予期せぬ接触
――――――…

ズキンズキンと理由なく頭が痛みだした。正確に言うと頭、というより頭皮。たとえるならば誰かに思い切り髪を引っ張られている感じ。


『―――ヒカリッ!』


ツカサちゃんの声にハッとした。目の前には跡部がいて、鋭い打球を僕の腕を狙って放つ。咄嗟に体制を変えようとしたけれど、それは間に合わなくて、鋭い痛みが腕に走ったと同時にラケットを手放してしまった。その瞬間、僕の腕によって弾かれたボールが相手コートに緩く跳ね返っていく。ここぞとばかりに跡部が二度目のスマッシュを決めた。


『――――っ!』



その瞬間つい尻餅をついてしまった僕は、咄嗟についた右手首の位置が悪かったのかキーンとした痛みを感じる。……やっちゃった感じが拭えなくて僕は内心冷や汗を流した。


とにかく特別ルールの1セットマッチだったこの練習試合の結果は1‐0。つまりはゲームセット。



『イタタッ。………ちぇ、二度の狙い打ちは狡いよ!跡部のアホぉー。』


尻餅を着いてぶつけた腰を摩りながら、キッと目の前で余裕釈々としている俺様ヤローを睨みつけた。所詮は強がりの負け惜しみだけど。



「フン。何甘いこと言ってやがる。それが俺様の技"破滅への輪舞曲"だ。対処しきれなかったお前が悪い。」


『むっかー!なんだよそ―――』


『ヒカリお前………イヤ、つーかヒカリ、往生際が悪いぞ。俺達は負けたんだ。後は、今日の結果をどう生かすか、だろ?―――ホラ。』


いつまでも座り込んでいる僕を見兼ねてか、ツカサちゃんが僕の右手を引っ張って立たせてくれた。その瞬間ピリリとした痛みが走って、僕は思わず顔をひそめる。忍足がネット際まで来て、跡部の隣に並んだ。



「せやな。けど、二人共随分うまくなったと思うで?ヒカリも試合終了までバテへんくなったみたいやし。……なんや、この休み中秘密の特訓でもしてたんか?」


忍足に言われて思い浮かんだのはこことは違う世界のこと。いつだったか、リボーンの世界でテニスの特訓をさせられたことがあった。………特訓と言ってもダイナマイトの使用は当たり前という、かなり生死ギリギリの非常識なものだったけど。でもそれはあくまで夢の話。
僕はフルフルと首を振る。
――――先程の頭の痛みはすでに治まっていた。



『あー……兄貴悪い、俺ちょっとコイツを部室に連れていくわ。つーことで後は頼んだ。』


『「ん?」』


コイツ、と指されたのはもちろん僕。僕と忍足はツカサちゃんの言葉に首を傾けた。跡部は僕を一瞥してからツカサちゃんの言葉に頷く。


「―――あぁ。その代わりしっかりクールダウンしておけ。」


『へいへい。―――行くぞ、ヒカリ。』


そのままツカサちゃんに手を引かれて、僕はテニスコートを後にした。



―――――――…


女子テニス部部室の椅子に座らされた僕。目の前には救急箱から湿布を取り出し、さらには氷嚢をつくっているツカサちゃん。その動作で、僕が今ここにいる理由を悟った。急いで長袖の羽織りジャージを脱いで、Tシャツだけになる。部室の隅にあった机を引っ張ってきて、腕をその上に乗せた。


『ん。』


ツカサちゃんの言葉に従って、右腕を水平に伸ばす。僕の腕には部分的な青痣、手首は赤く心なしか少し腫れているようだった。


『兄貴のボールに当たったところは軽い内出血。だけど、手首の方は……捻挫か。さっきコケた時だな。………痛いか?』


僕の腕に冷たい湿布を丁寧に貼ってくれているツカサちゃんの言葉に首を縦に振った。ぶっちゃけ痛い。今日散々なめにあった僕の青と赤に色づく右腕が、なんだか可哀相だ。


『ほら。』

『ありがとう。』



手首の方には渡された氷嚢をグイっと押し当てた。湿布や氷の冷さがすごく心地好い。


『……とりあえず、手首はあまり動かすな。』


『うん。』



『…………んで、試合中どうしたんだよ。らしくねぇじゃん。兄貴のあの技、いつものお前だったら打ち返せただろ?』


『………ごめん。』


誰かに髪を引っ張られたような気がした、なんてとてもじゃないけれど言えなかった。


『勘違いするな。別にミスしたことを責めてるわけじゃねぇ。』


『………うん。』


しょぼくれている僕に対して、ツカサちゃんはハーッと大きな溜息をついた。



―――――――



俺は今並盛中学校の屋上にいる。結局あの後は山本が助けに来てくれたおかげで間一髪で助かった。
その後は、俺のせいで傷ついてしまった獄寺君を山本と一緒にリボーンの指示で保健室に運んだ。病院、じゃなくて保健室を選んだことにビアンキはものすごく不満気だったけれど、リボーンの「保健室の方が安全」という言葉でどうにか納得したらしい。


保健室のベッドに横たわる獄寺君を見て、俺はひどく自分の行動を後悔した。あぁ、なんで俺はろくに戦えもしないのにあの場所へ行ったんだろう、俺が獄寺君の足を引っ張ったせいで重傷を負わせちゃった、と。行かなければ良かった、と心底思った。



「はぁ〜」


口をついて出てくのは大きな大きな溜息。正直、こんな風に自己嫌悪に陥ってる暇もない。そんな事態になったことは頭では分かっている。だけど、どうしても気持ちがついていかなくて頭を抱えた。



イタリアの監獄の集団脱獄。隣町の中学校に転入してきたという六道骸。どうやらこの人が今回の主犯らしい。





「十二時間以内に六道骸以下脱獄囚の捕獲、捕われた人質を解放せよって言われてもさ……」






九代目からの指令。それを聞いた途端、無理だと思った。マフィア相手、正しくはマフィアを追放された人達らしいけど、どっちにしろ俺には無理だよ。第一怖い。


ハァ〜ともう一度溜息をついた時だった。
背後でくつくつと控えめな笑い声が聞こえる。それに気づいた俺は急いで振り返った。



『おっと、感傷中に邪魔したな。悪い。』



スラリとしたスタイル。灰色の綺麗な髪。色白の整った顔立ち。凛とした瞳。その全てを兼揃えた目の前の女の子に目を奪われた。



『?…オーイ、大丈夫か?』



女の子は何の反応も示さない俺に不審がり、目の前で手をヒラヒラさせている。その様子を認識してようやく我に返ることができた。


「えっと…その、すみません!」


わたわたと慌て、情けないけど顔全体が燃えるように熱くなる。俺の様子を見て、またくつくつと笑い出した。その笑顔に見惚れそうになりながらも、彼女の姿を観察する。彼女は並中の制服を着ていることからも、ここの生徒だっていうことは分かるんだけれど、こんな綺麗な人見たことがなかった。




「あの…並中の方、ですか?」




俺が怖ず怖ずと尋ねると彼女は一瞬首を傾けたと思いきや、自分の姿を見てあぁと納得したように頷いた。




『これは今だけ借りてんだ。…だから並中生じゃねぇよ。そもそも、今やそんな年齢でもないしな。』





お嬢様のような外見に伴わずなんとも男らしい口調に驚いた。

「……貴女は一体。」


『……そんなことよりさ、君にに聞きたいことがあるんだよね。沢田綱吉君。』


「え?なんで俺のこと――」

「まず一つ目。」


「(この人俺の質問キレイにスルーした!?)」


『ヒカリは家にちゃんと帰ってきているか?』


「え。ヒカリのことも知って、っていうかヒカリの居場所知って――」


『やっぱり帰ってないか。んじゃ二つ目。』


「(やっぱスルー!?この人って結構自己中?)」



『ーーあいつ、ヒカリはフゥ太と仲良くしていたか?』


「え、それは、まぁ普通に....。」


『ーー彼に、ランキングを頼めるくらいに。そして、ヒカリ自身の名前が載っているランキングは自身で処分している。』


質問と言うよりほぼ確信を持った言葉。俺の驚いている様子に楽しそうに彼女は笑った。それから、一瞬考えこんでから俺に向き直る。



『君達がこれから行く所に人質は二人いる。片方はお前でも助けられるだろうけど、もう片方は無理だな。』



「え…それってどういう―――」


『ま、手っ取り早いのは....自分が行くことなんだろうけど。忙しいし。正体晒すのに許可貰わないとだし。あぁ、面倒くせぇ!!』


「……………」





そして彼女が一瞬にして俺の隣に移動すると、コソリと耳打ちした。その瞬間パーンと響き渡る音。


「誰だ、お前。ツナから離れろ。」


音源は屋上の入口で、リボーンが銃を構えていた。その様子に顔が青ざめていく。


「リボーン!!一般人に何発砲してんだよ!?当たったら――」


「一般人ならこの場から消えねぇぞ。」


「何言って――」





俺はすぐ隣にいるはずの彼女を振り返った。だけど、そこには誰もいない。俺は呆然とその場に立ちすくみ、先程囁かれた言葉を思い返していた。




――――――――…




山本はもちろんのこと、あの後目を覚ました獄寺の「連れてってください」発言と「隼人が心配だから…」と言うビアンキを含めた黒曜センターに出発するメンバーが決定された。
ビアンキを苦手とする獄寺にとっては逆効果も良いところで、ツナは内心ショックを受ける。



そして現在。


沢田家でツナ達は黒曜センターに出発する準備を整えていた。
繭になったレオンも連れていくと言ったリボーンにツナは心配するが「レオンがこうなった時は俺の生徒は決まって死にかける」発言に思わず不吉だ…と顔を青ざめた。
そんなツナに追い撃ちをかけるようにリボーンは続く。この九代目からの指令はツナへのものだからリボーン自身は戦えず、死ぬ気弾以外では撃ってはならない掟だと。


「最悪な掟だな!」


思わずツナはツッこむ。さらに死ぬ気弾は残り一発分の弾しかないことを知らされて、ツナは頭を抱えた。


「おじゃましまーす。」


そんな時にやってきたのは山本。寿司を手土産に持ってきてくれたせいで同じくお弁当を作っていたビアンキに睨まれていた。一応、これから敵の本拠地へ向かうって言うのに、これではまるで行楽気分だ。
なんとも言えない気持ちになりながら、その後ビアンキを警戒して家に入ってこれない獄寺と合流して黒曜センターに出発した。

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