日照時間の短くなり過ごしやすい陽気になった初秋、お昼からなまえと二人で商業街まで来ていた。リンクにシフトが入っていてよかったと思う反面、帰ってからが怖い。マルスについては、「君がいるなら僕がいなくても大丈夫だろう」と気にする素振りもなかった。相変わらず僕のことを信用してくれているみたいだ。
今回来た目的は武器のメンテナンスで、鍛冶屋で武器を見てもらっている間はコーヒースタンドで買ったホットティーラテを飲みながら紅葉の街路樹に沿って置かれたベンチで一息つくことにした。

「コーヒー屋のティーラテでも凄く美味しいね」

「そうだね」

そんな平和なやり取りをしながら道行く人を眺めていた。行き交うのは多種多様な者達で、こんな世界なら僕もなまえも変装なんてしなくてもバレないと思うな、なんて平和なことを考えていた。
例年よりも暑かった今年の夏、僕はなまえに降りかかる火の粉を完全に消し去った。もうこの世界で安心して暮らしていけるんだ。ただ、何か時折不安に思うことがある。例えば彼女の所在が分からない時不安になり、母屋をうろうろして彼女を探すのに相当な時間を費やしてしまうことがある。実は彼女の所在をGPSで探ることもできるけれど、彼女がそのGPS内臓のチョーカーを付けることが少ないので殆どの場合自力で探すしかない。

「あー飲み終わっちゃった」

なまえは残念そうに、ティーラテの容器をゆっくりと振った。僕のも少しは残っている。彼女が気にしないのであればわけてあげたい。

「僕のティーラテ飲む?まだ残っているよ」

「え?いや、だ、大丈夫」

そんなつもりじゃなかったの、となまえは俯き加減に言った。恥ずかしがっているようにも見えるけど、果たして僕が男扱いされてるのか、または別の理由なのか僕には探る由もない。前者であれば嬉しいけれど、同時に虚しさは少なからずある。そもそも彼女はマルスが好きで、僕は片想いなんだ。彼女とマルスは相思相愛で僕の入り込む隙はない。隙があったって、僕は彼女が幸せでいることが僕の幸せでもあると思っているから、彼女とマルスがずっと上手くいくことを願っている。僕はそれで何の文句はないし、辛いことではあるけれど満足さえできる。そんな僕の状況を理解してくれるのはフォックスぐらいでなまえと出かける時に、「色々頑張れ」と声援を貰った。「色々頑張れ」とは今の僕にとっては丁度いい言葉掛けだと思う。

「そうだ。お土産にコーヒー豆と茶葉買っていきたいからお店もう一度見てくる」

なまえがベンチの後ろ側のコーヒースタンドの方へ歩いて行ったのを見送った。コーヒースタンドは近くだから迷子になることがなくて大丈夫だろう。そう自分に言い聞かせたけれど、やっぱり少しだけ心配だ。後一分くらいしたら迎えに行こう。
革ベルトの時計の秒針を数えてきっかり一分後に立ち上がりコーヒースタンドに向かった。遊歩道を横切り、コーヒースタンドに入り、飲み終わったティーラテの容器を捨てて店内を見渡した。三十席程ある店内にはなまえの姿が見当たらなく、近づいてよく探して見てもどこにもいなくて愕然とした。レジには6人ほど並んでいて、店内の混みようを見るとまだ店内にいるはずなのに見当たらないのはおかしい。
嫌な予感がする。なまえに何かあったのだろうか。もうこの世界にはなまえを意図的に傷つけようとする人はいないはずなのに。いや、もしかしたらなまえに異常なファンがいてそいつに襲われたのか。そういえば度々検閲されているファンからの手紙やプレゼントに非常にまずい内容のものがあると聞いたことがある。やっぱり僕としたことが迂闊だった。早くなまえを探さなくては。もし、なまえに何かあったら僕は自分を一生許せないし、マルスに合わせる顔がない。
とりあえず店員に聞こうとレジカウンターに近寄ったその時、背後からなまえの声がした。

「ロイ?なんでいるの?」

振り返るとなまえがいて、駆け寄って観察して漸く安心できた。外見上は特に何事もなさそうにみえる。

「どこに行ってたんだい?」

「道聞かれてて案内してたの」

「案内? 相手は女性?」

「男の人」

「それは危ないから、止めた方がいいと思う」

「でも彼女と待ち合わせしてるとか言われたし、ここって治安いいから大丈夫だよ」

「それでも知らないで通して欲しいかな。まあ次から気をつけてくれると僕も安心出来るんだけど」

「ロイって心配性ね」

「そんなことはない。君を守るのは僕の役目でもあるんだ。今回は僕が目を離したことが悪かったけど、なまえには本当に気をつけて欲しい」

「ごめんなさい……次から気をつけるからあんまり恥ずかしいことさらっと言わないで」

「僕変なこと言った?」

なまえは静かに頷いた。恥ずかしいことってなんだろう。思い返してもわからない。
その後レジに並んでストレートのコーヒー豆とミルクに合う紅茶の茶葉を買い、鍛冶屋で修理を出した武器を回収してワドルディの送迎車のあるパーキングエリアに向かって紅葉の街路樹に沿って歩いた。

「ロイって王子様みたいだよね」

俯き加減になまえは呟いた。僕のどの辺がそんな風に見えたんだろう。確かに幼い頃からそのような素養を身につけさせられたけれど、僕の生まれはそこまで高貴じゃない。

「僕は地方領主の家の出身だよ。そんなマルスみたいに一国の王子じゃないよ」

「んーマルスは王子様にしては冷めてるし、ロイって皆に優しいよね」

僕は果たして優しいのだろうか。幼少から対人関係に関してはシビアに教育されてきた。勿論それは領地を治め、軍を率いる上で必要なことだった。そして時には残酷な決断が必要なことを僕は教わった。だからもしかしたら僕は前いた世界で何かをしてしまったのかもしれないと考えるのがいつも怖い。こんな平和な世界ででさえ僕は罪を犯したのだから、きっと前の世界でも……。
そもそもなまえの王子というものに対するイメージは実際のものと違う気がする。童話に出てくる方のものをイメージしているのかな。

「皆に優しいというか協調性はあるとは思うよ」

「協調性というか……さっき私のこと守るとかなんとか言うから……」

「僕そんなこと言ったっけ?」

「言ってたよ」

なまえとの会話を思い出してもそんなことを言った覚えはなかった。ただ僕は彼女のことを守りたいと思っているのは本当だから無意識にそう言ったのかもしれない。だとするとなまえの中で守るって言うと王子様になるのか。無垢で夢見がちなところもなまえの好きなところだから微笑ましい。そんななまえにはずっと良い夢を見ていて欲しい。悪夢を見るのは僕だけで充分だ。なまえが危険な目に合うのなら僕は自身を犠牲にしてでも守りたい。それはなまえのことが好きだからだけではなく、大切な友人の女性でもあるからだ。

「僕はなまえの為なら何でもできるよ」

「ロイってリンクみたいなこと言うんだね」

その発言はかなり心外だけれど、よくよく考えたらなまえへの想いはリンクぐらいあるのかもしれないと思った。
 
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