昔からずっと誰かに泣き顔を見られたくはなかった。それでも凛月とふたりで暮らす家には隠れて泣けるような場所なんてどこにもなく、たぶんすぐに気付かれてしまう。


「りーつ」

「どうしたの……って、ぅわっ」


 完全にオフモードでくつろいでいた凛月の背後から近づき、床にぺたりと座り込んでほそい腰に腕を回して密着するように抱きつく。背中にひっつけた頬から凛月の体温が服越しに伝わって、自分のじゃない誰かの体温に安心する。お風呂上がりの凛月はぬくぬくだ。


「ちょっとだけでいいから、このままでいさせて」

「え〜、しょうがないなあ」


 ごめんねとちいさく呟いて、さらに抱きしめる腕を痛くない程度に力を込めた。いつもならしばらく経てば喉元を過ぎてしまいそうなこともやけにつっかえて、必死に耐えようとしても目から涙となってあふれ出てくる。はやく泣き止まないと、凛月に泣いてるのバレちゃうな。ず、と鼻をすすって涙を拭おうと腰から手を離したところ、手首をきゅっと握られた。


「……っ、りつ?」


 驚いて反射的に顔を上げた先で、上半身を半分こちらに向ける凛月が一瞬瞠目する。いつもの眠たげな凛月の赤い目には、いまのわたしはどう映っているんだろう。


「なんでそんなに鼻すすってるの」

「ちょっと風邪気味かも。ほら、朝晩とか冷え込むし」

「じゃあなんで涙が出てるの」

「……さっき、欠伸がとまらなくて」


 えへへ、と笑ってみせるわたしの下手くそな嘘を凛月が見抜けないはずもなく、親指の腹でするりと涙を拭われる。「ふぅん、そっか」とおとされる声がやさしくて、触れる指先があたたかい。つけ込んでほしくないところを察して、何も言わずにただ傍にいてくれる。そんな凛月のやさしさにまた目頭がじわじわと熱を帯び始めた。やだな、せっかく止まったと思ったのに。

 りつ、と震える声で呼ぶわたしを、なぁに? とやわらかく目を細めた凛月が脇下に手を当てて自分の膝上に乗せる。目線のすこし下にいる凛月はぼやけて滲んでいた。


「だいじょうぶ、いまは俺だけしかいないよ。もし疲れて寝ちゃっても、俺がベッドにまでちゃんと連れていってあげる」


 えらいえらい、よくがんばったねぇ。


 のんびりとした凛月の心地よい声がすっと耳に馴染んでいく。いつもよりもすこしだけ強い力で抱きしめられた凛月の腕の中でならきっと、ずっと抱え込んでいた心情や泣き顔でさえもぜんぶさらけ出せるような気がした。





透明なまぼろし
20201126

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