仲直りのお時間
――――――――…

雲雀と瑩の視線が交差する。


「――――瑩。」



扇が振り下ろされたと思いきや、雲雀の頭上すれすれで瑩の動作がピタリと止まった。
それには骸も予想外だったのか、僅かに眉間を寄せる。

綱吉や獄寺からは瑩の表情が伺い知れず、不安感を募らせながら雲雀と瑩の様子を見守っていた。


『……何なんだよ。』


ぽつりと雫が落ちるように響く瑩の声。自発的に発された言葉に、綱吉はやっぱりマインドコントロールが解かれていたんだと安堵し、一方で骸はおやおやと面白可笑しく眺めていた。


『………なんで、僕の目の前に君がいるの?恭弥…。』


「……」


声色はか細く震えている。
瑩は雲雀に向ける二つの刃を力無く放すと、そのまま床にペタリと座り込んだ。

扇が床とぶつかり合い、ガシャンと金属音が響いた。


『……これは…夢?それとも現実?じゃあ…司ちゃんや兄貴が隣にいた…さっきのは…何?』


瑩は頭を抱えるように呻く。
その小さな身体は困惑していた。

目の前に自分の兄がいた。けれど、今は雲雀恭弥がいる。
目の前には司がいて、共に笑った。テニスをした。けれど、今はその彼女がいない。

マフィアに捕まって撃たれた。けれど、そのマフィアは今はいないし、確かに撃たれたはずの自身の腕には傷一つない。
司が瑩の代わりに銃の的になった。その後、瑩自身も撃たれたはずだった。けれど、今もこうして瑩は生きている。

確かに温もりを感じていた。焼け付くような痛みに呻いた。
どうにもならない理不尽さと、己自身の弱さに泣いた。

―――けれど、ここはリボーンの世界。
芥川慈郎ではなく、沢田綱吉が瑩の兄である世界。
ずっと司を追い求めて頑張ってきた、並盛中学二年生の沢田瑩の身体。


どちらが現実で、どちらが夢なのか………今の瑩には明確に判断する気力すらなかった。




「……ヒカリは完全に混乱してやがる。ツナ、何とかしろ。」

「痛!って。え、俺ェ!?」


そんな瑩を見咎めた一流ヒットマンは、教え子を蹴り飛ばす。


「でも、どうやって…」


痛みに呻きながらも、綱吉は焦っていた。
いつも元気で自信家…悪戯大好きな妹だけれど、それでも綱吉にとって唯一無二の可愛い妹だ。綱吉だって、もちろん苦しんでいる自分の妹を助けたい。けれど、綱吉自身、妹に起こった出来事を未だに把握出来ずにいるのだ。何とかしろという、無理難題に綱吉自身頭を抱えて叫んでいた。俺にいったいどうしろっていうんだよ、と。




一方で雲雀は、じっくりと瑩を眺めた後で口を開いた。



「――――ふーん…興ざめだよ瑩。僕との戦いの最中にそんな顔をするなんてね。」

『…………』


「あの件は無効どころか、僕から白紙に戻させてもらうよ。今の君は――――酷くつまらない。」


ピクリと瑩の肩が動いた。それを目を細めながら雲雀は観察する。


「君、僕と出会った頃よりも弱くなったんじゃないかい?もし―――ッ」



"弱い"、今の瑩にとってその言葉は地雷だった。



雲雀が言葉を最後まで紡ぐ前に、瑩は扇をもう一度持ち直すとら振りかぶって落とした。それを雲雀が難無くトンファーで受け流す。
雲雀は素早く立ち上がると、瑩の脇腹を目掛けて右足で蹴りを入れた。

懐に入った蹴りをまともに受けた瑩は壁に激突する。全身を強く打った瑩を他所に雲雀は素早く懐に移動すると、トンファーを構え直して瑩の首もとスレスレに近づけた。


「ヒカリ!」

「ンの雲雀!ヒカリに何しやがんだっ!!」


一気に形成逆転した雲雀に向かって顔を青ざめた綱吉と獄寺。その言葉を聴いた雲雀は、フンと鼻で笑うとトンファーで瑩の顎を無理矢理上げて見せた。


「草食動物は黙っててくれる。―――ヒカリ。僕の攻撃を受けた感想はどうだい?」


リボーンは黙ってその状況を眺め、骸は好奇の視線を向けている。瑩はキッと雲雀を睨み返した。

『……。痛いに決まってんだろ。』

その言葉を聴いた雲雀はニヤリと口角を上げた。


「なら、これは現実だよ。君が何を見てきたかは知らないけど、これは夢なんていう生易しい世界じゃない。」


『…!』


「小動物の君の兄も言ってたでしょ。"跡部司"は生きている。君の希望は、まだ消えてないんじゃない?」


瑩の目が大きく見開かれた。





『………ツカサちゃん。』




瞳を閉じた瑩はそう呟くと、掌の力が抜けていく。その時に握りしめていた扇がカシャンと音をたてて地面に転がった。そしてその扇は姿を変えて元の三叉槍にもどっていく。


「……………」


それを認めた雲雀はトンファーを持つ手を下ろすと、瑩と同じ目線になるようにしゃがみ込んだ。それからトンファーを一旦地面に置くと、そっと瑩の頬に右手をあてた。



『………きょうや。』



ギュッと目を閉じていたその瞳をゆっくりと開けた瑩は、そのまま雲雀を見つめた。


「………何。」


『……ごめん。痛かった?』


「……。別に。僕は久しぶりに君と"喧嘩"ができて…それなりに楽しめたけど。」




雲雀の言葉に、瑩は笑う。
けれど、彼女の瞳は虚ろでどうにか気を保っている状態だった。



「……眠いの?」


『……うん。あの、ね。恭弥に、話したいことがあるの。』


「うん。」


『ずっと、言えなかったこと』


「……うん。」


『でも、何だろ。今、すごく…眠たくて…』


「……少し眠ったら良い。あとで君の気が済むまで聴いてあげる。」



『ほんと?』


「うん。僕が君との約束を破ったことなんて、なかったでしょ。」


『……うん。』



雲雀は瑩の頭を撫でると、安心したのか瑩の瞼がゆっくりと下りていく。暫くして、穏やかな寝息を認めると、雲雀は優しく瑩を抱き抱えた。




そして、そのまま彼女の兄へと向かっていく。


「今は君に預けておくよ。」


「え……あの…雲雀さん……ヒカリは……」


「…瑩はただ眠っているだけ。」


「そう、ですか。良かった。…雲雀さん、ありがとうございます。」



「君に礼を言われる筋合いはないよ。」



雲雀は瑩を彼に渡したあとで、トンファーを再び握りしめる。
狙う先は、落ちた槍を拾って妖し気な笑みを浮かべた六道骸―――そのただ一人だった。

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