閉幕
無事に病院から抜け出したほたるは、視界に黒い服を捉えた途端、暗い路地の物陰に隠れた。

「おい、いたか!?」

「いや、見つかんねぇよ!」

「おいおいマジでヤバイんじゃねぇか?もしかして俺ら切腹?」

「馬鹿野郎!そうなんねぇように必死で捜してんだろうが!」

「そうっスよね!おーいほたるちゃーん、出ておいでー?」

あちらこちらで、黒服の人達がほたるを捜していた。その声から逃れようとジリジリと後ずさって行く。その時、彼女の背中は温もりにぶつかった。


「おい、ガキ。こんなところで何してんだぁ?」

「頭ぁ、もしかしたらこいつに取引見られたかもしんねぇぜ?」

顔が猫。体は人間。
腰には…………刀。

『に。』

「「に?」」

『にゃんにゃん!ーーーへんっ!!』

ほたるは猫の天人の脇を通りすぎると、路地の奥に向かって逃げた。背後では「誰が変な猫だ!」なんていう怒鳴り声が聞こえたけど、構ってられなかった。



「待て!このクソガキ!」


『イヤ!』

一匹の天人がほたるの病衣の襟を掴んだ。そのせいで浮き上がる小さな体。足をバタバタしてみたけど、首が絞まるだけで効果はほとんどなかった。それどころか相手を怒らせてしまうというオプション付きである。

「このガキ。一回痛い目見ねぇとわかんねぇみたいだな。」

振り上げられる天人の腕。殴られる。そう思った瞬間、ほたるは怖くなって目をギュッとつむった。

バシャ グシャ

「「ギャァァァ!!」」

だけど、いつまで経っても痛みは来なくて、代わりに響いた悲鳴と頬にかかった生暖かいもの。ゆっくりと目を開けてみたらほたるの隣にいた天人は真っ赤になって倒れていて、目の前にはサングラスをかけた髪の長い青年が立っていた。

「…大丈夫ですか?」

青年は刀をしまいながら、ほたるを凝視してくる。だけど、彼女は呆然としていたせいか、言葉が上手くでてこなかった。

「…すみません、あなたの顔に汚らわしいものをつけてしまったようです。」

青年はほたるの頬を布で綺麗に拭いてくれる。


『ありがと。』

「礼はいりませんよ。しかし、あまり裏路地に入らない方がいい。ここはあなたにとって危険です。」

『ん。』


ほたるはそう言って頷いた瞬間、遠くで彼女の名前を呼ぶ声が聞こえた。思わずゲゲっと顔を潜めてしまう。

「追われているのですか?」

『…』

「その格好から察すると、病室を抜け出してきた…だから裸足なんですね。まったく、血は争えないとはよく言う、あの女(ひと)と行動がそっくりだ。」


青年は頭上でクスリと笑ってほたるを抱き上げた。


「途中までなら僕がお送りしますよ、脱走中の子猫ちゃん。僕の名前は白夜。貴女の母親とお友達でした。」


ほたるは顔が近くなった青年の瞳を見た。サングラスごしだけど綺麗な緑色の瞳が透けて見える。

『ほたる…』

名前を名乗ろうとした時に、白夜の細くて長い人差し指で口元に当てられた。そして、彼女を抱え上げたまま白夜は歩き始める。

「…僕には、あなたの名前を呼ぶ資格はない。」

とても切なそうに白夜は笑った。



―――――――…

銀時が病院にたどり着くと、そこは真撰組で騒然としていた。

「おいおい…今度はなんの騒ぎだこりゃ、おおーい多串君〜」

病院の受付辺りで沖田と一緒にいる土方に銀時は手を振る。呼ばれた土方はツカツカと歩くと銀時の襟首を掴んで引き寄せた。

「おい、ほたるがいなくなった。テメェなら居場所が分かるんじゃねぇか?吐け。」

「は…ハァァァ?何、あの子また迷子になってんの?」

「迷子じゃねェですぜ。病室から椅子使って逃げたんでさァ。」

沖田の言葉に目を見開く銀時。しかし、土方の手を振り払ってため息をついた。

「なんでほたるを見張っておかなかった?テメェらのミスだろが。」

「あんだとコラ。」

「すいやせん旦那。俺のミスでさァ。ですが、ほたるの様子は昨日からおかしくてねィ。旦那、アンタ達の会話…丁度ほたるが聞いちまいやして。」

「何、沖田君。オレを脅してるの?」

「連帯責任でさァ。」

シレッと言った沖田の言葉に銀時は口元を引き攣らせながらも了承した。

「ま、ほたるが話を聞いてたとするなら、むかう先は水野のジジイの所だろうな。一先ず、テメェらで先行ってろや。」

「なんでテメェに指図されなきゃなんねぇんだよ。」


「旦那はどうすんですかィ?」

「ちょっと野暮用でな、すぐ追いつく。」

「……分かりやした。行きますぜ土方。」

「チッ仕方ねェな…ってちょっと待て、総悟。今土方つった?言っただろコラ。」

「行きますぜマヨラー。」」

「上等だテメェェ!」

――――――…


「―――この道を真っ直ぐ行った所に水野饅頭屋があります。ここから先は一人で行けますか?僕も他に行くところがある。」

『ん…。』

白夜はほたるを降ろすと、一度頭を撫でて路地裏に去っていった。








「お菊が……そうですか…」



近くで知った名前が聞こえたため、ほたるは前へと前へと進んだ。もう一歩を踏み出そうした時、彼女の口が誰かの手によって抑えられる。背筋が恐怖でさわだっていた。


――――――…


「極度の犬アレルギーを起こすお菊さんが、僕たちに頼んで買おうとした訳…それは――」

「私を思って…ですね。寂しくないように、と。ははは、私の家内は相当な馬鹿者だったんですね………ですが、それでも彼女は自分の守りたいものを護って死んだんです。きっと彼女は満足しているんでしょうね。」

苦笑を浮かべる水野に新八は怖ず怖ずと質問した。

「水野さんは…お菊さんが子供を庇って死んだことを……」

「ほたるのこと、知ってたアルか?」


「えぇ、真選組の局長さんが真相を話しにきてくれましたから。彼は頭を下げてくれました。お菊を殺した犯人の天人は同時に幼児連続誘拐の犯人でもあった、と。自分達真選組がもっと早く犯人を突き止めていれば、お菊が殺されることもなかっただろう、と。」


そこまで言った時、新八と神楽の背後からは『んーん、ん”ー!!』「大人しくしなせェ。もっと酷いめにあいたいんですかィ?」「オイ総悟。相手はガキなんだから手加減しとけよ。」と知った声が聞こえてくる。振り向くとゴム手袋をしてほたるを拘束している沖田、ジタバタと抵抗しているほたる、呆れた様子でそれを眺めている土方の姿があった。


「……新八君、神楽ちゃん、私はね、お菊のしたことを非難するつもりはありません。私ももう年だ。きっと老い先も短い。だから分かる。………きっと、家内は賭けてみたくなったんでしょうね。希望ある若い子たちに―――。」

目を細めて涙を流しながら微笑んだ水野さんに僕たちは何も言えなくなった。



「オイオイ、まだくたばんのも感傷に浸るのも早いんじゃねぇの?ジジイの希望ならまだココにいるぜ。」

「銀さん!?」


突如として現れた銀時。しかし彼と共に一人の女性が立っていた。

「……お雪……」

「水野さん、彼女のこと知ってるんですか?」

「え、えぇ。私達の…義娘です―――家内と何年も捜していたんです。っ!まさか!お菊が夜な夜な徘徊するようにいなくなったのは…」


少しずつ震えてくる水野の声。お雪は膝をつき水野の前で泣き崩れた。


「私…私…」


それを見た水野がゆっくりと歩み寄った。そして、お雪の目線に合わせるようにしゃがみこむ。


「.........元気そうで安心したよ、お雪。」


暫く迷った様子だった水野は、次の瞬間には意を決したのか涙を流す彼女を抱きしめた。



――――…


「なんだか場違いみたいですねェ、土方限定で。」

「おい、お前もだろ。はっ倒すぞコラ。」

ほたるはその隙を見て、沖田から抜け出す。そのまま駆け出して、お雪という人の隣にいる水野に向かっていった。






『ーーおばぁちゃんにね、ありがと、いうの』






ほたるの言葉に、水野は目を見開く。彼が周りの人たちを見渡すも、周囲もほたるの言葉が意外だったのか皆一様に驚いていた。


「..........随分と、聡い子なんですね。誰に言われずとも、まるで状況を理解しているようだ。」


再び、水野とほたる視線がぶつかる。


「私から貴女に言えることは一つです。……お願いします。生きてください。どんなことがあっても、精一杯。彼女のためにも。」


コクリと、彼女は頷く。水野からそう言葉を告げられた後、ほたるは土方と沖田に連れられて一旦病院へと戻ることになった。それから、近藤からは涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で抱き着かれたり、土方や沖田からグチグチ説教されたりしたのだけれど、初めての大冒険で疲れたのだろう。説教の途中でスヤスヤと気持ちよさそうに眠りについていた。




「ーーこりゃ、将来は大物だねェ。流石旦那の血を引くガキだ。」


「ーーは!?銀ちゃん、何それどう言うことアル!?」


「ちょ、総一郎君!!まだ神楽には話してないんだから、いきなりカミングアウトするのやめてくれる?頼むから!!」


「へー....だとよ。チャイナ。テメェーには秘密らしいぜ。ハブリだハブリ。」


「ちょ、神楽、違うからね!!マジで沖田くんやめて!!言う、ちゃんと説明するからぁぁぁ」




そう叫ぶ銀時の声が病院内に響き渡り、飛んできた恰幅の良い看護師に怒鳴り込まれるまであと数分。

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