una assassina ep2
「この絵みたいな顔で、150センチ満たないくらいの身長の男の子ね。多分髪は栗毛で、パッと見は10代前半かもっと若く見えるかも。できたら、ナマエっていう女が探してたって言って欲しいかな。また今日の夕方来るからよろしくお願いします」
世界中から訪れる観光客で賑わうテルミニ駅の外、大きなガラス窓を背に胡座をかいて座る男にお金を握らせてお願いをした。
同じお願いをするのは彼で10人目で皆して不思議そうな顔をするけれど、彼らの世界には「余計な情報は知らない方がいい」という暗黙のルールがあるらしく、詳しくは聞いてこない。ただ一言、「その絵じゃあわからん」と言われるくらいだ。自分的には顔の輪郭とか特徴を捉えたつもりでも、他人にはわからないらしい。
先日ネアポリス駅から約1、2時間かけてここまで来たけれど、着いてすぐにアイツが見つかる訳もなく、こうやってホームレスにお金を握らせて情報を探っている。過去の任務でも何回かやったことがあるから抵抗はない。
情報は一応ニコロ──シカンビーアとダニエレさんの件でお世話になった情報分析チームの男──にも、オペラ劇場を担保に頼んであって、ホテルの電話番号を伝えてあるけど未だ連絡はない。少しだけニコロが裏切らないか心配だけど、『金は命よりも重い』をポリシーにしてるらしいからそれを信じるしかない。
さて次は願掛けだ。実はここに来ると決めた時から、しようと思っていたことだった。
ホテルに金属探知機に引っかかりそうなチョーカーと刃物類は置いてきたから所持しているのはパスポートと現金、それに復讐相手の似顔絵だけだ。手ぶらでタクシー乗り場でタクシーを捕まえれば、客の殆どが観光客ばかりであろうテルミニ駅から手ぶらの女が来たからか、運ちゃんに訝しむような眼で見られたけど、特に質問もされなくて乗せてくれた。
「どちらまで?」
運ちゃんは最初こそ怪しんできたけれど、人当たりのいい笑顔で運転席から私を振り返って聞いてきた。
「ヴァチカン市国までお願いします」
「はいよー。ねえ、今日火曜だけど、何目当てで行くの?」
「元首さまと個別謁見したくて。事務局まで相談に」
「ええっと、個別謁見って一般人じゃあ無理でしょ?それにそのショーパンは駄目だよ。露出NGだって。元首もそんな生脚見たら、高血圧でぶっ倒れてコンクラーベが早まるだけだって」
「あっ」
個別謁見はダメ元の申請だ。でも、そもそもヴァチカンでは露出NGということをすっかり忘れていた。
「どうしよう……早朝じゃあお店開いてないし……」
「よければ、これ使う?」
運ちゃんがそう言って、運転しながら助手席から薄手の膝掛けを上げて見せてくれた。
「ええ?いいんですか?」
「いいよ、いいよ。なんか訳ありみたいだし。はい」
運ちゃんから差し出された膝掛けを受け取った。
「ありがとうございます……えっと」
「フィリッポ。君の名前は?」
「ナマエです。これ、次会った時返します」
「次って、明日とか会えるの?」
「はい。また明日、駅周辺にいるので」
「そう。じゃあ、明日会えたらね。ねえねえ、個別謁見っとことは君って有名人だったりするの?」
「いえ、ただの無謀なお願いをするだけです。拝み倒します」
「そっか。オレさ、妻が病気してさ、妻の為にそれやったことあるけど、衛兵に追い出されるからやめたほうがいいよ。それに局員を殴ったり唾吐いたりしないように気をつけてね」
フィリッポさんはあはは、と笑う。
局員に対してのその行為はこれからすがろうとする神様への冒涜になりそうなので流石にそこまで出来ない。ただ、追い出されるくらいで済むなら少し過激な手でもやる価値はあると思う。
*
「元首さまナメてた……」
早朝だからそんなに並んでいないだろうと思って来たのに、謁見申請の事務局の外には行列ができていた。
急いで列に並んだものの1時間くらいは待ちそうだ。
並んでから気づいたけれど、目の前にいる人の格好にギョッとしてしまった。
前にいる恐らくふたり組の男性のうちのひとりはキャロットオレンジの髪がカニの脚のように生えているのも結構気になるけれど、それよりも股下まである丈の長い燻んだピンク色の服が問題だった。トップスがノースリーブで更に脇腹には大きな穴が空いている。絶対事務局にも入っちゃダメな服で驚いたけど、よく見るとジャケットを手に持っているみたいで安心した。
「サーレー、もうそろそろジャケットを着たらどうだ?」
カニ頭の連れの方が注意した。その注意している側もレタスグリーンの髪をカメレオンの尾のように半円を描くような形にまとめていてかなり個性的だし、長袖のトップスの肩から肘のあたりまでトゲが生えている。トゲはカトリック的にセーフなのかな。
「いーんだよ、ズッケェロ。オレはぜってえギリギリまで着てやんねーよ」
「でもよォ〜、中の局員に誰かチクるかもしんねーだろー?『あのピンク野郎、並んでる時は穴あきノースリーブだったぜ』って」
「カトリックの局員が『ピンク野郎』とか言うか?」
「言うってよォ〜。カトリックと言っても皆汚職に塗れるわ、性生活ではゴムもつけねーで、中出しキメまくってんだぜ?」
「おいおい、カトリックだからこそゴムはつけないんだろ?ほら、イギリス映画でそんな歌なかったか?『全ての精子は神聖』って」
「宇宙のハテを知らねーようにそんな映画知らねー。どっちにせよゴムはつけねえってことだな」
「まあ、そうなるな」
チンピラがよくする破廉恥な会話だ。こういうのは慣れてるからいいけど、気持ちのいいものじゃあない。
あんまり聞かないようにして、ヴァチカンの景色でも眺めようと思って周りを見渡してみた。陽がまだ低いところに昇っているけれど、突き抜けるような青空が広がっていて、朝の風が涼しくて気持ちいい。
「あ…………」
「どうした?」
「オンナだ。若いオンナ」
ピクリと肩が動いて反応してしまった。横を向いていたけれど、前にいるふたり組の視線を感じる。
「それがどうした?」
「あと1時間もおまえと話すくらいなら、黙っている方がいい」
「なら、黙っとけ」
「だから、黙ってるくらいならオンナと話してーんだよォ〜。サーレー、ナンパしろ。おまえの方がオンナ引っ掛けるの得意だろ?それかよー、『クラフト・ワーク』つかってエッチな悪戯してくれよ。前にやってくれただろ〜?」
『クラフト・ワーク』って何かな、と気になった。何かの隠語かな。まあ、どちらにせよ声をかけられたくなくて、俯いて腰に巻いた膝掛けに触れた。こんな膝掛けを腰に巻いたダサい女はナシだと思って欲しい。
「待て待て!聞こえちまうだろ?てかよォ、さっきの会話聞こえてたらオレはヤだぜ?変態だと思われてるかもしれねえだろーが」
「オレは別に気にしねーよ。なあ、サーレー、おまえが声かけねーなら、オレがそのオンナをうまいこと引っ掛けてふたりでおしゃべりしてても文句ねえよな?」
「いや、それはナシだろーが!よしじゃあ、オレが声をかけるぜ──なあ、あんたひとりか?」
ついにサーレーと呼ばれていた人から声をかけられてしまった。仕方なく前を向けば、サーレーって人は後ろ姿から想像したよりも幾分綺麗な作りの顔をしていた。肌の質や雰囲気からなんとなく20代半ばくらいの若さに見える。
「ひとりですけど」
「名前教えてくれるか?」
「ナマエです」
「オレ、サーレーってんだ。こっちはズッケェロ。ナマエはどこから来たんだ?」
「南から」
「南か。ま、イイところだよな。大概のことは金でなんとかなるからな」
「へー、南か。南から来たって可愛いな。フフフ……北部の青眼のブロンドオンナもいいけどよォ、よく見たら眼は緑みとか灰みが強いしよ、髪は大抵染めてるからな。生粋のイタリアーナは色素の濃い眼と髪の方が素朴で可愛いぜ〜。そうだ。魚料理好きだろ?魚料理食べに行こうぜ」
ズッケェロと呼ばれた方が、ウヒヒと笑った。ナンパ下手くそかよ、と罵りたくなったけど騒ぎを起こすのはリスクがあるから大人しく無視した。
「オレたちはローマからだ。ナマエは謁見の申請か?」
「ええ」
「何か願掛けか?病気か?」
「願掛けです」
「何のだ?」
「殺したい相手を確実に殺せるように」
私のことは放っておいて欲しいから、ふたりを睨み付けてわざと引かれるように言った。途端にふたりの追従笑いでニヤついていた表情が険しくなった。
「……てめー、カタギじゃあねーな。眼やまとう雰囲気が普通じゃあねーぜ」
びっくりした。初めてそんなことを言われた。暗に暗殺者の眼と雰囲気と言われている気がして、意図せず他人から成長したという評価をもらった気分になった。
ただ喜びがバレないように口元が緩みそうになるのを堪えた。
それにしてもただのチンピラだと思っていたら、サーレーもズッケェロも圧迫するよう気をだしてきた。さっきふたりで馬鹿な会話をしていた時とは違う、相手の自己防衛反応を呼び覚ますような気だ。もしかしたら、この人達も【
「だったら何?」
「まさかオレたちを殺しに来たのか?」
ズッケェロが私がどこからか武器を取り出さないか警戒するように、私の全身に視線を這わせてくる。表情から少し焦りが見える。
「安心して。殺すのはあなたたちみたいなチンピラじゃあないから。でも、その反応するってことは殺されるようなことしたの?」
「そりゃあ、勝手に盗みとか──」
「おい、ズッケェロ!余計なことは言うな!ナマエ、おまえのシマはどこなんだ?」
ズッケェロは警戒を解く一方で、サーレーは疑い深い質らしく、私を睨みつけて気を張っているように見える。
「【
チンピラといえど組織の配下にいるのなら、秘密裏に個別謁見できる方法を知っていてもおかしくはない。
「それはオレたちも聞きてーぜ」
「知ってるつーかよォ、買収する為に有金の殆どを持ってきたぜ。この前盗んだダイヤの原石も持ってるぜ」
「おい!」
サーレーが怒って黙らせようとズッケェロの口を手で塞いだけれど、もう遅かった。バッチリ聞いてしまった。
「買収出来たら、私も謁見させてくれる?」
「無理だ」
「いいぜェ〜」
サーレーには即断られたけど、ズッケェロは気前よく承諾してくれた。
「本当?」
「ズッケェロ!さっきから勝手なこと言うんじゃあねーよ!」
「誰もタダとは言ってねーぜ……フフフ……なあ、個別謁見が通ったら、一緒に食事してくれるか?」
「謁見ができた後なら」
まあ食事くらいならいっか、と思って承諾した。
「こんなオンナに騙されんなよ!こいつに攻撃されない保証はねーんだぜ?ぜってえやめといた方がいいぜ!」
「ナマエよォ、サーレーはこう言ってるがよォ、オレは平気だぜ?サーレーだって、その"能力"ならオンナひとりぐらい余裕だろ?」
「その話はするな!」
またズッケェロの方が口を滑らせたみたいだ。お陰でふたり共スタンド使いであることがなんとなく推測できる。だとしたら、ふたり相手はキツい。油断している相手ならいいけれど、サーレーって男は用心深く見えて手強そうだ。
「ねえ、個別謁見できたらなんでもするからお願い」
「なんでもって……ウヒヒ……サーレーはもう帰っていいぜ」
「誰がここまで来て帰るかよ!個別謁見ができる保証もねーし、ズッケェロがこんなんだ。一応おまえの分の枠も申請してやる。だが、対価は金だ。金を寄越せ」
サーレーは片手を私の方に差し出して促してきた。
お金はできるだけ使わずに取っておきたい。アイツを殺すまではホテルに泊まる必要があるし、情報集めにお金をかけたい。
「じゃあ、ズッケェロとの食事はなしの方向で」
「サーレー!金ならまた稼げばいいだろ!」
「クソッ!めんどくせーヤツだな!仕方ねーからタダだ!タダでおまえの分も申請する!その代わりに変な真似すんなよ?それでいいか?」
「私はいいけど」
個別謁見の対価に私が何もしないことを要求するなんて、それ程警戒されてるのか、ズッケェロって人がよっぽど頑固なのかもしれない。
「フフフ。食事が楽しみだな」
「じゃあ、個別謁見できたらね」
「約束だぜ〜?おお?もうそろそろ開きそうだな」
列のずっと先でスイスの衛兵の監視の元、黒のローブを纏った局員らしき人が建物から出てきて、門を開け始めた。
緊張で少し手が震えたけど、呼吸を整えて震えを抑えた。これから事務局員をお金で買収できて、元首さまと個別謁見で祝福されたら私は絶対に復讐を遂げられる。元首さまにはそれだけの力があると私は信じてる。
*
「クソッ!一般謁見なんてクソくらえだぜッ!こんなチケットケツ拭きの足しにもなんねーよ!十字切りながらアヴェ・マリア歌った方がまだ効果あるってもんだぜ〜っ!」
脱いだジャケットを振り回しながらサーレーが腹立たし気に地面を強く踏んづけた。
結局事務局員はお金で買収できなかったし、凄く怪しまれた。それでもこれだけの為に持ってきたパスポートを見せて私が余命1ヶ月であることを伝えて半泣きで拝み倒せば、何やら元首さまの写真が載った一般謁見の案内カードとチケットをくれたから大事に上着のポケットにしまった。当日は特別に聖堂の中で元首さまが祝福してくださるみたいだ。一般謁見でも外のサン・ピエトロ広場でやる謁見より大分マシだ。
「オレは一般謁見でもいいぜ。サーレーはそれで鼻でもかんでろよ。オレはナマエと行くからよォ」
「私はひとりで行くよ。そういえば、なんで元首さまに会いたいの?まさか不埒なことでもするの?」
ふと、気になった。この人たちは事務局員にはそれなりの値段を提示したけれど、そこまでして元首さまに会いたい理由はまさか悪いことを考えてるのではないかと思ってしまった。
「単純に元首の奇跡にあやかって、のし上がりてーから。大金積んで元首に個別謁見で祝福されたヤツが幹部まで上りつめたのを知ってんだよ」
「オレは金持ちになって外国にオンナをかこいてえから……ウヒヒ」
ふたりにはちゃんとした目的があるみたいだ。ズッケェロについては不純だけど、私程汚れた目的ではない。
「なあ、電話番号教えてくれよ〜?本当は携帯持ってるんだろ〜?」
ズッケェロがまたしつこく聞いてくる。さっきもないって言ったのに。
「だから持ってないって。暫くホテル暮らしだから電話もない」
「客室内かフロントの電話はあるだろう?」
「知らないし、私あなたに──」
興味ないと言おうと思ったけれど、そういえばこのふたりにアイツの情報を聞く手もありだと思った。
上着のポケットからアイツの似顔絵を取り出してふたりに見せた。
「この絵の人を知らない?身長は150センチ満たないくらいで、見た目は10代前半。子供っぽいけど、実年齢はもっといってそうで、ヤク中っぽい感じ」
「いや、そんな絵じゃあわかんねーよ。下手にも程があるだろーが」
「可愛い絵柄だな。うん。センスがあるぜ〜」
「まあ、個性的といえば個性的だがよォ〜。そうだ。こいつの名前は?名前言えば知ってるかもしれねーぜ?」
「名前は知らない。けど、見つけてくれたらお金あげるから探して欲しいの」
「金なんて持ってんのか?金なしってさっき言ってただろ?」
「実はオペラ劇場の経営やってるの。来月からお金が入る予定だから後払いになるけど」
といっても、そのオペラ劇場はニコロに報酬を払えなかった場合に渡す約束をしてしまっているから、サーレーたちには確実な約束はできない。
「真偽は不明だが、まあ見つけて教えるだけでいいってなら悪くない話だな。ほら、連絡先。家電だけどよ」
「オレのもあるぜー。フフフ。いつでも電話くれよな」
ふたりして電話番号の書かれたカードを渡してきた。ナンパの為にいつも用意してあるのかな。
ここはこのふたりをうまく使いたい。携帯があればふたりと楽に連絡が取れるし、いつでもホームレスに公衆電話からかけさせられるし便利だ。
「今から携帯買いに行くんだけど、テルミニ駅周辺の携帯ショップ知らない?」
「オレが案内してやるぜ〜?なあ、助手席に乗ってくれるか?」
「オンナがいる時のこいつの運転やべーからオレが運転するぜ」
「じゃあ、よろしく」
交通費の節約にもなるからありがたくサーレーとズッケェロの赤色のスポーツカーに乗りこんで、携帯ショップまで連れて行ってもらった。ヴァチカンから出るから膝掛けを腰から取れば、ズッケェロがまたウヒヒと笑いながら脚を見てきて、約2名の元仲間を思い出した。今頃あの人たちは何をしてるのか考えそうになって頭を振ってかき消した。あの人たちのことはもう思い出したくないし、考えたくもない。でも、どうしてもたまにあの人の顔だけは頭を過ってしまう。その時ばかりは胸の辺りが好意か憎しみかわからない感情で熱くなる。
携帯を買って外に出れば、まだサーレーとズッケェロがいた。路駐している車の前でふたりして並んで立っている。
「なんでまだいるの?」
「よーく考えてみたんだ。女が単身で人殺しに来るなんて100パーセント復讐の為だろ?彼氏とか旦那かと思ったんだが、それなら名前を知っているはずだし、そもそも相手は子供みてえなヤツだ。名前を知らないのに容姿は知っていて、なおかつそいつが子供だなんておかしいぜ?」
「それを言いに来たの?」
「ああ。どうも引っかかってな。それにヤバイ臭いがする。復讐なんて止めて家に帰った方がいい」
「家がないならオレんとこ来てもいいぜ〜?なんもしねえーからよォ〜」
「ありがたい申し出だけど断る。私はそいつを殺すまで先に進めないの」
「……タイミングといい、そこまで憎んでるとなると、先日の"組織"の内輪揉めと関係していたりするか?」
「それって脱獄した幹部とその仲間が殺された話?」
「嫌な当たりを引いちまったな……ああ、そうだよ。オレたちの町の郊外で組織の幹部とその配下の仲間が死んだとなりゃあ、大騒ぎさ。聞いたところによると、殺られたのはフィウミチーノのヤツららしくてよ、オレも数年前に会ったことあるヤツらなんだよ」
「数年前?会ったことがあるの?」
「ああ」
「もしかして、あの時の話か?」
ズッケェロも知ってるみたいで話に乗ってきた。
「やべえレートの裏カジノのウワサがあって一度行ったことあんだよ。チャージ料1000万リラとかでよォ、最低掛け金が5000万リラでそこから1000万単位でしか上乗せできねえとか言うじゃあねーか。そんな賭け金じゃあ、破産するだろ?そんでちょいと悪戯したら、『サマだろ』ってヤツらに捕まってよ。ボコられそうになった時に知りあったんだよ」
「うちのシマに来てたの?イカサマしたの?」
カジノのホールを周ったり、イカサマしている人がいないか雇ったイカサマ師と監視モニターで探していたことはあるけれど、サーレーやズッケェロを見かけたことはなかった。きっと、私がいない時に来てたのかもしれない。
「ああ、したさ。やっぱり、ナマエもあいつらの仲間だったのか?」
「そうだよ……」
「そりゃあ、気の毒だったな……話は戻るが、そん時にピエトロってヤツがオレらを助けてくれたんだ。『オマエたちはオレと同じ種類の人間だ。見逃してやる』って言ってきて最初はよくわかんなかったけどよ、"理解の範囲を超えた出来事"が起きてピエトロが殺そうと思えばオレたちを殺せる状況だってのをオレたちは理解していたが、勝ち分置いて二度とこなけりゃあ何もしねえって約束してくれたんだよ。他の従業員ってか仲間らしきヤツらが怒り狂って
サーレーが自分の頭を指さした。
ピエトロさんは私を"同じ種類"の人間だなんて一度も言わなかった。サーレーが言う"同じ"は多分スタンド能力のことだろうけど、人の本質を見抜くのがうまいピエトロさんはきっと別の意味で言ったのかもしれない。今となっては本人に確認できないけど、何故かサーレーの言うピエトロさんの言葉に引っかかった。
「オレはピエトロから見逃してもらった恩がある。だから、ナマエに言っとくぜ。今すぐ家に帰れ」
「私に帰る場所はないよ。犯人を見つけるだけでいいから手伝って」
「女ひとりでその度胸は感心するぜ。だがよォ……」
これ以上話してられない。ピエトロさんが見逃してあげたとかなんとか知らないけど、邪魔されたくない。
「もういい。私のことは放っておいて。私に構わないで」
「おい、待てよ」
サーレーに腕を掴まれた。振り払おうと手を動かそうとすると、何故か変な力が働いて動かない。サーレーの手と私の腕がぴったりくっ付いている。異常な気配を察知してサーレーを睨みつければ、サーレーの背後には上下の歯を剥き出した緑色の人型のスタンドが立っていた。能力者なのは話から勘づいていたけれど、まさか拘束系のスタンドだとは思わなかった。
でも、こんなものは簡単に解除できる。私がスタンド能力を持っていることを知られていないことがこの人たちより優位な点だ。
「"Ninna nanna ──"」
歌い出せば簡単にふたりがふらつき始めた。それに伴って、サーレーの能力が解除され、彼の拘束から腕が解放された。
「てめー、何し……」
サーレーとズッケェロは膝を折り、脱力して地面に伏せた。ズッケェロの方のスタンド能力がわからないのは怖いけど、とりあえず身動きする様子はないから大丈夫そう。やっぱり、スタンド能力者同士の戦いは不意打ちに限る。
「おやすみなさい」
道行く人がなんだなんだ、とこちらを見てくるけど、特に話しかけてくることもなかった。
その場を去って人混みの中に紛れながら、走ってテルミニ駅を目指した。
明日の元首さまとの一般謁見まで情報を集めたい。ホームレスに携帯の電話番号とお金をばら撒いて情報が入ったらすぐに電話するように頼まなくちゃ。
*
夜、昨日から泊まっているホテルの部屋のライティングデスクの前の椅子に座りながらニコロに電話した。ニコロの方からホテルに電話が来なかったから中途報告をして欲しいのと、これからは携帯に電話するように伝えた。
「わかったけどさー、こっちも忙しいし、ホルマジオのやつがおまえの居場所聞いてきてめんどーなのよ」
「ホルマジオが……?」
元仲間のひとりが探していると聞いて不安になった。復讐を止められることだけは避けたい。
「そー。金やるから調べてくれって。でさー、その前におまえのオペラ劇場調べたらオペラだけじゃあなくて色々やってるみたいでそれなりに繁盛してんの知っちゃったのよー。ホルマジオよりおまえから絞った方がいいじゃん?だから、忙しいから電話すんなって断ったら『夜道に気を付けろよ』って脅されたんだよ。仲直りしたらホルマジオから守ってよねー」
「仲直り?仲直りとかそんな私は……」
今あの人たちに会っても彼らに悪態をつくことしか想像できなかったし、あんまり考えたくなかった。
「復讐終えたら流石に仲直りはするっしょ?」
「わからないですよ。今はあの人たちのこと考えたくないし……勿論迷惑をかけないようには復讐するつもりですけど」
ボスにわかるように身内を殺したら、ボスからの制裁を私だけでなく、暗殺チーム皆が受けるはずだ。流石にあの人たちが無惨に殺されるのは私も望んでいない。
「なんで先のこと考えないわけ?復讐復讐ってそこで思考止まってるのすげー怖いんだけど」
「解決しないと先のことを考えられないってことないですか?」
誰しもあることだと思う。特に苦しめられている対象があれば、そればかり考えてしまって先のことを想像するのさえ難しく感じるし、考えるだけでストレスがかかって考えることから逃げたくなる。
「ないね」
ニコロにはあっさり否定されてしまった。
「──とりあえず、中間報告しとくぜー。ボス周りの親衛隊に該当する変態サイコ野郎っぽいヤツがひとりいたけど、事件の日そいつは中部にいなかったっぽいんよ。それに容姿があまりにも一致しない。本当に身長150センチくらいなの?」
「そうです。むしろもっと低いかも……ベッドの上に寝ている親友の体をいじってたくらいだからそれくらい背が小さくなくちゃあ説明できないんです。私も最初見た時子供っぽいと思ったけど、雰囲気や肌の感じが大人っぽくてなんかチグハグな感じで……」
「ボス周辺にそんなヤツがいるなんて聞いたことないなー。気まぐれにその辺のサイコ遣わせた感じかな?」
「その辺のサイコって……それなら、事故死とか偽装せずに殺してもいいですか?」
「さあ?どうなってもオレは知らないから、とりあえずおまえが失敗して死ぬにしてもオレとの関わりの証拠が出ないように頼むぜー」
あまりにも薄情な人だけど、巻き込むわけにもいかないから当然といえば当然の反応かもしれない。
「それは気をつけますよ」
「あー、そうそう。一応『トル・ベッラ・モナカ』でピエトロたちが亡くなってることは教えとくよ。でもさー、フィウミチーノから脱獄したにしては離れたところでバラされてるんよねー。ピエトロたちってトル・ベッラ・モナカになんか縁ある?」
「それは私にはわからないです……」
トル・ベッラ・モナカは治安が悪いとだけ知っていて、実際どの辺にある町なのか私は知らない。携帯を片手に手元に用意していた地図上を探したら、ローマの東の方にそんな地名の町を見つけた。
「そこって、シカンビーアみたくゴロツキしかいないのよ。だから、ピエトロたちがそこに行く理由は特に思いつかなくてさー。はあ……スタンド能力持ちがひとりだけといえど、7人も同時に惨殺したヤツとか怖くてこれ以上探したくないわ。まあ、報酬の為に頑張るけどさー」
「できたら、明日の正午くらいには情報が欲しいです」
午前には元首さまとの謁見がある。元首さまの加護をもらった直後ならきっと復讐もうまくいくと思う。
「いやー、今回ばかりは期待せずに待っててよ。正直オレがローマまで行かないと正確な情報は拾えないんだよね。かといって、うまく上司から暇もらってローマまで行くにしてもホルマジオに見張られてるかもしれないしさー」
一番期待していたニコロがこれじゃあ、明日中は難しいかもしれない。それでも明日はヴァチカンに行ってそれからトル・ベッラ・モナカに行くつもりだ。もしかしたら、元首さまの祝福のお陰で復讐相手が見つかるかもしれない。
「それじゃあ成果報酬ということの念押しだけしときますね。次から携帯へ連絡お願いします」
「ちょ、それは──」
ニコロが何か言おうとしたようだけど、そこで電話を切った。ニコロにはきっとこれが効果的だと思う。
「トル・ベッラ・モナカっと……」
ボールペンで地図に印をつけた。距離的に車と電車を使えば1時間以内で行けそうだ。
ふと、自分の地図読解力に自分で感動した。前はこんな見立てはできなかったし、そもそも地図を読むのは苦手だった。
ここまでの行動力や地図の読解力は間違いなくあの人のお陰で、またあの人のことを考えてしまって自己嫌悪した。
昨日から何度もあの人のことが頭を過っては、振り払おうと躍起になった。せめて復讐を終えるまでは、と頭の中からあの人のことを追い出そうとしたけど、これが凄く難しい。
「はあ……」
できたらため息は元首さまに祝福してもらった時の感動として吐きたかったけど、どうにも昨夜から悩ましいため息しか出てこなかった。