年下だったなまえが同級生になってから二度目の春を迎え、俺の初恋も二年目を迎えようとしている。遠回しなアプローチではなまえに気付いてもらえないと分かってからは自分なりにスキンシップを多めにはかったり、休み時間には膝枕を要求したりと色々と好意を示しているつもりだが一向になまえに伝わる気配はまったくない。ほんと、いつになったら気付いてくれるんだろう。


「今日は暖かいからお昼寝にもよさそうですね」

「ふふ、そうだねえ。……あ、それって俺に膝枕してくれるってこと?」


 木陰でお弁当を食べたあと、ぼんやりと空を眺めたなまえが気持ちよさそうに目を細める。木漏れ日に照らされて綺麗だと思ったなまえの横顔は、俺の言葉に驚いたのか勢いよくこちらに正面を向けられた。そして、凛月さんなら有無を言わさず膝枕をさせてくるのかと思いました……となんとも失礼な一言をもらす。確かに時々何も言わずになまえの膝へ頭を預けたことはあったが、それは俺が女の子に対してこうして甘えているのはなまえだけであるということを中々気付いてもらえない苛立ちからであって、決して横暴なわけではない。一度、「あんず先輩と付き合ってるんですか?」」と聞かれたときは本当にどうしてやろうかと思った。


 過去の苦い思い出に渋い顔をしていた俺に、正座をしてたたずまいと共にスカートのプリーツも直したなまえは、どうぞとでも言いたげに自身の足を叩く。


「お昼休憩が終わる前にはちゃんと起こしますから、凛月さんもちゃんと午後からの授業に出てくださいね」











 なまえの膝枕を堪能したあとで午後の授業も半ば強制的に受けさせられたあの日から数週間が経ち、なまえとの距離も順調に縮んでいっているように感じる。時間が合えば一緒に帰路につくことも多く、打ち解けられたなまえから向けられる表情や態度はとても可愛らしい。このまま外堀を埋めながら少しずつ、彼女の目も俺だけを映してくれたらいい。そう思っていた俺の心は、なまえを狙っている誰かがいるらしいという噂にほんの些細な焦りに襲われた。


「あ、この前凛月さんがインタビューされていた雑誌を見ましたよ。とってもかっこよかったです!」

「そう? あんたから褒められるのがいちばん嬉しい。ありがとう」


 いつものように薄暗い夜の帰り道を並んで歩きながら、他愛ない話を交わす。ほんの僅かな時間でもなまえの隣を独占したいと思ってしまう俺の隣で、何も知らないなまえがそうにこやかに笑いかける。心からのうそ偽りのない言葉で笑い返すと、ここぞとばかりにずっと気になっていたことを口にした。


「そういえばインタビューの中で、恋愛関係のものがあったんだよねえ。もちろん当たり障りのないことしか答えられなかったけど。……なまえはどうなの? 好きな人とか、いたりする?」


 努めて平静を装いつつ、ドクドクと大きな音を立てる心臓が彼女に気付かれないことを祈る。そうですねえ……と視線を宙に泳がせたなまえは、ゆっくりと歩みを止めた。


「実は、もうすぐ片想いを初めて三年になる方がいるんです。気まぐれな猫みたいな方でいつも何を考えているのか分からないけれど、凛としたお月様のような愛情も持ち合わせている方」


 なまえにつられるように自身も足を止めると、慈しむようにどこまでもやさしい声音で誰かを思い浮かべるように話す彼女から目が離せなくなる。それってもしかして……というあまい希望がふつふつとわき上がり、手のひらがじわりと熱を帯びる。垂れた横髪を耳にかけたなまえは、でも、とさらに言葉を続けた。


「これからもずっと彼の隣にいられるのはきっと私じゃないんです。もっと、私なんかよりお似合いの方がいらっしゃいます。……だから、高校を卒業するときにこの恋心も綺麗な思い出として心にしまっておこうと決めました」


 いつも自分を押し殺してまで他人を優先させようとする彼女の、誰になんと言われても絶対揺るがないという強い意志の感じる、初めて聞いた本音にも近いその言葉。凛月さんだから言えたんですよ、と無理やり作ったような笑顔を貼り付ける彼女に思わず立ち尽くす。



 ねえ、俺はね、まだあんたに伝えてないことがあるの。ずっと心に秘めたまま、口に出すのを怖がっていたこと。もしあんたがそれに頷いてくれたのなら、死ぬまでずっとうんと甘やかして俺の手で幸せにしてあげたかったのに。



 あともう一年間だけ、知らん振りをさせてほしかったなあ。と泣き笑いの表情を浮かべるなまえに、今までの下心はすべて伝わっていたことを知る。俯いてしまったなまえのすぐ下で、ぽつりぽつりと冷たい地面にいくつかの小さなシミができ、守りたいと思っていた華奢な肩は小刻みに震える。夏の空気が爪先を掠めた頃、俺は人生で初めての失恋をした。





水没する檸檬
20200628

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