Lucky 7 緩やかな丘を登り、ごろりと草原へ寝転んだ。 優しい草の匂いが心地好い、このまま眠ってしまいそうだとルフレは小さく笑った。 そう言えばここのところずっと戦に身を投じるばかりで、まともに休んだのはいつだったかすら思い出すことが難しいことに気付く。 いつからだろう、こんなに死に物狂いで戦っていたのは。 陽はまだ落ちそうにない、ゆっくりと考えることにしよう。 そう思った矢先、誰かが丘を登ってくる足音がした。 さく、さく、と短い草を掻き分けるような規則正しい音は少し離れた場所で止まった、此処まで来るつもりはないらしい。 「ロンクーさん、どうされたんですか?」 呼びかけると、ああ、だとか、いや、だとかいつもの彼らしからぬ歯切れの悪い言葉が返ってきた。 両足を宙に浮かせて地面に叩きつける要領で起き上がる。 背筋に感じるいつもより注意力の欠けた視線。 不器用な彼のことだ、きっと誰かが何かを言っていてそれを気にしているのだろう。 立ち上がってロンクーの隣に歩み寄った。 「何かありましたか?」 「……お前は、」 そこまで言って口を噤む。 一体全体何を考えているのだろうか、普段から少しばかり読み取りにくい部分はあるものの今日はいつも以上だ。 ルフレは瞳の前に落ちる前髪を掻き分けて彼を見上げた。 女性らしいと絶賛された体格で彼に近付けたのは、ルフレのその男女の枠組みを真正面からぶち抜く性格ゆえだろう。 女嫌いで、気難しく、会話さえ禄にしようとしなかったロンクーの心の内側にするりと潜り込み、いつしか互いに想い合う関係になったのは先日。 愛を語らうにはまだ気恥ずかしさが抜け切らぬものの、妻として、夫として、互いに最高のパートナーだと思っている。 ……のだが、どうしてか今日だけは様子がおかしい。 つかの間の休息を夫婦水入らずで過ごすにはいい機会かもしれない、それならば彼の憂いを晴らすのが得策だろうなどと軍師らしい思考で纏め上げてルフレは微笑んだ。 「私たち夫婦じゃありませんか、なにをそう隠す必要が在るんです。ね、ぱーっと言っちゃいましょう。楽になりますよ?」 「それで楽になったら苦労はしない……」 「あら、そうですか。」 残念、失敗に終わってしまったようだ。 どうやら彼にもそれなりのプライドがあるのだろう、ましてや相手は妻と言えど女だ。 女に頼る生活を今までしてこなかった分……或いは誰かに頼ると言うことをしてこなかったから。 不意にルフレの脳裏を過ぎったのは、彼の生い立ち。 バジーリオから少しは聞いたと言えど胸を張って彼の全てを知っていますと言えるだろうか。 答えは否である。 勿論記憶喪失であるルフレも自身のことを全部知っていますと言えないのだから、もうこればかりはどうしようもない。 多分、というか恐らくロンクー自身もどう言っていいのか分からなくて困っているのだろう。 言えない以上此方から窺い知ることは出来ない、相手の考えていることを丸ごと知ることなど不可能なのだから。 「ねえ、ロンクーさん。」 「……どうした。」 「座りませんか?草の香りがとても優しくて、癒されますよ。」 節くれてごつごつとした、刃を握る男の手をそっと握り締めて先程まで自分が寝転んでいた場所へ、導いた。 唐突な行動だったので少し足が縺れたように見えたが、そこは指摘する点ではないだろう。 隣り合って腰掛けて、ルフレは先程同様丘の上に寝転んだ。 ロンクーも倣って寝転ぶか一瞬悩んだようだったが、敢えて片膝を寄せて座る方を選んだようだ。 「……いい香りだ。」 「でしょう、久し振りのお休みにはうってつけだと思いまして。」 「そうだな……」 「本当は一人でお休みを満喫しようかと思ったんですが、ロンクーさんがいらしてくれたので……」 「済まない。」 「何で謝るんですか。修行が忙しいかなって思っていたから嬉しかったんですよ?」 他愛のない話だった。 なんでもない、ただ、しっとりと言の葉を紡ぐだけ。 それでも愛した人が隣にいるだけで、えもいわれぬ幸福が満ち満ちてくるのだ。 「…………ルフレ、お前は幸せか?」 「え?」 「いや、ヴェイクに言われたんだ……結婚したなら最後まで責任を持て、と。」 「ヴェイクさんが?」 「ああ……」 おちゃらけただけの男かと思ったが、彼も妻を娶って変わったようだ。 まあ、相手が王族ならば嫌でもしっかりするのかもしれない。 「リズさんも幸せですものね、そういう風に言える男性と結ばれたんですもの。」 「……俺はそうは言えない。」 ああ、どうやらずっと、これを悩んでいたようだ。 責任や覚悟、そんなものは愛を吐いてくれたあの日に数え切れないくらいに貰ったと言うのに。 相も変わらず視線を彷徨わせる夫に小さく苦笑が漏れる。 ロンクーはそういうところが真面目なのだ、そこが愛おしいのだけれど。 「私は幸せですよ?だってロンクーさんが私を愛してくれたのですから。」 「ルフレ……」 もっとも、愛していないのならあの求愛を受けるはずがない。 気付いてほしいのに、鋭い剣士も恋愛ごとには殊に疎いようだ。 まあ勿論自分だっていつの間にか惚れていて、愛だの恋だのも書物の中でしか知ることが出来ない世界だったのだが。 だから、これでいい。 寧ろ彼であったからこそ命を懸けた死闘も掻い潜り、そうして生き抜いた時には彼の腕の中でさめざめと泣けるのだ。 ひとつ間違えば全てを散らせてしまう、軍師という重い役割の中で。 「俺は、お前を幸せに出来るか?」 「ええ勿論。今だって幸せです……この戦争が終わったら、フェリアでちゃんとした祝言を挙げてくれるといったのは何処の誰でしたっけ?」 「……俺だ。」 「ね?」 約束を、したのだ。 彼の育った場所で、生涯を共にと。 ルフレはそっと起き上がって、ロンクーと向き合った。 そして小指を彼の前に見せた。 「約束。指切りと言うんです。」 古びた書物で読んだ、約束のしるし。 小指と小指を結んで約束だよ、と。 もう陽は随分と遠くへ姿を消してしまったようだ。 繋いだ小指の傍、薬指には消えない愛の証がそこに輝いていた。 |