非番組と一緒に商業街にやって来た。秋の商業街は紅の並木道に彩られている。少し冷たい緩やかな風が気持ちいい。鍛冶屋に武器のメンテナンスをしてもらっている間各々別れて好きに行動することになった。
マルスは用事があると足早にいなくなってしまったので、ウィンドウショッピングでもしようかとデパートに入った時、突然肩を叩かれ「なまえさん?」と聞かれた。心臓が止まりそうなくらい驚いて振り向くとサングラスをかけて帽子を被った知らない人がにこやかに立っていた。

「僕なまえさんの大ファンなんです。あ、僕俳優のKです」

サングラスを外してウィンクするその顔は今連続ドラマの主人公と瓜二つだ。ピーチとかっこいいね、と話していた俳優さんに会えるなんて。一瞬殺されるのかと思ってドキドキしていたのが、嬉しさのドキドキになった。

「握手してもらってもいいですか?」

「は、はい。私もKさんのファンです。夜のドラマ見てます」

「本当? 嬉しいなぁ」

本来なら外では握手とサインは禁止だけれど、今までバレたことがないし断ることができなくて握手してしまった。

「あ、ちょっといい?」

いつの間にか砕けた調子で腰に手を回され誘導されるまま、デパートの人気のない階段の踊り場まで来てしまった。

「入口だとマネージャーにバレちゃうから。ごめんね」

「マネージャーさんから逃げてるの?」

「そ。プライベートもがっちり管理されててさ。お遊び禁止」

「大変ですね」

苦笑すると、Kさんは私をじっと見てきて緊張した。何かと思って首を傾げるとさんはにこりと笑った。

「やっぱり生で見るとより可愛いね」

「え。お、お世辞でも嬉しいです」

最近覚えたお世辞への定型句を返せばまた微笑まれた。

「今日はオフの日?」

「はい」

「どこかでゆっくりお茶でもしない?」

「お茶ですか?えーと。うーんと」

俳優さんとお茶ができるなんて光栄だし、ドラマの話ができたら嬉しい。でもそれはいけないことのように感じた。

「迷ってるの? じゃああとひと押しかな?」

Kさんはサングラスを外しおしゃれに服に掛けると体が触れそうな程近づいてきたので私は壁を背に後退りした。頭の横に片手をつかれ、もう一方の手で顎を掴まれて上に向けさせられた。真正面から顔立ちの良いKさんと目が合う。あ、これドラマのワンシーンの再現だ。

「おまえは俺のもんなんだよ」

有名な台詞を聞いて、主人公をマルス、ヒロインを私に置き換えて想像していたのを思い出して胸がキュンとしてしまった。「君は僕のものだ」なんてマルスに言われた日には卒倒してしまう。

「どう?」

顎を掴んでいた手を離し、今度は両手で壁に手をついた状態で聞いてくるので萎縮してしまう。

「ありがとうございます。でも……」

その後の言葉が出てこなかった。横目でぼんやりとマルスの輪郭が見えていたからだ。

「う、うしろ」

「なに? あ、見たことあるな」

Kさんが両手を壁から離しマルスを振り返った。

「君誰?」

にこやかにKさんに聞くマルスだけど、目が全然笑っていなくて怖い。

「こ、この人俳優のKさんだよ。マルスはあの連続ドラマ見てないと思うけど有名人だよ」

「知らない」

「あ、君マルスくんなんだ。私服だからわからなかったよ。なに、やっぱりなまえちゃんとできてるの? お忍びデート中だった?」

「なまえ、行くよ」

マルスはKさんを無視して私の腕を引っ張って階段を降り始めた。

「なまえちゃん、俺たまにここに来てるからさ今度会ったらお茶しよ!」

踊り場からにこにこと笑いながら手を振り大声で呼びかけてくる様子はドラマの中のKさんとは程遠くて幻滅してしまった。
私は小さく手を振ってマルスの早歩きに半ば引きずられるようについていった。

「もう帰るの? 集合時間まだだよ」

「君はもっと変装した方がいい」

マルスは露店で立ち止まり、適当なレディース用眼鏡を選ぶと会計して私に掛けた。

「これくれるの? ありがとう」

「似合ってないけどね」

さらりと酷いことを言われたのはご愛嬌として流した。マルスから貰ったものだから大切にしようと思う。

「そういえば前に私には変装必要ないって言ってなかった?」

「前とは違う。今後は必要だよ」

「本当? でもあの人マルスの方が有名なのに同じ私服の私にしか気づかないなんて不思議」

「僕は君がいくら変装しようとも気づくけどね」

「それってどういう意味?」

それ程私のことを見ていてくれるってことなのかな、と期待して聞いてみた。

「君は何をしても変わらないから」

「なにそれ。それもどういう意味かな。あ、そういえばよくあんなとこにいたのに見つけられたね」

あの夏の暑い日のようにマルスが助けに来てくれことを思い出した。あの時のマルスはとてもかっこよくて今でも鮮明に思い出せる。
マルスは私の問いかけに優しい笑みを浮かべて私の首元のチョーカーに手を触れた。

「例え君がいつどこにいようとも僕は君を見つけて必ず守るよ」

言葉が出てこなかった。普段は意地悪なことしてくるのにこんな時ばっかり、こんな表情でこんなこと言うから恥ずかしいのと嬉しいのとマルスがかっこよすぎるので声も出ない。
しかしマルスは私の態度なんかどこ吹く風で、直ぐにいつものすまし顔に戻った。



*



夜ホームの大広間でKさん主演の連続ドラマを観ていた。ドラマの中のKさんは俺様キャラで、でもヒロインに一途でプライベートの時みたいにデレデレしていない。

「Kさんに会ったけどなんかドラマと全然違って幻滅しちゃった」

ドラマを見終わった後、オータムナルのナイトティーを飲みながらピーチに言った。

「あの人ちゃら男で有名よ。あなたの趣味じゃないわよね」

ピーチは意味ありげに、前髪を払いのける仕草をしてみせた。それはよく見たことのあるもので私は彼のその仕草を見るだけでいつもドキドキしていた。

「何黙ってるのよ」

「だ、だって」

「これリンクの真似よ」

「もう!」
 
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