牢屋は暗くてじめじめしていて窓もない。マルスが助けてくれたら、と思い首元のチョーカーに手を触れた。今日は最高の一日になるはずだったのに。早くホームに帰りたい。
目が覚めてから何十分か何時間経ったかわからない頃、遠くから扉の開く音と一人分の靴の音がした。牢屋にいる人は皆ベッドの上でまるまるか床に体育座りで顔を伏せた。
コツコツと固い地面を歩く音が段々近づいてきて、一体誰が来るのだろうと恐怖を感じながら待っていると牢屋の前に踝丈の黒のローブをまとい、目深くフードを被った人の姿が現れた。
「時間だよ。次は君だ」
声からすると男の人のようだ。彼は牢屋を鍵で開けると、私の両手に手錠をかけ外に引っ張った。私は大人しく従い、男の人が牢屋を施錠するのを見つめた。 何をされるんだろうと不安になった。ただ私はあのスマッシュブラザーズのメンバーの1人。とりあえずここを自力で出れる算段がついたらこの人を襲おう。両手が塞がっててもきっと大丈夫。 男の人は私を先に行くようせっつき、私は道なりに歩き上へ続く階段を上った。階段は扉で行き止まりになっていて、扉を開けると、民家のようなところにでた。ソファやテレビのあるこの世界の一般的な部屋に見える。 突然玄関と思われるところから若い男性が入って来た。鞘に収めた長剣を携えている。
「なまえ!」
全く知らない人なのに名前を呼ばれた。ただ知らない人だけど、悪い人には見えなかった。
「助けてっ!」
男の人に駆け寄ると私の手錠を見て、フードの男を交互に見ると察したようで、鞘に収まったままの長剣で何度かフードの男を打つと男は倒れた。私は部屋の壁際により事態を見守っていた。
「大丈夫か?」
彼は私のところへ来ると私の肩を掴み心配そうに顔を覗いてきた。
「大丈夫。ありがとう」
「なまえが無事でよかった」
「あなた誰……?」
さっきから私の名前を呼ぶけれど、私にはこんな知り合いはいない。動画か何かで私を知っているのかもしれない。
「俺のこと覚えてないのか?」
首を左右に振ると彼は悲しそうな顔をした。何だか怖くなってきた。
「なまえ! 本当に俺のこと忘れたのか?」
「私知らない。でも助けてくれて本当に感謝してる」
「俺はお前のことを守る。そういう約束だったからな」
「約束?」
「あの時約束しただろ? 何があってもおまえを守るって」
私を見つめたまま腕をさすってきたので鳥肌がたった。怖い。この人頭おかしい。
「これをしたら思い出せるか?」
顔を近づけて来たので両腕を振り上げて手錠のまま殴ってしまった。キスされるかと思った。
「へへっ。あの時と同じだな」
何故か嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。綺麗に生えそろった上歯から覗く2本の鋭く尖った犬歯が印象に残る笑顔だった。
「今ので何か思い出せないか?」
首を振りながら出口を一瞬盗み見た。とりあえず逃げなきゃ。助けなんて待ってられない。敵は剣を持っている。見たところ強そうだけど、なんとか出し抜かなきゃ。
「なまえ、ゆっくり話さないか?」
「私手錠したままなの」
「わかった。鍵を探そう。だが、その前に助けたお礼ぐらいしてくれ」
「な、何?」
手を引かれたかと思うと投げるように乱暴にソファに座らされた。ぎしぎしと音を鳴らし、私の体に自分の体を押しつけるように男は覆いかぶさってきたのと同時に何か硬いものが下腹部に触れた。
玄関から扉が壊れるような凄まじい音が鳴った。音に気を取られてよそ見をした男を思いっきり蹴飛ばした。 玄関の方を見るとマルスが何故かファルシオンを持っていて帽子もサングラスもせずに玄関の扉の上に立っていた。鍵は開いてたと思ったけど、無理に開けたらしい。
「マルス!」
マルスに駆け寄ると男から隠すように彼の背後に引っ張られた。私はマルスの背中越しに、マルスに剣を向けられ両腕を上げ降参のポーズをしている男を見た。持っていた長剣は私が蹴飛ばした時に吹っ飛んでしまったようで遠くに転がっていた。
「なまえ、蹴飛ばすことはないだろ? そいつは誰だ? いや、見たことがあるな。確か……」
「白々しいな。僕が誰かぐらい知っているだろ?」
「はははっ。白々しいか。ああ、よく知っている。おまえのことは動画で何度も見た。実物は初めて見るが、やっぱり俺の方がいい男だな。な、なまえ」
私は無視してマルスの背中から顔を引っ込めた。
「僕もおまえを知っているかもしれない」
「いや、それはあり得ないと思うが……」
「おまえはなまえに何をしようとしていた?」
「別に何も。わ、わかった。その剣をこっちに向けるのは止めろ。キスしてもらおうと思った」
「それだけか? たれこみによればここから毎晩女性の叫び声が聞こえるらしいけど」
「何のことだ? 俺はたまたまここに入っただけだ」
「たまたまこんな怪しげな通りの家に入るか?」
「いい加減何が言いたい?」
「おまえは制裁を受けるべきことをしたし、しようとした。もう警備隊を呼んである」
「ふーん」
男は突然にやにやし始めた。逃げる気なのかもしれない。
「おまえがいなくなる前に僕はおまえにしなければいけないことがある。よくみとけ」
マルスは男に剣向け、私と向き合った。マルスの真剣な瞳と目が合い、直視するのが恥ずかしくなった。
「なまえ、僕に一生を誓えるか?」
「え?」
突然のことに言葉がうまく飲み込めなかった。
「君の一生を僕に誓えるか?」
「そ、それって……」
「誓えるかそうでないか答えてくれ」
「ち、誓う!約束する! 私ずっとあなたのことが好きだったの! ずっとずっと前から……!」
勢いに任せて言ってしまった。マルスは満足そうに口の端を釣り上げると、私の後頭部に片手を伸ばし唇を重ねた。溶けてしまいそうな程顔も体も熱くなった。幸せ過ぎて、嬉し過ぎて、頭がおかしくなりそう。 マルスは唇を離すと男を見た。
「ちゃんと見れたか?」
男の顔はもう笑っていなかった。口が真一文字に結ばれ、目には一点の光もなかった。
「何でだよ……が駄目だったから……にしたのに。また駄目だったなんて……」
ぽつりぽつりと男は低い声で呟いた。マルスは私を離れるようにと押すと剣を強く握った。
男は据わった瞳でこちらを睨み付けると短く 「殺す」 と確かに言った。男から怒りと殺意を感じた。
「おまえはもう二度と誰も殺せない」
「てめーもなまえも殺す」
男は立ち上がり、素手のままマルスに殴りかかった。マルスは反応が早く剣の柄を男の鳩尾に一発入れて、お腹を勢いよく蹴っ飛ばした。男は吹っ飛び床に頭を打つと気絶した。
やっと安心した。これでもうホームに帰れる。
「マルス、助けてくれてありがとう」
「礼はいらない。早くここをでよう」
「待って!下にも人がいるの。警備隊を待った方が説明できると思う」
「後、始、末、は頼んであるから大丈夫だ」
何か含みのある言い方をした。マルスに肩を抱かれて外に出た。外はすっかり暗くなっていた。街灯の赤いとても不気味な雰囲気の通りをぴったりと寄り添って歩いた。
先程の彼の告白を思い出す余裕がでてきて、恥ずかしくなった。付き合ってくれとかじゃなくて、彼は一生、と言った。つまり結婚を前提にしての告白だった。とても嬉しい。 それと同時にある不安が出てきた。さっきの男の人はストーカーのようだった。私と知り合いのように装っていた。マルスとの会話を聞いて気づいてしまったけれど、きっと地下にいた女性達はあの人がさらったのかもしれない。もし、マルスが助けてくれなかったらと思うとぞっとした。でも、どうして私があそこにいることがわかったんだろう。
「マルス、何で私があそこにいるのわかったの?」
「僕はいつも君を見てるから」
「本当?」
本当なら凄く嬉しい。けど、質問の答えになってない。
「君がそのお守りを持っていればいつどこにいても僕は君を助けに行く。絶対に死なせはしない」
マルスは私の首元のチョーカーに手を触れ、そしてそのまま首を撫で上げ私の頬に手を当てた。 彼の手からとても温かな優しさを感じた。