心理戦
―――…
賑やかな歌舞伎町に反して、寂れた裏町。ここは表だて廃墟と為しているが実際は、社会から追い出された者…つまり幕府から目をつけられた一部の者の溜り場となっていた。あちらこちらに、まるで血に飢えたような獣を瞳に宿している男共が次の獲物を、と目を光らせている様子はもはや尋常ではない。
シュンシュンシュン…
そんな緊張した雰囲気をぶちこわすように足音が聞こえると、周りの視線が一気にその音源に向けられた。
それが一般人にむけられようものならその人は震えあがって腰を抜かすだろうが、浪々と走る青年は自身にふりそそぐ視線をものともしないのであろうか。
いずれにせよ、音源である男は上質な黒髪を背中まで凪がしているせいか、少女と言っても通じるようなこの場にそぐわぬ可愛らしい容貌の青年であった。
その青年の役割は、いわゆる情報収集。
ここにいる輩は、それをわかっていたため、中には新たな獲物の報せと扮で舌なめずりをしている者すらいる。
その中で、服装は浪人のようにみすぼらしいが、一際鋭い瞳を持ち妖笑を浮かべている髭を生やした男の元に、先程から走ってきた青年が跪いた。
「――例のものを見つけました。…奴は歌舞伎町にいます。」
青年のことばを聞いていた他の男共は一瞬息を呑み、それからすぐにザワザワと騒ぎだした。すぐに青年が周りを睨んだが、それ位で静まる輩ではない。
シュッ
―――ドスッ!!
髭男は目にも止まらぬ早さで小刀を抜くと、騒いでいた男の額に投げ付ける。不運にも当たってしまった男は奇声を発しながら、地面に崩れていった。
「一々騒ぐな。―――お前は引き続き情報を集めろ。」
「はい――。」
低いテノールの声が辺り一面に響き渡る。
囁くような声だったが、重々しい威圧感があり仲間が殺されたというのに誰一人として反抗するものはなかった。
倒れた男の額から流れるドロリとした血が、灰色の地面を不気味と鮮やかに染め上げる。
今――密かに戦火の狼煙が上がった。
もう物語は止まらない。
行き着く先は地獄か…
それとも―――
――――…
辺りが一面甘い匂いで満たされる。目の前にあるのは、ホットプレート…それにホットケーキの材料の混合物。そして……なぜか可哀相な卵。…あれ?なんかコレおかしくね?どう考えても一つ仲間はずれのものが混ざっている。
「新八くん、新八くん、どうしよう。
僕目がおかしくなったみたい。」
「心配いりませんよ。僕にも見えます。」
僕と銀さんは無表情のまま席を立つ。
ガシッ
突然僕と銀さんの腕が掴まった。
「新ちゃん…銀さんも、いったいどこに行くの?」
にこにこした笑顔を浮かべる姉上。
マズイこの展開は非常にマズイ。
「アネゴー!早く焼こうヨ!!ほたるも食べたそうネ。」
「あらあら、そうね。ほたるちゃん、今焼くからちょっと待っててね。」
…神楽ちゃんのおかげでなんとか助かった。
(…銀さんどうします?これじゃあ、姉上に質問できませんよ!)
(まー…ホットケーキ焼いてる間にでもチャンスはあンだろ。新八、とりあえずフライ返しを手に入れるぞ!!)
僕と銀さんはソファーの後ろでコソコソ話しあうと、まるで勇者のように堂々とソファーに座った。
神楽ちゃんがおたまで混合物を掬い、姉上がにこにこ笑顔でフライ返しを持っている。
(銀さん、なんか姉上ノリノリなんですけど!これじゃあ、僕たちどころかほたるちゃんもあの卵を食べる羽目になっちゃいますよ!)
(大丈夫だ!神楽がいくら下手だろうが、ミックスをプレートにいれるだけでは失敗はない!とりあえずフライ返しだ!フライ返しさえこちらにわたれば…)
「アネゴ、もうやっていいアルか?」
「そうね、プレートも温まったみたい。
あ、ほたるちゃんは火傷すると危ないから私の膝の上に乗りなさい。」
そう言って姉上はほたるちゃんを膝の上に乗せた。…チャンス!
「あ、姉上…その状態ではホットケーキを裏返すのは危ないですから…僕がやります。」
「あら、そう?じゃあ、新ちゃんお願いね。」
そうして、僕が受け取ったのは―――フライ返し…ではなく、キョトンとした顔のほたるちゃん。
ってなんでだァァァァァアアア!!!
新八の任務――失敗
「アネゴ、すごいネ!奴ら、でっかい穴がボツボツでてきたヨ。まるで脂ギッシュな男子中学生アル。」
「そうね。でも神楽ちゃん、その子たちはね、ようやく目覚めた快感を夜中満喫して、汗をかいたまま寝てしまうからでてくるのよ。そうやって間違いに気付き、経験をつんでいくうちにだんだんと肌が改善されていくの。男なら誰もが通る道なのよ。」
「へぇー、男は皆大変アルな。」
「笑顔でなんの話し?なかなか教育に勤しんでンじゃねェか。」
「イヤ、止めろよ!!神楽ちゃんそんなことないからね!きっとその子たちポテトチップス食べ過ぎちゃっただけだから。姉上も神楽ちゃんに変なこと言わないでください!」
「「黙れ、童貞。」」
おいィィィ、悪いか童貞がそんなに悪いのか!
そんな時、ほたるちゃんが僕の頭をポンポンと撫でてくれた。…何だろう、この敗北感。
「神楽ちゃん、じゃあ私がまず裏返すからよく見てるのよ。」
そう言って姉上は見事に可哀相な卵に仕立てあげた。
「見て、神楽ちゃん。これがインテリゲンチャ現象よ!」
「マジアルか!?インテリゲンチャ現象かっけー!!」
…いや、インテリゲンチャってなんだよ。
「なーにがインテリゲンチャ現象だよ!」
僕も銀さんのツッコミに賛同しようと頷いた。
「…あーあ、ったく勿体ねェーな!こうやんだよ、真のインテリゲンチャ現象ってのはな、こう!」
って、アンタもインテリゲンチャ現象知ってンのかよ!?
銀さんは神楽ちゃんからおたまと混合物をうけとり、姉上から無理矢理フライ返しを奪うと、全部の混合物をプレートにぶちまけた。そのまま銀さんはプレートを持ち上げる。
ま、まさか!
「インテリゲンチャーァァァァ!!!!」
「ぎ、銀さん!」
イヤな予感がした僕は、銀さんを止めようと立ち上がったが、すでに遅かった。
ベチャ!!
「「「「……」」」」
「イ、インテリゲンチャ…」
床に落ちたホットケーキもどきは、見るも無惨な姿へと様変わりしてしまった。
ポキ
ポキ
姉上と神楽ちゃんから指を鳴らす音がする。そっちを見なくてもドス黒いオーラが伝わってきて冷や汗が次々と出てきた。銀さん…ご愁傷様です。僕はあなたのこと忘れませんから、どうか安らかに逝ってください。
「ぎゃぁぁあああ!」
銀さんの悲鳴が部屋いっぱいに広がった。