due promesse ep2


 
雨の日の午後、誰もいないのをいいことに居室のカーテンを締め切って、CDコンポで好きな曲をかけながらお昼寝をしていた。うとうとしているところにリーダーが来て、ひとりで任務に行ってこいと言ってきた。心臓が凍りつくかと思った。まだ兄貴とキスもしてないのにひとりで任務に行って死にたくない。

「ナマエ」

腰を震わせるような低くて深みのある男性の声でぱちりと目が覚めた。それが大好きな人の大好きな声だとわかって本能的にハッと飛び起きた。
兄貴がいつの間にか対面のソファに足を組んで座っていた。リーダーが来たのはどうやら夢の中だったみたいで、部屋には兄貴と私しかいない。
暗い部屋の中でも兄貴の金色の髪やどんな時も海の色を持つ瞳は色褪せなく煌めいていて、そんな綺麗で大好きな人に寝起きを見られるのはただでさえ恥ずかしいのに、悪魔のお目覚めだとかケツが出てるとか言われて落ち着く暇もないところへ、「話したいことがある」と追い討ちをかけられて嫌な予感がした。兄貴から感じる雰囲気から、お説教をされる気がする。この前兄貴の家で『スカーフェイス』を観て「トニーは妹のことを女として愛してたのかな」なんてこぼしたら、めちゃくちゃ怒られた。他に感想はないのかと詰め寄られたし、ペッシには馬鹿にされた。多分それに絡んだ仕事に対する話をされると思った。

「何スか改まって……?」

恐る恐る聞いた。ちょうどその時、CDの擦り切れるような音がCDコンポの方からして、間もなく『Poinciana』が流れ始めた。歌のなく、ピアノとよくわからない弦楽器とシンバルっぽい音で構成されるジャズだ。
そういえば意識してなかったけど、曲をかけっぱなしだった。

「今から好きなことを話せ」

「えっ?好きなこと?」

「なんでもいい。オレは相槌ぐらいしか打たねえし、話し終わるまで口を挟まねえ。今から……そうだな。10分くらい自由に話せ。オレが話したいことはその後に話す」

「えー……急に言われても……今の話スか?それとも過去とか?」

「好きにしろ。ペッシに話す時みたいにタメで自然に話せ」

兄貴に対してタメなんてきくのはなんとなくヤだし、好きに話せといわれても自由度が高ければ高い程、難しい気がした。話というものは取っ掛かりがないと中々話始めるのが大変だし、10分も何を話せと言うんだろう。簡単な自己紹介でも1分話すことは難しいのに10分は少し長い。とりあえず、最初に思い浮かぶのは天気の話だ。

「今日は雨だからなんとなく寝たくなった、かな……」

兄貴を見つめて話し始めれば、眼で頷いてくれた。このまま本当に好きなことを話せばいいんだと理解して、そこから話を広げようと思った。

「雨の日のお昼寝が好きだけど、理由はよくわからない……でも、ジャズ聴きながら寝るってなんか幸せなことだと思う……ジャズと言えば、兄貴の影響受けてセラーニのCD買っちゃった。あ、もしかして、兄貴の好きな曲聴きながら……やっぱり、なんでもない……」

兄貴にじっと見られながら、兄貴に対して好き好きアピールするのが恥ずかしくなって言うのをやめた。こんな向かい合わせで瞳を見つめられながら言うのは流石の私も恥ずかしい。
本当はジャズじゃなくて、好きな人の好きな曲を聴きながら眠るのが幸せなのかもと言いたかったけど、それは心の中に留めておこうと思う。

「それから、ジャズ繋がりでミシェル・ルグランもいいなあって思って、フランスの人なんだけど、映画の『ロシュフォールの恋人たち』に有名な曲があって……確か『キャラバンの到着』、かな。それを作った人って初めて知って、その人のCDも買っちゃった。『ロシュフォールの恋人たち』といえば、登場人物が素敵な恋人ができることを夢見てる話で……それで、私もそういうところがあって……一緒に歩いたり、食事したり、話したり、隣に座ったり、見つめあったり……そういうことを恋人とできたら凄く幸せだなあって……ああ、でも、恋人じゃあなくても、好きな人と一緒に今言ったことをしてるだけで幸せを感じてるから恋人になる必要はあるのかな?いや、あるか……その、男女の関係になりたいし、女として愛されたいし……なんか恥ずかしくなってきちゃった……」

さらりと好きな人とそれができてる、と言ってしまって恥ずかしくて兄貴から眼を逸らした。でも、否定されずに話を聞いてもらえる心地よさから、話したいことが止まらない。

「その、好きな人と恋人同士になれたら、すっごく素敵なことだと思う……それにその人といると辛いことも忘れられるの……過去のこと思い出すのって本当辛くて……今でも乗り越えられないと言うか……もう忘れてしまいたいって思うけど、その人のこと考えると気持ちが楽になるの……その人と一緒にいられれば、いいなってずっと思ってて……ああ、でもずっとこのままでいるのは怒られそうだから、そろそろ一人前にならなくちゃって、たまに焦るんだ。でもでも、ひとりで任務なんて怖くていけないし、自信が無いの……もし、失敗しちゃったらどうしようって……」

自分でも整理しきれていない感情や考えが勝手に溢れ出てきた。

「だから、ずっと兄貴の下にいたい……」

そう言い終えた時、兄貴の反応を見るのが怖くて目の前のローテーブルに視線を落とした。

「そうか……」

予想と違って兄貴は否定もしないし、怒らないでくれた。もしかしたら、この10分は私が何を言っても怒らないだけかもしれないけど、全てを肯定されている気がしてなんでも話そうと思えた。

「最近、兄貴が私に望むことはなんとなくわかってきた……私にはプライドがないとか、やられたらやり返す気概もないのかってよく言われてるけど、それを反省しようと思わなかった……でも、よく考えたら親友を殺されてただ悲しむだけって普通じゃあない気がしてきた……1年以上前に親友が殺された時、私は見てるしかなかった……縛られて動けなかったの……親友のお腹が裂かれて、中の臓器を取り出されて……それが親友の口に……凄く気持ち悪くて吐いたし……今思い出すだけでも吐きそう……」

胸元を押さえて、少し前屈みになった。あの時、猿轡をされていて、口の中が吐瀉物だらけになって地獄だった。

「悲しくて、恐ろしいって感情ばかりで復讐しようだなんて思えない。むしろ、私の力じゃあ復讐できないっていう事実が根底にあるから、そう思えないだけかもしれない」

「ナマエの力だと復讐できねェのか?」

初めて兄貴から質問されたけど、私の言葉をそのまま切り取ったものであることに気づいた。でも、いつも通り兄貴と会話するスイッチが入って、タメ口をきくわけにはいかなくなった。

「はい。私の力だと敵わない相手だと思うっス……仲間が親友を殺した相手はきっとボスの親衛隊だって。ボスの親衛隊には手を出しちゃダメだって。皆『復讐したい』って言ってたけど、『オレらには無理だ』って言ってたっス。仲間でスタンド能力を持ってたのは私と幹部の人だけで、後は皆銃とかナイフで、裏カジノでイカサマをしたり、町で暴れる奴を懲らしめる時くらいしか暴力を振るわない人たちだったから……ああ、でも……私が親友を殺した犯人の特徴を言ったら、幹部だけは親衛隊じゃないかもって言ってたっスね」

「親衛隊じゃあないかもしれねェのか?」

「幹部だけはそう言ってたっスけど、皆は親衛隊だって言い張ってたっスよ?」

「なるほどな。ボスが派遣したそいつの素性によっては事故に見せかけてそいつを殺せるかもしれねーな。親衛隊じゃあねェなら、可能だが……」

事故に見せかけて殺す──それなら、ボスにバレることなく復讐できるかもしれない。でも、一人前にもなれてない私にはできない話だ。

「まあ、それをする時はボスに反旗を翻す時だな」

「ボスに反旗……?」

兄貴の発した恐ろしい言葉にいすくんだ。口に出すだけでも呪われそうな言葉だ。

「オメーにはまだちゃんと話してなかったよな。オレたちには共通の目的がある。殺された仲間の復讐と麻薬ルートを乗っ取る為にボスを殺す予定だ」

「えっ?なんでっスか?いつやるんスか?なんで?」

寝耳に水の発言に混乱してよく理解できなかった。ボスを殺すなんて、考えるだけで恐ろしいにも程があるし現実的じゃない。それこそ皆殺し確定案件だ。そんなリスクを背負う意味がわからない。

「そもそも、オレたちは好きで殺しなんかしてねーよ。オメーと一緒だ。仕事だからやってるだけだ。だが、組織の他のどんなやつよりも汚ねェ仕事をさせられてる、っつーのに縄張りの一つもボスはくれねーし、はした金しかよこさねえ。オメーが前に言っていた"カジノでホテル暮らし"って程でなくとも、もっといい思いをしていいはずだろ?勿論、"殺し"をする人間に権利や金を与えることにリスクがあるのは理解している。オレだってボスのように警戒して、おいそれと権力に繋がる縄張りや金は殺し屋には渡さねえ。だが、それにしてもだ。その辺の野良犬でさえ縄張りがあるってのに、命を落とすリスクを背負って仕事をするオレらに何も与えない道理はねえ。オレらはそれを不満に思っている」

「だから麻薬ルートを……?」

「ああ。麻薬ビジネスがどれ程儲かるか知ってるだろ?規模にもよるが、1日に5億リラ入ってきてもおかしくねえ程だぜ」

年間に換算すれば途方もない数字になるのは私でもわかる。確かに麻薬ビジネスは一番儲かる。でも、だからといって命を投げ出すリスクを私は取れない。それは普段の暗殺業における失敗した時の命のリスクとは明らかに違う。兄貴たちがやろうとしているのは、ボスに惨たらしく殺されるとわかってて、死にに行くようなものだ。

「こんな殺し稼業はやめて、オレたちはそっちで稼ぐつもりだ。ただ、最初は満足のいく縄張りと金さえくれりゃあ、オレたちはそれでよかった。だが、ボスがオレたちを先に裏切った」

兄貴の瞳が怒りに細められる。兄貴の頭の中にあるのは今まで断片的に聞いた話で簡単にわかった。

「ソルベさんとジェラートさんのことっスか?」

「ああ。あいつらはボスの正体を嗅ぎ回っただけで惨たらしく殺された。爪先から頭まで寸刻みにされたソルベの遺体がここに送られてきた時には怒りより恐怖を感じたぜ」

「寸刻み……」

想像しただけで気持ち悪くなった。ソルベさんたちの殺され方は今まで聞いたことがなかったから驚いたし、余計にボスが恐ろしくなった。

「ジェラートの遺体はあいつらの家で見つかった。これは推測だが、ジェラートは目の前でソルベが殺されるのを見て猿轡を飲み込んで窒息死だ。遺体の側に"punizione(プニツィオーネ)"と書かれた紙が落ちていた」

ふたりの最期を思うと──会ったこともない人達だけど──悲しくなったし、やるせない気持ちになった。
今まで誰もふたりについて詳しく話そうとしない理由もわかった気がする。

「あいつらの死はオレたちへの警告として利用された。"ボスの正体を探ればこうなるぞ"ってことだ。だが、オレらにしてみれば、自分たちの一部が傷つけられたのと一緒だ。このままボスに頭を押さえつけられて生きるつもりはオレたちにはねえ。"あの日"以来、オレたちは屈辱と忍耐を強いられてきたが、ボスを倒せる糸口やチャンスが転がってくれば迷わず飛びつく。オレや他の仲間は皆、このまま首輪をされてくせェ汁を啜りながら生きていくぐれェなら、命を懸けてボスに復讐をして麻薬ルートを乗っ取ることを選ぶ。オメーは自分の意思でオレたちについてこれるか?」

兄貴は開いた腿に両腕を乗せ、身を乗り出して私を見つめる。
お腹の底まで射抜くような鋭い瞳だ。強い意志の感じられる、暗殺者の瞳。恐ろしい程綺麗で、相手を射殺すような鋭さもある。それなのに、私はこの瞳にどこか惹かれてしまう。
惹かれる理由は好きだからだけじゃなくて、もっと自分の中に眠っている何かだとなんとなく思った。

「私の居場所は兄貴と仲間の隣だから……私はどこまでも兄貴について行くっス……」

私には暗殺者としてのプライドも自信もないし、皆が死んじゃうのは嫌だ。泣いて皆を止めたいけど、暗殺者としてのプライドを持つ仲間たちが今の状況に耐えられず、命を投げ出す覚悟でボスを殺したいとまで思っているのなら、私には彼らを止める権利も見過ごすつもりもない。問題は私も命をかけられるかどうかだ。

「ついて来るっつーならよォ、オレらが首輪を捨てた時、オメーはオレの下にいるのか横にいるのかハッキリしろ」

横の意味は一人前になることか、それとももっと素敵な意味かはわからないけど、答えは一つしかない。

「あ、兄貴の横にいたいっス……」

逸る気持ちに思わず噛んじゃって締まらないけど、兄貴が私の答えに満足したように厳しい表情を和らげたから安心した。

「なら、とっととオレの下から卒業しろ」

「は、はい……!あの、兄貴の横って、そういう意味なんスか?」

「そういうって、どういうことだ?」

兄貴が口の端を緩めて聞いてきた。意地悪そうに少しだけ笑う様子は、もしかして、と期待してしまう。

「だから、つまり……一人前じゃなくて、兄貴の、その、こ、恋……ギャアッ!」

みなまで言う前に、居室の扉が勢いよく開かれて、飛び上がってしまった。
出入口を見ると、黒の上着を雨に濡らしたリーダーがビニールに包まれた封筒を小脇に抱えていた。

「なんだ。おまえたちしかいないのか」

「リ、リーダー、心臓に悪いっスよ……」

「何をそんなに驚いている?アジトにいても緊張度は調整しておけ。まだまだ一人前には程遠いな」

「一人前になると、緊張度って調整できるんスか……」

「そりゃあ、適度にはするだろ。極限まで緊張してたら、物音一つで頭が真っ白になっちまうヤツもいるからな」

兄貴は何言ってんだ、という具合で眉根を寄せる。
そっか。緊張度の調整は一人前になればできるんだ。

「プロシュート、暗殺の依頼が入った。この資料に全部書いてある」

「ああ。任せろ」

兄貴はリーダーから封筒を受け取ると、早速開封して、そのまま私に寄越してきた。いきなり資料を渡されて困惑する。

「兄貴は読まないんスか?」

「先にオメーが読め。それで自分で予測をたてて、どう行動するかそらんじろ。俺とペッシを使う場合、どう動くべきかも言え」

「は、はいっス……」

今までとは違うやり方に戸惑いながらも頷いた。
今まで兄貴がいるからと安心していたけれど、もし一人前になったなら、今のように自分で資料を見て、自分で予測して行動しなくちゃいけないんだ。
これが一人立ちへの第一歩な気がして、居住まいを正して資料に目を落とした。

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