ルフレ君に庭を案内すると約束してから数週間も経ってしまった。そういえば今夜はどう、とルフレ君に誘われたので夜に防寒着を羽織り、ルフレ君と庭にでた。何故かリンクとカムイ、クラウドまでついてきていて、ルフレ君がにこにこ顔でゆっくりと彼らを見まわした。
「君たち鍛錬はいいのかい?」
「おまえとなまえを二人きりにさせてたまるか!」
「俺は今更ここの施設見学会があると聞いて来たんだが」
「カムイに同じく」
「ちっ」
ルフレ君は舌打ちをして、私の手を握ってきた。びっくりしていると、「ルフレてめぇ!」と、リンクに離された。
案内が進まなそうな気がしたので私は皆より先に歩き出し、庭園を案内することにした。
「庭もね毎日ワドルディ達が整えてくれてるんだ」
「ワドルディ?」
「たまに廊下とかでみるでしょ?オレンジ色のちっちゃい子達」
「あー僕がここに来た時にいたやつか」
「見たことあるな」
ルフレ君とカムイがうんうんと頷く中クラウドだけが黙っていた。クラウドはここに慣れてきたみたいだけど、静かでいつも冷静だ。アイクよりも喋らないかも。
「こっちの棟の中も、あっちの闘技場も全部掃除してくれてて、ご飯も大体は彼らが作ってくれてるの」
「おまえら感謝しろよ」
リンクが偉そうに言ったけど、皆に無視された。
三十分くらい庭を適当に歩いて回って、母屋に戻った。食堂に入ると、皆が輪になってざわざわしていた。
なんだろうと近づいてみると輪の中心にいる知らない女の子、いや、マルスが何日か前に拾って医務室に届けられた女の子がマルスに抱きついていた。
「マルス様会いたかったです!」
「は? 誰君?」
「そんな! 私はシーダお姉様の妹のリュグナです!」
「シーダ? 誰それ?」
「マルス様!? お忘れになってしまったのですか? シーダお姉様はあなたの……いえ、私はあなたの許嫁です!」
どきっとした。心臓が痛い程脈打って、背中が冷え、気持ち悪くなった。
許嫁? マルスに許嫁がいたなんて……そんなこと聞いてない。
「なまえさん? 大丈夫?」
「大丈夫か?」
一緒にいた皆が声をかけてくれたけれど、誰が誰だか判別できないくらい、何故か気が遠のいていた。
「なまえさん、部屋に戻ったほうがいいよ。顔が真っ青だ。僕に捕まって」
「そうはさせないぜ!」
誰かに腕を引っ張られたけれど、それは直ぐに離れた。
「こんな時に何するんだ!」
「それはこっちの台詞だ!」
「クラウド、仲裁頼むよ」
「俺がか?」
「頼むよ」
「仕方ないな」
誰かが騒いでいる中、他の誰かに肩を抱かれ支えられつつ歩いた。
「安心して。医務室に連れて行くよ」
数歩歩いたくらいで突然体が浮いた気がした。気づいたらベッドの中にいた。医務室だ。服が何故か寝巻きに着替えさせられていて、カムイがベッドの脇のスツールに腰掛けていた。
「大丈夫か?」
カムイが私の顔を覗き込み、頬に触れてきた。
「熱がありそうだ。苦しくないか?」
頷いたけれど、実際は熱っぽく胸は苦しい。
「カムイが運んでくれたの?ごめんね」
「気にするな。仲間が傷ついたなら助けるのが当然だ」
カムイはそう言って微笑んでくれた。こんな至近距離で微笑まれると気恥ずかしくて私は目を合わせられなかった。
「なまえはマルス王子が好きなのか?」
突然聞かれて驚いたけれど、事実なので頷いた。そして、マルスの許嫁を思い出して泣きそうになった。
「今日はもう寝たほうがいいな」
カムイはそういって私の頭を撫でてくれた。優しくて気持ちいい。カムイは頭を撫で慣れているみたいだ。妹とか弟がいたのかもしれない。
「君は俺やルフレと似ているな」
「え?どのへんが?」
「顔とかそういうのではなく、何の色にも染まらないところ……君も自分で色を選べるんだ」
カムイの言いたいことはよくわからない。けど、それはカムイやルフレ君と同じように私は自分で何かを選ばなくてはいけないということなのかもしれない。
「カムイは選んだの?」
「俺はまだ……選ぶ前にここに来た」
「正しいものが選べるといいね」
「ああ」
カムイは優しく微笑んで額にキスをしてくれた。仲間内にこんなことをされるのは初めてだけど、私のこと妹みたいな扱いをしている気がして特別意識するようなものではなかった。
「一人で寝られるか?」
「こんな広いところで一人は寂しいけど、大丈夫。あ、そういえばこの着替えって……」
「そ、それは違う!ワドルディ達がやってくれた。見てはいない!」
「ならいいの。お休みなさい」
「あ、ああ。お休み」
カムイは踵を返して、医務室からでていってしまった。残された私は、明かりを消し悲しいことを思い出さないように目をぎゅっと瞑った。
マルスの許嫁、リュグナのことがずっと頭から離れなかった。彼女のいうことが本当なら何でマルスは許嫁のことを黙っていたのかな。マルスは知らないと言った。本当に知らなかったのかな。
ふと、自分の出生を思い出した。前にいた世界。もう戻ることのできない世界。親のことは思い出せる。自分の家も街も街の外へ出るあの道も。ただ、自分の仲間のことはうっすらとしか覚えていなかった。いつも隣にいた笑顔が印象的な青年と……他は思い出せなかった。ひょっとしたら、自分にも結婚を誓った人がいたのかもしれない。そう考えると怖かった。でももうこの世界にはかつての仲間はいない。この先現れることがあっても私はマルスが好き。それだけは変わらない。マルスもきっと、私を好きでいてくれるはず。そう自分に言い聞かせて、悲しい気持を抑え込んだ。息苦しい感じから逃れようとチョーカーを外すと少し楽になり、手探りでベッドの脇のチェストに置いて何も考えないように寝ることにした。
意識の落ちる前、あの暑い夏の日にノワール横丁で会った人に言われた言葉を思い出した。
『なまえ!本当に俺のことを忘れたのか?』
『俺はお前のことを守る。そういう約束だったからな』
質の悪いストーカーだと思っていたけど、今となってはもしかしたら本当に前にいた世界の私の仲間だったのかもしれない。
瞼の裏に彼が私に笑顔で話しかけてきた時の情景が浮かんで、そして消えた。