mike



「マイクー! 助けてーっ!」

「ああ? なんか言ったか?」

正午頃ロンドンへと戻る道すがら、借りた馬が暴れ出し、猛吹雪の中、あらぬ方向へと向かっていく。同僚のマイク──つんつんした金髪に富士額が特徴の若いイケメンだけど残念な奴──に助けを求めて叫んだけれど、吹雪く風の音にかき消されてお互いまともに会話ができない。

手袋をつけてもなおかじかむ手でしっかり手綱を握って必死に馬にしがみつく。が、体力の無くなった頃についに馬から放り投げ出され厚い雪の上に落ちてしまった。なんとか立ち上がると、次の瞬間大きな衝撃とともにまた雪の上に仰向けにのめり込んだ。背中に斜めがけしていた旅行鞄が刺さって痛いし、亜麻色の短髪に雪を積もらせたマイクの頭が私の胸の上に乗ってきて凄く嫌。マイクもまた馬に振り落とされたみたいで、よりにもよって私に折り重なっている状態で、幸いお互い厚着をしているものの、胸の上に同僚の頭が乗っているという状況に背筋がぞっとする。

「さっさとどきなさいよもう!」

マイクの肩を押すけれど、力がうまく入らない。

「ああ? なんか言ったか?」

流石に近距離で聞こえないはずはないのにマイクは私の言葉を聞き返してきた。マイクの頭を叩くとマイクは舌打ちをして、漸く私の体の横に両手をついて立ち上がろうとした。が、マイクの両腕も足も深く雪の中へ飲み込まれていく。

「や、やべぇ!」

「もう!使えないんだから!」

邪魔なマイクを蹴飛ばし、なんとか雪の上に立ち上がった。ふらふら起き上がるマイクの手を引きちゃんと立たせてあげた。
辺りは白い雪に覆われていて、常緑樹の木さえ葉が雪で覆われて真っ白になっている。

「とりあえず、森を抜けるわよ!」

猛吹雪にかき消されないように大声でマイクに叫ぶと、マイクもああと叫ぶような返事と共に私の腕を掴んできた。

「お互い、離れたら終わりだ」

寒さで鼻も頬も真っ赤にさせてマイクが言う。確かにそれ程状況は厳しい。
お互い体を寄り添わせ、なんとか森を道なりに歩く。方向だけ暗記してあるものの、この吹雪のせいでわからなくなった。だから今は森を抜けることだけ考えて、民家でも見つけて身を落ち着かせるしかない。
雪に足を捕らわれつつも、なんとか足を持ち上げて歩き続けると、遠くの白い木々の間から民家らしき物が見えてきた。

「民家よ!」

マイクを見ると、鋭い瞳を和らげて頷いた。弱々しくなっていた足に力が戻り、歩調を早めて森を抜けるとそこには大きな屋敷がそびえ立っていた。

「民家じゃねぇぞ、これ」

「ええ……」

近くまで来るとその大きさに圧倒されてしまった。こんな大きな屋敷の持ち主とは一体誰だろう。
私達にとって有名な領主の悪口や醜聞を新聞に書くことは日常茶飯事だ。もし、私達が書いた相手だったら助けてくれないだろう。
緊張しながらも屋敷に近づき、玄関前の石段を3段上って、それから念の為に私は帽子と手袋を取り、雪を払った。

「ウォルター伯爵じゃありませんように。コンラッド公爵じゃありませんように。ラスウェル侯爵じゃありませんように」

マイクは私と同じことを考えていたようで、隣で頻りに呟いている。全員マイクが新聞で醜聞を暴露した、ロンドン西側にカントリーハウスを持つ領主達の名前だ。

私もどこか無名の領主様の家でありますようにと願い、趣味の悪い狼頭のデザインされたドアノッカーを掴み大きな玄関扉を強く叩いた。
すると、中でカチャカチャと音がなり間をおいて扉が内側へと開く。

出てきたのは、白髪をオールバックにまとめ上げた細身で背の高い老紳士だ。老紳士はウィングカラーシャツにダブルスーツを身にまとい、鼻の下には立派な白髪の髭を蓄えている。下がり眉で色素の薄い目は落ち窪んでいて、優しそうというよりは、物憂げな印象を受ける顔立ちをしている。

私達が話す前に、老紳士はこちらへと私達2人を中に入れてくれた。中は外に比べて暖かいものの、天井の高いホールのせいか寒い。
老紳士は玄関の扉を厳重に閉めると、こちらへ振り向いたので頭を下げた。

「ありがとうございます!ロンドンへ帰る途中で迷子になってしまいまして……」

「吹雪が治るまで、ここに置いて貰えないか?」

私の言葉を引き継いで、マイクが端的に言ってくれた。私はついつい、長く説明してしまうから、マイクが話してくれて助かった。

「勿論です。ごゆっくりしてください」

ぴくりとも表情を動かさず、唇だけ動かすように老紳士は言う。ちょっと不気味な話し方だ。それでも、私達をすぐに招き入れてくれたのだから親切そうだ。

「ありがとうございます。ええと──」

「グレイウルフ伯爵の執事なので、グレイウルフとお呼びください」

私とマイクは顔を見合わせて、お互い硬い表情をしたまま頷いた。顔にはださないけど、安心した。知らない伯爵の名前だった。

「グレイウルフさん、今回のご厚意恩に着ます」

「早く暖まるといいでしょう。広間にご案内致します」

グレイウルフさんは相変わらず、無表情にそう告げると広い玄関ホールの先を歩き私達を誘導した。
ホールの先には広間があり、閉められていた扉を開くととても暖かい空気が流れ込んできた。広間はハイテーブルや三つのソファと二つのアームチェア、暖炉で構成されている部屋だ。部屋はアンティーク調のスタイルで統一され、唯一浮いているとすれば、壁に飾られている金縁で気の滅入るような陰鬱な絵画だ。
グレイウルフさんによって暖炉の前に案内されて初めて、毛布にすっぽりと包まった状態でソファの上で前かがみになって座っている人がいることに気づき、腰を抜かしかけた。

「なんだい君達は?」

その人はウェーブのかかった薄い茶色の髪をしていて、その髪と同じ色の眉をひそめて、私達を見上げた。私よりも幾分若そうな男の子で、濡れた長めの前髪を邪魔そうにかき上げる仕草が整った顔と相まってカッコいいかもしれない。ただ、意地の悪そうな感じが顔に出ていて、印象が悪い。

「ロンドンから来た者よ」

「ロンドンからだって? 職業は? どうせ職に就いてんだろ?」

彼はまた一段と顔をしかめて聞いてきた。私達みたいなのが、都会から来たと言うのが気にくわないような反応に見える。

「そういえば、グレイウルフさんにも名乗っていませんでしたね。私はナマエと言います。ライターをやってます」

「俺はマイク。ナマエの仕事仲間だ」

「……僕はロディだ。おい、執事。こいつらをここに置いておく気か?」

初対面なのに対してこいつら呼ばわりされ、ムッとしたけど、顔には出さなかった。職に就いているか聞いてきたあたり、恐らく上流階級の人なのだろう。上流階級の人にはこういう人は珍しくない。彼らは口を開けば、「職に就く奴は負け犬」だと言う。

「ご不満であれば、客間の方へご案内致しましょう」

「そうしてくれ」

「では、マイク様とナマエ様。毛布をお持ちしますので暖炉で暖まっていて下さい」

執事はロディを連れて部屋を出て行った。
私は遠慮なく濡れた外套を脱ぎ、乾くようにソファの左端に広げてかけて、その上に黒の帽子と手袋を置いた。それから、私はツーピースドレス姿でソファの左側に座り、暖炉へ両手を伸ばして暖まった。
一方マイクは外套だけでなく、スーツのジャケットまで脱いで、シャツのボタンを二つ三つと外していく。

「ちょっと! 全部脱ぐ気?」

「まさか」

マイクはそう言いながらも、第四ボタンまで外している。やっと手を止めても、シャツの隙間から白い胸板が丸見えで、見てるこっちが恥ずかしくなって視線を逸らした。

「なんだよ。照れてんのか?」

「照れてないわよ!その貧相な胸板をしまいなさい!」

「貧相って……」

マイクは肩を落とす。恥ずかしさを隠す為につい強気に言ってしまったのをちょっとだけ反省した。でも、胸板が薄いのは本当なのよね。
暫くお互い話さないまま、火に当たり続けた。そのくらい雪の上を歩くのに体力を奪われて疲れ果てていた。暖炉の暖かさも相まって眠くなってくる。
うとうとしていると、突然部屋の扉が開く音で現実に引き戻されるように目が覚めた。
あの陰気だけど優しい執事が毛布を二枚持ってきてくれた。早速毛布に包まると、再び部屋を出て、温かいスープを二人分持って来てくれた。こんな私達におもてなしをしてくれるなんてと感動しながら執事の出て行った部屋でマイクと二人でスープを飲んでいると、また扉が開いた。執事の入出が激しいのは私達の為とはわかっているけれど、毎回出入口に気を取られてしまう。
しかし、今回執事は物ではなく人を引き連れて来た。その人は私よりも八つ以上は歳上に見える男の人で、全身真っ黒の装いで、ダークブラウンの外跳ね髪をセンター分けにしている。手にはシルクハットが握られていて……て、シルクハット?
私の隣に座るマイクを見た。マイクも私を見つめ返した。多分、また同じことを考えている。彼の名前は恐らく……。

「クリス様はこちらへ」

執事さんはソファの右横にあるアームチェアへとクリスと呼んだ男を案内した。
ビンゴだ。彼は私とマイクが追いかけていた人物だった。結局、会えずにロンドンに戻るつもりだったけど、ここで会えたのはまさに奇跡だ。
クリスさんは荷物をアームチェアの前に置き、外套を肘掛部分へと掛けると、マイクと同じようにジャケットまで脱いだ。そうして、漸くアームチェアに腰を落ち着けると、初めて私達の存在に気付いたように私達の顔を凝視した。

「おたくらもか?」

「ええ。参っちゃいますよね。あ、私はナマエといいます」

「俺はマイク。よろしく」

マイクと二人して、スープを両手に持っていたので握手は出来なかったけれど、人の良い笑みを浮かべて挨拶しておいた。この人には話して貰わなくちゃいけない事があるから取り入っておきたかった。

「俺はクリス。仕事の帰りだってのに、やられたなこの天候。あー、それくれないか?寒くってよぉ」

クリスさんは私の手に持つ方のスープを指差した。図々しさに驚いたけど、温まって心に余裕が出来たから分けてあげてもいい。私が渡そうと立ち上がりかけると、マイクがクリスさんの方に自身のスープを差し出した。

「ああ、悪りぃ。野郎の飲んだスープはごめんなんだわ」

クリスさんはさらっと断るので、マイクが怒る前にさっとクリスさんにスープを手渡した。

「サンキュ、助かる……あー、温まるねぇ」

クリスさんはご機嫌になって、スープ皿に口を付けて飲む。きっと全部飲まれてしまうだろうけど、そんなことよりもクリスさんのご機嫌とりの方が優先だ。なんとかあの情報を聞き出さないと、ロンドンで私達の吉報を待っている上司に怒られる。今のところクリスさんの機嫌は良いので上手くいくかもしれない。
しかし、そんな期待もとある一人の老人の乱入によってぶち壊されてしまうのであった。
 
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