Lucky 7 *ルフサリャ、クロオリ前提 父が邪竜だと知って、最初に浮かべたのは蒼い髪の傭兵の姿。ごめんなさい、届くはずがない謝罪が悲鳴をあげる。 過去へ向かうほんの少し前、背に痛みを感じて姿見を覗けば見知った後ろ姿に、見慣れない痣が浮かび上がっていた。見慣れない、けれど見たことがある。妹と父の手の甲に、これと同じものがあったのをノワールは知っていた。 イーリス城の書庫、閲覧禁止の棚の奥の奥。誰も読まない場所に忘れ去られた一角に、とても古い書物があったのをノワールは知っている。 母を喪った頃、独学で学んだ軍略と呪術。その中に紛れていた、背に浮かび上がった痣の意味。 「お別れしましょう。」 その日は風が強かった。 彼女が囚われた牢からも、鉄格子越しに残り少ない葉が揺れるのが見て取れた。邪竜の娘だと、裏切り者の姉だと、抵抗すら出来ぬままイーリス城の牢へと閉じ込められてから一週間が経ったのか。王子の特権として罪人に会う、建前で取り繕った逢瀬は毎日続いていた。 弓兵としての装束の上に父の遺した外套を羽織るノワールの体は、元々細い線がやつれてしまったようだ。 「……嫌だ。」 「我儘言っちゃ駄目よ、イーリスの王子様が罪人とお付き合いしているなんて……況してや私は、父さんの……邪竜の娘なのよ?」 心なしか、アズールの体は震えていた。 知っている。彼は人一倍優しくて、人一倍臆病者なのだ。こんな決断を迫るなんて酷い女だ、そう思ってほしい。ノワールの瞳が静かに揺れる。まるで漣に浚われるかのように。 彼の開いた口は酸素を求める魚のようにぱくぱくと開閉する。涙で潤んだ瞳の奥に見える、聖痕。その恭しい輝きすら、今のノワールには眩しすぎる。アズールという輝きを振り切るように首を振り、ノワールは緩やかに父の外套を脱ぎ落とした。ばさりと音を立てるその様に、アズールは今度こそ言葉を失う。 彼女が後ろを向いた姿。以前破れたままに放っておかれた衣類の纏わない肩甲骨の下に刻まれた、邪の痣。 「ナーガ様のお力を借りる少し前にね、邪痕が浮かび上がってきたの……きっと父さんが、私に流れる邪竜の血を強制的に呼び覚ましたのね……」 「ノワール、僕はそんなことで君を虐げたりしない……っ!だから、そんなこと……」 「あなたが認めてくれても、世界は認めてくれないわ。」 平時のおっかなびっくりと泣き声をあげる彼女は、そこにいなかった。いるのは、凛とした瞳で聖なる血筋の青年を見つめる軍師の娘。枷や錠といった拘束具すら、アズールのお陰で見逃してもらったのは待遇が良すぎるとノワールは笑う。それも、随分昔に思えた。 何もかも知らないと叫べば許される子供の時間は、もう終わっていた。だから、彼女は笑うのだ。 「さよなら、アズール……どうか幸せな未来を。」 気付けば空は茜色に染まり始めていた。空が闇に落ちる前の色。父が母を迎えにいく、そんな色。 ノワールとは遠い国の言葉で黒だと教わったことがある。それを教えてくれたのが父だったか母だったかは、もう覚えていない。彼女はこの空の色が好きだった。父と同じ、自身を彩る橙の色。世界が炎に包まれるよう、昼が夜を呼びにいくよう、そんな甘やかな微睡みの色。 「ごめんなさい、アズール……」 漏れた謝罪が何に対してなのか、今のノワールに知る由もない。ただ口をついた、静かな言の葉は拾われることもなく。元々存在しなかったかのように、砕けて消えた。アズールに聞こえなければ、それで構わない。外で揺れる木の葉は、びゅう、と強く吹き荒ぶ風に連れ去られた。 「大好き、愛しているわ。」 「ノワー……ル、」 幼い頃に泣きじゃくる、あの姿がリフレインする。そんな彼の頬を優しく包み、額に静かに口付けて、ノワールは微笑んだ。 |