気づきたくなかったサイン
―――――…
「君は跡部司という人物を知っていますか?」
牢屋の中で、身体がボロボロのまま横たわる雲雀を見下ろしながら骸は微笑む。
雲雀は骸を一度睨みつけた後に、フイっとそっぽをむいた。
「無視、ですか。それでは質問を変えます。君は芥川瑩の正体を知りたくないですか?」
「誰…それ。それより、早く…瑩を元に戻しな…よ。"沢田瑩"を…ね。」
クフフと独特な笑い声をあげながら懐からくしゃくしゃの紙を取り出すと、骸はそれを雲雀に見せつけるように広げていった。
「"跡部司に出会える場所ランキング"君はこれをご存知ですか?"瑩"の懐から落ちたものを"たまたま"僕が拾ったのですが。」
「!」
「その様子だと、全くの無知というわけでもないみたいですね。それでは、そのランキング1位が六道骸。つまりこの僕を指し示していたことは?」
クフフと再び骸は笑う。雲雀はその紙をじっと見つめながら、何かを考えるように瞳をスッと細めた。確かに雲雀はそのランキングを知っている。並中の応接室で、少年が不可思議な力を使ってランキングをするところを見たのだから。その場では、ヒカリによって結果を遮られてしまったものの、放課後には報告するという約束をし、ヒカリもまた約束通り報告しに来た。
だが…。
六道骸という言葉は、彼女の口からは聞いていなかった。
「どういう意味が込められているのでしょうね…。場所、ではなく人名―――しかも、彼女、どうやら別の世界から渡ってきたそうですよ?」
「.........。何言ってるの?」
「おや、聞いていませんでしたか。」
「.......咬み殺す。」
そう言い切ると、雲雀にも限界が来たのか、パタリと気を失った。
「おやおや。雲雀恭弥はもう少し使えると思っていたんですが。……まぁ、良いでしょう。」
骸は牢屋を出ていくと、犬に先程預けた人形を思い浮かべながら微笑んだ。
「芥川瑩、跡部司…貴女達は随分と興味深い人間だ―――」
―――――――…
気を失っている山本を残して、施設の中に突入した俺達は一階を探索していた。辺りは薄暗く視界が悪い上に、所々崩れている床のせいで足元が覚束ない。
それを必死になって転ばないように歩きながらも、全身の神経を研ぎ澄ませていた。
…緊張する。敵がどこから襲ってくるのか分からないのだから。
その時だった。
「携帯?」
「それ…雲雀さんの…」
「雲雀の?」
獄寺君が拾い上げた黒色の携帯。それは確かに見覚えのあるもので、俺がその携帯を見て真っ先に思い出すのはやはり着メロだった。
「そういえば、雲雀さんの着信音ってうちの校歌なんだよね…」
「な、……だっせー。」
獄寺君の呟きに思わず俺は苦笑した。
「ツナ、獄寺、しゃべってる暇はねーぞ。」
雲雀さんの携帯のおかげで一時和やかな雰囲気が流れていたけれども、リボーンの一言ですぐにあの緊張感が蘇ってきた。
再び襲ってくるそれに、俺はゴクリと唾を飲み込むと促されるままに足を動かしていった。
前方に見えるのは、ようやく見つけた階段。
「――!?階段が…」
壊されていた。次に見つけた階段も全て。
調べたところ、二階へと進むには目の前の非常用の梯子一つのみしか方法がないということが分かった。
リボーン曰く、骸達は俺達を追い詰めるために自ら退路を絶ったということらしい。つまりは、それ程自分達の勝利に自信があるということ。とんでもない奴らを相手にしているという実感がフツフツと湧いてきた。
「――十代目!」
獄寺君の言葉に振り返ると、丁度俺の隣を何かが通りすぎ、壁に激突した。それをマジマジと眺めると、やっぱり見覚えのあるヨーヨーだ。
「……これはあのメガネ野郎の。」
獄寺君の言葉が言い終わるか終らないかのうちにゆらりと現れたのは、あの柿本千種だった。
獄寺君はここぞとばかりにダイナマイトを放つと、俺は爆風から吹き飛ばされないように足元に力を入れた。
シュュ…
「え……?」
けれど、ダイナマイトは爆発することはなかった。それどころか白い煙りが次々と出てきて視界が一気にそれで覆われていく。煙幕だ、と判断し直した時には獄寺君は一人前に出ていた。
「ここは俺に任せて下さい。十代目は骸を!」
つまりは、獄寺君がこの場を引き受けてくれるということだろう。けど、それじゃあ、ここに一人獄寺君を置いて行くということ。トライデント・モスキートの副作用でいつ発作が出るか分からないのに、そんな彼を置いていくわけには…
「ここは隼人に任せましょ。ツナ。」
ビアンキの言葉に俺は肯定できずにいた。
「……十代目。」
獄寺君の言葉に下を向いていた顔をゆっくり上げていく。そこには微笑む彼の姿があった。
「これが終わったら、皆で遊びに行きましょう。」
その瞬間、俺の脳裏には京子ちゃん、ハル、イーピン、ランボ、フゥ太、ビアンキ、山本、獄寺君、リボーン……そして瑩が微笑んでいる姿が浮かんだ。そうだ、俺にはまだやらなくちゃいけないことがある。確かめなくちゃいけないことがある。
「…皆でまた遊びに行けるよね?」
「モチっス。」
獄寺君の言葉に俺は先に進む決心をした。俺達は非常用梯子を昇って二階へと向かったんだ。
―――……
二階はボーリング場、三階は映画館だった。映画館の中を進むと一つの大きな扉が見えてくる。
「油断するな、骸は近いぞ。」
リボーンの言葉に俺はゴクリと喉を鳴らしてからそっと扉を開くと、随分と広い部屋に出たということが分かった。リボーンとビアンキの殺気が周囲を走っているのか、背中がゾクリと波打つ。
「……あ」
その部屋の奥のソファーには見慣れた人――あの森で会った黒曜生の人質としてここに囚われたという青年、その人がいた。
「良かった。無事だったんだね。もしかして、君もここに囚われていたの?あ、リボーン、あの人はさっき森で会った――」
「待て、ツナ。」
リボーンの言葉が、俺の話しを遮った。斜め下を見ると、やはりリボーンは無言で警戒を顕にしている。もう一度、黒曜生に視線を移すと、彼は両手で何かを抱いているようだった。目を凝らすと、それは――――
「ヒカリ!?」
俺の片割れだった。
元々白かったその肌は、更にその白さを増していて、特に暗闇が色濃いこの場ではそれをより際立たせていた。
「……君がヒカリを助けてくれたんだ。ありがとう。その子は俺の大事な妹でさ。」
「……クフフ。」
まるでその青年に観察されているような心地がした。特徴的な笑い方が嫌に耳に留まり、思わず俺はヒカリの方に向かおうとする足を止めた。
「……ゆっくりしていって下さい、ボンゴレ十代目。」
クフフと静かに笑う彼の言葉に俺は目を見開いた。なんで、彼は俺がボンゴレだって知っているのだろう。
「違うわ、ツナ。彼は…」
「クフフ……そう、僕が本物の
―――六道骸です。」
一瞬、時が止まったような気がした。……目の前にいる、この人が六道骸?頭の処理が追いつけずに、俺は呆然としていた。ようやく頭の整理が完了すると同時、告げられたその事実に俺はハァァァァ!?と叫ばずにはいられなかった。じゃあ……じゃあ、彼が本物の骸なら…その腕に抱かれているヒカリは。
「――ッ。おい、ヒカリ!目を開けろ!ヒカリ!」
俺の声に対しても、ヒカリはピクリともしない。ふと違和感がした。幼い頃から、見知らぬ人に対しては人一倍警戒心の強いヒカリは、自分の知らない人に抱かれるものなら暴れまくるはずだ。……いつもなら。けれど、黒曜生に抱かれていても、本当にヒカリか?と疑うくらい大人しかった……違う、大人しい云々の前に、動かない彼女はまるで――
死人のようで…
そこまで考えてハッとした俺は唇を噛み締めた。俺は何を考えているんだ。ヒカリが死ぬなんてこと、あるわけないじゃないか。
そう無理矢理思いこむことによって、俺の身体を蝕む訳の分からない不安に気づかないふりをし続けていたんだ。