僕はウォークインクローゼットのハンガーラックの下で動けないでいた。沢山の女性物の服を頭上に床にうつ伏せに密着し、息を潜めて身うごき一つできない状態だ。何故なら少しでも動けば近くにいるなまえさんとピーチ姫に僕がいることがバレてしまうからだ。もしバレてしまった時のことを考えるだけで胃がキリキリ痛む。服の隙間から向かいの一メートル程先の服の陰に隠れているピカチュウを睨みつけた。ピカチュウは何食わぬ顔で僕の読んでいた本の背表紙をかじり始めた。
こんなことになったきっかけはピカチュウのいたずらだった。僕が大広間で読んでいた本をピカチュウが奪いここまで逃げてきたのだ。僕は追うのに必死でここがどんなところかわからずに入ってしまった。ピカチュウを探してる間にここがどこだかに気づき、ちょうどその時になまえさん達が来てしまったので咄嗟にここに隠れたわけだ。
「どんな服がいいかな」
「男受けを狙うなら白のワンピースが鉄板よ」
盗み聞きしているようで悪いので聞きたくないのに、二人の会話がどうしても耳に入ってきてしまう。僕はなまえさんの白のワンピース姿を想像した。とても似合っていて可愛いと思う。
「買い物するだけだからそんなの別にいいの!」
「うふふ。あんな奴に熱なんてあげてないで、町で素敵な人見つければいいじゃない」
全くもってピーチ姫に同意する。ただ見つけるなら僕であって欲しいけど。
「なんでそういうこと言うの!」
「あ、町じゃなくてもメンバーの中でもいいわよ。あれより素敵な人いるでしょう?」
「素敵な人……例えば?」
「カムイは?」
なまえさんがカムイをどう思っているのか気になる。良い質問だ。
「カムイ……うーん。カムイは私のこと妹扱いしてくるから私も異性として見れないかも……」
「もし迫られたらどうするの?」
「え。カムイが?そんなこと想像できないし、有り得ないよ」
「まあ、彼ちょっと童貞っぽいものね」
随分酷いことを言うな。
「どうてい?」
「あらやだ。知らないのね。じゃあクラウドはどう?」
「クラウド……別にちょっとかっこいいとは思うけど……」
聞かなければよかった。なまえさんはクラウドのことをかっこいいと思ってるのか。ショックだ。確かに男の僕でもクラウドはかっこいいと思う。一時期クラウドの髪型やクールさを真似しようとして似合わなくて直ぐに止めた覚えがある。
「アイクは?」
「女性に興味なさそう」
「ロイは?」
「ロイとは気が合いそうだけど」
「シュルクは?」
「よくわからないよ。もう聞かないで」
「いいじゃない。ねぇ、ルフレなんてどう?」
これだけは怖くて僕は聞きたくなかった。耳を塞ごうにも体を動かせる状態ではない。最悪だ。
「ルフレ君……私は……」
「ピッカァ!」
「あら」
「え?ピカチュウ?そこにいるの?」
なまえさんは僕に臀部を向け四つん這いになってピカチュウのいるところを覗き込んだ。その状態で後ろを振り返られたら僕の存在までバレてしまう。緊張と焦り以上に、今にも下着が見えそうななまえさんの格好にドキドキする。
なまえさんはピカチュウを抱き上げて本を拾うと立ち上がった。僕はひとまず安心した。
「あれ?これルフレ君の本じゃないかな。あ、背表紙に歯型ついてる。ピカチュウかじっちゃ駄目でしょ。めっ!」
「ピカ〜」
「いつの間にそんなところにいたのかしら。ほら、早く外に出してあげなさい」
「うん」
なまえさんはピカチュウを部屋の外に出しに行った。僕もそろそろ出たい。今のタイミングなら出てもまだ許されそうだ。このまま着替えが始まり、もし途中で気づかれたら……絶望だ。
しかし出て行く勇気もなく、なまえさん達はさっきの会話の続きも止め、洋服を選び始めた。これはいよいよバレる気がしてきた。
「どれがいいかなぁ。あ、これにしようかな」
「いいんじゃないかしら」
「悩む時間勿体無いからもうこれにする」
頭上からハンガーごと服を取るような音が聞こえて冷や汗をかいた。なまえさんは気づかなかったみたいで、そのまま着替え始めた。僕の目の前にはなまえさんの脚が見え、なまえさんのいつも履いているスカートがすとんと落ちてきた。これは見てはいけないものだ。僕は静かに目を閉じて我慢することにした。
「あら、可愛いわね」
「恥ずかしいからあんまり見ないで」
「いいじゃない。女同士なんだし」
衣擦れの音や会話が気になって仕方がないけれど、なまえさんを裏切るようなことを僕はしたくない。一生懸命さっきまで読んでいた本の内容を思い浮かべた。『対剣術の闘い方』、第三章、相手の武器に対し体は真半身にすべし……。
「やっぱりこういう色の方が好まれるのかしら」
「マリオはなんて言ってるの?」
「あら、私をからかうつもり?」
「ご、ごめんなさい。なんでもないです……」
「それで、彼の趣味? この色は?」
「そんなんじゃないって! 私の好きな色だから!」
ああああああああ。気になる。駄目だ。第四章を思い出そう。第四章は確か……。
「私はもう着替えたからピーチも早くして」
「はいはい」
なまえさんの脚が出口の方に向かうのが見えた。多分ドレッサーで髪でも整えるのだと思う。何とかやり過ごせそうだ。
その後準備のできた二人はパタパタと部屋をでていった。もしかしたら戻ってくる可能性もあるので、しばらく待ってから出ることにしよう。
キィ、と静かに扉が開く音がした。直ぐに出て行かなくてよかった。多分どちらかが戻ってきたのだろう。
そのままやり過ごそうと思ったが、驚くべきことに僕の目の前を通り過ぎる足はなまえさんのものではなく、ピーチ姫のものでもなかった。音を立てずに動くあのコーヒーブラウンのブーツは明らかにリンクのものだ。まさかとは思うがなまえさんの脱いだ服を盗むわけではないだろうな。もしそうなら僕はそれを阻止しなくてはならない。
「何を、やっているんだ?」
ハンガーラックから這い出て痺れかけた足を伸ばして立ち上がると、リンクがなまえさんのスカートを両手に広げているのがわかった。
「おまえこそ何をやっているんだ!?」
「僕はピカチュウに盗られた本を探していただけだよ。なまえさんのスカートをどうするつもり?」
「ということはおまえ、そんなところでなまえの着替えを覗いてたんだろ!」
「ぼ、僕は覗いてない! なまえさんが出た後にここに来て探してたんだ!」
「嘘つけ! なまえが出てきた後は誰も出入りしていないぞ!」
僕としたことが迂闊だった。なまえさんが出てからリンクがずっと出入口を見張っていたこと等予想するのは容易だったはず。リンクが外に出るまで自由にさせるべきだった。いや、もしかしたらリンクはここで何かをするつもりだったのかもしれない。
僕は必死にリンクの納得しそうな言い訳を頭の中で巡らせた。
「見逃したんじゃないか?」
「いーや! 俺はこの部屋の正面でずっと見ていたから間違いない! しかもおまえなまえのこと好きだろ! なまえのことが好きすぎて覗きしたんだろ!」
なまえさんが好き。そう言葉に出されるとかなり恥ずかしいものがある。急激に顔に熱が上るのを感じた。
「仮に僕がなまえさんのこと好きだとしても、そんなことはしないし、なまえさんが僕の前で裸になっても見たりはしない。君と一緒にしないでくれ。それより君、なまえさんのスカートを持っているのは盗みの現行犯じゃないか」
「う……お、俺もここにピカチュウに盗まれたものを探しに来てただけだ!」
「スカートを盗まれたのかい?」
「違う! ぼ、帽子だ!帽子を盗まれた!」
「君が被っているものはなんだ?」
「これは予備の帽子だ!」
「そのスカートと帽子を間違えるか? 君は日頃からなまえさんをストーキングしているんだからいい加減罪を認めたらどうだ?」
「ストーキングじゃなくてウォッチングだ! なまえウォッチングなら趣味の範囲だろ!」
「訳のわからないこと言ってないで、金輪際ここに入らないことを約束して、そのスカートを元に戻せ」
「ぐぬぬぬっ」
何も言い返せなくなったようで、リンクは歯を食いしばり凄い形相で僕を睨みつけながらスカートをカゴに戻した。
「ここに入ったことは誰にも言わないさ」
「おまえも同罪だからな」
「ピカチュウが本をここに持ってきたのは本当だよ」
「ふんっ」
リンクは扉に手をかけ部屋の外に出た。僕も続いて出ると、ちょうど玄関からカムイが入ってきて僕達を見て立ち止まった。まずい。何でリンクは外出るとき確認しなかったんだ。
「二人ともそこ女性更衣室だよな……?」
目を細めて引きつった表情で尋ねる様子はいつもメンバー達がリンクの奇行を見た時のそれで、僕までそんな目で見られるのは屈辱的だ。
「こ、これは違うぞ!別に着衣済みの洋服を盗もうとかいうあれじゃないぞ!」
ああ、もう最悪だ。
「カムイ、話を聞いてくれ……」
リンクのフォローをしつつも、自分の冤罪を説くとカムイは納得してくれたようだが、それでも数日はカムイと気まずくなったのは言うまでもない。