片鱗
―――――…



「銀さん、行っちゃいましたね。」

「あんな天パーほっとくアル。銀ちゃんがいなくたって、この名探偵神楽にかかればどんな難事件も解決ネ!」


どーんと胸を張る神楽ちゃんに僕は思わず苦笑した。


「…では、お二方を家内の最期の場所にお連れしましょう。」


「それはつまり…」

「家内の………お菊の殺された現場です。」



僕はごくりと唾を飲み込んだ。





ザッザッ


僕たちが連れていかれた場所は、【みずの】からそう遠くない原っぱだった。


「うひょー!…ここはごっさ綺麗な場所アル!定春!」


「アン!」

「え、ちょ、神楽ちゃん!?」

僕の制止の声は虚しくも届かず、神楽ちゃんたちは川遊びに熱中している。水野さんは微笑みをもらしているけど、僕は気が気じゃなかった。小さな小川から川魚が時々水しぶきをあげて跳びはねる。その近くには小さな石段があった。水野さんはしゃがみ込んで花束をそっとそこに置くと、静かに手を合わせる。


「ここが…」

「はい、ここにお菊が俯せで倒れていたんだそうです。そして胸元には刀で斬られた後が…」


僕も手を合わせると、チーンと小さく鼻をかんだ水野さんが素早く立ち上がった。



「私はねぇ、犯人に復讐したいわけじゃないんだ。…ただ‥お菊がどうして殺されてしまったのか、私はそれを知りたいのです。だから、新八くん‥」

「…はい。」

「…例えあなたたちが調べた結果、そこにどんなにひどい真実があろうとも、全て私に教えてください。」


水野さんと目があった僕は思わず言葉を失った。悲しみにも負けない強い瞳が、そこには確かに存在していたから。


「…わかりました。」


僕もゆるぎない意思を持って水野さんを見た。水野さんはゆるりと微笑むと僅かに俯く。


「……実はね、お店を畳もうと思っているんです。数日後に江戸を出ようかと。」

「え?」


水野さんは突然、ぽつりぽつりと呟き始める。その話しを聞く限り、どうやら水野さんはお菊さんの声でしか起きられない体質らしい。


「…恥ずかしながら、私は元々朝に弱くて。最近は仕込みの5時を寝過ごしてしまうことが多くてね。良い機会だと。」


「………」


「…私の一日は全てお菊で成り立っていたんだ…と今更ながら思います。お菊なしの今、一人で起きることもできない……どんなに私が無力な人間だったのか、と身を持って感じるようになりました。」


「水野さん……」


「―――こんな思いをするのは、二度目なんです。」



水野さんとお菊さんは残念ながら子供に恵まれなかった。けれど、どうしても子供が欲しかったお二人は、一度、養子を貰ったらしい。その子はまだ乳飲み子で、本当の自分達の娘のように育てたあげたけれど、どうしても彼女が養子であることを告げられなかったとのこと。ある日、自分の出自を知ってしまった娘さんと水野さんは大喧嘩をしてしまい、ついには家を出ていってしまった。その娘さんとはそれきり会っていないらしい。




「………失って初めて分かるとは、よく言ったものです。皮肉なものだ。」



哀愁を漂わせながらそう呟いた水野さんに僕は何も言うことができなかった。



――――――…


情報収集のために歌舞伎町に来ていた、一見すると少女に見えなくもない青年−−−−−−白夜が表通りに出ると、白夜叉の後ろ姿が目に入った。



「あいつは――」




距離はおよそ三百メートル。彼はサングラスをかけると腰にかけてある刀の鞘に手を置く。


「――今日は、運が良い。」


ニヤつく口をそのままに白夜は足に力をこめた。



ザッ




距離…一メートル。


そのまま白夜叉の体目掛けて刀を振り落とした。


(…もらった―――)








ガッ



(――――!!)









「…おいおい、挨拶もなしにそれはないんじゃないの?ったくホント最近の若者はしつけがなってねェな。チャンバラやる前に礼儀正せ、礼儀を。」




彼の刀は前をむいていたはずの白夜叉の木刀でとめられていた。




「…それは悪かったな。一発であの世に逝くと思ってたもんなんて゛…ねッ!」



刀に力をこめれば木刀がギシギシと軋む。白夜叉の「クソッ」という声が小さく聞こえた。状況をようやく察した周りのやじ馬どもが黄色い声をあげる。それに状じて、白夜の刀を弾き返した白夜叉はターゲットを脇に抱えて裏路地へと逃げ出した。



シャラン


その瞬間微かな鈴の音が耳を掠る。



「――この音は…」




白夜はすぐに白夜叉の後を追った。


――――…



「銀ちゃーん、ちょっといいアルか?」

神楽の声に、ジャンプを読んでいた俺はゆっくりと顔をあげた。

「あー?なんだ。」

「ほたるのことネ。」

「だからほたるがどうしたっつーんだよ!」

「鈴アル。」

「は?」

「ほたるの右腕にたくさんの鈴があるネ。」

何かと思えばそんなこと。俺は再びジャンプに視線を落とした。

「お前知らねェーの?今時のガキは腕やら足やらにジャラジャラ訳のわかんねェもん着けんのが当たり前なんだよ。」

「そいつらは風呂でもつけっぱなしアルか?」

「さぁな。」

「ほたるの鈴、どこかおかしいネ。全然音も鳴らないし、外そうとしたらごっさ痛がるアル。まるでほたるの体の一部みたいヨ。」

「んじゃ、そーなんじゃねェーの?」

「銀ちゃん!」

「ほっとけ、そのうちほたるも飽きたら自分から取るだろーよ。」







思い起こすは、ほたるが万事屋に来て間もないころの会話だった。






源外に俺達の遺伝子検査、そして万事屋で見つけたとある薬の成分を調べてもらうために俺とほたるは奴の工房を訪ねていたのだが、無事に承諾してもらった帰りの今。突然襲われてしまったこの状況に俺は溜息をついた。現在の場所は、路地の屋根の上だ。




シャラン。

走る度に鈴が鳴る。


シャラン

「……………」

シャラン

「……………」

シャラン
「……………」

シャラ――――

「だァァーーー!!もううっせェんだよ!!さっきからシャランシャランシャランシャランっ!!テメェーはサンタさんかコノヤロー!!!クリスマスはまだ当分先だろうがっ!」


俺の怒鳴り声にほたるはビクリとした。


「ったく、ほたる!今俺たち変な奴から逃げてんの。俺、必死。ここまで解るな?つーか、解れ、十円あげるから!
それなのにお前、そんな鈴の音したら、こっちの居場所がモロバレじゃねェーか!!ったく、鈴は今だけ外せ。後でまた着けてあげるから。な?」


俺はほたるの鈴を取り外すために、ほたるに腕捲りをさせた。


「ったく、神楽の奴、なァーにが、全く鳴らない鈴だよ。ガンガン鳴ってるじゃ――――」




ほたるの細くて白い腕が顕になった時、俺は一瞬目を見張った。神楽の言う通り、ほたるの腕には腕輪のようなものが肘から上の肩辺りに着けられている。そしてその腕輪には数個の鈴が着けられていた。驚くのはここからだ。その一つ一つには細部に渡って細かい装飾がしてあった。そのほとんどが狼の顔をしている。いくらなんでも、二才児にこの装飾は不釣り合いだった。



「……よし、ほたる。そのままじっとしてろよ。」

ようやく目的を思い出した俺は、ほたるの腕輪に手をかける。その時に触れた鈴がシャランと鳴った。



「(これだけあるのに、鳴るのはたったの二個か?)」


実際、あれだけ大きな音を出していたのにもかかわらず、音を出しているのが二つだけということが改めて分かった。



「一体なんなんだ?」


訝しげに首を傾げながらも、腕輪を外そうと力をこめる。



『ぎゃあああ゛ん!
う、うわあ゛ぁぁぁん!!

ビリビリビリビリ

ぎゃああアアア!!


その瞬間、余りの痛さに泣きわめくほたると電気に侵された銀時の姿があった。




「――そこか!」

声に場所を特定した白夜が再び銀時に襲いかかる。

「チッ」

俺は舌打ちすると、ほたるを抱き抱えて、さらに奥へと走りだした。その瞬間、前方に数多の天人が刀を添えて待ち構えているのが分かった。


「(……新手か?)」



俺は腰に挿している木刀を取ると走りながら構える。


てめーらどけぇぇ!!うぉぉおら!!!


ほたるをしっかり抱き抱えながら最前列にいた天人を薙ぎ倒して進むと、脂っこい声が辺りに響きわたった。



「おーーっと、それ以上は暴れない方が身のためだと思うぞ?」


その声に他の天人は脇にずれると、鹿の角を生やした赤ら顔の天人や柄の悪い人間の男達がぞろぞろと出てきた。


「あー?なんだよテメェーらは。さっきのガキの仲間か?生憎俺には鹿の友達はいねェーんだよ。大人しく通さねェーと、鹿鍋にして食うぞコラ。うちには育ち盛りのチャイナがいるんだからな。」



「ガキ?なんのことやら。まー威勢のいいのは結構。ところで、育ち盛りのチャイナとはこの娘のことか?」


「銀ちゃん!」
「銀さん!」

二人の天人に捕らえられていたのはまぎれもない――

「…!!神楽!新八!

「ごめん、銀ちゃん。水野さんを人質にされちゃったネ…」

「銀さん、僕らに構わず逃げてください!こいつらの狙いは――――」


ガン!!

新八の頭から血が流れる。そのままガクリと気を失った。


「「新八ィーー!!」」

銀時と神楽が同時に叫ぶ。しかし、新八の反応はなかった。



「駄目じゃないか。眼鏡くん。我々のことをペラペラしゃべったりしたら―。おいそこの銀髪、少しでも動いたらコイツらはあの世行きだな。」

鹿天人がクスリと笑った。

「クソ!」

銀時はギリギリと口を噛み締める。


「さーて、銀髪。そのガキを渡せ。」


鹿天人のにこやかな笑みが一転して真顔で舌なめずりをした。


「は!誰がほたるを渡すかよ!」


銀時の言葉にイラついた鹿天人は、部下に視線を送ると大きな機械を持ってきた。その一番上には顔五つ分の大きな電球が付いている。そのスイッチを入れると、まばゆい光が神楽を直撃した。


「ぐ…あ…銀…ちゃん…」

夜兎族である神楽には強すぎる光と暑さ。すぐにぐたりと倒れた。



神楽ァァー!


「ふむ、さすが奴らが開発しただけあるな。おい。」


銀時が大声を出すと同時に、鹿天人の部下たちが一斉に刀を抜いて銀時に襲いかかった。すぐに銀時は、身を引こうと構える。

「おーっと、避けるなよ。銀髪。避けたら、こいつの出力あげるちゃうよー。そしたら、このチャイナはどうなるだろうな?」


ククと笑う鹿天人に舌打ちをすると、銀時はほたるを巻き込まないように後ろへとそっと投げた。


ドサァァ。


グサッ
グサッ
グサッ



「ゴフっ!」


ほたるが地に着いたと同時に、銀時の腹には刀が何本も刺さっていた。



「グフ…ほたる…に…げ…ろ…」


銀時の言葉にほたるは泣きそうになりながらもフルフルと首をふる。


「おい、ガキ。こっちへ来るんだ。そしたら、こいつらは見逃してやる。さぁー来るんだ。それともこいつらを殺したいのか?」


ほたるは必死に泣くのを堪えて、ゆっくりと鹿天人に歩みを進めた。その間も銀時はほたるへの説得を止めない。ほたるが鹿天人の手に渡ろうとした瞬間、ほたるは自分の木刀に電流を絡めて切り掛かろうとした。


「ちっ」

それに気づいた鹿天人は左に避けるとほたるを蹴り倒す。


ズサァァァァァ。



天人は倒れているほたるの胸元を鷲づかみをして顔を近づけると口を開いた。
ほたるはビクリと肩を浮かせる。


「おいぃ、ガキ!テメェー、まだ自分の立場を分かってねェーな。おい、やれ!」

鹿天人の指示で、銀時・神楽・新八は屋根から突き落とされた。それを真近で見たほたるは声にならない叫び声をあげて涙する。それが煩わしくなった鹿天人はすぐにほたるを殴って気絶させ、そのまま連れ去っていった。多くの部下を連れて。

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