約束
―――…
「ヅラァー…テメ、ほたるっつー名前のガキを聞いたことあるか?」
「ヅラじゃない、桂だ…ったく、貴様、それが人に物を聞く態度か!あ、お兄さーん、可愛い子いっぱいいるよー、遊んでいかない?」
看板を大きく掲げながら、道行く人々に声をかける桂。そんな桂に銀時はため息をついた。
「いいから、答えろ。あの手紙はお前の字だろ。何のつもりだ。まさかテメェーのガキか?」
「馬鹿を言うな。アレは、銀時。お前のガキらしいぞ。」
「..........は?」
「…………。モクセイ、という組織を知ってるか?滅多に表に出てこないが、どうもそやつらの研究が深く関わっているらしい。」
「どういうことだ?」
「攘夷戦争の時に流された志士の血だ。その血を採取して人工的に子供を造る、そんな組織らしい。」
「んなこと、可能なのか?」
「当然、殆どは失敗したようだ。だが、ある女性と、ある志士の血からつくった細胞から.....見事成功例がでた。」
「オイオイ、まさか、」
「お前の血だ。かつて白夜叉と呼ばれ、畏れられたお前の、な。」
「..............」
「もっとも、その母親と思われる女性は俺の目の前で死んだ。治療しようにも、恐らく防衛本能だろう。電気が流れて大抵の奴らは近づくことさえ叶わんだ。」
「電気、か。」
「その電流は、加減を調整すれば浴びた人間の細胞を活性化させ、怪我や病の治癒を一時的に助けるらしい。攘夷戦争時は重宝されたようだ。」
「................」
「−−−モクセイ自体眉唾もので、中々存在を現さん。もし自分の子か...........真偽が知りたいのなら、鑑定でもしてみれば良かろう。」
少なくとも、お前自身にそう言った心当たりはないのだろう?と桂は言う。
「.................あー........多分。酔いまくった時に致してなければ。」
「多分だと?この間のガキといい、あまりにもだらしなさ過ぎると、銀時、いつかお前の身を滅ぼすぞ。」
「わかってるよ、テメェーは俺のカーチャンか。」
「馬鹿か貴様は。俺がお前の母親だったら、もっと良い子に育てるわよ。うふ。」
「..............。あ、お兄さーん、ここにぶっ刺して欲しそうなヅラ子がいるよー、遊んでいかない?」
「貴様ぁぁ!!ヅラ子ではなく桂だ!」
ほたるが来て一日目の夕方。
歌舞伎町某所のキャバクラ前での出来事だった。
――――――――――…
「傷の具合は問題なさそうだ。明日明後日には退院できるだろう。」
「良かったね、ほたるちゃん。」
医師から告げられた言葉にホッと安堵する。僕の膝の上に座る彼女を見れば、ほたるちゃんもニコニコと嬉しそうに笑っていた。
「ーーーありがとうございました。」
医師にお礼を言ってから、彼女を抱っこして診察室を出れば目の前には山崎さんがいた。
「あ、ほたるちゃんの具合は大丈夫だったかい?新八くん。」
なぜ、病院の診察室前でバドミントンのラケットを持っているのか、とかいろいろと言いたいことはある。けれど。
「………………山崎さんの方が大丈夫ですか?」
そう尋ねずにはいられなかった。何せ、患者服から覗くお腹の包帯はところどころ赤く滲んでいるし、顔中は傷だらけ。挙げ句、点滴つきといったところだ。
誰がどう見たって、ほたるちゃんより山崎さんの方が重傷だと判断するだろう。コクリとほたるちゃんも頷く。そう言うと、山崎さんは驚いたように目を見開いたが、すぐにグスリと瞳を潤ませた。
「新八くぅぅぅん!ほたるちゃゃぁぁん!!」
「ーーーえ、ちょ、山崎さん?」
次の瞬間、気づいた時には僕は山崎さんに抱き着かれていて。咄嗟に身の危険を感じたのだろう、ほたるちゃんはビリビリと電気を流し始める。しまった、と思ったときにはすでに遅かった。
「「ギャアァァァ!」」
気づいた時には山崎さんも僕もぷすぷすと煙を上げていた。
「だ、大丈夫ですか?山崎さん。ほたるちゃんもダメだよ。この人は悪い人じゃないんだから。」
そう言うと、彼女は不思議そうに首を傾げていた。
「ーーーあ、あれ?」
山崎さんの言葉に彼を見れば、山崎さんは自身に巻かれた包帯を外していた。
「ーーー何してるんですか?」
「いや、あれだけの痛みがなくなったんだよ。ほたるちゃんの電流を浴びてからね!」
山崎さんの手で解かれた包帯の下の素肌は、受傷したとは思えない綺麗な肌色だった。
「ーーー本当なんですか?山崎さん、」
山崎さんは、丁度ほたるちゃんの次に診察室に呼ばれる患者だったらしい。タイミング良く呼ばれた彼は、確かめてくると言って診察室の扉の中に消えていった。
「ーーーほたるちゃん、君は一体。」
そう言えば、彼女の電気を喰らった後はそれなりに焦げてたし痛みも確かにあったのだけれど、数分後にはそれも無くなっていた。.....いや、それどころか、身体が軽くなっていたような気がする、と今にして思った。
相変わらずニコニコしているほたるちゃんを見遣る。数分後に出てきた山崎さんの治った!という報告を聞いて、彼女のその能力はもしかしたら大変なものなのかもしれないと、脳の片隅で警鐘が鳴り響くのを感じた。
元気になった山崎さんと共にほたるちゃんの病室に戻って暫くしてから、銀さんが帰ってきた。片手には白い箱を持っている。
「旦那!」
山崎さんは驚いたように目を丸くする。
「これをほたるに渡しにきた。一日遅れちまったが、こいつとの約束だったからな。」
銀さんは僕から彼女を受けとって抱き上げると、病室のテーブルに箱を置く。
その際に彼の懐から一枚の用紙がヒラヒラと落ちてきた。何の紙だろう。督促じゃないだろうなと警戒しながら表面を向ければ、脇から取られてしまった。取った相手は勿論、銀さんで。ダラダラと顔中から汗を垂れ流していた。
「銀さん?」
「いや、俺は別に良いんだよ?たださ、ただこれ見たら絶ってぇーお前ら俺のこと誤解するだろ。俺を疑うだろ。この間のガキの時みたいに!銀さん、もうわかってるんだから。お前らが銀さんのこと、どう思ってるのか、もう分かってるんだからぁぁ!!」
いや何を言ってるんだろう、この人は。
「新八くん、アレはなんだったんだい?」
「あ、いや。ちゃんと見る前に取られちゃったので。見えたのは鑑定結果、とだけ」
「あーー…とりあえず、箱開けっぞ?」
銀さんは気を取り直すように真っ白な箱を開けた。
『あ……』
そこには美味しそうな苺パフェがあって、甘い香りが室内に充満する。ほたるちゃんは嬉しそうに両手を叩いていた。
『....ありが、と!』
「約束は約束だ。銀さんは約束は守る主義だから。」
『ん!』
彼女の喜ぶ姿をみて、銀さんは嬉しそうに笑っていた。
―――――――…
「「傷が回復した!?」」
あのあと病室にやってきた近藤さんと土方さんの声が重なった。
「はい、あれだけ痛みがあった傷口が綺麗に塞がっていました。」
山崎さんが説明する。
「なんとも不思議な話ですが、僕もこの目で見ました。ほたるちゃんの電流は防衛本能だけでなく、治癒能力もあるんじゃないかと.......ね、銀さん?」
僕が眼鏡をおしあげながら銀さんに尋ねると、なんとも言いづらそうに顔を背けた。彼の腕の中にはお腹一杯になって満足したのだろう。すやすやと気持ちよさそうに眠っているほたるちゃんの姿があった。これまでの騒動で子守りに慣れたのか、銀さんは彼女の背中をリズミカルに叩いてあげている。
「旦那ー大丈夫ですかぃ?すごい汗でさぁ。」
沖田さんが告げると、銀さんはあからさまに両肩をビクつかせた。
「あ.....あー。汗ね、汗。イヤこの部屋少し熱くて。」
「そうですかい?俺には少し肌寒いですぜ。」
「や.....ほら、俺はコイツを抱っこしてんじゃん?子供体温っつーの?熱いんだよ!」
そう言って銀さんはほたるちゃんをベッドに戻すと、一旦外にでて涼んでくるわーと手を上げて病室を出ようとしていた。
その時だった。沖田さんが素早い動作で、銀さんの懐から顔を覗かせていた書類を抜き取る。銀さんは沖田さんを止めようとしたのだけれど、紙を読み進める沖田さんの方が早かった。
半ば諦めたのだろう。銀さんは、その間に......と病室から出ようとしていた。
「ーーー待ちなせぇ、旦那。このDNA鑑定書。名前がアンタとほたるの名前になってやすが、どういうことか説明してもらえます?この書類ではアンタとほたるは親子ってことになっているようですが。」
沖田さんの言葉に一同が沈黙を貫き、その数秒後驚きが爆発した。
2009/9/4