弱虫の代償
―――――――…

雲雀はボロボロになりながら膝をついた。先程から周りを囲む桜が、桜クラ病という病のせいで彼の動きを格段に鈍くさせている。


「おやおや、もう終わりですか?」


骸はクスリと笑うと、自分の膝の上にチョコンと乗っかっている小柄な身体の金髪をゆっくりと撫でた。それを見ている雲雀は、鋭い視線を骸に向ける。
その視線を直に受けた骸は、心底楽しそうに微笑んだ。


「……瑩に触れるな。君、早く瑩を元に戻しなよ。戻さなければ咬み殺すだけでは済まさない。」


「クフフ…怖いですね。ですが、それは無理な注文です。そもそも、今の君では僕に一撃を与えることも不可能…。無様ですね、雲雀恭弥。」


骸の手が瑩の頭からゆっくりと下り、少し血色の悪い瑩の頬を撫でる。そんな骸にされるがままの瑩の瞳には、光が灯っていなかった。


瞳は開いているはずなのに、瞬き一つしない。かろうじて息はしているものの、その口もいつものように言葉を発することはなかった。


一切の反応をしない瑩。
それはまさに"人形"。



「彼女は文字通り、心ここにあらず……さて、そろそろ僕も飽きてきたところですし―――」


骸は、一度瑩を抱き上げるとそっとソファーに寝かせる。


「そろそろ終わりにしましょう。」


ソファーの横には粉々になった瑩のラケット。それを見てクフフと笑いながら骸は武器を構える。それから警戒を露にする雲雀へと向き直った。




――――――――



リボーンから聞かされた。
襲われた人達の抜かれた歯の数は、以前フゥ太が記録していた喧嘩ランキングの順位に沿っているってことを。………最近ヒカリと同じようにいつの間にか姿をくらましたフゥ太が今回の犯人に捕まった可能性が高いんだ、って。
これは、雲雀さんや風紀委員に向けられたものではなく、"オレ"自身に向けられたものなんだってリボーンから直に言われて、すぐに頭が真っ白になった。
だって、オレはそもそもマフィアとは無縁の世界…それこそ普通の中学生であるはずなのに、喧嘩を売られるとか、命を狙われるとか、本当に冗談じゃない。



「次に狙われるのは獄寺だぞ。」


ぐるぐると現実逃避をしているオレの頭に、リボーンの声がやけに響いていた。どうしよう、獄寺君に知らせなきゃ…と次々に沸き起こる焦り。いつも傍にいるはずのオレの片割れであるヒカリがいないせいか、それはどんどん募るばかりで、兄としては情けないけれど、こんな時ヒカリならどうするだろうと考えてしまう。
…だけどそこでハタリと思考が止まった。

喧嘩ランキング。
それは強い人のランキング。それはオレにだって分かる。だから、喧嘩の弱いオレがそれに載ることはまずありえない。
ならヒカリは?
はっきり言って家族の贔屓目なしに見ても、ヒカリはランクインされてもおかしくない実力を持っている。そこまで考えると、オレの身体から血の気が引いていくのが分かった。もしかしたら、もう襲われて―――。


「リ、リボーン!ヒカリは?ヒカリのランキングは何位!?」


リボーンの沈黙が嫌に長かった。ジッと動かないまま、何かを真剣に考えているような感じ。




「……ま、まさか、もう襲われた、とか?」



「…違ぇぞ。アイツは喧嘩ランキングに載ることを拒否していたからな。…予めフゥ太に削除させてやがった。」


少しだけ安堵したオレは、無理矢理気持ちを切り換えると、情報収集に行くリボーンと別れて獄寺君を捜しにむかった。商店街を走り回っていると、ドガーンと聞き慣れた音が聞こえる。慌てて角を曲がると、傷だらけの獄寺君が煙草を吸いながら座っていた。



「十代目!?どーしてここに?」



とりあえず、獄寺君が無事で良かった。よくよく話を聞いて見ると、黒曜中の生徒に襲われたものの返り討ちにしたらしい………ってえぇぇぇぇ!?か、返り討ちにしちゃったの?オレは獄寺君の言葉にショックを受けた。


「……手間が省けた。」



オレと獄寺君以外の言葉が聞こえて、後ろを振り向く。とても冷たい声。そこに立っていたのは、眼鏡をかけたボロボロの人。かなりダメージはあるはずなのに、その殺気を放つ瞳や、シュッ――パシっと鋭く音を立てているヨーヨーを見て、足がすくんだ。



「気をつけてください、奴の武器はヨーヨーです!」



獄寺君にそう言われても、目の前にいる敵にどうしようもなく恐怖を感じて、動きたくても動けなかった。


「そんなこと言われても、怖くて、動けないよ…!」


オレの情けない言葉に獄寺君は驚きと焦りの声を上げる。だけど、目の前の敵はゆっくりと確実に近づいてきていた。そのまま武器を構えられる―――やられる、そう思った。


ザッシュ


「十代目…逃げてください。」





痛みを感じないことに不思議に思ったオレの目に飛び込んだもの。それは、獄寺君が敵を背にオレを庇ってくれた姿だった。
獄寺君の体には幾つもな針が突き刺さり、至る所から血が出ている。



「壊してから、連れていこう…」

尚もオレたちに攻撃を仕掛けようとしている敵に、さらなる恐怖を感じた。

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