目覚めると薄暗い部屋にいた。身を起こして周りをよく見ると、ベッドや棚が部屋いっぱいある。目に止まった窓の外はとても暗く、部屋の天井には見たことのない小さな灯りがついていた。
そういえば私は何故か湖にいて、そこから平坦な道を歩いていた途中で倒れたんだ。となると、ここはリンク達が言っていたホームなのかもしれない。他にも仲間がいっぱいいると言っていたからこんなにベッドが多いのかな。
何で私はこんな見知らぬ土地に来てしまったのかと思い出そうとしたけれど、記憶が途切れ途切れだ。確か誰かに連れられて森に入って……それ以上は思い出せなかった。ただ何故か悲しいという感情だけが残っていた。心が酷く傷ついて苦しい。
ぽたり、と水滴が掛け布団に落ちた。目頭が熱く、絶えず涙が溢れでてきた。どうしても悲しいという感情を抑えきれなかった。
扉が開き、誰かが入って来た。リンクだ。慌てて涙を拭ったけれど、それでも涙が出続けた。
「なまえ? どうしたんだ?」
「なんでもない」
「不安なのか?」
ベッドに腰掛け、リンクは私の背中をさすってくれた。
「わからない。わからないけど、悲しくて……」
「そうか。我慢しなくていいんだぞ。好きに泣いてていいんだ」
「でも……」
出会ったばかりの男の人の前で泣くなんて、と思ったけど涙が制御できずに流れるばかりだ。リンクがぎゅっと肩を抱いてくれて、彼の優しさに余計に涙腺が緩んだ。
「ありがとう」
自然と涙が止まるまで泣き続けた。
*
翌日、ゼルダとリンクの案内で食堂に行き、スマッシュブラザーズという乱闘で生計を立てているメンバー達の前で挨拶をすることになった。リンク達の説明によると、皆別の世界からやってきた人達で、私も同じようにここに来てしまったみたいらしい。皆元いた世界へ帰る手立てがないと言うけれど、帰るつもりもないようで皆満足して楽しそうに暮らしているという。私はそれを聞いて安心した。元の世界のことを覚えていない上に何故か帰りたくない気持ちが強い。
周りを見ると私と同じ人間だけでなく、まん丸のピンクの生物や真っ黄色な兎のような動物等見た目が個性豊かなメンバーがいっぱいいて戸惑いつつも声をはって挨拶をした。
「初めまして、なまえといいます。昨日ここに来たばかりです。早く皆さんに認められてもらえるよう頑張りますのでよろしくお願いします」
周りの反応は温かく、大きな拍手で迎え入れてくれた。
「一緒にお食事しましょう」
金色の髪をした、ピンク色のドレスに身を包んだとてもきれいなお姫様みたいな人が話しかけてくれた。私は二つ返事でお姫様に付いて行き、ここでの独特の食事方法を教えてもらった。席でゆっくり自己紹介しながらとても美味しいごはんを食べて会話を楽しんだ。
「あそこに赤い帽子被った人、いるでしょう? あの人とは関わっちゃダメよ」
「何で?」
ピーチが目線を向けたところを振り向いて見ると、赤い帽子を被っている髭の生えた小柄なおじさんが座りながら、同じような緑色の帽子を被った人や緑色の恐竜の子供みたいな生物と会話を交わしていた。
「あら、何でって言わなくてもわかるでしょう?」
ピーチは綺麗な顔に満面の笑みを浮かべるけど、目だけは全然笑ってない。リンクもゼルダも優しいと思って油断してたけど、この人怖い。
「理由はよくわからないけど、気をつけます……」
「うふふ。私、見てるから」
優雅に小さなコップで香りのいい飲み物を飲みながらピーチは言った。この雰囲気だとピーチはあのおじさんに好意を寄せているってことかな。
いまいち合点がいかなくて、食器が空になったトレーを片付けながら、先ほどのおじさん達がいる方を確認しようと目を向けた。おじさんは何度見てもおじさんで、ピーチにバレないようにと直ぐに視線をテーブルの端の方に向けると鮮やかな青髪の男の人と目があった。
「あ……」
思わず声が漏れてしまった。そのくらい衝撃と緊張で頭が混乱した。急に顔を中心に上半身が熱くなり、どきどきした。
何秒か男の人を見た後、直ぐに視線をそらしたけどまた見たい衝動にかられた。
「私が施設紹介してあげるわ。付いて来なさい」
「う、うん」
ピーチに腕を引っ張られ、引きずられるようにしてついていった。食堂を出る間際、我慢できずに後ろを振り返ると、さっきの人は濃い青髪の人と何かを話しているところが見えた。正面から見た顔も今みたいな横顔もとても綺麗。
食堂を出ると直ぐにピーチは歩みを止め私と向き合った。
「あなた、マルスのこと見てたでしょう?」
「だ、誰のこと?」
「あの趣味の悪いカチューシャティアラつけた青髪のやつ!」
ピーチは先程の口調とは打って変わって乱暴になっている。何で怒ってるのかな。カチューシャティアラなんてつけてたっけ?思い出そうとしてもそんなに長く見てなくて顔すらもうはっきり思い出せなかった。ただ、ふわわーとした大体のイメージは頭の中にはっきり残っていた。とてもかっこよくて、綺麗な人。絶世の美男子かも。
「見てたけど、何で?」
「あいつは止めといた方がいいわ。これはあなたの身の為に言ってるんだから」
「どういうこと?」
「彼と話せばわかるわよ。そりゃ私だって、最初はちょっといいかも、なんて思ってたわ。だけどもう話すと最悪よ!」
過去に何かあったのかな、なんて思う程ピーチは毛嫌いしている様子だ。そんなに酷い人には見えなかったけれど、実際おとぎ話に出てくるようなふわふわしたお姫様かと思ってたピーチが結構普通の女の子みたいだから見た目はその性格の判断材料にはならないのかもしれない。
「私もちょっとかっこいいなぁって見てただけだから。それに私なんかが好きになっていい相手じゃないよ」
「何を言ってるのよ。あの性悪王子が土下座して接してくるべきレベルよあなたは」
ピーチはウィンクすると、またも私の腕を引っ張って暖かな陽射しの眩しい外へ出た。
陽気に反して少し冷たい風は私の顔も体も冷ましてはくれなかった。あの人の顔がどうしても頭から離れなかった。また彼を見たいという気持ちに駆られ、ピーチの説明もあまり頭に入ってこなかった。
*
ピーチに連れられ闘技場を見学して母屋に戻るとリンクが母屋の前の花壇にしゃがみ込んでいた。ピーチにお礼をいって別れ、リンクに話しかけようと近づくとリンクは私に気づいたようで立ち上がり嬉しそうな顔をした。
「闘技場はどうだったんだ?」
「初めて見るものだらけで凄かったよ。リンクは何してるの?」
リンクの手元を見ると片手に大きなハサミ、もう一方の手に少しくすんだ大きな花を持っていた。足元には水の入った透明な鉢があって、リンクの持っているのと同じ花が静かに浮かんでいてとても綺麗だ。
「剪定してんだ」
「せんてい?」
「ここ数日で花が枯れてきたから養分が無駄になる前に花だけ切ってるんだ。夏前には茎も切るぜ。来年も咲かせたいしな」
「凄いね。私もやってみたいかも」
「本当か?じゃあ、気をつけてこれをもつんだ」
リンクからハサミを受け取って、一緒に花壇の前にしゃがみ込んだ。花壇には沢山の花が咲いていて見ていて心が癒された。
リンクに手を取られながら花の切り方を教えてもらい、咲いている花のうち半分以上を切って鉢に浮かべた。とりあえず今日の分は終わりらしくて鉢を抱えて近くの納屋に行き、剪定道具を片付けて母屋に戻った。母屋の入口にあるチェストに鉢を飾った。
「私も花植えたいな」
「じゃあ俺が種買ってくるぜ。なまえは何の花が好きなんだ?」
「えーと、何だろう。名前が出てこないよ。この世界にある花かもわからないし」
「ネットで探して見るか」
「ねっとて何?」
「その説明もしなくちゃな。フォックスに頼んで教えてもらうか」
「フォックス?」
「あー、メンバーの名前も覚えなきゃな。なまえは昨日医務室で寝ただろ? 今日から部屋が使えるんだ。私室の説明もしなくちゃいけない。覚えることだらけだ」
リンクはにっと笑うと私の手を引いて、階段を上った。今日は本当に覚えることがいっぱいで、あの人のことを考える暇もなかった。