救出
―――――――…


『……ハァ…ハァ…グス…』


ほたるちゃんの苦しげな呼吸と泣いている声が聞こえる。僕にはどうすることもできないけど、得体の知れない目の前にいる奴に彼女を渡すわけにはいかなかった。

ジリジリと青年が近づいてくる。


「…ごめんね、ほたるちゃん。辛いだろうけどもう少し頑張って!」


僕はほたるちゃんを抱き抱えると、四方に目を向けて逃げ道を確認した。僕のとりえる道は倉庫の入り口一つと裏口…。入り口は奴が塞いでいる。そうすると道は一つ。僕はすぐに後ろへと向き直り、裏口へと急いだ。監察という職務は伊達じゃなく、逃げ足には結構自信がある。











「…逃げても無駄です。」

シュと風を切った音と共に、目の前には静かに佇む青年いた。嘘だ、と思った。少なくとも俺と彼の距離は十メートルくらい余裕であったハズ。目の前の得体の知れない青年の笑みに背中がゾクリとさわだった。


「子猫はもらいます。…さようなら山崎さん。」


ズバッ!


その言葉と同時に俺の意識は途絶えた。






―――――――…



青年、白夜は山崎が意識を失ったのを目にすると自分の腕の中にいるほたるを見つめた。柔らかい茶色の髪の毛は、苦しみから出る汗で顔に張り付き、必死に呼吸する様子はあまりにも痛々しい。白夜はその様子に眉を寄せるとそのまま踵をかえした。









「―――おいおい、通り魔の次は幼児誘拐か?」


背後から伝わってくる殺気と言葉に白夜は歩みを止める。


「……今回は来ないと思っていたのですが―――」


随分頑丈な体をしていますね、と皮肉気に笑いながら白夜は振り返った。


視線の先は、坂田銀時。



銀時は白夜の腕に抱かれているほたるのただならぬ様子に眉を潜めながらも、腰にさしてある木刀に手を添えた。



「生憎、そいつをてめェーに渡すわけにはいかねェ。面倒だが、そいつとパフェパーチーする約束があんだからよ。」


銀時の言葉に、白夜は「それは楽しそうなパーティーですね?」と笑う。


白夜が自分の刀を持つ手に力をこめた瞬間、銀時が木刀を抜いて一気に詰め寄るとそのまま白夜の刀を弾き落とした。


カランカランという無機質な音が倉庫中に響く。



刀を失ったことに白夜は舌打ちをするが、仕方ないとばかりにほたるの着物の袖をめくって、彼女の顕になった腕に自らの手をかざした。

「オイ」


白夜の行動に木刀で制止しようとした銀時だが、だんだんと穏やかになっていくほたるの表情にそれ以上は下手に動けなくなる。


シャラン…カラン



「………鈴が…」


前に銀時が外そうとしても外れなかった鈴が、白夜の手の中には彼女についていた全ての鈴が転がっていた。
その様子に銀時は瞳を丸くする。完全にほたるの呼吸は正常に戻り、白夜の腕の中で眠っていた。



「………てめェーは何もんだ?」


銀時の言葉には答えずに、白夜はほたるを抱き抱えたまま銀時へと歩を進める。
周りはしーんと静まっていた。すれ違い様に銀時は白夜にほたるを渡され、さらに目を見開く。思いもよらなかった行動に呆気にとらわれていた。銀時が何かを言う前に、そのまま白夜が過ぎ去る。艶のある黒髪が揺れる同時に金木犀の香りが銀時の鼻腔をくすぐった。


「ーーー造りものの自身の娘に、情でも移りましたか?」


刹那、ふと立ち止まった白夜から囁かれた言葉に銀時は呼吸するのを忘れた。驚きで彼を見返すが、手元のほたるの僅かな身じろぎに慌てて彼女を見遣る。完全に体調が安定したのか、スースーと寝息を立てていた。




「せいぜい今度は失わないようにすることですね。」


我にかえった銀時が振り返った時、すでに白夜の姿は消え去っていた。







「銀ちゃーーん!」



「銀さーーん!」


ドタドタ走る一人+一匹分の足音と共に新八と神楽+定春が駆け付ける。ようやくこれで万事屋が全員集合することができた。


「銀さん!ほたるちゃんは!?」


「煩ェぞぱっつあん。ほたるは今お昼寝の時間だ。」

「ってことは、ほたるちゃんは…!」


新八の声が歓喜に溢れると共に、神楽が定春から降りてほたるの顔を覗き始めた。


「銀ちゃん、ほたるいっぱいケガしてるヨ。早く病院連れて行くネ。」


銀時も神楽に言われて改めてほたるを見てみると、確かに手足などから血が滲んでいる。新八もその様子を見て眉を潜めた。


「そうだね。銀さん、早く連れていきましょう。」

「あぁ。」










「だ、旦那…」



弱々しい声にようやく銀時たちは血まみれな山崎の存在に気づいた。すぐに調子を戻した銀時は木刀を腰にさして頭をカリカリかく。全く山崎の存在に気づかなかった。


「あれ?ジミー、お前もいたアルか?全然気づかなかったネ。」


神楽の素直な言葉が、逆に山崎の心の傷をえぐる。言い訳するのも女々しいが、まがりなりにも、ほたるを助けようとしてこうなったわけで…少なくともほたるの命を救うことに貢献した。


「………理不尽だ。」と、この時ほど心の底から思ったことはないと山崎はいう。



新八としては、そんな山崎の扱いに苦笑することしかできなかった。


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