due promesse ep3 end -daniele-


 
「──それから右に行って……ヒィッ!」

ローテーブルに広げて置かされた左手の内の、薬指と人差し指の間にナイフを突き刺された。あと数ミリズレてたら、刺さってた。背筋が凍る程怖くなって、目の前で私を鋭い瞳で睨む想い人から視線を逸らした。

「違う。左だ」

兄貴に訂正されて、頭の中の地図を正確に思い出そうとしたけど、テーブルから引き抜かれたナイフが兄貴の手の中で弄ばれているのが怖くて、集中できない。

「ひ、左に行って、手前の部屋をペッシに探らせるっス……そ、それから──」

ビビりながらもなんとか次に行く暗殺案件の計画を全て話した。
アジトには皆がそろってて、居室にいるのはリーダーとイルーゾォでふたりして半ば引いたように私と兄貴のやり取りを見ている。
この前兄貴と話し合いをしてから、暗殺案件は私が計画を立てて、それを兄貴が添削、清書したものを私がそらんじて、間違えたらナイフで脅される──という形で仕事を進めている。今回でまだ2回目だけど、初回に緊張のあまり間違えまくったからローテーブルは既に兄貴の所為(この場合は私の所為かもしれないけど)で、ボロボロだ。
兄貴が「間違えたら刺す」と言った時はリーダーが宥めてくれたけど、その内容が「手元を狂わせるなよ」だったので、唯一助けてくれそうな相手から突き放されて絶望した。イルーゾォは引きつつも、面白そうに半笑いで見てくるのが腹立つ。

「間違いが一つだけか。まあ、いいだろう。当日に全部忘れたはナシだぜ?」

「は、はい……」

バクバク脈打つ胸を押さえながら返事をした。
これから用事があるというのに、薄汗をかいてしまった。

「あの、私用事があるのでここで失礼するっス……」

「なんの用事だ?」

「えっと、秘密っス……」

兄貴や仲間には絶対言えない内容だけど、誤魔化してもバレるから、正直に秘密と言った。

「ま、どんな野良犬にも秘密はあるもんだ。行っていい」

野良犬呼ばわりは不服だけど、時間通りに行きたかったから、そのままアジトを出て、目的地に向かった。



*



時間通りに指定のバールの奥の席に座ってぼーっとしていた。バールにはジュークボックスが置いてあって、『Core ‘ngrato』の哀愁漂うレコード曲が流れている。それに耳を傾けながら頼んだカフェラテを一口飲んだ。エスプレッソの適度な苦みとミルクの甘みを感じながら、左手を広げてテーブルの上に置いてみた。今は落ち着いているはずなのに、兄貴に刺されそうになった指が震えている。
男は時間通りに来た。ホルマジオが前に一度紹介してくれた情報分析チームの人だ。黒髪をセンター分けにした20代後半程の若い男性で、私を見つけると、まずはレジで飲み物を注文して、それからエスプレッソを片手にこっちに来た。

「いやー、遅れてごめんね。何せ自分の仕事こなしながら、こそこそこっちを進めるわけでしょ?しかも、外出時は申請しなくちゃだしさー。まあ、優秀だからこそできちゃうんだけどねー」

「能書きはいいから、資料をお願いします」

頼む側として態度が大きいかもしれないけど、威圧的にしとかないと、ナメられて秘密を口外されてしまうリスクがある。

「はいはい。これがダニエレ・スカンツィオの資料」

男は鞄から資料を取り出してテーブルの上の二つのドリンクに当たらないように上に差し出した。

「どうも。これを読んだら返すから待ってもらえますか?」

「ああ。でも、すぐに読んで欲しいんだよねー。チーム全員に秘密と言われちゃあ、そいつらに見つかった時が面倒だからさー」

男はヘラヘラと笑う。こういう軽いところで信用が揺らぐけど、初めて依頼した時シカンビーアの資料を素早く内密に調べてくれた実績があるから侮れない。

「だから、リスクの分報酬は弾むって言ってるじゃあないですか」
 
「さっさと金貰って早く帰りたいんだけどー」

「クソみたいな内容だったら困るんで、資料読んでからでいいですか?」

「じゃあ、オレ黙ってるわー」

資料にはダニエレさんの名前と顔写真、年齢、住所、所属会社等の基本情報と、現在の状況が書かれていた。
その内容にほっと胸を撫で下ろした。良かった──生きてる。
約半年以上前、ダニエレさんは兄貴に殺されたはずだった。兄貴がそう言ったから私は信じていたけど、心のどこかでは実は死んでいないのではないかとも思っていた。それが、つい数週間前にそれを調べる手立て──目の前の情報分析チームの男と、シカンビーア事件をきっかけに知り合えたから、ダニエレさんの生死と所在を調べてもらったのだ。

「生きてるとわかっただけ嬉しい……本当に良かった……」

「ああ。2ページ目にはおまえ達がそいつの会社の社長を暗殺した日のそいつの行動が書いてあるよ」

男に言われてクリップで止められた資料の2ページ目に目を通した。

「家と車が氷付にされ、その対応で会社を休む──ギアッチョの仕業だ……」

「味方の仕業になんでおまえが気付かなかったの?なんでそいつの死が隠されているわけ?」

「さあ。教育の為、ですかね?」

適当に推測して答えた。
兄貴はあの日、ダニエレさんを本当に殺したのかは明言しなかった。でも、殺したような口ぶりだった。私が甘い考えを持たないようにあんな感じに言ったのかもしれない。兄貴の気持ちはわかるから、今はダニエレさんが生きていたという事実を喜ぼう。

「報酬はこの中に。口止め料込みです。ご苦労さま」

用意しておいた報酬の入った封筒を資料とともに男に手渡した。男は封筒の中身を見て、へへっと満面の笑みを浮かべると鞄に報酬と資料をしまい、席をたった。

「多少危険でもこれだけもらえりゃあ、また頼ってくれてもいいぜー」

「今回は仲間にも絶対秘密だから、多めにしただけですよ」

「へっ。じゃあ、バレねぇように気を付けろよなー」

男が去った後、ひとりでカフェラテを飲みながら物思いにふけった。ダニエレさんの死を隠していたのは兄貴とギアッチョ、あとは誰だろう。私の教育の為といえど、嘘をつかれるのは気分がよくない。例えそれが、明言されていなかった嘘だとしても。
ああ、駄目だ──兄貴はきっと私の為に嘘をついたんだから、兄貴は悪くない。ダニエレさんが生きているという事実だけを考えなくちゃ。

「うーん……あー……んー」

「何唸ってんだ?」

カチャリと音をたてて、テーブルにソーサーと小さなエスプレッソのカップが置かれた。気配に全く気づかなかった。
兄貴が私の目の前の席についた。

「あ、兄貴!なんでここに!?」

突然現れた相手に肩が飛び上がった。

「最近オメーの挙動がおかしくて気になっていた。特に今日は秘密とか一丁前に抜かしやがったからな。オメーがアジトを出た後、堂々と後ろを歩いてたんだぜ?」

「ええ……気づかなかったっス……」

暇をもらう時に兄貴は「行っていい」って、興味なさそうに言ってたから、まさか後ろからついてきてたなんて夢にも思わなかった。

「ダニエレ・スカンツィオのことを調べてたみてェだな」

「はい……なんで生かしてくれてたんスか?邪魔なら殺してもいいっスよね?」

「……今でも殺す予定だぜ」

兄貴の一言に胸が詰まった。なんで今更ダニエレさんは殺されてしまうのだろう。生きてて安心したばかりなのに。

「そんな顔すんじゃあねーよ」

「……なんでなんスか?」

「オメーの為だ」

「どういうことっスか……?」

「オメーときたら、甘い考えを持っていつまでたっても心が成長しねーじゃあねーか。オレはリゾットに任された以上、オメーを一人前の暗殺者にする責任があんだよ。もしリゾットがオメーを一人前って認めて初めてひとりの任務にだすって言ってもよォ、安心してだせねェだろうが。だから、オレがその前に最終試験を与える必要がある。それが何かわかるか?」

その質問は酷い。話の流れから、答えがわかりきっているのに。

「ダニエレさんを殺すこと……」

「そういうこった。オメーにとって結構キツイことだから当分させる気はなかった……自分でも認めるが、正直オレはオメーに甘いところがある。一人前に育てなくちゃあいけねーのにな。だが、それももう終わりだ。ダニエレが生きていると知られた以上、オメーが変な気起こす前に殺させる。今から行くぞ」

兄貴は席から立ち上がる。今からと言われても心の準備ができていないし、できるとも思わない。

「嫌っス……」

「ナマエはオレたちの仲間だよな?」

「……そうっスよ」

「なら、やるしかねーんだぜ?」

──嗚呼。私は酷い勘違いをしていた。兄貴は優しい、なんて考えていたけれど、仕事に関してはその限りじゃない。この人は根っからの暗殺者なんだ。瞳を見ればわかる。ギラギラして、見る者を射殺すような鋭い瞳。
私が余計な詮索をした所為でダニエレさんの寿命が縮まった。私の所為なんだ。
不安でどくどく脈打つ胸に手を当て、立ち上がった。



*



ダニエレさんを殺すのは物理的には簡単だ。ダニエレさんの家に忍び込んで私物をエル・セブンに渡すだけだから。でも、兄貴は直接殺せという。面と向かってナイフを使い一突きで仕留めろ、と。
夜遅く、郊外にポツンとあるダニエレさんの家に車で移動し、兄貴がダニエレさんを老化させた状態で椅子に縛り上げ、猿轡をさせた上で身動きさせなくした。私は泣き叫ぶダニエレさんを目の前に、震える手でナイフを握りしめた。細いグリップで爪が手の平まで到達して深く食い込んだ。

「ナマエ、やれ。そして、成長しろ」

「兄貴ぃ……」

涙が出そうになるのを耐えて下唇を噛み締めて、兄貴を見つめた。体中が震えてクラクラ眩暈がする。立ってるのもやっとだ。

「自分の為にやれ。オメーならやれる」

私ならやれる──そうだ。兄貴がここまで育ててくれたんだ。どんな任務でも連れて行ってくれて、経験を積ませてくれたし、スタンドを使わないで女の私でも確実に相手を殺せる方法も教えてくれた。期待に応えなくちゃ。

「……動脈を切れば返り血を浴びるが、確実だ。静脈の返り血は赤黒くて、服につくとこれがなかなか落ちない。面倒だから一撃で仕留めろ」

「動脈……?静脈……?」

混乱している頭には、兄貴の難しい説明は入ってこなかった。
ダニエレさんの為にも早く終わらせてしまおうと、人体の急所で、押しただけでも効果があると兄貴に教えてもらった場所──喉元に両手でナイフを突き立てた。
それから一気に引き抜いて素早く後ろに下がった。
正解だった。一呼吸置いて、喉元から血が吹き出した。
見ていられなくて瞳を閉じた。気配でまだダニエレさんは生きているのがわかる──けど、あと数秒後には死んでいる筈で、その姿を見たくなくてフラフラとその場にしゃがんだ。
ナイフについた血が脚につくのを感じて、ナイフを床に落とした。

「ナマエ、腰抜かしてんのか?殺しは初めてじゃあねーだろ?」

兄貴の声が上から聞こえる。
軽く頷いて瞳を開ければ、兄貴は私の目の前にしゃがみ込んで、血に濡れた私の脚をハンカチで拭き取り、それから床に落としたナイフを拾って血を軽く拭いて、私の上着のポケットにしまってくれた。

「ナマエ、よくやった。これはおまえにとっていい経験になった筈だ。知り合いでも殺す──少しは心の成長を実感できたか?」

首を横に振った。こんなの成長でもなんでもない。ただ知り合いを殺してショックを受けているだけだ。

「……もう動けない」

脱力してもう動く力が残っていなかった。また瞳を閉じてぐったりしていると、ふわりと体が宙を浮いて、慌てて眼を開いた。兄貴にお姫様抱っこされている。

「あ、兄貴……私、重いから……」

「動けねェつったのはオメーだろーが」

「……兄貴に抱っこされるの体重がバレそうで嫌っス」

「そう脱力されてちゃあ、よくわかんねーよ」

兄貴の言う通り力が入らなくて脱力した分重いはずなのに、兄貴は嫌な顔一つせずに私を外まで運んで車に乗せてくれた。



*



自分の家まで辿り着いても、兄貴の腕にしがみついて絶対離さなかった。兄貴は嫌がったけど、私は離れたら死んじゃう、と脅して兄貴を部屋まで入らせた。
ベッドに座り、兄貴の腕を引っ張ると兄貴も隣に座ってくれた。

「いつまで引っ張る気だ?」

「ずっと」

「オレはそこまで甘くねーぜ。帰るぞ」

「やだっ!」

兄貴が立ち上がろうとするのを必死に腕にしがみついた。
放心状態で引っ込んでいた涙がダムが決壊したようにだばだば溢れ出てきた。今兄貴がいなくなったら、心が壊れてしまうかもという不安からだった。

「うう……ひっく……」

「おいおい。せっかく泣かずにダニエレを殺ったってのに今更泣くのか?やっぱり、バンビーナじゃあねーか」

「兄貴はっ……そういう癖に……私をバンビーナ、扱いっ……するからじゃあ……ないっスか……」

「オメーがバンビーナっぽく振る舞うからオレはそう扱ってんだよ」

「私、バンビーナじゃあ、ないっス……!」

「そうだな。バンビーナじゃあねーんだからさっさと離せ」

「嫌っスよぉ……兄貴が……っ……隣にいないと辛くて、堪らないっス……お願いだから、落ち着くまで……一緒に、いて……欲しいっス……」

泣きながらなんとか言葉を紡いだ。お願いをする時にも色々と気持ちが込み上げてきて、涙が余計に溢れてきた。
しがみついていた兄貴の腕を無理やり自分の背中にまわさせて、顔を横にして頬を兄貴の胸の辺りにくっつけた。兄貴の緩やかな鼓動を聞いて、左胸の辺りがじわりと温かくなり、優しい気持ちになる。涙が引っ込み、落ち着いてきた。

「おい」

「兄貴ぃ……ずっとこうさせてくださいっス」

「成人してんだろ?ナマエはいつ成長すんだ?」

「兄貴が癒してくれたら」

「チッ……今日だけだぞ。明日以降また厳しくする」

兄貴が珍しく私の頭をゆっくり撫でてくれた。たまにするわしゃわしゃと動物を撫でるやり方じゃなくて、女性を扱うような優しい撫で方だ。

「兄貴はいつも優しいっスよ。バンビーナ扱いは嫌っスけど、頭撫でられるの大好きっス」

「……オメーが子供っぽいからつい撫でちまうんじゃあねーか。この所為でオメーが成長できねーってんなら頭撫でんのはやめる」

「それは嫌っス……兄貴ぃ、大好き……」

兄貴が私を受け入れてくれてるのを良いことにぎゅうっと腕に力を込めて、好きアピールをした。
こうやってはっきり言葉に出すのは初めてだから緊張するし、心臓が大きく鼓動する。

「知っている」

兄貴の返事はにべもなく、やっぱりなあ、って思った。

「兄貴は私のこと好き?」

「さあな」

「そうやって逃げないで欲しいっス」

「オレの立場わかって言ってんのか?」

兄貴は私の肩を掴んで押し、私の顔を見下ろす。

「オレが妹分に手出すとでも思うのか?リゾットから教育係を任され、ペッシまで面倒見てんだ。面子がある。我儘言うんじゃあねーぞ」

「それって肯定してるんスか……?」

兄貴の発言がなんとなく私を好きであるかのように受け取れて、胸の辺りがじりじりと熱くなる。
肯定してたらどうしよう、とさっきまでの悲しい出来事の記憶が頭の隅に追いやられる。

「それは自分で考えろ」

兄貴は私の髪の間に手を差し入れ、毛先まで優しく梳いてくれた。兄貴の表情は優しげで、そんなことをされて、そんなことを言われたら期待してしまう。

「……仲間に言わないからキスだけでもして欲しいっス」

「キスだけでも、だと?オレのキスをナメてんのか?キスだけでオメーの腰が砕けるぜ」

「そんなに凄いキスならなおさら欲しいっス。ねえ、兄貴ぃ」

兄貴の胸に両手を当て、うー、と唇を尖らせれば、人差し指と中指で唇を押さえられてしまった。

「やめろ」

「私、今日頑張ったんス……凄く心が傷ついてるんス」

「なら抱きしめてやる。それで我慢しろ」

兄貴の両手が私の背中に回される。兄貴の腕にぎゅっと力が込められるのを感じる。私より温かくて大きな体に包まれて心地良い安心感を得た。

「兄貴、好き。大好き。愛してるっス」

「……今日だけはその言葉を言うのは許してやる。明日からは言うんじゃあねーぞ」

「嫌っスよ」

好きも言わせてもらえないなんて厳し過ぎる。もしかして、兄貴は私のことをそんなに好きではないのかと心配になる。

「オメーがひとりで任務に行けるようになるくらい一人前になりゃあ、いくらでも言っていい」

「本当っスか……?それって、一人前になったら恋人にしてくれるってことっスか?」

「それも自分で考えろ」

「えっ……ええっ?じゃ、じゃあ約束っスよ?」

「オレが今日言ったことは取り消さねーよ。それは約束するぜ」

「ど、どうしよう……早く一人前にならなくちゃ」

兄貴と素敵な関係になれる可能性を感じて、心臓がこれ以上ない程大きく鼓動し始めた。信じられない。どうしよう。脈を打ちすぎて私は今夜死ぬかもしれない。

「こんな甘えん坊じゃあ当分無理だな」

「そんなあ」

とは言ったものの、実際私も無理だと思う。今日の出来事は結構キツかった。今後、私が冷酷無慈悲な暗殺者になれる姿が思い浮かばない。でも、中々振り向いてくれない兄貴に愛してもらえるなら、私は早く一人前になりたい。
一人前になったら兄貴が上にいてくれない怖さはあるけれど、この前"来たる日"に隣にいると約束した。その約束と今約束したことを果たす為なら、私はどんなに辛くても頑張りたい。


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