嵐の前の静けさ
「銀さーん起きてください。ほらほらほたるちゃんも!今日は水野さんとの約束の日なんですからね!!神楽ちゃんもいつまで寝てるの!?」





万事屋の一日の始まりはやっぱり僕からだ。僕は次々とグウタラなこの人達を起こしにかかったが、未だに起きてくる気配はない。




「(・・・これはこれでいつもの万事屋なんだけどね。)」


僕はハァーとため息を吐く。真撰組の土方さんや沖田さんが持ってきた脅迫状を読んでから、もとい、神楽ちゃんが連れてきた依頼人の水野さんと話してからまる三日経った。今のところ、ほたるちゃんを狙ってくる奴らの動きはない。




そいつらが何者かわからないけど、もしかすると神楽ちゃんがほたるちゃんと初めて会った時に彼女を襲っていた奴らかもしれないという線も消せなかった。
どちらにせよ、あの脅迫状どおり二日後が勝負だと思う。だけど油断は禁物。実際、この三日間僕たちはなるべくほたるちゃんを外に出さないようにしていた。
・・・銀さんはどこかそのことに不満そうにしていたけど。



「眼鏡三等兵ー!あたいは昨日は遅番だったんだよーー・・・ちょっとくらい・・・」




ようやく起きてきた神楽ちゃんは大きなあくびをしながらソファーに座る。そしてそのままぐたりと倒れこんだ。





「・・・神楽ちゃん、もうそのネタ引っぱんなくていいから。しかも何?その一昔前のスケ番のような台詞。僕、今朝食の用意してるから、神楽ちゃんは顔洗った後に銀さんたち呼んできてくれる?」




「・・・了解ネ、眼鏡十等兵。」



「あれ?なんで今階級下がったの?」



顔を洗った神楽ちゃんが銀さんたちを起こしに行ったのを確認すると、僕はさっそく朝食の準備を始めた。













「ふァーあ・・・ったくなんだよ朝っぱらから・・・」

『ふあー・・・』


神楽ちゃんとともに、全く同じタイミングであくびをかみ締めている銀さんとほたるちゃんもようやく起きてきた。神楽ちゃんは普段着に着替えていたが、もちろん二人ともパジャマのままだ。




銀さんは天パが寝癖のせいでくるくるがひどくなっているし、ほたるちゃんもピョコピョコと柔らかそうな髪が跳ねていた。僕は横目でそれを見ながら、朝食を運んだ。




ほたるちゃんの水玉模様のパジャマはこの間姉上に買ってもらったものだ。姉上の“子供はすぐ伸びるから、少し大きめのを買ってきたの”という言葉どおり、少しダボダボ感が否めないが、ほたるちゃんはそれをとても気に入っているようだった。









「・・・おはようございます。朝っぱらって言うか、もう九時ですけど・・・忘れたんですか?今日は水野さんとの約束の日ですよ。・・・子犬を買って水野さんに届けなくちゃならないんですからね。」



銀さんは頭をポリポリかきながら、“あー・・そういやァーそうだったなァー”なんて言っている。


「(・・・本当に大丈夫なのかなァ。)とりあえず、二人とも顔を洗ってきてくださいよ。ほたるちゃんはともかく銀さんのは爆発してますから。」




「あ?爆発?・・・馬鹿言え。てめェーら思春期のガキとは違ってなァ、俺ァ朝っぱらから爆発したモンを公にださねェってェの。・・・ちゃんと処理してきました!」




「思春期真っ盛りでも見せねェよ!!!
・・・ハァ、頼みますからほたるちゃんや神楽ちゃんには変なこと教えないでくださいね?」





「おいおい、ぱっつァん。こういうのはなァ、早めに教えたほうが良いんだよ。オマエ知らねェーの?だいたい今じゃ、小学生でも知ってるもんだぜ?」




「いや・・・もういいです。僕が言いたいのは、銀さんの髪がいつにもましてパーになってるってことなんで。」




「天パー馬鹿にすんなよコノヤロー。」





「いいから、早く顔洗ってきてください。ほたるちゃんはもう神楽ちゃんと洗いに行きましたよ。」


「・・・・・・・・」










「ほたる、ほたるは銀ちゃんみたいなろくでもない大人になっちゃダメアルよ?」

『?』


ほたるの髪を一つに結いながら神楽はほたるに話しかける。いまいち神楽の言っている意味が分かっていないほたるはコトリと首を傾げた。


「・・・できたネ!今日もほたるは可愛いヨ。」




ほたるが万事屋に来てからは毎日のように神楽がほたるの髪を結ってあげていた。時にはお団子、時には三つあみ、時には今日のようにポニーテール・・・等などとにかくバリエーションがある。





「・・・ほたる、もし私の馬鹿兄貴も・・・ほたるのように女だったら、兄貴もあんな風に変わらなかったアルか?
夜兎の血があったとしても、時々喧嘩をしたとしても、もっと・・・・」



『?』




“妹に優しくしてくれたアルか?”




神楽は最後のことばを飲み込んだ。今更こんなことを思ったとしても、神威が男であり兄貴である事実は変えられないことは十分理解しているし、神楽自身神威のことが嫌いになったわけじゃない。ただ、もともと男兄弟しかいなかった神楽にとってほたるの世話はとても貴重な体験であるとともに楽しいものだったから、それと同時に思い浮かばざるをえない自分の兄。そして吉原での出来事。頭では分かっているのに比較してしまう。






「・・・・っ」






一瞬顔を歪めた神楽に対し、ほたるはお腹をおさえながらギュウっと神楽の袖を握った。





「ほたるもお腹ヘッたアルか?」





コクリと頷くほたるを見て、表情を一変した神楽はニヤリと笑った。






「実は私もネ!・・・だから早く新八がつくった朝食食べに行くゼベイベェェエェ!!」


『・・・ひゃー・・・』



ほたるを一気に抱えあげると、ロケットのごとく洗面所を飛び出した。


















「・・・・・・・」







洗面所の外側の戸近くに背中を預けていた銀時は神楽とほたるが自分には気がつかずに走り去った方向を黙って見つめていた。


ハァーとため息を吐きながら、銀時はぽりぽりと頭をかく。


「・・・顔、洗うか。」













━━━━・・・・









「「「・・・・・」」」



静まりかえった高級料理店の一室。目の前のテーブルには様々な高級料理が並んでいるが、誰も手をつけようとしない。
広々とした座敷の部屋で、松平片栗粉にむかいあった三人は先程知らされた事実に言葉もでなかった。





「・・・近藤、コレに失敗はなしだぞォ。もし失敗したらおめェ、わかってるだろォなァ?」


フーと松平は煙を吐いた。




「・・・とっつあん、さっきのは確かか?」



冷や汗を流しながら近藤は松平の表情を伺う。どうか違うと言ってくれ、とその目がありありと物語っていた。




「・・・・」





無言を突き通した松平の答えはもちろんイエス。その返事に近藤も腹をくくった。



「・・・わかったとっつあん。この件は俺たちが命をかけて成し遂げよう。」



「・・・フン。期待してるぜ。」




それだけ言うと、松平は帰っていった。












松平が出ていった後、総悟はすぐに料理に手をつけた。そのままモグモグと食べ始める。


「総悟、てめェーは少し空気を読め。」

土方の言葉に一旦総悟は食べるのを止めると、しばらくして口を開く。


「・・・何言ってんですか、土方さん。
“腹が減っては戦もできねェー”
“急がば回れ”
“土方には死を”
この三つ、特に最後のは大事を為すのにかかせねェーもんですぜ?」


「イヤ、最後こそいらんだろ!!・・・でも、ま、考え方は悪くねェ。だろ?近藤さん。」



土方は自分の食べる分にマヨネーズをかけて頬張ると、近藤にも“食うか?”と勧める。


「い、いや。俺のことは気にしなくていい。とりあえず、今は腹ごしらえだ。」




「・・・まさかほたるに、そんな秘密があるとはな。」

「・・・・・」


「近藤さん、これからどうしやす?」


存分に料理を平らげた後、総悟の言葉に近藤は緊張した面持ちでゴクリと唾を飲み込んだ。


「・・・万事屋だ。すぐにほたるちゃんを保護しにいくぞ!」



近藤の言葉に、土方と総悟は同時に立ち上がった。

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