朝いつも通り食堂で朝食を食べて食後のお茶を持って大広間に行くと、何人かのメンバーが広間の壁掛けテレビの前で騒いでいた。
騒ぐ理由は見ればすぐにわかった。250インチのテレビ画面いっぱいにヒビが入っていた。
「これどうしたの?」
近くにいたフォックスに聞いてみた。
「さぁ。来たらこうなってたから」
「あっ、くそ! タブレットも電波通じねぇ! ルーターかサーバーやられたか?」
ファルコがよく分からない単語を言いながらタブレット端末を揺らし、頭上に上げてふらふらと歩き出した。何してるんだろうと思ってしばらく見守った後にフォックスを見ると目が合った。
「電波探してるんじゃないかな」
フォックスが肩を竦めるあたり、それは不毛なことみたい。
「おい、誰か新聞持って行かなかったか? うわ。テレビどうしたんだ?」
リンクがやって来て、部屋に入ると直ぐに惨事に気づいて唖然とした。
「誰がやったんだ?」
「わからない」
「誰があんなことしたんだろうな。ところでなまえ、新聞知らないか?」
「私新聞読まないよ。リンクも読まないでしょ?」
「ふっ。最近読むようになったんだ。世俗から隔離された場所で世間のニュースを知ることは必要なことなんだぜ。なまえに読み聞かせようか?」
リンクは仁王立ちで片手を腰に当てもう一方の手で髪をかきあげ得意そうな顔をした。
「マルスは新聞読むの知ってるけど……」
「あーあいつに聞こうと思ったんだが、いないんだ。行方知らないよな?」
「知らない」
彼は朝食の席にいなかった。どこにいるのか分からないことがよくあるから最近はもう彼の所在については気にしないようにすることにしていた。
「そうか。じゃあ他まわってみる。一緒に行かないか?」
「遠慮しとく」
リンクとずっと一緒にいるのはあまりよくない。今朝、朝食前に一緒にお花に水やりをしているのを見たピーチに「あなたも悪い女ね〜」と嫌味を言われてしまった。周りから見ると、やっぱりリンクに気を持たせてしまってるように見えるのかもしれない。
「そうか。じゃあ一人でまわってくる……」
リンクは肩を落として、行ってしまった。これでよかったはずだけど、困ったことに断ってもまた他のことで一緒に何かすることを誘ってくる。一緒にいれば世間体が悪い。板挟み。
「あいつまだおまえに気があんのかよ」
ファルコがまだタブレットを頭上で振りながら気の毒そうに言った。
*
夕方ロイに話したいことがあると言われたので彼の部屋までついて行った。
部屋でしか話せないこととはなんだろう。凄く気になる。ロイは前の世界ではとある領地の公子でそんな身分が高い人とは思えない程、とても気さくで優しくて話しやすい人だ。なのに、今日は暗く見え重々しい雰囲気が漂っている。何かあったのかな。
ロイの部屋は薄暗く簡素で置物は少なかった。窓が少し開いていて夕暮れ時の涼やかな風がその隙間からそよいでは締め切ったカーテンの裾をなびかせていた。ロイは冷房を使わない派みたいだ。
ロイはベッドの端に、私はソファに腰掛け、斜めに向かい合った。
「大した話じゃないんだ。なまえと故郷の話がしたくて」
「故郷?何で?」
ロイの雰囲気からは予想外な話だったので思わず聞き返してしまった。ロイは困ったような顔をした。
「えーと、僕、人の故郷の話聞くのが好きで。皆にも聞いてて……」
「なんだ。それならいっぱい聞いてほしいくらいだよ」
自分の故郷の話なんて、大概の人は喜んで話すものだと思う。
「私の故郷はね……」
自分が育った土地の話をすれば、ロイは黙って聞いてくれた。話し終えるまで質問を一切されなかったので、気持ちよく殆ど話したいことを話せた気がした。
「僕の故郷もね、凄くいいところなんだ。のんびりしててさ。大都市でおしゃれってわけじゃないんだけどさ」
「ロイの故郷か。見て見たいな」
「君を連れて行くことができたらいいのに」
「そんなに素敵な所なら本当に連れて行って欲しいな」
勿論、帰れることが前提だけど。そんなことは言う必要がないと思って言わなかったけれど、それは一番大事なことだった。
ロイは暫く黙り込んでしまった。ロイとの沈黙は別に嫌ではなく、寧ろ心地の良い沈黙なので私はじっと彼の言葉を待った。
「なまえは前の世界で怖いこととかあった?」
「怖いこと? なんだろ。ここみたいにこんなに平和な所じゃなかったし、沢山あったとは思うけど、ロイはあったの?」
「僕は……先生にいたずらして怒られたこと、かな。まさかあんな罰をくらうなんて」
「ふふっ。ロイもいたずらなんてするんだ。ロイの世界ってそんなに平和なところなの?」
「いや、小さな紛争はあったし、村を襲う山賊だっていたよ。でも大きな戦争はなかったから、その点においては平和なところかな」
「へー。私のところは……」
言いかけて言葉に詰まってしまった。戦争とか紛争なんてあったっけ?何かしらのネガティヴな記憶がある気がしたけれど、それが頭のどこかで引っかかったまま上手く思い出せなかった。
「なまえ、君は前の世界の記憶はある?」
「それなりに記憶はあると思うよ。ここに来た直前のことは覚えてないけど……」
「友達とかはいたの?」
「故郷にいたよ。あ、やっぱりあんまり覚えてないかも」
近所の子とかは直ぐに顔と名前が出て来た。もっと身近に仲の良い人がいた気がしたけれど、輪郭すら思い出せなかった。
「そう。そろそろ夕飯かな?」
ロイは部屋の掛け時計を見て言った。確かにもうそんな時間だった。
*
次の日の夕方頃、部屋で寝転がりながら雑誌を眺めていると、アイクが訪ねてきた。
「なまえ、ロイを見なかったか?」
「見てないよ。そういえば今朝から見てないかも。乱闘中なんじゃない?」
「いや、マルスが今乱闘中だからそれはないと思うが」
「え?どういうこと?」
「そうか。なまえは知らないのか。最近ロイとマルスのシフトが被ることが全くないらしくてな」
「そんなことよくあるんじゃないの?こんだけ人数がいれば」
「シフトはできるだけ総当たりになるようになっているはずだからよくあることではない。ロイとマルスだけは前シーズンからずっと被っていないらしい」
「仲悪いのかな」
「そう噂されているが、俺はそうは思わん」
アイクは天然だけど、たまに鋭い時があるし、彼の意見はいつも客観的だ。彼がそう言うなら、その通りな気がした。
「そう。それでロイなら図書室とか訓練所にいそうだけど」
「あっちは全部見た。訓練に付き合ってもらおうと思ったんだが。なまえはどうだ?」
「んー、私もしよっかな」
暫く考えてから答えた。雑誌を眺めるよりも、体を動かした方がいい気がした。雑誌を眺めていても気づいたらマルスのことを考えてしまうから、運動するならそんな余裕はなさそうだ。
マルスから納涼祭に誘われて以来、今まで以上に彼を意識するようになってしまった。今読んでる雑誌もデート服特集のものだ。いつの間にか生活の一部が彼を意識したものになっていた。
その場で軽く準備を済ませてアイクと闘技場に向かった。外はまだ暑くて、闘技場に着く頃にはじっとりと汗をかいてしまった。
そのまま地下の訓練所で、色々なステージを使って、お互いに技を磨いた。
「昨日ロイの部屋にいたみたいだが、何をしていたんだ?」
終点ステージでアイクは私の構えるロッドに向かって軽く斜めに剣を振りながら言った。前は軽くやるとかいいながらアイクの力が強すぎて、よく吹っ飛ばされてしまっていたけれど、最近は手加減を覚えてくれたみたいで、アイクの振るった剣の衝撃は耐えうるものになった。
「誰から聞いたの?」
「いや、二人で部屋に入っていくところを見た」
「気づかなかった……ただ話をしていただけなの」
「話? なんのだ?」
「生まれ故郷の話だよ」
「ああ」
アイクは納得したようで黙ってしまった。それからまたいつものように二人で黙々と訓練を続けた。会った当初はとても無愛想な人で話しかけづらかったけれど、一季節ここで過ごして気づいたのは、アイクは意外と話す方だ。話しかければ何でも答えてくれるし、たまに話しかけてはくる。でも今日は訓練に集中したいのかわからないけれど、妙に沈黙が多く反応が悪い。
「アイク、なんかあったの?」
「別に何もないが」
「それならいいけど」
たまたまいつもより口数が少ないだけかな。あまり気にしないことにして訓練を続けることにした。