逃走、そして
――――――――…


シャラン
シャラン
シャラン


『………グス……』


ほたるは半ベソをかきながらもとにかく走った。セメントの床が嫌に冷たい。






【貴様の母親を殺したのは…この私だ。】







母親。その言葉が何を意味するのか、正直ほたるは理解しきれていなかった。しかし、あの麟鵬という天人がその言葉を発した瞬間、体中が熱くたぎったのもまた事実。体の底から沸き起こる力が溢れ出して、自分を縛らせていた枷を壊し、カプセルを割ったのはその後すぐのことだった。



《いたか!?》

《いや、こっちにはいない!》

《クソ!!あのガキィ!調子に乗りやがって!》



丁度、物置のようなところに入り込んだほたるはたくさんある大きな箱のようなものに隠れる。




恐怖と貫く痛みから体が震えた。



《オイ、第三倉庫室は調べたか?》

《いや、まだだ。…ちょっと待て。これは…人間の血だな。クク、あの怪我でよく逃げられたもんだ。》

《やはりか。距離的にはあそこが近いな、行くぞ。》



ほたるの居場所は第三倉庫室。バタバタバタと何人もの天人の足音が近づいてくるのがわかった。その度にほたるの体がビクリとする。ほたるなりにこの状況に対して絶望を感じていた。


《よし、おそらくガキはここにいるはずだ。》

《あぁ、手分けして探すぞ!》



ガシャン

バギッ


《出てこい、ガキ。いるのは分かってるんだ。》

天人たちが物を壊しながら、こちらに近づいているのがわかる。…もはや、この場所が見つかるのも時間の問題だった。



ドンドン


ガシャン


《おぅら、出てこいガキ。》




物音がどんどん近づいている中、本能的に覚悟を決めたほたるはそっと瞳を閉じた。




ガシッ



『……!!』

「し、静かに。僕は君の味方だよ。」


口を塞がれたほたるは一瞬ビクリとしたが、呟かれた言葉…というよりその人の温もりに安堵した。その人はほたるを抱き抱えると、物陰にそって移動しそのまま天井に張り付くように昇った。



《クソ!!どうなってやがる!オイ!ここには居ねぇみたいだ!次行くぞ!》


一匹の天人の声に数匹の全ての天人が倉庫から出ていった。



ドサ



しばらくして安全を確認すると、ほたるを抱えながら地面に着地する。


シャランと鈴の音。


ほたるが改めて彼を見ると女装した山崎退、その人だった。



「…ほたるちゃん、無事だったんだね。良かった。えっと…僕は山崎退、真撰組だよ。ほたるちゃん、よく一人で頑張ったね。」



シャラン―――――



ほたるは山崎に抱きしめられていた。








『?』


温もりは心地好いのだが、ほたるは少し首を傾ける。合点してないほたるを見て山崎は、あぁと納得した。周りをさっと見渡して、当然いないであろう局長、副長、隊長の姿を探す。これから言う言葉を本人に聞かれたら、自分の身が危うい。注意深く見渡して、自分たち以外誰もいないことを確認すると、ホッと息をついた。それからほたるに向き直る。ガシリと彼女の肩をつかんだ。



「ごめん、君には今の説明じゃわかんないよね。えーと、つまり…僕はね、ゴリとマヨとそ―――」



「ほう、この俺をマヨと呼ぶか…山崎…」


背後からいつもよりも数倍低い声を耳にする。山崎の体温がガタリと一気に下がった気がした。





―――――――…






事態は数分前に遡る。





ドガーーーン

総悟が放ったバズーカーによって、一気に真撰組が建物内に突入した。


「御用改めである!真撰組だァァ!!」


土方の掛け声で、真撰組は各々刀を抜く。天人も舌打ちをしながら各自武器をとった。


正に一触即発。



「万事屋ァ、ここは俺たちが引き受ける。早くほたるちゃんのとこに行け!」


近藤の言葉に真撰組の背後から三人と一匹の影が高く飛び越えた。一瞬にして去った背中を確認すると近藤はフっと笑う。次の瞬間の近藤の合図に真撰組と天人の戦いが始まった。


「局長!奥の部屋に誘拐されたと思しき子供たちが!!」


「やはり、ここが誘拐犯のアジト。とすると、トシが睨んでいた通り誘拐犯はやはり例の組織と繋がっていたか......」


「あの無謀な人体実験をしているという.........」


ここで勝てば、組織の情報が得られるだけじゃなく、上手くいけば組織を壊滅させることもできる。


「この戦い、負けるわけにはいかん!!行くぞテメェーら!!!」


近藤の怒号に、真選組はおおっ!!と声を上げた。







「――銀さん、ほたるちゃんは一体どこに?」


大部分の天人は真撰組と戦っているのだが、それでもちらほらいる天人を薙ぎ倒している銀さんを見ながら僕は尋ねた。


「んなこと知るか!とりあえず片っ端から探すしかねェだろ!」


「銀ちゃん、なんか怪しい部屋があるネ。」

「アン!」


神楽ちゃんが指す先には確かにこれまで通り過ぎた扉よりもきらびやかさが目に留まる。明らかにボス的天人の部屋だと一目でわかった。



僕はゴクリと唾を飲み込む。ズガガガガガ、と神楽ちゃんの傘によって扉が強制的に開かれた。






「ぎ、銀さん…これは…」


その状況は僕の震えた声によって如実に表されていたと思う。



言うなれば血の海。
地獄絵図。



天人の下っ端はもちろんのこと、自分たちを散々な目に合わせた張本人であろう鹿天人…もとい麟鵬もフカフカの黒椅子で事切れていた。


その情景に銀さんは顔をしかめる。



「銀ちゃん、新八。こっちにも部屋があるみたいネ。」


神楽ちゃんの言葉に我に帰った僕たちは急いで彼女の後を追った。



ガーーーー


自動ドアを開けると、かなりの広さを持った部屋があった。この建物全体に言えることだが、実験室のようなつくりである。ふと真ん中にある割れたカプセルに目が止まった。


「銀さん…これは…」」


そのカプセルにはあちらこちらに血が付着していた。そしてカプセルの中には成人には小さすぎる足枷と思われるもの。
そして…ほたるちゃんが着ていたはずの着物の柄の切れ端が残っていた。

「………胸クソ悪ィ。」

銀さんは眉を寄せてそう呟くと、そのまま次へと続く扉へと向かった。


「神楽ちゃん、僕たちも行こう。」


カプセルを見ながら今だに動こうとしない神楽ちゃんに声をかけた。気持ちはわかるけど、今はほたるちゃんを見つけることの方が大事だから。


「…分かってるアル。定春行くヨ!」


神楽ちゃんもそれは分かっているみたいで一度涙を拭くと、いつもどおりの表情で定春に再び跨がった。そのまま僕たちは銀さんの後を追う。僕たちはどうしてもほたるちゃんの無事を祈らずにはいられなかった。







―――――――…



「――なぁんてね、冗談ですよ。真撰組監察の山崎退さん。」


副長だと思って流した冷や汗はすぐにひき、すぐに倉庫の入口をバッと振り返った。その際にほたるを後ろ背に庇うのを忘れない。

倉庫の扉に寄り掛かり、暇つぶしとばかりに刀を弄んでいるサングラスをかけた青年。流れるばかりの長い黒髪から女とも一瞬考えたが、監察という職業上の鋭いと自負する観察力によってすぐに男だと認識し直した。


その青年が持つ刀を見遣ると、血液と思われるものがベットリとついているのが分かる。それを確認した瞬間、山崎はスーと目を細める。ほたるを庇う腕に力がこもった。


シャラン
シャラン


どこからか鈴の音が聞こえた。





「アンタは一体何者なんだ.......もしかして、あの組織の......」


山崎の声に青年はクスリと笑みをこぼすだけ。刀を構える青年に山崎は冷や汗を流した。




「…そこの子猫ちゃんを渡してください。」


ようやく口を開いた青年が山崎の背後にいるほたるへと視線をむける。狙いがほたるだとすぐに理解した山崎はズルズルとほたる共々後ずさった。


「悪いけど、渡せと言われて渡すわけにはいかない。この子は旦那たちにとっても俺たち真撰組にとっても大切な子だから!」



山崎の言葉に今まで比較的穏やかだった青年の表情が怒りへと目に見えて変化した。



「………大切、ね。」


ドサッ


青年が呟いた瞬間、山崎の背後で何かが倒れる音がする。山崎が振り返ると、ほたるが苦しそうな表情で倒れていた。
その光景に山崎の瞳は丸くなる。ハァ、ハァと苦しそうに呼吸するほたるに対して心配の気持ちもあるが、それと同時に怒りも沸き起こった。


「アンタ、ほたるちゃんに一体何をしたんだ!!」」

「…………何を、とは?彼女をこのようにしたのは貴方達だ!」


山崎の怒りの上を行く剣幕で青年は怒鳴る。青年の言葉と様子に、山崎の方が言葉を失った。


「その腕についている鈴は、彼女の能力を抑える抑制装置。こんな物がついてる中でボンボン能力を使われちゃ、とてもじゃないけど身体が持たない。」



シャラン
シャラン
シャラン



「抑制、装置....?」

まるで制限時間を表すように鈴の音が忙しく鳴り響いていた。



2009/8/23

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