知らぬが仏
真夏の夜。
辺りを囲むのは無機質のお墓。
……もう泣いてもいいですか?
――――――…
周りにいる皆は、各々お化けのコスプレをしてたり、仕掛けを施したりして立っている。
『……は!?ちょ、聞いてないんだけど!?』
「言ってなかったからな。」
シレっと言い放つリボーンに僕は思わずヒクリと口元を引き攣らせた。呼び出された場所は寺。その時点でかなーり嫌な予感はしていたんだけど、リボーンのお呼びだしを蹴ったら後で何されるか分かったもんじゃないと考えた僕は、本当に渋々と家から出てきたのだ。
なのに、
肝試し!?
仕返しがなんだ、そんなことなら家から出なければ良かった…と心底後悔した。いや、落ち着け僕。大丈夫。まだ肝試しは始まっていない。きっとまだ間に合う。
『僕帰る。』
「逃がさねぇぞ。」
僕がクルリと回れ右をした瞬間、リボーンに縄でグルグル巻きにされた。
『ちょ、何すんだよリボーン!
僕は帰る!見たいテレビがあんの!』
「ロードブルーか?」
『そうそう、それそれ!
だから早く解放しろ、
ドSベビー!』
「なら大丈夫だぞ、オレがわざわざセッティングしてきてやったからな。感謝しろ。」
余計なお世話だ。
これは僕に対する嫌がらせなの?嫌がらせだよね。そーかそーか……見てろよ、あとで絶対仕返ししてやる。僕はリボーンに向かってガルルルと唸った。
「まーまー、ヒカリ。俺たちは脅かす側なんだからさ。そんなビビんなって。」
武が僕を宥めてくれたので、僕はどうにか落ち着くことができた。ん?ちょっと待てよ…
『で、でもさ…僕、衣装も仕掛けも何も用意してないよ!?あー、残念。参加したいのは山々だけどこれじゃあ無理―――』
「大丈夫だ。ヒカリにピッタリの役柄の衣装と場所はオレがしっかりと確保しておいたぞ。」
……悪魔だ。
「こっちだ。」
『え、ちょ…』
そう思った瞬間、僕の腕はリボーンに引っ張られて、あっという間に森の奥の奥まで連れ込まれてしまった。
―――――――…
ツナとランボ以外は皆脅かす側。俺たちはツナ達を脅かそうとワクワクしながら茂みの中に隠れていた、はずなんだけどな。丁度正規ルートに含まれていないはずの墓場からツナの悲鳴が聞こえて、俺たちは急いでそこに向かった。
「ツナ!大丈夫か!?」
「あ、山本。」
そこには獄寺の姉貴の…ポイズ…なんとかって言うとにかくすっげー危ねぇ料理にまみれた、でっかくなったランボが倒れている。良くわかんねぇけど、結構大変だったみたいなのな。
「十代目、ご無事ですか!?」
「ツナ君どうしたの?」
ん?獄寺や笹川達も集まってきたのに……ヒカリだけがいない。
「ツナ、ヒカリ見なかったか?」
「え、ヒカリもいるの!?」
ツナがみるみる青ざめていく。俺は様子がおかしいツナが心配になり声をかけようとすると、すくっとツナが立ち上がった。
「さ、探さなきゃ!」
「ツナったらブラコンね。そんなに心配しなくても根源(ロミオ)は成仏したから大丈夫よ。大体ヒカリもそんなに柔じゃないわ。」
「違うんだ!」
ツナのただならぬ声に、その場がシーンと静まりかえった。
「ごめん。でもあいつ、ヒカリは本当にお化けとか幽霊とかダメなんだよ!前に、遊園地のお化け屋敷に入っただけで呼吸困難になって、病院に運ばれたこともあるんだ。」
ツナは叫ぶように一気に言うと、どうしてヒカリがこんな所に…と頭を抱えていた。
「オレがヒカリを誘ったんだぞ。」
小僧がゆっくりと前に出てくる。「リボーン、やっぱりお前の仕業か!」
「だってだってー、そんなに深刻なもんだとは知らなかったんだもん。」
「お前、ヒカリが死んじゃったらどうすんだよ!?」
ツナと小僧のやり取りを俺は黙ってきく。"ヒカリが死ぬ"その言葉に俺達は顔を青ざめた。
「と、とにかく、ヒカリちゃんを捜しましょ」
三浦の言葉に頷いた。
―――…
『うわーちょ…
これ嘘でしょ。嘘だよね?
だ、だれかヘルプミー。』
僕はリボーンによって茂みの中に放り込まれた後、とにかくジッと座っていた。隣にあるヤマンバの衣装を見るとハーっと溜息をつく。というより僕にピッタリな役ってヤマンバ?ヤマンバなの?何それ。どこが僕にピッタリ?あの赤ん坊、いつか扇の錆にしてやる。しかも、さっきから全然人の通る気配ないんだけど。まさか、別のルート行っちゃったとか?そんでゴールしちゃったり?ついでに皆解散?僕置いてきぼり?そもそもリボーンが僕を一人でここに残した理由って、それが目的だったりして。ほら、ディーノとの遊園地で僕泣いたじゃん?それがリボーンに伝わってたとするとさ、「お化けが怖くてどうする。」的な感じで、わざと墓地に残したり…
イヤイヤイヤイヤ
まさかね。ほら、だってさ、ビアンキはともかく、京子ちゃんとかハルは絶対僕のこと気づいてくれるはず。あ、でもあの二人天然なところがあるからな…うっかり僕のこと忘れてたりして…アハハ、まさかね。いくらなんでもそれはナイよ。うん、ナイナイナイナイ。あは…
・・・・・・。
『ぎゃぁあぁぁ、ちょ、皆置いてかないでぇぇ!僕、ここにいるよぉぉ!!』
半泣きになりながら叫んでも、なんの反応も返ってこない。の、わりに首筋がなんだか嫌にチクチクして、背後から誰かに見られているような変な感じがした。そろーりと振り向けば、特に人影もなく先程と変わらないただの茂み。
『だ、誰もいないよ…ね?』
だけどここは墓地。いろーんな方々がお眠りなさっている墓地。ってかアレ?あそこに見える木の脇から、こちらを覗きこんでいる人って……
『イヤイヤイヤイヤ、それはナイって、だってアレだもん。そんなこと言ったらアレだもん。そうだよ、これはきっと僕が怖がってるからそう見えるだけで………』
「ねぇ、お姉ちゃん。」
声をかけられた僕はギギギギと効果音を出しながら振り返った。そこには五才くらいのロングヘアーの女の子。オレンジ色の着物を着ている色白のその子はとても綺麗に笑っていた。アッチ側の人ではなくコッチ側の人であったことにとりあえずホッと息をつく。
『びっくりした〜…ってか君さ、こんな夜更けになんでこんなとこにいんの?危ないじゃんか。』
「……お姉ちゃんには言われたくないんだけど。」
『僕だって本当は帰りたいんだよ。だけど、あの生意気ベビーがここでツナを待ってろとかなんとか言ってさ、マジふざけんなって感じ。』
「ふぅーん。……お姉ちゃんって怖がりなの?」
コテンと可愛らしく首を傾ける女の子に僕の口元が引き攣った。
『怖がりじゃないし。大体僕にはこういう時のためのとっておきの歌があるから大丈夫だもん!』
「うた?」
『そうそう。えーっと…
クフフ クフフ クフフのフ〜』
「何その歌。」
『え?知らないの?パイナポーの歌。ねね、君も歌ってみなよ、ほら……』
「クフフ…」
『ハイハイ、ダメダメ。そのクフフはもっと変態ぽくもっとイヤらしく発音するの!恥ずかしがってちゃダメ!ハイもう一回。』
「…え…また?…」
『もちろん!ハイ!』
それから僕は、その子にその歌をスパルタで教え、完璧にマスターさせました。
「ヒカリーっ!」
「ヒカリちゃーん!」
遠くでツナ達の声が聞こえて、振り返る。その瞬間、ツナにギュッと抱きしめられた。……恥ずかしがり屋のツナのくせに珍しい展開だ。
『ど、どうしたの?』
ツナは僕から離れる気配がないため、同じように僕をホッとした様子で見ているみんなを見渡した。
「ツナはお前が呼吸困難になっていないか、心配してたんだぞ。」
『呼吸困難……?何それ?』
「「「は?」」」
「な…お前、昔遊園地に行った時に呼吸困難になって倒れただろ!?」
ツナの言葉に僕は暫く考えた後、あぁと手を叩いた。
『確かに。でもそれって幼稚園の頃だよね?今は大丈夫だよ、まー泣きはするけど!』
笑う僕に、みんなホッと息をはいている。
「もう、ハル達びっくりしました。」
「ヒカリちゃんが無事で本当に良かった。」
ハルや京子ちゃんの言葉に僕は苦笑した。
『心配かけてごめんね。まーそれもこれも全部この赤ん坊のせいだけど。』
「だが、ヒカリ。オレのおかげで少しは肝が据わったんじゃないか?」
ニヤリと笑うリボーンに、思わず殴りたくなったけど、どうにか押し止めた。
『残念でした〜、僕一人で待っていたわけじゃないもんね〜だ。』
「?…お前の他は誰もいないはずだぞ。」
『いたよ?僕、ずっとその子に歌を教えていたんだから。えーと、たぶんまだいるだろうから呼んでくる。』
「あ、ヒカリちゃん、ハル達も行きます!」
――――――…
ブーブーとその時、ビアンキの携帯が鳴った。電話だったらしく暫くビアンキはその相手と会話している。ふと会話を止めると、ビアンキはヒカリに呼びかけた。
「ヒカリ、その子の特徴は?
オレンジ色の着物とか着てたりしないわよね?」
『アレー?ビアンキなんで知ってんの?そうだよ。すっごく可愛い女の子ー。五才くらいかなー?ロングヘアーの子。』
ヒカリは、その子を紹介しようと先程の茂みをハルや京子ちゃんと捜しながら、ビアンキの言葉に首を傾けていた。そこでビアンキは一瞬固まると「分かったわ。」と返して再び電話の会話に戻る。
一体何があったんだろう。なんだか嫌な予感しかしないんだけど。ヒカリ達が女の子を捜しているのを遠目で見ていると、ビアンキに呼ばれた。それもなぜかオレ達男だけ。
「今、ロメオの降霊術をした霊媒師から連絡があったんだけど…呼び寄せたのはロメオともう一人、少女の霊を…呼んでしまったそうよ。」
「え、それって…」
「つまりヒカリが一緒にいたのは…」
「私は、これからその霊媒師を始末してくるから後は頼んだわ。」
オレと獄寺君の言葉にビアンキ(被り物付き)は頷くとポイズンクッキングを持ってどこかへ行ってしまった。
「良かったじゃねぇか、ヒカリが本物の霊と仲良くできて。もうお化け屋敷に怖がる必要ねーぞ。」
「そういう問題じゃねー!」
ニっと笑ったリボーンに、オレは顔を青ざめさせながらもツッコんだ。ビアンキから話を聞いた獄寺君は必死にお経を唱えているし、山本は「ハハハヒカリってやっぱスゲーのなっ」と暢気に笑っている。
『ツナー、あの子どっか行っちゃったみたいー。』
「お家に帰っちゃったのかな?」
「はひ、残念です。ハルもそのプリティな女の子に会いたかったです。」
しょんぼりと戻ってくる三人の女の子達を見て、無知って幸せなことなんだな…と今回オレは改めて感じた。
『大声で呼べば来てくれるかな?
おーい、オレンジの着物の可愛い―――』
「呼ばなくていいから!」
ごめん、さっきのは間違い。オレは確信した。無知すぎるのも困る、と。ヒカリの様子を見て、オレは再び頭を抱えることになった。
そして………一週間後、真夜中になるとこの墓地からしばしば妙な歌が聞こえてくるという噂をオレは耳にすることになる。
――――――…
『〜♪(まさかツナがあんな昔のこと覚えてたなんて、マジびっくりした〜)』
「あらあらヒカリちゃん、何か良いことあったのかしら?」
『あ、奈々ママ。えへへー秘密ーっ。』
ちょっとだけ嬉しかったっていうのは、僕だけの秘密だ。