楽しい時間を同じ温度で
「ままー、ぼくわたあめたべたい!」

緑色の子供用の着物を着せられた男の子が隣にいる女性の腕を揺らす。

「あらあら、じゃあはぐれないようにママとお手々繋いで?お兄ちゃんと合流したら、わたあめ屋さんに行きましょうね。」


「はーい。」


僕はそんな光景を見ながらキョロキョロと辺りを見渡す。目的地が近づくに連れて人通りが多くなってきた。親子連れやらカップルやらの楽しそうな声を聞きながら、カランコロンと歩き続ける。
履き慣れない下駄は、やっぱり歩きづらくて、僕の覚束ない動作に揺れた髪止めの鈴がリンリンとリズムを刻んでいた。
今日は並盛のお祭り。
クライマックスには、町内自慢の花火が打ち上げられるらしい。
さてさてどんな花を咲かせてくれるのかな?
僕は、わくわくが止まらなかった。
――――――――…


じーッと恭弥に凝視されている僕は苦笑をもらす。待ち合わせ場所に着いてからずっと恭弥はこんな感じだった。


『……そんなに僕の浴衣姿が珍しい?』


「……まぁね。」

『…ふーん。』

「うん。」

『……………』

「……………」


『……そんなに凝視するなら見物料とるよ。あ。そもそも全部恭弥に奢ってもらうつもりだったから財布持ってきてないや。』


「ワォ、君ってやっぱりいい根性してるよね。」

『ありがとー。でも、僕を誘ったんだからそのくらい当然でしょ?』


「……ハァ。仕方ないね。で?瑩は何をしたいの?」


『僕、りんご飴とわたあめとチョコバナナとお好み焼きと焼きそば食べたい。』


ん…と手を差し出す僕に、恭弥は「そんなに食べれるの?」と呆れた瞳で見つめてきた。僕の胃袋ナメんなよ、僕だって君たちのように成長期真っ只中なんだ。だから早くお金ちょーだい。


「………いいよ。丁度その屋台も今から集金するつもりだったし。」


恭弥は深い深ーい溜息をはくと、僕の手を掴む。


『……何この手。』


「予想以上に人が多いからね。君の迷子対策だよ。」


『僕いくつ!?しかも恭弥も一緒に行くんだ。』


僕の言葉に対して、恭弥は当然と肯定の言葉を述べた。


―――――――…

僕は恭弥に買ってもらった(正しくは恭弥の権力で無料でツナ達の屋台でもらった)チョコバナナをパクリと食べる。ベルギー製だかフランス製だかロシア製だか日本製だか知らないけど、しっとりと甘いこのチョコはとても美味しかった。ちなみに、今は恭弥はここにはいない。
なんでも、集金のため多方面にちらばる屋台を一つ一つ訪ねなければならず、当然僕が興味を持たないところにも行かなければならないらしい。すごく面倒だ。僕がそう言ったら、恭弥は溜息をはいてどこかへと行ってしまった。


『恭弥には僕をエスコートしようという気持ちはないの?まったく失礼しちゃうよね草壁!』

「委員長もお忙しいんですよ。」

放置プレイだ、とごねる僕に隣にいる草壁は苦笑していた。ちなみに草壁は僕の荷物持ち係である。ワタアメやら焼きそばやらお好み焼きやらタコ焼きやら、全て彼が持っている。ちなみのちなみに恭弥がどっか行っちゃった後は、草壁に奢ってもらった。いやー、本当便利だよね。


「うわぁぁん、ままぁー!!」



丁度、金魚すくい屋台の正面辺りにしゃがみこんでしまっている男の子。その隣には、一生懸命宥めている金魚すくい屋台の主人がいた。


『………あの子……。』

「……瑩さん!?」


草壁に食べかけのバナナチョコを預けると、その子供にむかう。緑色の着物を着ているその子は、やはり祭に来る前にすれ違った男の子だった。僕は、その子の前にしゃがみこんでジーッとその子を見つめる。


『……ねぇ、綿飴はもう食べた?』

その言葉に泣きながらも首を振る。それを見て草壁から僕の綿飴を受けとると、その子の前に差し出した。

『……これ、いる?泣き止んだらあげてもいいよ。』


ピタリと泣き止んだ男の子に、いい子と頭を撫でる。戸惑っている店の主人に、僕がこの子の親を探すと言うと彼はホッとした様子で感謝してきた。売上金泥棒がいるため、店を離れようにも離れられなくて困っていたらしい。


「……瑩さんが人助けする姿、初めて見ました。」


『アレ?草壁は僕のことなんだと思ってたの?』


「え…あ…イヤ…。」


焦りを顕にしている草壁をそのままに、男の子の手を引く。僕は、その子のテンポに合わせながら人混みを進んでいった。

――――――――…

うん、どうしてこうなるんだ?
目の前には並盛神社。そして、たくさんのガラの悪い男たちと闘っているツナ達や恭弥。そして、僕にむさ苦しいほど密着してくる、同じくガラの悪い男たちがいた。迷子の母親を捜している途中で、ドンっと背中に衝撃が走り、殴られた痛みに顔をしかめながらも、遠くから駆け寄ってくる草壁に隣で泣いている男の子をちゃんと預けた僕を誰か褒めてください。


『ったく、なんで僕が…』


こんな目に?と溜息をはいていると、僕を押さえ込む監視役の男が厭らしい笑みを浮かべていた。


「にしても、君可愛いなぁ。中学生?アイツらなんかとつるんでないで、俺たちとイイことしようよ。」


『断固拒否。』


コイツらの話によると、ツナや恭弥と親しげに話していた僕を人質にしようとしていたらしい。今の所はツナたちに気づかれていないようだけど、なぜか現在進行形で口説かれている。はっきり言ってボコボコのフルボッコにしてやりたいところだけど、浴衣だからラケットも持ってきてないし、僕を囲んでいる男は五人だ。二人くらいならどうにかなりそうだけど腕を縛られている状態でこの人数は流石に僕もきつい。だから、とりあえずは手の自由をと思い、バレない程度に手を動かして縄を解き始めていた。


『まー、ツナたち優勢みたいだし、お兄さんたちも覚悟しといたら?』



ニコリと笑う僕の言葉に驚いて状況を確認するお兄さんたち。僕の言葉の正しさを理解すると、急いで彼らは僕をツナ達の前まで引っ張っていった。たちの悪いことに、僕の頸動脈にはギラリと光るナイフがあった。


「「「ヒカリ!」」」

『…………』


「動くな。コイツを助けたけりゃ武器を捨てろ。」


僕の登場に驚くツナ達にそれを笑う男たち。うん、まー僕を人質にすれば、とりあえずツナ達には効くだろうね、ツナ達には。と、思わず遠くを見遣る。

「ぐはぁ。」


僕の隣にいる男が一瞬で倒れた。もちろん、それをしたのはトンファーを構えている恭弥だ。僕にナイフを突き付けている男はそれを見て動揺したのか、震える手元のせいでナイフが食い込み、僕の首筋にうっすらと血が滲んでいた。
「てめ、人質がどうな―――」


「瑩。君はいつまでそんな草食動物に捕まっているんだい?」


恭弥のムスっとした声と共に、右斜めの方から勢いよく僕の所に何かが飛んでくる。


急いで両手の縄を解くと、ソレをキャッチして背後の男に一撃を加えた。グハッとかすかな血を吐いて、男はナイフを落としてあっという間に倒れると、僕はふーっと一つ溜息をついた。何を隠そう僕の手にはキラリと光る扇がある。投げられた方を見遣ると、黒ハットに黒スーツの赤ん坊、リボーンがいた。


「バカヒカリ、ソレは常に持ち歩いとけって言っただろーが。」

リボーンの言葉に、ハイハイと軽く返しながら近くにいる残りの男たちにむき直る。


「確かに縄で縛ってたはず!」

「な、なんだこの女。」


『あー痛い。見てよ、この首と腕。女はもっと丁寧に扱えコノヤロー。』


僕が無事であることを確認したツナ達は再び武器を手に戦う。僕は僕で、目の前にいる残り三人の男を一撃で片付けた。



――――…

「「「ヒカリ!」」」

『うわぁぁん、ツナぁぁ!あいつら、僕を傷物にしたぁぁ!ってか血、僕の首から血が出てるぅー!』

戦いが終わった後、僕は正常に戻ったツナに抱き着く。武からはポンポンと頭を撫でられて、隼人からはご無事で良かったっスと心底ホッとしたような表情をされた。

「ヒカリ、大丈夫だから落ち着け!血もそんなに出てないって!な?そもそも、傷物って…確かにそうだけど、なんか違うしっ!!」

『いーたーいんだってば!』

「あー、分かったから!リボーン、救急箱とかある?」

「あるぞ。」


リボーンが持ってきた救急箱から消毒液やら絆創膏やらを取り出したツナによって僕は処置された。
――――――…


「瑩。行くよ。」


恭弥に声をかけられた僕は上をむく。売上金をめぐって、ツナ達VS恭弥のそれはもうさっきの戦いの比ではない争いから身を引いていた僕の腕を恭弥が掴んできた。

『え…ツナ達と花火…』


「そんなのどうでもいいでしょ。僕も風紀委員の仕事が残ってるし。」


……どうでもいい?ある意味楽しみにしていた花火をどうでもいい?プチンと何かがキレた音がした。


『何それ。ってかさ、散々僕をエスコートもしないで、ほっぽって放置プレイした挙げ句、都合の良い時ばかり連れ回すってどーゆーこと!?』


「…それは、君が好きなように屋台を回りたいって言ったからね。」


『……。そうだっけ?でも、僕はこの花火をすっごく楽しみにしていたんだよ!なのに、それを奪うわけ!?』


「花火なんてどこでも見えるでしょ。」


『ここから見たいの!ツナ達と一緒に!僕と一緒にいたいんなら、少しぐらい恭弥もここにいればいいじゃん!』


「言ったでしょ、僕には仕事がある。」


『仕事と僕、一体どっちが大切なわけ!?言っとくけど、仕事に負けてあげる程、安い女じゃないから!生半可な気持ちで、プロポーズとか誓いのキスとかしないでくれる?あんなの無効だかんな!』

「……………」

「え、プロポーズ?」

「ヒカリ、雲雀の野郎に誓いのキスされたんですか!?」


「……それは、初耳なのな。」


僕の発言にツナ達は騒ぐ。ちょ、外野マジ煩い!


「…………ハァ、わかったよ。花火が終わるまでね。あと、君がそう言うなら、あの件は無効にしてもらってもいいよ。無効にしても、いずれ君自身が僕を欲するようになるだろうから。」


『ならないもん。』


ンベッと舌を出して睨むと、恭弥はクスリと笑って僕の頭をポンポンと撫でてきた。その余裕な態度にむかつくが、それで満足したのだろう。恭弥はそのまま僕達から少し離れた木の根本に座ると大人しているようだった。ツナ達は僕の言うことを大人しく聞く恭弥に目を丸くし、あまりの驚きように声さえも出せないようだった。



「あ、ヒカリちゃん!」


「ここにいたんですね!ハル達、ずっとヒカリちゃんを捜してたんですよ?一緒に花火見ましょ!」


『うん!』


その後、境内にやってきた京子ちゃんやハル達と合流することができた。

ヒュルルル……
その時、夜空に色とりどりの花が咲き始める。一つ一つの光が、本当に綺麗で、だからこそすぐ消えてしまうそれは、とてもはかなくて、思わず目を奪われる。


「また、来年もさ…皆でこの花火を見たいね。」


ツナの言葉に、僕たちは力強く頷いた。



ちなみに、花火の後やってきた草壁によると迷子の子供は無事に届けたらしい。うん、お疲れ草壁。

top/main