魂の行く末
―――――――…


「――――――…」

僕が目を覚ましたとき、一番に目にしたのはぼやけた真っ白な天井だった。すぐ脇に置いてあった眼鏡をかけた後に何気なく頭に手をやるとしっかり包帯が巻いてある。


「僕は…」


一体、何をしていたんだろう?そう疑問に思った瞬間、ドアがガラリと開いた。


「――目が覚めたようだな。」


半ば驚いたように目を見開きながら現れたのは、黒い隊服に身を包んだ土方さん。それを見ながら、僕は呆然と口を開いた。


「…土方さん。僕は、一体…それに、ここはどこですか?」

周りを見渡しても、特に見知ったものは何もない。実に殺風景なところだった。


「……落ち着け。テメェーらは怪我を負ってこの大江戸病院に運ばれた。だが安心しろ。テメェーとチャイナは特に異常はないそうだ。チャイナはテメェーよりも少し前に目覚めて食堂で食いもん食ってる。奴は大した胃袋だな、オイ。あの食欲だと今日中には退院だとよ。
それに、三丁目のジジイもウチが無事保護した。怪我も擦り傷程度で、命の心配もない。」


土方さんは淡々と説明する。


「三丁目――…怪我――…――――!!
土方さん!!ほたるちゃんは!?それに銀さんも!!」

僕が切羽詰まった様子で土方さんに駆け寄ると、その勢いが怪我に響いたのか、ズグリと頭が痛くなる。思わず僕は顔を歪めた。


「だから、落ち着けって言ってんだろーが。ったく……万事屋はテメェーの隣のベッドだ。奴は本物の化け物じゃねェーか?刀傷が三本もあった割に全て急所をはずしてたんだと。」


隣を見ると、顔中に絆創膏をはり、頭に包帯を巻かれて横たわっている銀さんを見つけた。銀さんの規則的な呼吸に思わず安堵の息をはく。


「っで…土方さん、ほたるちゃんはどこなんですか?彼女も保護してくれたんですよね?」



「…………」


土方さんの無言が何を意味するのか、すぐに分かった。



ガラガラ


病室のドアが開く。
現れたのは沖田さんと原田さんだった。





――――――――……



『……………』


ほたるが目を開けると、透明のカプセルのようなところに入れられていた。足枷はついているものの、手枷がついていないほたるは、ドンドンとカプセルを叩いてみる。だけど、たかが子供。カプセルはビクともしない。それどころか、先程鹿に飛ばされた時の傷がズキズキと痛みだして血を流していた。

『ふ……ぅ…』


瞳に涙が少しずつ広がっていく。


【気は済んだかね?】


俯いていた顔を上げると、カプセルの外側に大きな画面が置いてあり、そこから鹿天人が嫌な笑みを浮かべていた。


【さて、君にはいくつか聞きたくてね?正直に話してもらえれば…こちらとしても助かるのだが。】


猫撫で声でゆっくりと話す天人にほたるでもゾクリとした。


【おーっと、まずは自己紹介といこうか?私は雲鹿族の麒鵬(りんほう)。】


『……………ほたる。』

【!?ほたる……か……。そうかそうか、012は自分の娘に…自分の奪われた名を…。フン、まーよかろう。ほたる、一つ教えておこう。】

意地の悪い笑みを浮かべた麟鵬に、ほたるは思わず後ずさった。シャランという鈴の音とジャラジャラという足枷の音が重なる。


【貴様の母親を殺したのは…この私だ。】





―――――――――…



「土方さん、今山崎から連絡が入りやした。居場所と主犯が判明したそうですぜ。」


「………わかった。」


そのまま踵を反して病室を出ていこうとする土方さんに、僕は急いで駆け寄った。

「ちょ、ちょっと待ってください。ほたるちゃんは無事なんですか?」


僕の質問に土方さんは「わからねェー」とだけ返した。


「………じゃあ、じゃあせめて、僕たちにもその場所を教えてください!」


「……………ダメだ。テメェーらは大人しく寝てろ。」


「なんでですか!?ほたるちゃんは、僕たち万事屋の仲間なんです!仲間が苦しんでる時にむざむざ寝てられません!」



「…………」


土方さんはハァーとため息をはく。
そのままツカツカと僕に歩み寄ると胸倉を捕まれた。



「……おい眼鏡、ほたるは万事屋の仲間だって言ったな。確かにそうだったかもしんねぇ。この間までは俺達も、ほたるはただのガキだと思っていた。…まー、電気を流すっつー能力はあるにしても、だ。だがな、眼鏡。事はそれだけじゃ留まんねェーんだよ。アイツはただの江戸の娘じゃなかった。アイツは…ほたるは…」

「副長!!」


原田さんの焦った声に、土方さんはハッと我に返ったようだった。


「…悪ィな。そういうことだからテメェーら一般人に情報を渡すわけにはいかねェーんだよ。」













「んなこと知るか。」


突然の声に、僕はもちろん土方さん、沖田さん、原田さんも一斉に振り返った。そこにはベッドから起き上がって、着物を着、木刀を腰に挿している銀さんの姿。


「銀さん!!」


「……旦那……」


「…………」



「おいおい、テメェーらウッセェーんだよ。さっきからごちゃごちゃごちゃごちゃ。煩くてゆっくり寝てやしねェー。ここは病院だっつーの。」



銀さんはゆっくりと歩きながら、僕らに近づく。その瞬間、沖田さんも原田さんも塞いでたドアの前から避けた。銀さんはそのままドアに手をかける。


「オイ、万事屋。テメェーどこ行くつもりだ?つーか、テメェーらも安々とどくんじゃねェーよ!!切腹されてェーのか、あ?」


土方さんの怒鳴り声に、原田さんはバツの悪そうな顔をしていたが、沖田さんはあっけらかんとしていた。


「…決まってんだろ。ほたるを助けに行く。」


「馬鹿か?その傷で戦えると思ってんのか?……今度こそ死ぬぞ。」


「馬鹿なのはテメェーだろバカ。」


「あんだとコラ。怪我人は大人しく寝てろってんだよ。……それにほたるは、テメェーらじゃ手におえねぇガキだ。」






「手におえねェー?ガキは皆そんなもんだろ。皆ギャーギャー泣いて喚いて、その挙げ句に周りを困らせて成長していくもんだろーが。つーか、そういうテメーこそガキの頃は案外泣き虫だったんじゃねーの?この鼻垂れ小僧。」


「なッ!ちげーよ!そういうテメーだって―――」



「ほたるの素性なんて、知ったところで何も変わんねェーよ。あいつは俺が守る。」



「……」



「悪いな。将来有望なトラブルメーカーは俺らで回収させてもらうわ。」



「……言っとくが、俺らは一切テメーらに手を貸すつもりはねぇからな。責任はテメーでとれよ。」


「ったりめーだ。うちはうちで勝手にやらせてもらわ。」


「……銀さん。」



僕がそう言うと銀さんは振り返った。


「行くぞ、新八。ほたるが待ってる。」


「……ハイ!!」


銀さんの言葉がとてつもなく嬉しかった。














「………待ちなせェー。旦那、ほたるの居場所を教えまさァ。」



「「!!」」

「総悟!」

沖田さんの言葉に僕達はもちろん、原田さんも驚きで目を丸くする。当然土方さんも瞳孔を開いて怒鳴った。


「土方さん…見やしたでしょ?旦那たちが屋根から俺らの所に落ちる前。旦那たちを護るためにほたるは自分から敵に向かっていったでさァ。これがどういう意味なのか、土方さんも気づいているんじゃないですか?変な意地はるのは止めましょーや。今一番の優先しなきゃなんねーのはほたるの安否。旦那、ここはお互いに手を組むってのはどうです?旦那達と共同戦線をはる方が正直俺達としても助かりやす。」


「……………チッ。」


土方さんは舌打ちをすると、僕らに構わず病室を出ていく。そして、そのまま立ち止まるとゆっくり口を開いた。



「オイ、万事屋。言っとくがテメェーらが死にそうになろうが、ほたるを保護するのに足手まといと判断した際には迷わず見捨てるからな。」

「上等だコラ。」



銀さんの返事を聞くやいなや、土方さんはフンと鼻で笑って去っていった。

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