真相
―――…
―――…
「…それで、話はもとに戻りますけど―――」
僕はそこで一旦言葉を止めると隣をちらりと見る。そこには先程の失敗から神楽ちゃんと姉上にボコボコにされた銀さんが怪我をしながらも真剣な様子で座っていた。
(ちょっとちょっと、銀さん大丈夫ですか?)
「あ?オマエ何言ってんの?強がりなんかじゃないから、こんなんアレだから、銀さんなんとも思ってないしー?小さい頃、近所の田中くんに殴られたぐらいどぉーってことないし?」
とりあえず銀さんは大丈夫そうなので僕の膝の上に乗っているほたるちゃんをポンポンと一撫ですると、姉上に向き直った。
「姉上、アレはどういうことですか?ほたるちゃんがお通ちゃんの期間限定妹アイドルって…ただでさえほたるちゃんを狙ってる天人がいる可能性だってまだあるのに…」
「は?狙われてる?…誰が、誰に?」
訝しげに眉を潜める銀さんに僕は、あぁ…と納得した。そういえば、まだ銀さんに言ってなかった気がする。
「実は、ほたるちゃんが神楽ちゃんに連れられて初めて万事屋に来たとき、天人に襲われていたんだそうです。」
銀さんの眉がヒクリと動いた気がした。微妙な雰囲気の中、神楽ちゃんがテーブルをバシリと叩く。
「心配ないネ。また奴らが狙ってきたとしても、ほたるはこの工場長兼歌舞伎町の女王・神楽が守るアル!」
神楽ちゃんのシュボーっと鼻の穴を大きくしながら、言い放った宣言に周りの空気が緩んだ。銀さんもいつものようにしまりのない顔に戻ると、大げさに一つため息をはいた。
神楽ちゃんの物言いに、銀さんは僕をソファーの裏に連れていった。
(新八くん、アレ何?今度はアイツなんのドラマに感化されたの?)
(ドラマじゃありませんよ。最近地球と繋がりの深い星での金融危機で、少なからず地球の工場が影響を受けてるんです。この間、特集やっていたのでその影響じゃないですか?)
(あー…あの“リーマン・ドッグズ”が原因のアレか。しかし、まー…工場長が造るって言っても、このご時世みーんなカラクリがやってんだろーよ。)
(それがですね、その特集はドキュメンタリーのようで…“カラクリを使わずに人間の手で工場を支えていく”を方針にしている工場長さんの話だったんです。)
「二人ともコソコソ何してるんですか?」
姉上の声に僕らはいそいそとソファーに戻った。
「あ、すみません!えーっと、何の話でしたっけ……そうそう、ほたるちゃんですよ!ですから結論を言うとですね、ほたるちゃんが―――お通ちゃんから抱っこ……っていうのがうらやましいことこの上なかったってことですよ!」
「「……………」」
「…ハッ……新八、オマエはツッコミ担当なんだから自分の職務放棄してんじゃネェよ。『オマエが結局言いたいのはそっち!?』的なオチにしたかっただろうが、オマエがボケぶっぱなしても全然おもしろくもねェーんだよ。」
神楽ちゃんがケっと言った。いや、キャラ変わってるの、神楽ちゃんの方だよね!?
「落ち着きなさい新ちゃん。あの後の事を全部お話しします。」
―――…
『…ンむーー…』
「ほたるちゃん、もう少し我慢してね。…困ったわ。ほたるちゃんが可愛いすぎてどの着物を選んでも似合うのよね…」
そう言いながらお妙は十着のさまざまな着物をほたるに当てながら途方にくれていた。中年の男の店員も汗をかきながら隣でアドバイスを言い続けている。
タッ…
「あ、こら!」
もはや着せ替え人形に飽きてしまったほたるは、お妙の隙をついて逃げ出し、自分より大きなたくさんの着物の間を通りながら出口へとむかう。あの自動ドアを抜ければ、解放されるような気がしたからだ。
『!!!!』
あと一メートルのところで今まさに自動ドアから出ようとしていたほたるは、何かにぶつかった反動で後ろに転びそうになったが同時に抱き留められたおかげで硬い床に倒れることはなかった。
「君…大丈夫?」
中性的な声にほたるは顔をあげると、はるかに自分より背が高い美しい少女が立っていた。黒の着物を着ているせいか、肌の白さが際立っている。きょとんとするほたるを見て、その人は大きく目を開いた。その少女がほたるを確認するや否や、思わずほたるを抱いた腕に力をこめるが、「すみませーん…」というお妙の声にすぐにほたるを解放した。
「その子を捕まえて下さってありがとうございます。」
お妙は礼儀正しくペコリと頭を下げた。
「いえ、礼を言われるほどのことはしていません。僕の方こそ、この子にぶつかってしまったのですから。」
そう言うとニコニコしながらその人は屈んでほたるの頭を撫でて謝罪した。
「え…“僕”ってことは―――」
「そうですよ!お妙さんが謝ることないです!!お妙さんは誰よりも美しくていつも正し―――フボゲハッ!!!」
展示された着物と床の間から近藤がにょきっと現われたが、まさしく瞬殺と言っても過言ではないお妙の一撃で空に消えた。お妙の「そんなのあたり前だろ」という呟きは誰にも聞こえていない。
「あれ?今誰かそこにいませんでしたか?っというかゴリラみたいな人が…」
少女…もとい青年が首を傾げたが、お妙はニコリとしたまま「きっと動物園から脱走したんですよ。まったく困ったものだわ。」と述べる。そしてひどく申し訳なさそうな顔をした。
「それより…男の方…だったんですね。私てっきり…」
「いえ、慣れてますから。僕、何かと女に間違われるんです。」
“そのおかげで仕事もしやすいんですけどね”と不自然なほどニコリと笑った彼にお妙は首を傾げた。
「仕事って――」
「そうだ。今、僕の事務所で期間限定でお仕事をしてくれる子役の子を探していたんです。この子に如何ですか?それなりの謝礼も弾みますし、短期間とはいえこの子の一生の思い出になると思いますよ。」
――――…
姉上は子供用の呉服屋で、声をかけられた話しをしてくれた。
「ーーーってね。私もいろいろ考えたのよ…
考えて
考えて
よし、これは道場復興のチャンスだ!ってね?」
「「おい!!!!」」
「それに、ほたるちゃんの着物も選んでくれたし代金代わりに払ってくれたし、なによりバーゲンダッツも買ってくれたのよ。そこまでしていただけたのにお断わりしてしまうのも悪いかと思って…オーディションだけならって…」
「なるほどな、そしたら見事ほたるが合格したってか?」
えぇ…と姉上も苦笑をもらす。
「マジでか!?ほたるがテレビに出たら一躍有名人アル!!じゃんじゃん金が入って、万事屋も安泰!酢昆布食べ放題ネ!」
「か、神楽ちゃん…まだほたるちゃんにデビューさせるって決まったわけじゃ……あれ?姉上、ほたるちゃんの着物を買ったのなら、どうして着替えていないんですか?朝のまんまですよ。」
「それが…あまりにも話がとんとん拍子に進むものだから、着替えさせてあげれる暇もなくて――…ほたるちゃんいらっしゃい。新しい着物を着せてあげるから。銀さん、あちらの部屋少し借りますね。」
「お――…」
「姉御、私も何か手伝うアル!」
タタタ…と神楽ちゃんもすぐに追い掛けていった。
「銀さん…いいんですか?」
横目で銀さんを見ると、彼は耳をほじくっている。あくまで表情は変わらない。
「何が?」
「期間限定とはいえ、ほたるちゃんの芸能界入りです!お通ちゃんを見てきたからわかります。あの世界は確かに華やかだけど、それと同じくらい辛い世界です。それにほたるちゃんが耐えられるわけないですよ。テレビに出たら変な奴らから狙われるかもしれないし…」
「新八らみたいな“おっかけ”なんていうモンもできるかもなー」
「僕らはただのおっかけじゃありません。親衛隊です!」
「まー…落ち着けや。ンなモン、オレらがどーこー言っても始まンねェーよ。大事なのは…“ほたるの気持ち”だろ?アイツが困っていたら、オレらが全力で助けてやればいい。アイツがやりたければ、オレらが全力で応援してやればいい。アイツを狙う奴がいたら……オレらが全力でぶっとばせばいい。それでいいじゃねェーか。」
その後、僕は何も言えなかった。
――――…
「お待たせアル!!」
最初に現われたのは神楽ちゃんだった。僕と銀さんはソファーから体を起こす。
「っで、神楽ちゃん、ほたるちゃんは?それに姉上も。」
僕がそう言うと、神楽ちゃんはニシシと口に片手をあげながら“見て驚け!”と言うと、襖がゆっくりと開いた。
「「おぉーー」」
襖から現われたほたるちゃんは、少し恥ずかしいのか顔を赤らめながらも僕らの傍によってきた。姉上が満足気にニコリとしながら襖を閉める。僕と銀さんで近づいてきたほたるちゃんを見ると、あまりの変わりように思わず目を丸くしてしまった。薄い黄緑色に桜をちりばめられた真新しい着物に身を包んだその姿は、そんじょそこらのチャイドルに負けていない。オーディションに合格するのも当然だと思った。
「どーネ、驚いたアル?」
「なんでそんなに神楽ちゃんがいばってるのさ……でも…ほたるちゃん似合ってるよ!」
僕がそう言うとほたるちゃんは、無表情で手にしていた黄緑の本で僕の頭を叩いた。…もちろん全然痛くはないけど。
「なんだ、なんだー?新八のありきたりな言葉じゃ満足しねェってか?ずいぶんとオマセなこった!…よッ!」
銀さんはそう言うと、ほたるちゃんを抱き上げる。そしてほたるちゃんの目を見て一言。
「オマエ可愛いよ。」
どうだ!と言わんばかりの自信満々の銀さんの頭にも黄緑色の本が降りてきた。
「違うわ。ほたるちゃん照れてるのよ!本当に可愛いわ。」
それを聞いたほたるちゃんは、銀さんから降りると、姉上を無表情で叩く。
「本当に可愛いアル!世の男を手玉にとれるヨ。」
無表情で次は神楽ちゃんを叩くほたるちゃん。
「いやいや、やっぱアレだなぁー、もうどの星の姫にも負けない可愛さだ。うん。」
するとすかさず褒めまくる銀さんにほたるちゃんは無表情・無言を貫き通したまま叩いた。…銀さん、絶対ほたるちゃんで遊んでる。僕はため息をつきながらも、微笑ましいその光景に笑みが零れた。
「そういえばほたるがずっと持ってる絵本はなんなんだ?」
銀さんがずいっとほたるちゃんに近づく。
「それが…今度CMに出るんですって。だから、その台本らしいわ。」
「は?」
「ってか、ほたるちゃんってちゃんと話せるんですか?僕、多くても三語程度の単語しかしゃべったの見たことないんですけど…」
「「「………」」」