あちらとこちら
―――――――…
あれから一週間。今は放課後だ。僕とツカサちゃんは真っ直ぐ部活へと向かった。跡部によると、今日から基礎練の後に、部内練習試合を行うらしい。急いで着替えて対戦表を確認すると、僕とツカサちゃんはもちろんペア。僕達は男子準レギュラーのペア(しかも名前も知らない奴ら)と試合をすることになった。
ここ氷帝学園では、正レギュラー、準レギュラー、その他…と200人以上の部員がランク分けされていて、無様に負ければ有無を言わずに降格という実力主義構成となっていた。もちろん、僕達の兄貴たちは正レギュラー。僕達もそれに近い実力を持っている。
………はずなのに、対戦は準レギュラー?はっきりいってイマイチ納得いかない。
『ね、跡部。なんで僕とツカサちゃんが準レギュラーと試合?僕、もっと強い皆(もちろん正レギュラー)と戦いたい!』
「アーン?俺様に歯向かうのか?……いいから言う通りにしろ。言うこと聞かないなら…ヒカリ、てめぇはグランド30周追加だ。」
『…………ちぇ。』
こんな俺様野郎でも、一応この部活の部長。仕方なく僕は諦めて、サーブ練をしているツカサちゃんの隣に移動した。
『……なんだ、お前まだイジけてんのか?』
『だってー…』
僕の様子をちらりと見たツカサちゃんは、ボールを一度高く上げると向かい側のコートに鋭い打球を打ち込んだ。……ナイスサーブ。
『ま、お前の気持ちも分からなくはないけどな。』
『でしょでしょ?だからさ―――』
『落ち着け。だからと言って俺は兄貴にとりもつ気はねぇから。』
『えーー。』
『……俺達は兄貴達と二回戦で当たるわけだろ?休み明けだしな。身体を慣らすことと、コンビネーションの確認でもしとけってことだろう。練習試合だし、気楽に行こうぜ。』
『……二回戦?』
僕が首を傾けると、ツカサちゃんは呆れたような視線を向けてきた。
『……お前、対戦表ちゃんと見たのか?今回の練習試合は二試合。しかも、俺たちの二回戦の相手は……兄貴と忍足ペアだ。』
『………ゲ。』
『だろ?だから体力温存の意味も含めて、一回戦目の準レギュとの試合、有り難く受け止めておこうぜ。そんで俺達に準レギュと当たらせたことを兄貴に後悔させてやる。余計な気遣いは無用、てな。』
ツカサちゃんは妖笑した。
――――――…
練習も後半になり、いよいよやってきた準レギュラーとの試合。僕達と対戦する準レギュラーはどちらとも二年生の先輩達だった。
『いいか、ヒカリ。俺達の相手をする前衛の山川先輩と後衛の棚田先輩のペアは…超攻撃型だ。先輩達のペースに呑まれるんじゃねぇぞ。』
『りょーかい』
1セットマッチの試合だった。まずはツカサちゃんのサーブ。それを棚田先輩がなんなく打ち返してきた。丁度ネット際の僕の目の前に球がくる。それを難無く打ち返せば、あちらも負けずと打ち返してきた。
『ヒカリ!』
『おーけー!』
僕はヒョイっとボールを交わすと、それは後ろで構えているツカサちゃんの元へ。
パーン
ツカサちゃんが打った結果、球は高く高く上がり相手のコートのアウトライン手前までむかった。
「棚田!アウトボールだ!」
山川先輩がそう叫ぶのが聞こえる。その声によってボールを追いかけていた棚田先輩はピタリと動きを止めた。
『――月面クラッシュ。』
ツカサちゃんがそう呟くと、ボールは真下の相手コート内に急激に落下。ドーンと鋭い音をたてて大きくバウンドした。
「な……」
「嘘だろ……」
『0‐15…ナイス、ツカサちゃん。』
『あぁ。』
僕とツカサちゃんはハイタッチを交わす。その後も順調に点を取り、0‐40で1ゲームを先取した。続く2ゲーム目は山川先輩からのサーブだ。
コート右側にいた僕は、丁度相手コートの真ん中に打ち返した。棚田先輩が後方から打つと、左側にいたツカサちゃんがドロップショットを打った。
「山川!」
「OK!」
前衛の山川先輩が低い球をどうにか取ろうと前のめりになりながらもラケットを伸ばす。球は高くあがり、丁度ネット付近にいた僕の真上にきた。……チャンス。僕は迷わず高くジャンプする。
「ヤバい!山川、後ろに下がれ!スマッシュがくる!」
僕は山川先輩が下がるのを空中で見ると、ニヤリと口元が上がった。目の前には黄色いボール。
『…これで終わりかな!』
回転をかけて打つと相手コートに鋭く放った。
「棚田、バウンドをと……れ?」
『無駄だ。ヒカリのスマッシュはバウンドしねぇ。』
ツカサちゃんの言葉通り、僕が放ったスマッシュはバウンドすることなく相手コート内をくるくる回っている。
『―――流星の滝。』
僕がそう呟くと球はピタリと止まる。先輩達は唖然とその球を見つめていた。15‐0。僕たちがリードした。
「……な、」
「…なんだ、あのスマッシュ!」
『さー、先輩方…早く残りのゲームをしようぜ。』
その後、僕達はほとんど失点することなく全てのゲームを制した。
「なんや、ヒカリもツカサもえらい派手やなぁ。そないな技、出さんくても準レギュラーには勝てたやろ?」
『……まぁな、元々俺達は目立ちたがり屋だし?格好良かっただろ。つーか、兄貴と忍足がペア組むなんて珍しいじゃねぇか。どういう風の吹き回し?………あれか、変態ナルシー同盟か?』
『うわー、僕らに近づかないでね。』
「なんでやねん!跡部!ツカサとヒカリが虐めるんやけど、俺何かあの二人にしたんか?日頃からめっちゃ可愛がってやってるちゅーのに。」
「……てめぇが、アイツらにベタベタしすぎなんだろ。限度を知らねぇのか、アーン?」
「せやかて、あの二人めっちゃ可愛ええやん。構いたくもなるわ。」
「…………。忍足、俺様のツカサに手ぇ出したら許さねぇからな。」
「………肝に銘じとくわ。」
「ったく、さっさと試合始めるぜ。時間の無駄だ。ヒカリ、ツカサ、てめぇらも覚悟しろ。
――俺様の美技に酔いな。」
『『うわー、ナルシー発言きたー…』』
「「…………」」
二回戦
跡部&忍足VS瑩&司
今、戦いの狼煙が上がった。
―――――――…
黒曜ランド
「骸さん、その女一体どうしたんれすか?マインドコントロールにはかかってないれすよね?こうも大人しいと気持ち悪いびょん。」
犬の言葉に、骸は一度自分の膝の上にいるヒカリを見るとクフフと笑う。
「………犬は瑩が嫌いですか?」
「当然れす!コイツ、俺のこと散々馬鹿にしたびょん!マジムカつきます!」
「…瑩は外見にともわず少々口が悪いですからね。ですが、今の状態ですと…心を持たぬ生きた人形。愛玩として愛でるのに、何一つ不足はない。」
「………愛玩?」
首を傾ける犬に骸は妖笑し、優しくヒカリを抱き上げると犬に渡した。犬はあわあわしながらも、なんとかそれを受け取る。
「僕は少し雲雀恭弥とお話があります。…その間と言ってはなんですが、瑩の面倒を頼みますよ。」
骸は一度ヒカリの頭を撫でると、そのまま部屋を出ていった。
犬は呆然とその後ろ姿を見守る。それから暫くして、自分の腕にヒカリがいることを思い出すと、先程骸が座っていたソファーにボンっと乱暴に放り投げた。ドサリとヒカリの身体が横たわる。しかしそれでもまた、ヒカリの口が開くことはなかった。
「オイ、女!本当は起きてるんらろ?」
犬の言葉にも反応しない。犬とヒカリが初めに会った時の言動を考えれば、文句の一つくらい返されてもいいところ。それがないとなると犬としてはどこか拍子抜けしてしまい、だからこそなんとしてもヒカリに何らかの反応を出させてやる…という変な対抗意識を燃やしていた。ソファーに散らばる、細い金髪の一房をグイっと掴みとってヒカリの身体を起こす。そしてヒカリの背をソファーの背もたれに預けた。
「へへーん、どうだびょん!いくらお前でも髪を引っ張ったら……」
髪を引っ張られた痛みで、タヌキ寝入りしている(と思われる)ヒカリがどのくらい顔を歪めているのか……そうワクワクしながら犬はヒカリの顔を覗きこんだ。
「…………っ!」
それが結局犬にとっては仇となる。
"綺麗"
てんで芸術には興味がない犬の脳裏にもその言葉が浮かんだ。もちろん、ヒカリは相変わらず造り物のように無表情。それは先程と何一つ変わらない。強いて動きがあるところを言うならば、呼吸のために僅かながら胸の辺りが上下に動いているくらいだ。だけど、改めて見たヒカリの顔。光こそ灯っていないもののパッチリとした瞳を縁取る睫毛は陰を作るほど長くて、すらりと鼻は高く、しかし、きつい印象を全く感じさせない。一言で言えば、端正。いや、年のせいかまだ幼さが滲み出てる顔は可愛いという表現の方が適切かもしれない。造り物のように白くてきめ細かな肌は、まるで黒曜中の美術室にあった石膏像のようだった。思わず見惚れてしまっていた犬は、そこまで考えてようやく我に戻った。
「……骸さんが言ってた意味、なんとなくらけど分かったびょん。」
犬は、このままコイツはしゃべらない方がいい気がするという判断を頭の中で下すと、不器用な手つきながらヒカリの髪(先程乱暴に扱ったことによって少し乱れていた)を整えてやった。
「……コイツにも飽きたし、骸さんが来るまでゲームれも―――」
犬は無理矢理視線をはずし、ヒカリをそのままにすると部屋内にあるゲーム機の電源を入れた。