近づくナニカ
《ビアンキVS M.M》


どうにか穴から引き上げてもらった俺と山本。山本の治療も終わり、今はリボーンから渡された写真を見ている。写真にはたった今山本が倒した城島犬、獄寺君が重症を負わせた柿本千種、そして写真越しに鋭い目つきでこちらを睨んでくる六道骸がいた。リボーン曰く、この人達は死刑執行前日に脱走したらしい。……。ていうか、この人達何したの!?マフィア関係者ってやっぱ怖ぇぇ!!避けられないとは分かっていても、そう思わずにはいられなかった。




そんなこんなで暫く続いた階段を登りきると、丁度お昼時ということもあり途中で休憩タイムをとることになった。大きな平たい石段の上に山本が寿司を広げる。



「はい、ツナ。緑黄色毒虫入りスープよ。体が温まるわ。」



ビアンキの手に持つコップには紫色の液体。シュー…と煙りが立っているそれは、もはや人間が飲んで良い代物じゃなかった。ってか、毒虫入りっすか!?むしろ体が冷たくなるよね!?とにかくビアンキに断ろう、うん、そうしようと決意した途端、突然ビアンキの持っているコップの中身がフツフツと膨れ上がって爆発する。えぇぇぇぇ!?



「これもビアンキのポイズンクッキング!?」


「違うわ!敵襲よ!」



とりあえず、テーブルがわりにしていた岩の影にうずくまる。俺の頭の中には"恐怖"の二文字だけが浮かんでいた。獄寺君が遠くの建物にダイナマイトを放り込むと、続いて起こった爆発音。煙りの中からは黒曜中の制服を着た女の子が姿を現した。



「ダッサイ武器。犬と柿ピーは何を手こずってるのかしら。っていうか貴方達、本当にマフィア?みすぼらしい格好ね。」


「んだと!?てめぇだって制服着てんじゃねぇか!」


女の子の嘲る声に獄寺君が怒鳴る。M.Mと名乗るその子はその怒鳴り声に怯える様子もなく両手をヒラヒラさせた。


「あたしだって骸ちゃんの命令じゃなければ、こんな格好しないわよ。骸ちゃんお金あるし。……。とにかく彼氏にするなら骸ちゃんって決めていたんだけど―――何?あの瑩っていう女。骸ちゃんの膝上占領して!ムカつくわ。」



ブツブツと愚痴を零す彼女の口から出てきた言葉。その言葉に俺の周りの時間が止まったように静かになった。



「……ヒカリ?」


「何が愛玩人形よ。そもそも骸ちゃんも骸ちゃんね。ちょーっと見た目がいいからって―――」


岩影に隠れている俺達の動揺に気づくことなく、相当鬱憤が溜まっているのか尚も喋り続けるM.M。



「ツナ…今あの子ヒカリの名前……んじゃ、ヒカリはもしかして……。」



『人質は二人いる。』



その時頭に浮かぶのは、屋上で出会った不思議な女の子の言葉。



山本の言葉に俺は頭を抱えた。骸の傍にいるということは、つまりヒカリもフゥ太と同じく人質になっているということ。まさか、こんな所にいるとは思わなかった。気づかなかった。だんだんと血の気が引いていくのを感じながら、山本にむかって頷く。そうだよ、ヒカリも人質だったんだという意味をこめて。



「そうか……ヒカリ、こんな所にまでツチノコ捜しに来てたんだな!まさか学校対抗マフィアごっこの会場がツチノコの潜伏地だったとは気づかなかったぜ!」


「……。は?」


俺は山本の言葉に固まった。まだマフィアごっこと思ってるの?うんぬんは置いておいて、ツチノコ?今、この流れでツチノコ?


「何言ってやがる野球バカ!ヒカリがこんな所にいるわけねぇだろうが。ヒカリは今各地山々を巡って太古の昔に封印された魔物を再び封印しに出てんだ。ヒカリからメール来ただろ!」


魔物?封印?何それ!?



「ん?そうだったか?」


パカリと開かれた山本の携帯。
そこには確かにヒカリからのメールが写しだされていた。



from:ヒカリ
sub:ヤッホ〜
―――――――――
僕、ちょっと旅に出
るから!心配しない
でね。ツナのことヨ
ロシク!
  ーENDー



「………」


「な?ツチノコ捜しだろ?」


「バカだろ!どう見てもヒカリは魔物封印に出かけたんだよ!旅つったらそれしかねぇだろが!」


「……。(この四行でどうやったらそんなに想像働かせられるの?ってか、この二人の旅のイメージって一体何!?)」



「ちょっとー…あたしをのけ者にしないでくれる?」



M.Mの言葉で、俺達が今敵と対峙していることに気がつくと慌てて彼女を見遣る。



「えと…その女の子、無事なんですよね?」


「ハァ?」


「ヒィィィ!すみません!」


「……。何?あの芥川瑩っていう女、貴方達の仲間なの?」

「あ、芥川?沢田じゃなくて?」

「違うわよ。だって骸ちゃんが言ってたもの。あーもう、興ざめだわ。貴方達といてもつまらない。やっぱり男は金よ!」


M.Mは手に持っているクラリネットを構える。パーンパーンと山本持ってきた弁当やペットボトルが幾つも破裂する音が聞こえて、再び俺は身体を小さく丸めた。



その時物陰から飛び出して一人M.Mの前に出たビアンキ。ビアンキは、キッと彼女を睨みつけた。



「貴女、間違ってるわ。大事なのはお金じゃない、愛よ!」




「ハァ?」




ビアンキの言葉に心底理解不明という顔をしているM.Mをよそに、ビアンキはさっきの現象――コップや弁当がパーン――を彼女の武器であるクラリネットが発する特殊な音波によって分子を振動させて沸騰する所謂電子レンジの原理と同じだと説明した。我に返ったM.Mは不敵な笑みを浮かべるとそれを肯定する。


「そうよ。でも、わかったからって何になるの?人間がこの音波を浴びると沸騰してパーンよ。」


「……。御託はいいわ。ポイズンクッキング大型料理!」


ビアンキが大皿に乗ったポイズンクッキングを両手に構えると、M.Mもクラリネットを吹く……けど、ポイズンクッキングを盾にしているビアンキにはその音波が届くことはなかった。M.Mの懐に潜ったビアンキは、とどめとばかりにショートケーキのポイズンクッキングを持って、それを彼女に振りかぶった。キャァァァァと甲高い悲鳴を上げるM.M。これで決着がつく。そう思った。


「なーんて……言うと思った?肉弾戦も、得意なのよ!」


ニヤリと笑ったM.Mは体勢を立て直すと、クラリネットをヌンチャクのように振り回してビアンキに鋭い一撃を与える。ビアンキがズザザザザと吹き飛んだ隙にM.Mは最後の一吹きとしてクラリネットを構えた。


「ビアンキ!!」


俺が咄嗟に前へ出ようとした身体を、誰かに引き戻される。振り向けば、ものすごく青い顔をした獄寺君が「大丈夫っス。」と呟いていた。


「もう触れたんです。」


獄寺君の言葉にM.Mのクラリネットを見ると、そのクラリネット自体がポイズンクッキングとなっていた。毒物を直接口に含んだM.Mはピクピク痙攣しながら倒れる。


触れたもの全てをポイズンクッキングにするビアンキの究極奥義"千紫毒万紅"が発動していた。


―――――――…

あれから六日後、僕の怪我はすっかり完治した。僕とツカサちゃんの記念日、とオマケとして例の指定日を明日に控えた今日、あのナイフの一件が嘘だったかのように穏やかな生活を送ろうとしている。……。そう、送っているはずだったのに……。それは突然だった。前代未聞のスペシャル級の緊急事態。僕は目の前にいるヤツをキッと睨みつける。


『ツカサちゃんが風邪ひいて休みってどーゆー事ッ!?跡部、今朝僕とジロ兄を迎えに来た時言ってたよね?ツカサちゃんは学校の用事があって先に登校したって!だから今日は僕と一緒に登校できないって!…なのに、これは何?僕に嘘ついたの!?一体何様?マジマジふざけんなって感じ!』
僕の目の前には跡部が眉をひそめて立っていた。


「ヒカリ。……仮に俺様が今朝お前に本当のことを言ったとして、お前はどうした?」


『は?んなの決まってんじゃん!ツカサちゃんが苦しんでる時に僕一人がぬくぬくと授業受けるわけにはいかないでしょ。もちろんすぐに―――』


「風邪をひいたツカサの看病をしにいく……か?」


『――ッ!なんだよなんだよ!分かってんなら―――』


「学校も朝練も部活も堂々とサボるなんざ、大層良い身分だな。それが分かっていて俺様が許可すると思ってんのか?」


『…は?何それ。そんなの僕の勝手じゃんか!僕がツカサちゃんを心配しちゃいけないわけ?』


「誰もそこまでは言ってねぇ。」


『言ってる!僕はツカサちゃんのお見舞いに行きたいだけだよ!それのどこが悪いの!?』


「……。チッ、仕方ねぇ。ヒカリ、この学園の生徒会長及びお前達の部長、そしてツカサの兄として命令する。お前は今日の放課後…そして明日の休日は自宅謹慎していろ。俺様の屋敷に足を踏み入れることは許さねぇ。……分かってるな?俺様の命令は絶対だ。」



呆気にとられている僕をよそに、跡部は「とにかくくれぐれも自分の家から抜け出そうなんて考えるなよ。」とだけ言い残すと去っていった。


『……。ハァァァ!?』


――――…

『―――ってことを言ったんだよ?意味わかんない。何が俺様の命令は絶対だ?なんで僕が自宅謹慎?僕、跡部にそんなこと言われる程悪いことした?そもそもまだどれもサボってないし。普通に考えて未遂じゃん。ってか、部活に至ってはどっちにしろ今日は休みだったし。ホント理不尽。』


「……。せやなァ。」

僕は忍足と兄貴と一緒に帰る途中で、忍足が僕の家に寄っていくことになった。いつもより早い時間帯に帰ることになった僕達。兄貴が自分のベッドで熟睡している中、僕は兄貴の部屋で漫画を読んでいる忍足に愚痴をはいていた。


『ってか忍足!ちゃんと僕の話聞いてる!?』


僕の言葉に忍足は漫画を閉じて、ため息をはく。


「聞いてる。……跡部も今余裕ないんや。堪忍な。」


『余裕?ツカサちゃんが風邪ひいているから?』


「……。なぁ、ヒカリ、一つええか?」


『……何?』

「自分、何か俺達に言うことないん?困ってることとか悩んでることとか、とにかく何でもええ。ないん?」


忍足は真剣な瞳で僕を見つめてくる。兄貴の寝息が一瞬止まった気がした。そんな中、僕の頭の中で思い浮かぶのは、あの脅迫文。けど、僕はすぐに首を振った。ありえない。僕以外あの場には確かに誰もいなかった。忍足があの脅迫文を知っているわけがない。


『……そんなの、ないよ。』

「ほんまに?」

『……。例えあったとしても、自分で解決できる。僕はもう、何もできない子供じゃない。』


「アホ。自分で子供ちゃう言うとるうちは立派な子供やで。」


『……ッ!』


忍足の言葉に頭にきた僕は、スクっと立ち上がる。そのままドアにむかって歩いた。

「どこ行くん。」


背後から聞こえる忍足の声。と同時に、ガシっと僕の左腕を忍足が掴んだ。


『放して。』


「どこ行くんや、ヒカリ。」


『忍足には関係ない。放せ、変態野郎。』


「……。変態でもなんでもええ。どこ行くん。」


腕を振りほどこうにも、そこは男女の差。僕は振り向いて尚も引き下がらない忍足をキッと睨んでやった。


『ツカサちゃんの所!お見舞い行ってくる。』


「アカン。跡部にも言われたやろ。ヒカリは今日と明日、自宅謹慎のはずや。」


『跡部にバレなきゃ問題ないもん。屋敷に行ったら、僕の仲良い執事さんに入れてもらえばいいし。』


「問題大アリや。ええから俺の言うこと聞いとき。」


『……ッ!なんで!?忍足までそんなこと言うの?僕はちょっとツカサちゃんに会うだけ―――』

そこで言葉が途切れた。首に軽い衝撃が走り、僕の意識が遠退く。

「……堪忍な。俺もジローも余裕ないんや。」


忍足の言葉が嫌に頭に響いた。

top/main