一致団結
――――――…
廊下に出て、今自分が閉めた戸を悔しそうに総悟は睨む。二人と自分を隔てたこの戸は、二人と心も隔てているようにしか見えなかった。
『そ…ご…そご?』
鈴の鳴るような可愛らしい声が響くと、思わず自分の腕の中にいるほたるを見やる。冷えきりそうになった総悟の心がほんの少し暖かくなった。
「ほたるは今日から土方抹殺隊の仲間でさァ。」
これから起こることを想像した総悟はニヤリと笑いながら、自室へと向かった。
―――――…
ブルル
「どうしたトシ。風邪か?」
「いや、ちょっと悪寒が…」
一瞬過った不快な感覚に首を傾けながらタバコを灰皿に押しつけた。
「ってなわけだ。近藤さん。」
「いや、でもそれはあくまでトシの推測なんだろ?」
オレの言葉にいまいち納得していないのか、近藤さんはあまりはっきりと答えない。
「それはそうなんだが…」
「ひーじかーたさん、危ないですぜ。」
ドガーン
突如殺気が走り咄嗟にオレはその場を避けると、オレが座っていたところが焦げている。
煙が晴れると、悪びれもない様子の総悟がいつものバズーカーを持って姿を現した。
「くぉぉうら、総悟ォォ!!ほたるの面倒見てろと言っただろ!!」
オレは思わず総悟の首元の布をつかんだ。
自分のこめかみと口元がピクピクヒクついているのがよくわかる。
「ちゃんと見てやしたよ?土方抹殺隊として、すごい成長ぶりでさァ。」
「オィィィ!!ほたるになんてことさせようとしてンだ!」
すると死角から鞘に納められたままの刀が自分にむかってくるのを感じると、すぐにその場を避けた。
「あーあ、ほたる、言っただろ?土方さんにむけるときは、その鞘から刀を抜くンでィ。」
総悟の言葉に驚いて足元を見ると、体のわりに刀が大きく、刀を持つどころか刀に持たされているほたるのはしゃいでいる姿。
その姿を見るや、オレは呆然としてしまったが、近藤さんの「オレの虎鉄ちゃーんンン!?」という焦りの声で我にかえった。
どういうことだっ!?という意味で総悟を睨む。
「誤解でさァ。オレァ、ほたるにバズーカーの仕方を教えようとしただけですぜ。途中ほたるがそれを持ってきて、気にいっちまったらしく放さねェーんで、面白そうだから代わりに刀での土方抹殺法をと…」
「だから、なんでそうなンだよ!!」
――――…
とりあえずほたるからどうにか刀をとりあげて、オレと近藤さんの向い側にほたると総悟を座らせた。
「まー、誰も怪我しなくて良かったじゃねェか。」
「オレはそうでもねェーがな!」
実際、オレは刀をとりあげた時に嫌がったほたるから発する電気のせいで、少し火傷をしていた。
オレが苦々しげに口を開くのを見て、総悟とほたるが嬉しそうに“ハイタッチ”を交わしている。
もっともそれはほとんど総悟がほたるの手を誘導していたようなものだが。反省の“は”の字もないその様子にオレは再びこめかみをヒクつかせた。
「トシも落ち着け。ほたるちゃん、何事にも興味を持つことはオレァ悪いとは思わねェ。だがな、今の時代、オレたち真選組以外刀を持っちゃならねェんだ。元侍たちにとっては気の毒なことだが、オレはそれで良いと思っている。」
そこで近藤さんは昔を思い出しているのか、懐かしそうに瞳を細め、オレはそっと瞳を閉じて眉を潜める。近藤さんはそんなオレの様子を一瞬見やると、再びほたるに向き直った。
「だがな、ほたるちゃん。今はもうそんなこと必要ねェんだ。」
近藤さんは穏やかな声で告げる。
「例え美しい空を天人の船が悠々と泳いでいようが、でかい顔で街を歩かれようが…そんなことはどうだっていい。例え武器はなくても、己の侍魂を内に秘め立派に生きていけばそれでいい。それを全うしている人の邪魔をする輩はオレたちが、オレたち自身の侍魂と刀を持って排除する。この手で人を切り手を赤く染めるのはオレたちだけで十分だ。この平和の中、女子供が刀を持つ必要がどこにある?」
近藤さんの話にほたるが理解できたとは思わねェ。だが、総悟は違うはずだ。これでほたるに刀を持たせるなんてバカなことを…
「近藤さん、オレたち真選組の目が届く範囲も限られてまさァ。実際、ほたるぐらいのガキらが連続的に誘拐されているって話聞きやしたでしょ。近ごろは物騒だ…本物とまでは言わねェまでも、木刀の扱い方くらいは知ってた方がいいはずでィ。(木刀があれば電撃時のほたるのリーチを補えまさァ。土方コノヤロー、見てなせェ。)」
「まー、それなら良いだろ。な?トシ。」
「あぁ。」
オレと近藤さんは、総悟の裏の考えを知らずに渋々提案にのることになった。
「よし!じゃあ、トシと総悟はほたるちゃんを連れて、ほたるちゃんにあった木刀を買ってこい。屯所の木刀はほたるちゃんにとって大きすぎるからな。」
数分後、オレたち三人は屯所を後にした。
――――…
ガラガラ
万事屋の玄関の扉があき、神楽ちゃんが帰ってきた。
僕と目があい、神楽ちゃんは期待した目をするが、僕は首を横にふった。それにともない神楽ちゃんの表情が暗くしずむ。
僕は神楽ちゃんを居間に連れていった。
「銀ちゃーん、ほたる見つからなかったアル。」
最後の頼みである神楽ちゃんの報告は惨敗。
僕もついさっき同じ報告を銀さんにした。昨日から探しているのに、全然ほたるちゃんの消息がつかめない。
「だから言ったろ?アイツは迷子だったんだ。保護者が見つかって自分ちに帰ったんだよ。」
ソファーで寝ながらジャンプを読みふける様子は、ほたるちゃんのことを心配してなさそうに見えるけど、そうじゃない。
銀さんの背中とソファーに挟まっている新聞紙は、さっきまで銀さんが読んでいたもので、それが何よりの証拠。
アレには一面に《幼児連続誘拐。犯人や誘拐された幼児、未だ見つからず。》という記事が書かれていた。
神楽ちゃんと僕も銀さんの向い側のソファーに座ると空気が一段と重くなる。
隣で神楽ちゃんが自身の責任を感じているのが伝わってきた。
「私、もう一度探してくるネ。…定春おいで。」
「待って、神楽ちゃん。僕も行くよ。」
そう言って僕は再び探しに行こうとしている神楽ちゃんの腕をひいた。
「ほたるちゃんはもう僕らの仲間だからね。」
「…新八。」
銀さんはあの新聞紙を隠そうとしていたけど、ワイドショーが大好きな神楽ちゃんのことだから、巷を騒がしているあのニュースを知っているのだろう。
それを承知しながら、銀さんが記事を隠していたのはやっぱり神楽ちゃんを気遣っているから。
「銀さん、ほたるちゃんを探してきます。ほたるちゃんは大丈夫だって信じてますから。」
僕らが出ていこうとした時、銀さんが深くため息をはいてジャンプを閉じた。
「わーったよ!オレも探しにいきゃいいんだろ!」
銀さんの言葉に神楽ちゃんが嬉しそうに銀さんに飛び付く。
銀さんはぐぇっと変な声をだしながらも、神楽ちゃんの頭を面倒くさそうになでていた。
「神楽、ほたるは大丈夫だ。あいつの電流は半端ねェーよ。」
「…そんなこと知ってるアル。私、全然心配してないネ。」
「アン!」
二人の変な意地の張り合いを聞きながら僕たち三人と一匹は万事屋を後にする。
「不良娘に一発説教たれねェとな。」
ぼそりと呟いた銀さんの独り言に思わず僕は苦笑した。開けた玄関から入った強い風が部屋へと通り抜け、先程銀さんがぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に捨てた記事をくしゃりと揺らしていた。