納涼祭当日、ウォークインクローゼットでピーチに選んでもらったコットン生地のワンピースに着替えた。オフホワイト一色で袖がパフスリーブなのがとても可愛い。靴は服と同じオフホワイトでアンクルストラップ付きのヒールサンダルだ。何回か町に行ってヒールには慣れたけれどやっぱりまだ真っ直ぐ立つのは大変で、それでもヒールを履くのは脚を綺麗に見せたいからだ。「おしゃれは我慢から」とピーチも言ってたし、少しでもマルスに綺麗に見られたい。姿見の前で黒いリボンのついたカンカン帽を深く被り、大きな黒縁眼鏡をつけてみた。これなら顔がよく分からないし、町でもバレなさそうだ。
緊張しながら、部屋を出るとマルスが向かいで待っていた。マルスはホワイトのボトムに濃紺のVネックシャツを着て、既に帽子とサングラスをつけていた。
「遅い。それに眼鏡はいらない」
ひょいと眼鏡を取り上げられてしまった。
「待って!デビューからワンシーズン経ったんだからそれつけないと」
「自意識過剰。顔はある程度見せてもいい。化粧してるみたいだし」
カンカン帽のつばを上げられ、至近距離でじっと顔を見られてとてつもなく恥ずかしくなった。しっかり化粧しときながら顔をよく見られるのが嫌で大きな眼鏡をかけることにしたのにこれじゃ意味がない。両手でカンカン帽のつばを抑えて顔を隠すような素振りをすれば、上からため息が聞こえ、腰を押された。
「早く行くよ」
その声と腰に感じる彼の手の平にとてもドキドキした。
*
運転手のワドルディに車で納涼祭の開催地近くまで連れて行ってもらった。そこからは町の入り口まで歩いた。夏日で日が沈み始める前なので、とても暑い。汗はかきたくなかったのに額に汗が滲むのを感じた。隣のマルスを見れば涼しそうな顔をしていた。マルスは汗をかきにくいみたいだ。
町は黄色と白を基調とした建物で溢れていてとてもおしゃれだ。入口にある大きな看板にはルミエールと町の名前が書かれていて、地面は黄色のグラデーションが綺麗なタイルが敷き詰められていた。遠くから生演奏らしい音楽が聞こえてきた。
「大きいお祭りみたいだね」
「人も多いだろうね」
緑の生い茂った並木道を町の色のコントラストと楽しみながら歩いた。露店が立ち並ぶ通りに出ると、人で溢れかえっていた。
「ネットが繋がらなくなる前に調べておいたんだけど、いちご飴があるらしいの」
「へぇ。それでそれはどこにあるんだい?」
「そこまではわからないよ。とりあえず、いちご飴があったらその場で買うけど、全部の屋台は見ておきたいな」
「付き合うよ」
「あ、ありがとう」
急に納涼祭に誘われた時のことを思い出した。最初誘われた時、私はあの湖の一件の時のお返しだと思っていた。でも今思うとこれはデートのお誘いだったのかもしれない。そう考えると気分が舞い上がってしまう。
通りの左右の屋台を眺めながら歩いていて、いちご飴の屋台を見つけた。既に十人以上が並んでいる。
「いちご飴、食べたいな」
「いいよ。ちょっと並んでて」
「え。どこ行くの?」
「並んでて」
「わかった」
マルスは人混みの中に消えてしまった。私は列の最後尾に並び、マルスの行った方をちらちら眺めた。いちご飴が買える順番まで来るとちょうどマルスが戻ってきた。なんの違和感もなくスムーズにお会計をしてくれた。男の人は脈あり女性には奢ると雑誌で読んだことがあり、少し期待してしまう。
「ありがとう。このくらい自分でだすのに」
「借りのお返しだと思えばいい」
言って後悔した。やっぱりただのお返しだったんだ。期待して損した。
「借りって何?」
「借りは借り」
「そっ。どこ行ってたの?」
「これを買ってた」
そう言って差し出されたのは、真ん中に金の円形プレートがついたチョーカーだ。
「なんでチョーカー?」
「君にプレゼント」
「本当に?なんで?」
「借りのお返し」
また同じ返しで嬉しさが半減した。それでもマルスからアクセサリーを貰えるなんて凄く嬉しい。
「ありがとう。でも今いちご飴持ってるから……」
「僕がつけるよ」
マルスが後ろに回るとチョーカーを簡単に付けてくれた。
「悪くないね」
「ありがとう。大切にするね」
「ああ。絶対に無くさないでくれ」
「勿論」
それからいちご飴を堪能して、通りの奥へとお店を見て回った。時間が経つにつれ暗くなり、人も多くなってきた頃、マルスとはぐれてしまった。連絡手段がないので、彼を探すために来た道を戻った。人混みの中を歩き、彼を探した。すると、急に誰かに腕を掴まれた。びっくりして見ると、マルスだった。サングラスをしているのに何故かマスクまでしていた。
「どこ行ってたの?」
マルスはだんまりだ。人が多くて聞こえないみたい。
彼は私の腕を引っ張り、再び町の奥へと進み、通りを左に曲がり、屋台のない通りに出た。
「どこ行くの?そっちにも何かあるの?」
まだマルスは何も答えてくれない。彼に引かれるまま、長い距離を歩いた。どこに連れて行かれるんだろうと不安になった。沢山歩いた上に不安もあり汗をかいた。とても暑い。
よくわからない通りに出た途端、彼は止まってくれた。
彼が振り向いて初めて違和感を持った。彼の服装ってこんなだったっけ?
「本当に俺がマルスだと思ってたの?」
聞いたことのない声。この人、マルスじゃない!
「あなた誰……っ」
頭に衝撃が走って私は意識を手放した。
*
眼が覚めると暗い牢屋にいた。冷たい床の上で起き上がり目の前の鉄格子越しに向かいの牢屋にいる人達を見て、それから同じ牢屋の中にいる知らない2人を見た。2人とも女性で偶然なことに私と同じ髪色と髪型で私と同い年くらいの見た目だった。
「ここどこ……あなたたちは……?」
「多分ノワール横丁のどこかの建物の中よ。あなたも無理やり連れてこられたのよ」
人の良さそうな女性が答えてくれた。髪は乱れ憔悴しているように見える。首筋に締められたような痕があり、むき出しの腕や脚には痣があった。
もう1人の女性は奥の壁にくっつけられているベッドに横たわってじっとこちらを見ていた。
無理やり連れてこられたってことはやっぱり、マスクをしていた男はマルスじゃなかったみたいだ。私としたことが人さらいにあってしまったみたいだ。
「ノワール横丁って?」
「ルミエール町と繋がってる小さな通りよ。知らないの?」
「私ルミエールにいたけど、遠くから来たから」
「引越しに来たの?」
「納涼祭があったから」
「納涼祭?いつから?」
「いつからって連れてこられてから日付が変わってなければ今日かな」
「あなたが来てから数時間ってところね。納涼祭が今日ってことは私は一週間はここにいるわね」
「一週間も?何で?」
「理由はいずれわかるわ。ちなみにお名前は?」
「なまえっていうけど」
「あなたがなまえね。やっぱり」
彼女は豹変したように嘲笑うように言った。ぞっとして私は言葉が出てこなくなった。
「なまえ。可愛い俺のなまえ。可愛くて綺麗で優しい俺だけのなまえ」
女性は歌うように呟いて私に近づいて来た。不気味な様子に戦慄して私は壁に逃げるように後ずさりした。
「この売×!アバ××!くそビ××!」
平手で頬を打たれ、とんでもない悪態をつかれた。顔を打つのを止めるつもりはないらしく第二撃、三撃が来たので腕で庇った。女性はひとしきり叩いたら突然泣き出して、ベッドの方によろめくと既にいた女性をベッドの奥に押し込み自分は空いたスペースに寝転がった。彼女は枕に顔を沈めると泣き叫んだ。
庇って打たれた腕が鈍く痛んだ。何で私がこんな目に合うのかわからなかった。彼女は私の名前を知っていた。ただ知り方はスマッシュブラザーズのメンバーとしてじゃなくて、誰かの言葉の中で知ったみたいだった。彼女の様子を見るに、私は殴るに値するような何か悪い病気のようなものに思えた