始まりはここから
そうして司ちゃんに聞かされたのは、彼女のこれまでのこと。漫画に吸い込まれた後、彼女はイタリア郊外の貧民街で生まれたそうだ。その後一緒に育った兄がいたらしいけど、急にいなくなったそいつを探しにとある屋敷に忍び込んだら沢田家光に見つかり.........紆余曲折を経て彼の秘書オレガノとしてマフィアをしている、と。
「つまりは、チェデフ。お前のここでの父親の部下をしている」
『なんで.......』
「いや、だから言ったろ。それは成り行き。けど一応、何度かお前に会いに言ったんだぜ。お前が生まれた時や、就学前に9代目と一緒に。」
『..........うそ』
「本当。なのにお前ったら、ツナとは違って全然懐かねぇわ、天気も時間帯も自分の年齢も関係なく勝手に家飛び出して行くわ........何度家光に泣かれたか。」
泣いていたのか家光パパ。
そんな遠い目をしていたら、司ちゃんにデコピンをくらった。
『え、なになに』
「ばーか、何はこっちのセリフだ。こっちは立場もありつつも影ながら見守っていたつもりだったのに、勝手にセンチになって......悲劇のヒロイン気取りですかー?」
『だって、だって、司ちゃんもジロ兄もいない世界なんて.......』
そう言って、また涙をこぼすと司ちゃんはフゥッと息を吐いて苦笑を零した。
「今回は頑張ったお前のために、特別に正体を現した。けど、これからはそうもいかない。...........ヴァリアーが動き出した。」
『...........それって』
「これからもチェデフ.....沢田家光の部下、オレガノとして動き続けなくてならない。わかるな。お前との絆は変わらない。けれど、それぞれで培ってきた絆が他にもできた。」
司ちゃんが後ろを見遣れば、そこには雲雀恭弥が佇んでいた。
『........恭弥。』
司ちゃんは、ゆっくりと恭弥の目の前まで進み立ち止まった。
「君が跡部司?」
「あぁ」
そこで彼女は恭弥に頭を下げた。
「一体それはどういうつもり?」
「......今はオレガノだ。あいつを、ヒカリをこれからも頼む。お....私は、なかなかあいつを守ってやれない立場になってしまったから。」
「......君は、」
「頼む。あいつは強そうで弱いところもあるんだ。君にそばにいてもらいたい。」
「そう。....でも僕は君に言われなくても最初からそのつもりだよ。」
それを聞いた彼女は苦笑をこぼした。
「..........でも」
あっと言う間だった。止めようとする前に恭弥はトンファーを取り出すと司ちゃんに振り下ろす。けれど司ちゃんはそれを難なく避けると、銃を取り出して恭弥のトンファーを弾き飛ばした。
「ちょっとちょっとお兄さん。ガラにもなく人が頭下げてるんだからさ、少しはその戦闘狂を改めよう?」
「その態度、気に入らないな。あの子と君が過ごした時間と、僕と過ごした時間.......そう変わらない..........それどころか僕の方が多いはずなのに。」
恭弥の言葉がよくわからなかったけれど、司ちゃんは合点がいたらしい。それから、恭弥の耳元に近づいて何事か呟くと、すぐに離れた。何を言われたのだろう、恭弥はピシリと固まったままそこに佇んでいる。
「じゃ、またなヒカリ。近いうちにまた会いに行くから。オレガノとしてだけど。」
『.........え、司ちゃん』
「いや、だからオレガノだって。」
そう言って彼女は最初の彼女の姿に戻ると、霧散するように消えてしまった。慌ててそれを追いかけるように屋上のフェンスの近くまで駆け寄るも、彼女の姿形の名残りはどこにも見つけられなかった。
大丈夫だ、それはお前が異性だからだろ。そういう意味でも、君にあいつを頼みたい。
「ねぇ........」
突然背中が暖かくなる。秋の冷たい風が遮られたことに気づき、ゆっくりと後ろを振り向いた。
「.......君、僕に話したいことあるんでしょ。」
恭弥に言われて、はっと思い出す。気を失う前に、彼にそう告げたのだ。
『今までずっと、協力してくれてありがとう。おかげで、ツカサちゃんに会うことができた。』
「うん。」
『ーーーそして、そんな君に、いっぱい嘘ついてた.........ごめんなさい。』
「..............うん。」
『ーーーそれと、ね』
彼に言おうとしていたこと、ずっとあたためてきた言葉を告げようとしていたのだけれど、その途端に顔が熱くなった。
「ーーーそれで。」
『............あの、やっぱり今じゃないとダメ?ちょっと心の準備が』
「.............これでも大分待ってあげた方だけど?」
『.........え、でも、さ』
「..............」
『..............』
「..............」
『..............』
「..............」
『..............』
なかなか言い出せなくてオロオロしていると、見下ろしながら恭弥がハァと溜息をついた。その溜息を聞き思わず肩が跳ねる。
「……僕は、君が好きだよ、瑩」
『え?』
腕を引っ張られ正面から抱きつかれると、恭弥の学ランしか見えなくなった。
「小さい頃からずっと好きだった。そしてこれからも、そうなんだと思う。」
ドクンドクンと心音が煩い。司ちゃんに会えた時とはまた異なる高揚感が襲っていた。
彼に、告げないといけない言葉がある。
すーはーと呼吸を繰り返すと、彼の腕を解き、左耳にそっと口を寄せる。僕.......じゃないか。ツカサちゃんもいつの間にか、俺、と言わなくなっていた。いや、お....と言いかけていたことから、今も直している最中なのかもしれない。先に大人になってしまった彼女に早く追いつきたくて、ゆっくりと口を開いた。
『........私もね、恭弥。君のことが好きになっちゃった、かもしれない。』
好き、と告げるより、私と告げる方が何倍も恥ずかしかった。その恥ずかしさを誤魔化すように彼の頬に唇を寄せる。彼のほっぺたはとても冷たかった。
恭弥は案の定、私、という一人称に驚いて固まってしまったが、すぐさま硬直を解くと右頬と顎に手を添えられた。
「.....場所が違うよ、瑩」
恭弥はニヤリと口元を上げている。
『............え?違う?』
「良いから、目、閉じて。」
心音が更に煩くなった。脳内に警鐘音が鳴り響くも、恭弥の漆黒の瞳に囚われてしまったのだろうか。彼の言うがまま瞳を閉じて、身体を預けた。
夢から覚めざるをえない刺激的な口づけまで、あと
−−−−−1秒。