掴めない淡い面影
今日はテニススクールがないから同じクラスの京子ちゃんと花ちゃんと一緒にスイーツ巡りをした。お菓子大好きな僕にとっては幸せな時間。いつもの僕ならチーズフォンデュにストロベリータルト、チョコレートケーキにミルクレープ…などなど、あまりにもレベルの高いスイーツに夢中になるはずだった。だけど今日は変だ。体が妙に重い。


「ヒカリ、今日あんたどうしたの?」

「うん、いつもより食べてないよね?」


心配そうな花ちゃんと京子ちゃんの声に僕はカブりを振って目の前のアップルパイをペろりと平らげてみせた。口の中に林檎の味がとろけていく。


『モグ…もふは(僕は)…モグモグ…べむひ!(元気!)…モグモグ…』


「ちょ!わ、わかったから全部食べてから口開きなさい!」


花ちゃんに一喝されて、僕は食べることに専念する。それから再び女の子同士の会話を咲かせた。



――――――…



少し遅くなった帰り道。
先程のだるさは気のせいじゃなかったのか、だんだんと体も重くなってくる。だけど奈々ママに言ったら、すぐに心配かけて付きっ切りで看病をされることは目に見えていた。そうなれば、ツカサちゃんのことについて、今夜の調査ができなくなってしまうかもしれない。一分一秒でもツカサちゃんの手がかりを見つけたい僕は黙っていることにした。



『ただいま…』


玄関の扉を開けると、見知らぬ靴が一つ。こんな時間にお客さん?と疑問に思う。とりあえず部屋に一度戻ると制服から私服へと着替え、手を洗おうと洗面所へとむかった。


「あら、ヒカリちゃんお帰りなさい。」


『ただいまー』


「ご飯用意してるわよ?」


『うん。ありがとー奈々ママ。』

具合悪くてもスイーツと夕食は別腹だ。鏡を見ても、顔が赤くなってはいないから熱はないみたいだしどうせただの軽い風邪だろう。

『ん?』


うがい手洗いをした後、異変に気づいた僕はふと振り返ってみた。

『…?』


くわーっと欠伸をしながらのそのそと歩きつづける物体。洗面所で僕はなぜかカメと出会った。ジーっとカメを見つめると、ペコりッとお辞儀のようなことをされる。それにつられて、『あ、ども。』と僕も丁寧にお辞儀を返してしまった。そのまま洗面所を後にして廊下へとむかう。ふと、数歩歩いたところで止まって僕は首を傾げた。


『…なんでカメ?』



―――――――…


時々じわじわとした頭痛を感じながらも台所へ行くと、金髪がすぐに目に入った。思わず息をのむ。

まさかまさかまさか
――――ジロ兄?



「あ、お帰り。……ヒカリ?」

「お、ようやくオレの妹分が帰ってきたか。こいつだろ?リボーン。」


「そうだぞ。沢田瑩だ。」



ようやく我に帰った僕は、すぐに違う人だと気づいた。当然だ。この世界に僕の兄貴は存在しない。僕と同じいろの金髪だから見間違えてしまったらしい。


『ただいまー』


ツナの隣の席に座りながら目の前のニカリと笑っている金髪の男の人をちらりと見る。一目で外人と分かるほりが深く端正な顔に金髪…そして洗面所にいたカメ。…間違いなくディーノだった。


『初めまして。僕は瑩。よろしくね。』


とりあえず僕はニコリと笑う。そのまま右手を差し出すと、その右手をディーノが軽く握って応じてくれた。



「あぁ、こちらこそよろしく頼むぜ。オレはディーノだ。ボンゴレファミリーの同盟ファミリーであるキャバッローネファミリー十代目ボスをしている。」


「さっきツナには言ったが、ディーノはオレの元教え子だぞ。」


「つまり、オレにとってツナとヒカリは弟分、妹分にあたるってわけだ。」


そこで、ディーノが泣く泣くリボーンを送ったとか、ボンゴレはどのファミリーよりも優先されるなどの話を聞かされた。


『………へぇ。』


なんか大切なことを忘れているような気がするけど――――ボーッとする頭ではどっちみち深く考えるのも億劫で、僕は早々に諦めた。


「ヒカリ、お前、大丈夫か?」

ツナの言葉に内心ドキリとするけど、僕はそのまま首を傾けた。もちろん、ツナの言葉の意味がわからない、という意味で。



「いや…大丈夫ならいいんだけど…お前、なんか具合悪そうだから。」



ツナの言葉に目を丸くした。奈々ママにも気づかれなかったのにピンポイントで聞いてきたのだから。けれどすぐにへらりと笑って怪しまれない程度に否定してみせた。


――――――――…


「さー、なんでも聞いてくれ。かわいい弟分に妹分よ。」


「『え/は?』」



ディーノの言葉に思わず固まる僕とツナ。


「そういえばツナ。…ヒカリの他にファミリーはできたのか?」


『あれ?僕がファミリーになるの決定?いつ決まったの?』



けれど僕の疑問はスルーされた。


「まー…あらあらディーノくん、こぼしちゃって。」



ディーノの前の食卓はランボ以上に大変なことになっていた。
リボーンの、ディーノは部下がいなければ極度の運動音痴である究極のボス体質だという説明に対して、ディーノは普段は箸を使わないからなどと言い訳をしているけれど、僕はリボーンが正しいことを知っている。


『奈々ママ、僕が片付けておくよ。』


「そう?じゃあヒカリちゃんお願いね。」


ディーノが零した食べ物を片付ける奈々ママから引き継いで僕が片付けを始める。奈々ママはお風呂を沸かしに行った。


「その…悪ぃなヒカリ。」


ディーノはなんともバツの悪い顔だった。


『大丈夫、あとでこの借りは倍にして返してもらうから。』


ただでは動かないよ。


さらりと言った僕の言葉に彼は顔を引き攣らせていた。そこで、あ!っと思い出す。……。さっきのカメ――――エンツィオのことだ。きゃゃぁぁぁっと言う奈々ママの叫び声が聞こえ、ため息をついた。



『……遅かったか。』


恐らくお風呂の水を吸ったあのカメが、通常では考えられないくらい巨大化しているに違いない。が、後悔してももう遅いだろう。皆で銭湯行きが確定となった。




――――――――――…


ツナが寝静まったのを確認しそっと廊下に出ると、自身の携帯を取り出した。

《ボス?》

「あー、ロマーリオ。夜遅く悪ぃな。で、明日のことなんだが――――」


用件を告げたオレはピッと携帯を切る。あとは明日を待つのみ。
一つ欠伸をして、オレはツナの部屋に戻ろうとした。


「………ん?」


その瞬間に背後の部屋の扉が開かれ、誰かが出てきたのか?と思い後ろを振り向くや、ギュウッとオレの腰あたりに抱き着いてきた。オレとは頭二、三個分違う小柄な体に、オレと似ている金髪。すぐに誰なのかが判明した。


「……ヒカリか?どうした?怖い夢でも見たのか?」


ヒカリの体が震えていることに気づいていたオレは、膝をついて頭を撫でながらヒカリの顔を覗きこむ。


「…ヒカリ!?おま、熱あるのか?」


覗きこんで驚いた。透き通るような白い肌は赤く林檎のような色をしていて、時折苦しそうに呼吸をしている。涙を浮かばせた目も心なしか焦点が合っていないようだった。マズイな、と思う。ヒカリの状態がここまで悪化するまで気づいてあげられなかった。
とりあえずベッドに運ぶかと考え一度立ち上がろうとすると、ヒカリはオレの肩に顔を埋めてきた。そのままギュッとオレの首にしがみつく。まるで、離れないでと言われているみたいでその場から動けなくなった。


「…ヒカリ」


『い…かない…で…兄貴…』



兄貴…つまりヒカリはオレとツナを間違えているってことか、と一人納得したが…次の言葉に疑問が沸き起こる。



『ぼく…がんばって…探し…るのに…グス…会えな…い』



ヒカリは誰かを探してるのか?だとしたら誰をだ?ツナは知ってるのか?リボーンは?様々な疑問が頭を支配する。



『…ツカサちゃ…どこ…グス……兄…ジロ兄…ぼく…は…、お父さん、おか、さ、ん』



「…ジロ兄?お前の兄はツナだろ。」



突如聞こえたリボーンの声にオレは振り返る。いつの間にいたのか謎だが、とても真剣な目をしていた。


『…違っ…ジロウ……ジロ兄』



その途端、ヒカリは力が抜けたようにオレに寄り掛かる。咄嗟にオレはヒカリを支えたがヒカリの言葉は謎だらけだった。とりあえず、リボーンの指示でヒカリの部屋に運んでベッドに寝かせる。ヒカリは先程よりもますます苦しそうに呼吸していた。

「どういう意味だ?リボーン。」

「…さぁな。」


リボーンはどこからか持ってきた冷えピタをヒカリの額に貼る。

「だが、ツナとヒカリは…」


「そうだぞ。二人は家光と奈々から生まれた血のつながった兄妹だ。それは間違いねェ。」


「ツカサとジロウか…」


「少し調べて見る必要があるな。」


「あぁ。」



そしてリボーンは「薬を持ってくる」と言ってドアから出ていった。


――――――――…





「なんだツナ、起きてたのか?」

リボーンの言葉にビクリとする綱吉。廊下にポツンと立っていた。

「今日は、なんだかヒカリの具合が悪そうだったから…」


綱吉の言葉にリボーンはそうか、と呟く。


「……その様子だと、話の中身も聞いていたようだな。」



綱吉の様子が一変して、泣きそうな顔になった。



「リボーン…オレ…ヒカリに一度も…兄って呼ばれたことがないんだ。」



「確かにツナは兄っぽくないからな。」


その言葉にガーンとショックを受ける綱吉。リボーンはニッと笑った。



「だが、下(妹)を守るのは上(兄)の役目だぞ、ツナ。」



リボーンの言葉に驚いた綱吉だったが、弱々しく笑った。


「やっぱダメツナだな。」

「なっ!」


リボーンのため息に綱吉はさらに追い撃ちをかけられる。


「いいか?何度も言うが、ヒカリの兄はお前しかいないんだぞ、ツナ。」


「でも、ヒカリはオレを兄だと認めてくれないじゃないか。」


「だったらなってみろ。ヒカリが認めるくらいに。」


言葉に詰まった綱吉をちらりと見て、リボーンは薬を取りに一階へと降りていった。残された綱吉は、しばらく呆然としていたが、ヒカリの容態を思い出してヒカリの部屋へとむかった。



―――――――…



オレはリボーンが持ってきた薬をヒカリに飲ませる。途中で来たツナを見ると、はーっとため息を吐きたくなった。オレの弟分は目に見えて落ち込んでるのがわかる。どうしたもんか、と考えているとヒカリが譫言で何かを言っていることに気がついた。


「…ヒカリ?」


『……て……か…ない…で…、……おいて……か……で……。』


そう言って一筋涙を流すヒカリ。


「―――ディーノさん…場所…変わってもらえませんか?」


驚いてオレはツナを見るがすぐに了承した。オレと場所を入れ替わったツナはそのままヒカリの手をギュッと握りしめ、オレもリボーンもそれをじっと観察していた。

「ヒカリ…お前は一人じゃないんだぞ。オレも皆もお前のそばにいる。…お前は一人じゃないんだ。」


そうツナがヒカリに囁くように呟くと、ヒカリは今までが嘘のようにすーすーと穏やかな寝息を立てはじめる。
それはやはりツナだからこそできたもので、ツナがヒカリをどんなに大切に思っているか、その穏やかな愛情がオレにも伝わってきた。ヒカリがなんと言おうともコイツらは兄妹なんだなと微笑ましく思えた。


「リボーン、オレ…ヒカリに認めてもらうよう頑張るよ。ヒカリを守る。オレはヒカリの兄貴だから。」


リボーンはツナの言葉が分かっていたことだったのか、ニッと笑った。

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