苦しい、苦しい。
息を吸おうとしても、空気が喉を通らなくて必死にもがいた。段々視界が暗くなり、鉛のように重くなった体は深く落ちていった。
ふわりふわりと軽やかな空間に包まれた。ぼやけた空間。ぼやけた輪郭。暖かなベッドの中でいつも見る夢だと気づいた。いつものように知らない青髪の王子様みたいな人が私に向かって何かを話している。何を言っているかは分からない。王子様の顔が段々険しくなってきた。王子様が近づいてくる。手が伸びてきた。怖い。逃げなくちゃ。
場面がパッと切り替わり、真っ暗になった。夢なのか現実なのかわからない。体が段々軽くなって浮き上がり、少し明るい場所に出た気がした。早く起きてこの場から離れなくちゃいけないのに軽くなったはずの体はいうことを聞かなかった。
突然再び暗くなった感じがして、私は怖くなり、反射的に目を開くと、金髪の男の人の顔が間近にあった。
「きゃああああああ」
「だ、大丈夫か? 驚かせて悪い!」
咄嗟に逃げようとして初めて自分が水の中にいることに気がついた。水底に足をつけようとすると全くかすりもせず、立ち泳ぎするしかなかった。必死に冷たい水をかきわけ、男の人から離れようとするけれど、直ぐに服を掴まれてしまった。
「大丈夫だ! 助けようとしただけだ!」
「やだっ! 離してっ!」
暴れると今度は腕を掴まれた。怖くなって水面に潜って逃げようとすると後ろから羽交い締めされた。
「お、お願いだから殺さないで!」
「そんなことするわけないだろ!」
「リンクー! どうしたのですかー!?」
「リンクの兄ちゃん大丈夫ー!?」
声がした方を見ると、五メートル程先の岸際でお姫様みたいな恰好をした女の人がこっちに向かって手を大きく振っていて、その隣には赤い帽子を被った快活そうな男の子がいた。様子を見るに彼女達とこの男の人は知り合いみたいだ。
ほっとして、一気に力が抜けた。子連れのカップルに悪い人はいない。男の人も今思えば、優しい声だ。振り返ってみれば、とても端正な顔立ちをしていた。うぅ。かっこいい人相手に暴れていた自分が恥ずかしい。
「俺が岸まで連れて行くから安心してくれ」
彼は私を掴んだまま水の抵抗を受けながらくるりと周って少し仰向けになりながら泳ぎ、あっという間に岸まで運んでくれた。
女性の手を借りて陸に上がり、そのまま地面に倒れこんだ。
「大丈夫ですか?」
「お姉ちゃんすっごく暴れてたねぇ!」
「あ、ありがとう。大丈夫……」
とはいったものの、とても体力を使ったみたいで体が重くて息苦しくて辛い。しばらく呼吸を整えながら、陸に上がる男の人とそれを見守る女の人と子供を見ていた。自分と歳の近そうな男女は全体的に色素が薄く耳がとんがっている。男の子は黒髪で髪と同じ色の大きな目をしているけれど、耳はとんがってはいない。三人共、見慣れない人種だ。気づかないうちに国境を越えて知らない土地まで来ちゃったのかな。そもそも何で私は湖なんかにいたんだろう。
「大丈夫か?」
「うん。助けてくれてありがとう」
男の人がびしょ濡れの服の裾を絞りながら話しかけてきた。冷静に考えれば助けてくれなくても一人で問題なかったけれど、善意を感じたので自然とお礼の言葉がでてきた。
「色々聞きたいが、まだ寒いしな。風邪引いちまう。あ、もう夕暮れじゃないか! 急いで連れて帰るぞ!」
「ええ。それがいいですね」
「リュカとピカチュウはどうしたんだ?」
「お腹すいたから先帰るってー」
「あいつら……」
三人の会話を聞きながら、これからどうなるのだろうと不安になった。ここに至るまでの経緯が思い出せなかった。そんな不安が顔に出ていたのか、三人とも笑って積極的に話しかけてくれた。お互いに自己紹介をしながら、びしょびしょのまま歩いた。そして幾ばくかわからない距離をくしゃみしながら進むと、ついに体力の限界がきた。
「おい、なまえ!」
「なまえ!」
「なまえお姉ちゃん!」
薄れる意識の中、私の名前を呼ぶ声が耳の中で何回も繰り返し響いた。