…。


『人形になりたい、な。』


感情をなくしてしまいたい。心の底からそう思ってしまった。

僕はペンと短冊を机に放り投げると、予め用意していた和菓子百個(もちろん手作り)を添えて家を飛び出した。











『............』


飛び出してからどれくらいの時間が経ったのだろう。僕は、公園のブランコに座ってキーコーキーコー揺り動かしていた。そろそろリボーンが主催する町内会の七夕大会も終わる頃、だと思う。


『人形になりたい、か。』


あの願い事に後悔はない。
感情を持つことでこんなにも苦しむくらいなら、もういっそうのこと感情をなくしたかった。ハァ、とため息をついた途端頭から全体に被せられる黒い袋。


『な、に…』


抵抗する間もなく、次の瞬間には僕は袋ものとも宙に浮かされた。









病室がガラリと開く。リボーンは持っていた黒い袋を乱暴に放り投げた。


『痛っ!』


聞き慣れた声がしっかりと口を閉められた袋の中から聞こえる。


「ツナ、今回は特別だ。連れてきてやったぞ。」


「え、まさか…ヒカリ?」


リボーンが袋を開口すると、中からはめちゃくちゃ不機嫌なヒカリの姿が現れた。


『ツナ…どういうこと?』


明らかに怒っている。そんな妹に少したじろいでしまったけど、オレは先程リボーンから預かった黄色の短冊をヒカリに見せた。
“人形になりたい“
そう書かれた、ヒカリの短冊。

「これってさ…その、どういう意図で書いたのかなって…気になって。」


『………別に、ただ可愛いらしいお人形さんのようにチヤホヤされたいってことだよ。』


少しの間を開けて、ヒカリは答えた。


「なら、そう書けばいいだろ?もし、ヒカリが優勝していたら、本当に人形になってたかもしれないんだぞ?これまでのボンゴレ主催のイベントを知ってるだろ!?」

『いいじゃん、別に。どうせツナたちが勝ったんでしょ?その怪我の引き換えに。』


「…そうだけどさ。」

『じゃあ、問題ないね。僕は帰る。』


ヒカリは身を翻して病室を出ていこうとしていた。

「………本当にそれだけ?ヒカリが、短冊にかけた想いは。」


そんなヒカリを見ていたらポツリと言葉が零れ落ちた。途端にピタリと立ち止まるヒカリ。


『……どういう意味?』


「最近…お前、様子がおかしいだろ。ヒカリ、何か合ったの?」

オレの言葉にヒカリは一瞬だけ、ピクリと肩を震わせた。


『おかしく、なんかない。何も、ないよ。』


ゆっくりと、体全体から声を搾りだすように紡いでいくヒカリ。オレはその様子を見て確信した。

「やっぱりおかしいよ。…ヒカリ、オレ達って兄妹だろ?もし、もし悩みがあるんだったらさ、オレじゃ頼りないかもしれないけど…力にはなり―――」

『――――な。』

「…え?」


上手く聞き取れなくて首を傾けると、ヒカリはクルリとオレに向き直った。


いい加減に兄貴面するな!ツナなんか、僕のこと何も知らないくせに!僕が、何に悩んで、何に苦しんで、何を求めているか…全部全部知らないくせに!お前なんか…ツナなんか大嫌いだ!


振り向いたヒカリの目には溢れるくらいの涙が浮かんでいる。
勢いよく言い放ったせいで息もひどく乱れていて、オレを睨みつけていた。オレはそんなヒカリの言葉にただただショックを受けていて、頭が真っ白になった。


「ヒカリ、お前は少し頭を冷やしてこい。」


静かな病室にリボーンの声が響き渡る。ヒカリはリボーンの言葉に抵抗することなくドアに向かった。

「あ…ヒカリ…」


オレの言葉に、ヒカリはピクリとしてドアの直前で立ち止まる。

「その…」


『ゴメン、ツナのその優しさは今の僕には苦しいんだよ。』


オレが何かを言う前に、ヒカリはそれだけ言うと病室を出ていった。


「…………リボーン、オレどうしたらいいのかな。」



病室にはオレとリボーンの二人きり。オレはシーツを握りしめながらポツリと呟いた。


「……………」


「………オレさ、確かにヒカリの言うとおり、何も知らないんだ。おかしいだろ?双子として、何年も一緒に暮らしてきたのにさ。」


少しずつ、オレの目が熱くなってきて、喉に何かが刺さったように痛い。


「……………」


リボーンは何も言わないけれど、オレの口からは洪水のように言葉が溢れてきて、もうオレの力じゃ止められなかった。


「本当はさ、ずっと怖かったんだ。いつかヒカリがどこかに消えてしまいそうな気がしてさ。だから、ずっと消えないようにって…いつの間にかヒカリの手を握る癖がついちゃって。どこか寂しそうにしているヒカリの傍にいつもいた。異変があったらすぐ分かるように見守ってきたつもりだった。」


「……………」


オレは一つため息をはくと、ポツリと呟く。


「リボーン、オレ、兄貴失格かも。ヒカリに嫌われちゃった………はは、情けねぇオレ。」


流れてくる涙を拭おうと手を頬に当てた瞬間、ズガンという聞き慣れた銃声。それはオレの脳天に撃ち込まれた。



「オレはうじうじしている奴が大嫌いなんだ。それくらいヒカリのことを想っているなら、本人に伝えてこい、ダメツナ。」


復ー活っ!!死ぬ気になったオレは、ヒカリを追いかけた。



――――――…


『……ツナに八つ当たりしちゃった。』

僕は今病院の待合室にいる。先程は、自分の気持ちを抑えることができなかった。冷静になった今、僕は随分と酷いことを言ってしまったことに後悔していた。


ヒカリーっ!

呼ばれた方を見れば、死ぬ気モードのツナがこちらに突っ込んできて…ってあれ?止まる気配がないんだけど。

ドガーン

予想通り。辺りの椅子もめちゃくちゃに吹き飛ばされた。幸いにも、椅子に座っていたのは僕だけで怪我人はいなかった。驚き半分呆れ半分の調子で死ぬ気モードのツナを眺めていると、ツナはそんな僕に気づいたのだろう。「見つけた。」と呟いて、まるで僕の逃亡を阻むかのように、ガシリと肩を捕まえられた。


「ヒカリ、これから先、何年かかろうとも、オレが、死ぬ気でお前に兄だと認めさせてやる。」


その瞬間、シュウウウとツナの死ぬ気の炎が消えていった。


「………オレ、強くなるから。ヒカリが何に悩んでいるかとか、まだ分からないけど、いつかヒカリが安心して話してくれるくらい、強く。そしたらさ、解決まではできなくても…一緒に悩むくらいはできるだろ?
ヒカリ、オレは例えお前に嫌われたって……」



『…………ツナ、感極まってる所悪いけど、野次馬できてるよ。少なくとも服は着た方がいいんじゃない?』


僕の声にようやく周りの様子に気づいたツナは一気に顔を赤らめる。そのまま、ツナは僕の手を握って走り出した。


『え…ちょ、ツナ!』



「守るから!」



『…は?』



「お前に嫌われたって、この先、オレはずっとお前を守るからっ!お前のこと、ありのまま受け止めるから!」



赤らめながら言うツナに、思わず僕は爆笑してしまった。ごちゃごちゃ悩んでいたことが馬鹿に思えるくらい。病室に戻って、ようやくツナは立ち止まる。


「だから…さ、いきなり消えちゃったりとか、しないでよ?」


ゆっくりと僕はツナに包まれた。優しさに溢れている温もり。そう言えば、小さい頃からよくこうやって慰めてくれたっけ。ツナの真っ直ぐな気持ちがストンと僕の心におさまっていった。
ツナの背中に手を回そうとした途端、ハタリと動きを止める。


『…そういえば、ツナって怪我してたんだよね?平気なの?』


「あ……痛”ェェ!!」


ツナの入院が延長になった瞬間だった。


(さっきはごめん。……僕、お兄ちゃんのこと、嫌いじゃないよ。)


(……。え!?ヒカリ、今、オレのこと………も、もう一度言って!)

(……。もう言わない。)


雨降って地固まる。

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