una assassina ep3
元首さまとの一般謁見当日、朝の6時頃にテルミニ駅のタクシー乗り場でなんとかフィリッポさんを見つけて、昨日借りた膝掛けを返すついでにまたヴァチカンまで送り届けてもらうことにした。
タクシーの車内でカンツォーネの流れるラジオに耳を傾けながら、フィリッポさんに一般謁見に行くことを伝えれば自分のことのように喜んでくれた。
「一般謁見でも十分ありがたいもんだよ。それに今日はちゃんとボトムを履いててよかったよ」
「ええ。昨日のうちに買っておいたんです」
今日の為に買った黒のスキニーパンツはなんだか伸びが悪くて動きにくい。安さにつられて買うんじゃあなかった、と後悔している。
「それならヴァチカン内で犯罪を犯しても、罪状に公然猥褻罪が追加されないよ」
「逆にヴァチカンの法廷で脱いだら極刑に処されそうですね」
「ははっ。なくはないのが怖いところだね」
フィリッポさんと和やかに会話をしているけれど、憧れの元首さまへの謁見とあっては緊張と不安で落ち着かなかった。そのせいかあっという間にコンチリアツィオーネの通りに着いてしまい、そこからは自分の足で一般謁見の聖堂に向かった。
運の悪いことに、サン・ピエトロ広場の中央にある、見上げるばかりに背の高い古代の石柱──オベリスクの前で昨日の連中が待ち伏せしていた。なんだかんだ言いながら、一般謁見にふたりも来るだろうとは思ってたけどチンピラが2日続けて朝早くから律儀に聖堂に並ぶつもりとは思っていなかった。
回れ右で逃げようか迷ったけれど、聖堂には早く並んでおきたかったから観念して知らない振りをして真っ直ぐ聖堂に向かった。
「よう、ナマエ」
「ナマエ〜、今日はスキニーかよォ〜。フフフ」
サーレーとズッケェロがふたりで私を挟むように両側から近づいてきた。
「おい、無視か〜?昨日はよくも可愛い事をやってくれたじゃあね〜かよォ〜?ええ?ナマエ〜?」
どうやらサーレーは昨日の一件が気に入らなかったみたいだけど、私は悪くない。
「私が女だからってみくびってたあなた達が悪いよ」
「その度胸がスタンド能力がある自信の現れだったんだな。ま、昨日はナマエの能力が少しわかったところだし、今日は一日一緒にいさせてもらうぜ」
「なんで?」
「死に急いでんの見てられねーだろ」
サーレーは頭をかきながら急に真面目腐った調子で言う。
私は死ぬつもりはないけれど、結果的に死ぬかもしれないことは承知の上で行動しているからそんな風に言われたくなかった。
「死に急いでないけど、今日からローマ郊外に行くからお別れだよ?」
「まさか、行くのか……?」
「うん」
「……止めるべきかスゲェ悩むな」
「オレはナマエの意志を尊重するぜ。オレらがリスクを背負ってでも危ねぇ案件に手を出すように、ナマエは復讐を果たす為にリスクを背負うんだろ?」
「ズッケェロ……」
ずっとフフフとかウヒヒと笑っていたズッケェロが真面目な面持ちで言うものだから、呆気に取られてしまった。
「──そうだね……うん!あなた達がしたいことに対してリスクを背負うのと同じように私も復讐の為にリスクを背負うの!」
「そうか……それなら、オレは止めねーが昨日もいったようにピエトロに見逃してもらった過去があるからな。なんらかの形で礼はさせてもらうぜ」
「うん。亡くなった人の恩を私に返してくれるのありがとう。気持ちだけでも凄く嬉しい」
本心のまま気持ちを込めてお礼を言えば、サーレーが奥歯を噛み締めるように唇の端を曲げて黙り込んだ。
「……クソ!」
「えっ?何?」
「なんでもねえーよ!おい、早く並ぶぞ!最前列じゃあねーと、祝福してもらえるかわかんねーからな!」
「あ、待ってよ!」
先に走って行っちゃうサーレーをズッケェロと一緒に追っかけた。
*
一般謁見の聖堂には見上げるばかりに高い天井からは眩しい程の光が灯ったシャンデリアがいくつも吊るされていて、壁にはどこかで観たことのあるようタッチの美しい絵画がとんでもない大きさで描かれている。
聖堂の外観は白で統一されているのに内部の、特に元首さま周りの調度品は贅沢の限りをつくされた豪奢な装飾だ。元首さまが座るらしいアームチェアは金ピカで天蓋付きだし、その隣にはアンティークの、繊細なデザインのフロアランプが置かれている。聖堂は十分明るいと言うのにフロアランプは煌々と灯っている。
席は前から2列目だった。一番前は一足遅くてダメだった。多種多様な人種の人が自国の国旗やイタリアの国旗を持っていて、元首さまが目の前の扉から出てくるのを待ち構えている。
「ナマエ、願いは無事でいられますようにとかにしとけよ」
私の左隣に座るサーレーが私に耳打ちしてきた。
「じゃあ、あなたが代わりに願ってくれる?」
「ああ。出世願いのついでにナマエの無事を願ってやるよ」
「オレはナマエが復讐できたら、オレのところに来るように願うぜ。ウヒヒ……カタギじゃあない女は初めてだから楽しみだな」
ズッケェロは私の右隣で勝手なことを言うけれど、私の無事を祈る内容だから文句はない。
時刻はもうすぐ9時。そろそろ元首さまが現れる。
両手の指を絡め、胸を高鳴らせながら白い装束を纏った元首さまが姿を現すのを今か今かと待ちわびた。
*
元首さまに直接祝福された瞬間の幸福が頭の中を駆け巡り、気を失いそうになりながらも聖堂を出た。
サン・ピエトロ広場は信者や観光客の人で溢れていて、サーレーたちとその間を縫ってコンチリアツィオーネ通りを目指した。
「どうしよう……胸がいっぱいで……」
まさか2列目にいても直接お言葉をくださるとは思わなくて胸を打たれてしまった。個別謁見を必死で願う必要は全くなかった。今ならなんでも出来る気がしてならない。世界の全てが自分に味方してくれる万能感を感じる。
「マジで来たかいがあったぜ!ええ!希望とやる気がムンムンわいてくるじゃあねーかッ!これでオレは幹部内定に一歩、いや千歩近づいたぜ!」
「オレはナマエと他にも色んな人種のオンナをかこって……ウヒヒ」
サーレーもズッケェロも笑顔ではしゃいで、私もつられて笑顔になってしまう。元首さまの祝福のありがたさを誰かと共有できるのは嬉しい。
「じゃあ、ふたり共何か情報あったら電話してね」
「また送ってやるよ。復讐を手伝ってやってもいいしな。今ならなんでも出来る気がするぜ」
「ううん。それは私ひとりでやらなくちゃあ意味がないと思うの。だから情報だけくれればいいよ」
「だけどよォ〜、オレらはナマエのことが心配だぜ?なあ、サーレー?」
「ああ。ナマエの命だけは生かしとかねえと、オレたちの寝覚が悪くなるぜ。だが、そこまでして成し遂げてえなら応援する。オレらはどこかで見守ってるさ」
サーレーが親しげに肩を叩いてくれた。そういえば昨日はお互いに能力を使って喧嘩しあったのにいつの間にか仲良くなってしまった。
ふと、暗殺チームの人たちのことを思い出した。一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、皆と来たかったと思ってしまったけど、すぐにまた騙されていたという事実を思い出して胸が痛くなったし、頭が痛くなる程の怒りを感じた。
悶々としながらサーレーとズッケェロと広場を横切って歩いていると、なんだか後ろからまとわりつく視線と大きな気配を感じた。
「サーレー、こっそり後ろ見れる?誰かの視線と気配を感じるんだけど」
「ん?あー、なんかブロンド野郎が通行人にぶつかりながら走ってるなァ……っと、逃げろ!なんかこっち向かって来るぞ!」
まさかと思って振り返ると、プロシュートが聖堂から出てくる人混みの中に何故かいた。あの人の姿を見た瞬間、病気みたいに身体中が熱くなって、様々な感情が湧き出てきて胸が痞えた。
あの人は人混みをかき分けながらこっちへ向かって走ってきている。いつもピシッと整えられている金色の前髪を大きく揺らしながら、遠く離れたところからでも分かる程物凄い形相でどんどん近付いてくる。
「あの人から私、追われてるの!助けて!」
逃げながらサーレーとズッケェロにお願いしたけれど、もう遅いかもしれない。距離がかなり詰められていて、4、5メートルくらいしかない。
「ナマエ!やっと、見つけたぜッ!オレから逃げんじゃあねーぞッ!」
プロシュートが通行人を突き飛ばして走りながら大声で叫んだ。捕まったらただでは済まないと思わせるような怒った声色だ。
「おい、変態ブロンド野郎!ナマエを虐めんなよ!」
事情を知らないサーレーは走りながらもプロシュートを罵る。あのプロシュートを変態呼ばわりなんて恐ろしいにも程がある。
「てめーらは誰だ!?ナマエに何の関係がある!?」
「うるせー!ブロンド野郎はミラノに帰れ!オレらにはナマエを守る義理があんだよっ!オンナが欲しいなら他を当たれッ!」
「ナマエはオレの女だぜ〜!変態ブロンド色男さんよォ〜!」
最低なことにサーレーだけでなく、ズッケェロまでプロシュートを煽り始めた。あの人がキレると相当怖いってことを知っているからやめて欲しい。
「ざけんじゃあねーぞッ!そいつはオレの女だッ!」
プロシュートの『オレの女』という言葉がくっきりと聞こえて、耳にこびりついた。
胸の辺りがざわざわするし、頭が混乱する。こんなところまで追いかけてきたのはなんの為なのか考えてしまう。私のことを好いて来てくれたのか、それともボスに監視されている手前、私が馬鹿な真似をする前に回収しに来たのか。歯の浮くような台詞の意図は、あの怒りようを見たら後者に思えてしまう。
「おい、あの色男はナマエの彼氏か?」
「違う!あの人私を騙してたの!」
「よくわからねーが、車で逃げるぞ」
サーレーに手首を掴まれて、引っ張られた。サン・ピエトロ広場を走り抜けて、コンチリアツィオーネ通りに入ると手を離された。何かと思ったら「先に行け!」と言われて、言われた通り先に走りながら振り返って見ると、サーレーが後ろから迫ってくるプロシュートのいく手を遮るように、通りに止めてあるバイクを無理やり引きずって倒しながら逃げている。
サーレーのスタンド能力はやっぱり何かを固定する能力らしく、バイクを倒す瞬間少し宙に持ち上げて浮かせた状態で固定している。
「ナマエ!前見て走れ!」
サーレーには怒られたけど、どうしても後ろが気になってしまう。プロシュートがバイクに足を引っ掛けて転ばないか心配なのだ。彼を疎む一方で、その身を案じるという矛盾した感情には自分でも混乱する。
ズッケェロの後を追って走りながらも気になって後ろを振り返ると、サーレーよりも数メートル後ろを追いかけて来るプロシュートは通路を塞ぐバイクを走りながら飛び越え、サーレーが宙に固定したバイクさえももの凄い脚力で飛び越えて追いかけてくるものだから、サーレーが「ゲッ」と声を上げ、バイクで通路を塞ぐのをやめて私の隣まで全力で走って来た。プロシュートも凄いけど、先に走ってる私に追いつくサーレーの足も速くてびっくりする。
「ナマエの彼氏はバケモンか!?あいつ、ぜってえカタギじゃあねーだろ!跳躍力はスタンド能力か!?」
「だから彼氏じゃあないし、あの人は能力者だけど、あれは能力使ってないよ!」
「このままだと車に乗れても追いつかれるぞ!」
「それはまずいからなんとかして!」
「全力で走るしかねえよ!」
またサーレーに手を掴まれて引っ張られた。数メートル先には赤いスポーツカーが見える。ズッケェロが先に運転席に乗り込み、後からサーレーが後ろの扉を開けて、私を先に押し込んで、そこへ体をぶつけて入ってきた。
「ズッケェロ!早く出せ!」
「ああ!段差乗りあげるぜ〜!」
後ろに駐車してある車にぶつかるのもお構いなしにズッケェロは車を少しバックさせ、ハンドルを切って右側の縁石に乗り上げた。それからコンチリアツィオーネの中央の道に出ると、歩行者を轢きそうになりながらも物凄いスピードで走り始めた。揺れる車内で倒れないように座席の背もたれの縁を掴みながら後ろを振り返れば、プロシュートが道路に停まっている車から運転手を引き摺り下ろしているのがリアガラス越しに見えた。
「ヒィッ!ズッケェロ、急いで!」
「あいつやべーぞ!ズッケェロ、ぜってえ追いつかれんなよ!」
「ああ!任せろ!」
前を見るのも怖いくらいズッケェロは更にアクセルを踏んで車を爆走させた。体に嫌な重力がかかり、サーレーが倒れ込んできて、押し倒された。反射的に膝でサーレーを蹴り上げようとしたら、足がサーレーの体にくっついて離れなくなったし、背中は座席に固定されてしまった。
「固定したでしょ!解いて!」
「ナマエが蹴ろうとしたからだろ!実際少し鳩尾に入ったぞ!それにこの方が安全だから暫くこのまま──」
「後で眠らせてあんたが死ぬまでブン殴ってやる!」
「わ、わかったって!」
「ああ〜なんだよ。オレも混ぜてくれよォ」
「ズッケェロは前見ろってよォ〜!」
「平気だ!」
ズッケェロがそう言った瞬間、車が傾き一瞬倒れるかと思って心臓がひやりとした。
その後も車内が揺れに揺れている中サーレーに固定能力を解除させて、ちゃんと座席に座ってシートベルトを付けた。
サーレーと一緒にリアガラスをもう一度覗くと一台後ろはプロシュートが強奪した車とは違う車が走っている。どうやら少しは引き離したみたいだ。
「なあ、なんであのブロンド野郎から逃げてるんだ?暴力でも振るわれたか?」
「ううん。あの人は私には暴力振るわないけど……」
思えばペッシは散々な扱いをされているけれど、私は叩かれた覚えはなかった。割と女性扱いしてくれていた気がする。
「なら、どうしてだ?」
「あの人ね、私と同じチームで兄貴分だったんだ。私のこと恋人にしてくれるって約束したのに、大事なことを私に黙ってたから許せなくて、もう顔も見たくないの……それで復讐の邪魔をされたら困るから逃げてるの」
「やっぱり、よくわかんねーけどよォ、ナマエの為にここまで追いかけてきたんだろ?それにこの世界で"きょうだい"の絆って強固なもんだろ?大事なこと黙ってたってくらいで取り合わなくていいのか?」
「いいの!もうあの人たちのところには戻りたくないの!」
「戻らないとまずいんじゃあねえーのか?ボスの命令違反とかにならねーの?」
「それは……」
サーレーの言う通り、チームから抜けることはできない。けど、復讐を終えた後にあのチームに戻りたいとは思わない。
「──復讐してから考える。とにかく復讐が終わらないことには私は前に進めないし、その後のことも考えられないの!」
「まあ、解決しねーと思考の更新ってのができねえのはよーくわかるぜ。それならよ、さっさと復讐を終わらせるしかねーな」
「ありがとう。それなら、トル・ベッラ・モナカまで行ってくれる?」
「ピエトロが亡くなった場所か……よし、ズッケェロ!逃げるの優先だが、トル・ベッラ・モナカまで突っ走れ!」
「任せろ!」
車は依然猛スピードで走り、車内が揺れまくる。前にギアッチョがネアポリスの狭い道を爆走させた時のことが頭を過った。そういえば、ギアッチョが運転していたのも赤のスポーツカーだった。彼らのことなんか思い出したくないのに、どうしても思い出してしまって頭を振って忘れようとした。
*
結局強奪した車で追ってきたプロシュートを振り切ってトル・ベッラ・モナカに行く前に荷物を置いてきたホテルに寄ってもらった。ローマは一日中交通渋滞しているような町だけど、ズッケェロが通っちゃいけない道や抜け道を駆使してくれたお陰でなんとかなった。
受付で部屋の鍵を貰って部屋に戻ってスキニーからいつもの動きやすいショーパンに着替え、金庫からチョーカーとナイフを取り出した。鏡の前で昨日丁寧に錆を取っておいたチョーカーを首に付け、武器を体の至るところにしまうと漸く安心できた。
ホテルの部屋を出たところで、気配を感じて振り返るとペッシが廊下の向こう側にいた。まさかあの人の弟分が兄貴分と離れてこんな所にいるとは思わなかった。
「ナマエ!プロシュート兄貴にはスデニ連絡した!もう逃れられないぜっ!」
ひとりの割には威勢よく、ペッシが遠くから叫んだ。
「私に能力使うの?」
「ああッ!分からず屋のナマエをとっ捕まえてオレが説得してみせるッ!『ビーチ・ボーイ』!」
ペッシは釣竿の形をしたスタンドを発現させると、ピンク色の釣り糸をこっちに振り投げてきた。ペッシから逃れることは不可能であることを理解しているから、あえて利腕を晒して上着を通過して腕の中に釣針が侵入してくるのを許し、引きずられる前に自分の意志で歩いてペッシに近づいて行った。
私が逃げようとせずに腕に攻撃を受けたまま近づいて行くのにペッシはビビったようで、釣糸を巻きとるリールを回そうとしない。
目の前まで行くと、さっきの威勢は何処へやら、ペッシは顔を青くさせて押し黙った。
「ペッシ、あんた相変わらずマンモーニだね。あの人がいないとひとりで何にもできないんだから!この釣針離して!」
「オ、オレをマンモーニって言うならよォ、ナマエだって一昨日はガキみてえに喚き散らしてたじゃあねーかよォ!」
ペッシなんかにガキと言われてムッとしたし、実際思い返せば図星だから余計に苛立った。
「皆が私を騙してたんだから当然でしょ!今すぐ離して!」
「駄目だ!ナマエを見つけたのにここで逃したら兄貴に殴られちまうし、ナマエが死に急いで本当に死んじまうのも嫌だッ!」
釣竿を握りしめ、顔をくしゃくしゃにしながら叫ぶペッシに動揺した。私は普段ペッシに当たりが強かったから、てっきり嫌われてると思ってたし、サーレーと同じ指摘をされて驚いた。
「別に死に急いでなんか……」
「ナマエは死ぬ覚悟で復讐しに行ったって兄貴が言うんだよ!オレは前の仲間のお墓参りだって言ったんだけどよォ!でも、今ここでナマエの眼を見てわかった!その眼は覚悟したヤツの眼だ!兄貴が言うことはいつも正しいんだッ!ナマエ、よーく考え直してくれよォ〜!ナマエには復讐はまだ早いんだってッ!」
「私はもう過去から逃げるのに疲れたの!この怒りだってぐちゃぐちゃな心だって、復讐しないことにはどうにもならないし、私は先に進めないの!マンモーニのあんたにグチグチ言われたくない!」
「オレはマンモーニじゃあねーし、仮にそうだとしてもオレが言っちゃあだめな理由なんてないよ!なあ、ナマエはよ、兄貴がサン・ピエトロ広場でナマエを見つけられたのは何故だと思う?」
「そんなの簡単だよ。前に元首さまから祝福が欲しいってあの人にだけは話したことがあったから……」
「じゃあ、兄貴がこのホテルにナマエが来るとわかったのは?」
「それはテルミニ駅のホテル何件かにあたりつけたんじゃあないの?どうせ他の人達が他のホテル張ってるんでしょ?」
「違うんだよ!他の仲間はフィウミチーノとかを張ってるよ!兄貴だけなんだよ!ナマエの"居場所"を見つけられるのは!兄貴はホテルの値段や外装と内装からナマエの泊まりそうなホテルを探し当てたんだよ!オレはトリノ通りにあるホテルだと言ったんだけど、兄貴は『ぜってえここだ。ナマエはこういう外観と内装を好むからこのホテルを張ってろ』って!そしたら、ほら!ドンピシャじゃあねーか!」
呆れた。そんなのたまたまだ。確かに外観と値段で決めたけど、内装までは泊まるまでわからないんだから偶然でしかない。
「だからなに?」
「兄貴はナマエのことを愛してるし、ちゃんと理解してるんだよ!だから、オレたちのところじゃあなくても、兄貴のところにだけは戻ってきてくれよォ!復讐なんかやめちまってさァ!」
「愛?急になに言ってるの?愛してるってなんでわかるの?」
「兄貴のナマエを見る眼や態度を見ればわかるんだよ!それにオレとふたりの時、兄貴は『あれはナマエが好きそうだな』とか、『今のはナマエだったらぜってえ悪態ついてる』とか、『ナマエがいねーと調子狂うぜ』とか、ナマエのことばっか話すんだよ!」
「あの人が……?でも、あんたと共通の知り合いが少ないから当然そんな会話になるんじゃあないの?」
少しだけ心が揺さぶられたけど、よく考えれば私がペッシとふたりの時もあの人のことばっかり喋ってたから、共通の知り合いについて話すのは当然だと思い直した。
「ここまで言ってわかんねーのかよォ!?兄貴はナマエのことが大好きだって、なんで気づかねえーんだ!?ナマエみてえな自分勝手で情緒不安定なダメダメ女を理解して愛せるのだって兄貴しかいねーんだよ!」
「あんた今私のことなんて言った?」
ペッシから初めてそんな酷いことを言われて腹が立った。今まで裏ではそう思ってたってことだ。
「なんでそこだけ拾うんだよ!?あ、そ、そういえば、他にスタンド使いがいたって聞いたんだけど、どこに隠れてるんだ?」
ペッシは途端にビビったように辺りをキョロキョロし始めた。
「あんた間違って殺されちゃうかもね」
「ひいッ!ナマエ、なんとかしてくれよォ〜!仲間だろ〜?」
「あんたは仲間じゃあない。私の仲間は皆死んだの」
「だから、話を聞いてくれよォ!そのことなら、オレたちはナマエの為を思って……」
「そんな話聞きたくない!時間がないの!今すぐこの釣針を引っ込めて!」
「嫌だッ!」
ペッシは怯えている癖に私を離さない意志だけは強いように見えた。このままだと埒が明かない。
「わかった」
仕方なく左手で背中側のベルトに真横に取り付けたサバイバルナイフを取り出して釣糸を切るように攻撃した。すると、左の腕に一本線の傷ができ、真っ赤な血がぷっくりと滲み出てきて滴となって床に垂れた。
ペッシのスタンド能力『ビーチ・ボーイ』の、『釣糸への攻撃は釣針にかかっている対象へ跳ね返る』という性質を理解した上での攻撃だった。
「なにしてんだよォォ!?そんなことやめろ!やめろ!やめろ!ナマエを傷つけたくねーし、ナマエを少しでも傷つけたら兄貴に怒られるじゃあねーか!」
「あんたが離さないなら、延々と攻撃し続ける」
「ま、待てって!」
もう一度釣糸にナイフの刃を当てた途端、ペッシは能力を解除して釣針も釣竿も消えた。思いの外ペッシの決断が早くて拍子抜けした。
「ペッシ、ありがとう……」
私が怪我をしないように気を遣ってくれたことは好意的に受け止めることができて、素直にお礼が言えた。
「ナマエ、行かないでくれよォォォォ……うう〜……兄貴ィ〜どうしよ〜どうしよ〜……」
床に泣き崩れるペッシの横を走って通り過ぎた。少しだけペッシが可哀想に思えたけど、構ってる時間はない。一連のペッシとのやり取りで大分時間を取ってしまった。
急いでホテルを出て、サーレーとズッケェロのスポーツカーに戻った。
「随分時間かかったなって──その腕どうしたんだ?」
サーレーは私の左腕を見て唖然とするけど、説明している暇はない。
「先に車だして!私がここに来てるのさっきのブロンド男が知ってるから」
「任せろ!あの変態ブロンド野郎なら余裕で撒けるぜ!」
ズッケェロが車を出したところで、傷の様子をちゃんと見た。手首と肘のちょうど中間辺りにたった4センチ程の長さの傷だ。問題ない。むしろ、この程度で済んでよかった。あのままペッシが釣針を離さなかったら私の体は傷だらけになっていたはずだ。
とりあえず、ズッケェロからハンカチを借りてサーレーに左腕をキツく縛ってもらった。ハンカチに血が滲むけど、そのうち血は止まるはずだ。
左腕を圧迫しながら窓の外の狭いローマの道を眺めた。高層ビルのない赤みがかった煤けた茶色の建物ばかりが建ち並び、狭い道を行き交うのはスーツケースを引きずってせかせか歩く観光客や眩しい陽光を気持ちよさそうに受けながらのんびりと歩く地元の人ばかりだ。
犯罪都市ローマ──なんて不名誉なことをよく聞くけど、実際に中心部の道を歩いてスリやその他の犯罪には合わなかった。多分私が観光客に見えないのと手ぶらだったからかもしれない。まあ、女性のスリを警戒して女性からは離れて歩いたり、誰かにぶつかる度に何か盗られてないかポケットを確認しないと落ち着かなかったけど。
「ナマエ、なんかあったのか?」
不意に隣に座るサーレーに声をかけられた。
「えっ?なにが?」
「様子が変だぜ?」
「あー……ちょっとね」
ローマ中心部の街並みを見てさっきの出来事を考えることから逃げていたけど、本当はペッシとかペッシの言ったことが気になっていた。
ペッシの顔をくしゃくしゃに歪めて叫ぶ様子や言葉には心を揺さぶられた。
中でも私の居場所を見つけられるのはあの人だけ、と言われたことが気になった。さっきはたまたまだと思ったけど、実際サン・ピエトロ広場とホテルの両方を探し当てれたのは本当にあの人が私の嗜好を理解していたからかもしれない。でも、あの人がそれ程私のことを理解していたのなら、やっぱり私に隠し事をするべきじゃあなかった。結局、結論はそこになる。