gattino ep1



「それで、報酬の話だが……」

アジトの居室でリーダーの言葉を遮るようにドンッという何か落ちた音が天井から響いた。皆が一斉に天井の方を見、私はホルマジオと眼を合わせた。ホルマジオが視線を天井と私に交互させるので、急いで立ち上がった。

「私、見てくるっス!」

「待て。2階は物置部屋にしている。何者かが侵入したのかもしれん。オレが行く」

リーダーが立ち上がった。今リーダーに2階を見られるのは非常にまずい。

「きっと、外から物投げられたんスよー」

「おい、リゾットに任せろよ」

兄貴に手首を掴まれて、止められてしまった。

「兄貴ぃ、お願いだから離してくださいっス」

「危ねェから行くな」

その間にもリーダーが居室から出て行ってしまうので、兄貴の手を振り解いてリーダーを追いかけた。
2階はL字の廊下に部屋が4つあり、そのうちの手前の部屋でリーダーは私の見られたくないものを見つけてしまったようだ。
勝手に貼り替えたピンク色の壁紙の部屋で、ベッドの上に置きっぱなしにしていた本を落とした犯人をリーダーがたった今確保したようだ。

「コレはどういうことだ……?」

「くっ。見られたからにはこのまま生かしておけない。悪いけど、ここで……」

「ふざけていないで、説明しろ」

リーダーはそれは可愛い可愛い私のちっちゃな黒猫ちゃん──シーノくんと名付けた──の首根っこを吊すように掴みながら、低い声でぴしゃりと言いつけた。シーノくんはブルブルと震えているようで可哀想で見てられない。後ろからは兄貴も様子を見に来てしまったので、もう誤魔化すことはできないので観念して、ふたりに状況を説明した。
数日前にシーノくんを拾ったけど、自分の家よりアジトにいる時間の方が長くて面倒を見づらいから、アジトの2階を改装して勝手に自分とシーノくんの部屋を作ったこと。これにはホルマジオも一枚噛んでいて、拝み倒して『リトル・フィート』を利用して荷物の移動やDIYを頼んだことを伝えた。

「猫ちゃんを早く返してくださいっスよ」

「返すが、何故相談しなかった?」

リーダーがシーノくんを私の腕の中に収めると、まだ怒っている様子で聞いてくる。私はシーノくんを隠すように両腕で包み込むように抱きしめた。

「もし反対させられちゃったら、猫ちゃんを野良で飼わなくちゃあいけなくなるから……」

「おい、ナマエ。野良猫ならいくらでもいるだろ?何故その猫なんだ?」

兄貴が呆れたようにシーノくんを指差す。ふたりして今にも捨ててこいとでもいうような態度には嫌な気持ちになってしまう。

「眼が悪い子なんス。ずっと眼が開いてないままウロウロしてたんで、拾ったんスよ。これでも大分良くなったんスけど、獣医さんが完治したっていうまで自分が面倒見るっス」

「それはいずれ野良に戻すということか?」

「野良は絶対ダメっス。この国の黒猫は通りを歩いてるだけで殺されるかもしれないからぜーったいダメ!ちゃんと里親に出すっスよ。私が死んだ時のことも考えると、他の仲間が飼うなんて無理っスからね。この子の幸せの為に一時的に保護するだけっス。ねー?」

シーノくんの頬を親指の腹で撫でた。私の腕の中では安心したように瞳を閉じて落ち着くシーノくんは堪らなく可愛い。

「なるほどな……ここ数日ナマエの付き合いが悪いのはその猫の所為って訳だな。しかし、ガッティーナがガッティーナを飼うのか?」

兄貴が茶化すように言う。最近兄貴の言うガッティーナは甘く聞こえなくて、悪口に聞こえる。それにこの子は雄だ。

「私はこの子の親なんス!だから私はガッティーナじゃあないっス!」

「暴論だな。そんな猫さっさと捨ててこい。猫の毛がスーツにつくじゃあねーか」

「兄貴が触らなければいい話っスよ……」

兄貴の心の無さにショックを受けた。イタリア人が皆猫好きなんてやっぱり嘘だったんだ。ホルマジオに猫が好きか聞いたら笑顔で「すげー好き」って答えてたけど、あれも「すげー嫌い」って意味で言ったまである。

「ナマエが猫の毛をくっつけたまま、アジトをウロウロしたら間接的につくだろうが」

「兄貴ぃ……」

「そんな切ない顔したって駄目だぜ。それにだ。万一メローネに見つかったら何されるかわからないだろ?」

「この子は雄だし、多分メローネは動物に興味ないっスよ。それに捨てるなんて論外だし、まだ里親にはだせないっスよ。病院の通院が終わるまでダメっス」

「強情な奴だな。リゾットも反対だろ?」

「……動物に情など、暗殺者として不適格だな。だが、せっかく拾った命だ。通院が終わればすぐに里親に出せ」

「リゾット、本気か?」

「リーダー、本当っスか?」

「ああ。その代わりにここにあった物で何を捨てたか全て申告しろ」

リーダーの決定に兄貴は不服そうに鼻を鳴らした。兄貴に納得してもらえないのは寂しいけど、今は猫ちゃんが大事だから別にいい。

「わかったっス!リーダー、ありがとっス。よかったね〜?」

シーノくんの頭にキスをして、ベッドの上に下ろした。シーノくんはリーダーと兄貴を警戒してベッドの隅に逃げてしまった。
私は床に落ちた本を拾ってローテーブルの上に置いた。

「ナマエ、この部屋以外はどうなっている?」

兄貴は私の部屋の内装をじろじろ見ながら言う。フレンチスタイルの白色のチェストやソファ、ローテーブル、そしてピンク色のラグに文句言いたげである。「まさか、他の部屋もこんなファンシーな部屋じゃあないだろうな?」なんて。

「他の3部屋はホルマジオが改装してくれて、ダイニングルームにシステムキッチンまで作ってくれたっス」

「まさかホルマジオまで住みついていることはねぇよな?」

「1回泊まっていったキリっスよ?」

「あいつ……」

兄貴は部屋から出ていくと、他の部屋がどうなっているか探索を始めた。

「リーダー、勝手に色々捨ててごめんなさい。ホルマジオと捨てたものを思い出して、後で紙に書いて一覧にして出すっス」

「ああ。なるべく読める字でな」

「はいっス」

シーノくんに手を振って、リーダーと一緒に部屋を出て部屋の扉をきっちり閉めると、兄貴が呆れた様子で奥の部屋から出てきた。

「完全にホルマジオの好きなスタイルの部屋だ。他全部もダークカラーでまとめてやがる」

「兄貴の好きなインテリアじゃあないっスか?」

何度か兄貴の家にお世話になったから、ホルマジオと兄貴の趣味が合いそうなことはなんとなくわかる。

「ああ。だが、あいつここに住み着くつもりか?」

「たまに泊まりたいだけみたいっスよ?ホルマジオに頼めばベッド増やしてもらえるから、兄貴にも泊まって欲しいっス」

「機会があればな」

「私のベッドでもいいんスよ?」

「あんなファンシーな部屋で寝れっか」

兄貴がつれないのはいつものことなので気にせず、階下に下りて居室に戻った。
皆には私が猫を飼い始めたから、手を出さないようにリーダーが注意をしてくれた。

「子猫って雑種か?」

ギアッチョが子猫に興味があるようで聞いてくれた。興味を持ってくれるのは嬉しいけど、ギアッチョがキレたら子猫の心身に障るからギアッチョには見せたくない、なんて酷いことを考えてしまう。

「黒猫っス」

「" stregehetta(魔女っ子)"かよ。不吉だぜ」

ギアッチョもくだらない迷信を信じているようだ。黒猫が魔女の手先で不吉の象徴なんて絶対間違ってる。

「せめて" strea(魔女)"って言って!黒猫は不吉でもなんでもないっス!」

「黒猫かよ。おれは白猫の方が好きだぜ」

イルーゾォの主張はどうでもいいから無視した。

「名前は?」

メローネが珍しく関心を示して嫌な予感がする。

「雄猫っスよ?手出したらリーダーからメタリカっスよ?何する気っスか?」

「質問を質問で返すな。子猫の名前ぐらい教えろ」

「……シーノっス」

「シーノ、だけか?何シーノだ?」

「アッサッシーノからとってシーノくんっス」

我ながらセンスの塊と思った由来なのに、兄貴には「子猫には似つかわしくないな」と言われ、イルーゾォには「子猫に物騒な名前つけんなよ」と呆れられ、ペッシに「ナマエってセンスねぇなあ」とぼやかれた。

「うっさい!ペッシ!」

「ひっ!なんでオレだけに怒んだよぉ」

ペッシがまた泣きべそをかく。
名前が皆に不評みたいだけど、私としては凄く気に入ってるし、しっくりくる。

「それで、報酬の話だが──」

何事もなく話を戻すリーダーに場が静まった。その間2階の方が気になって仕方ない。シーノくん、寂しがってないかな。
リーダーの話が終わるとすぐに2階に走って行った。私の部屋のお布団の上に丸まっているシーノくんの横に寝そべってシーノくんを撫でていると、扉をノックする音がして半身を起こした。扉をノックするところから、兄貴かリーダーかな。

「どーぞ!」

声を張り上げて伝えると、扉が開いた。兄貴だ。
兄貴が部屋に入り扉を閉めると、扉を背に、遠くから私を見下ろした。遠目だけど、明らかに顔が怒っている様子だ。シーノくんも敏感に兄貴の存在を感じ取って、私の腕の中に入って毛を逆立てさせ、尻尾を膨張させた。

「ナマエ、それに夢中になって任務を疎かにしたらただじゃあすませねェぞ?」

「私が任務中はホルマジオか病院に預けるから大丈夫っス。任務には集中するっス」

「……里親出すんだよな?」

「出すっスよ?」

「別れが辛いからってやっぱナシは駄目だぜ?」

「里親の方が幸せになれると思うんス。だから、里親に絶対出すっス」

「それならいい」

「シーノくん、兄貴が納得してくれたよ〜?よかったね〜?」

「おい、その猫撫で声はやめろ」

「じゃあ、部屋から出て行ってくださいっスよ」

兄貴ったら部屋から出ればいい話なのに、あれもダメ、これもダメで参ってしまう。シーノくんもリーダーと兄貴を怖がってるようだから、兄貴にはシーノくんに近付いて欲しくない。

「待て。まさかそいつよりオレの方が優先順位が低いっつーのか?」

「優先順位?よくわかんないっスけど、私はこの子の保護者っスよ?私にはこの子を守る使命があるんス」

「通院はいつ終わる?」

「多分2週間くらいっスかねー」

「2週間の我慢か……」

兄貴がぼそりと何か言うと、部屋から出て行った。兄貴がいなくなると、シーノくんは落ち着いたように瞳を閉じた。はあ。可愛い。天使みたい。


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