una assassina ep4


 
テルミニ駅周辺から車で約30分程でローマ郊外のトル・ベッラ・モナカまで来れた。噂に聞くよりも治安は悪いとは思わなかった。ネアポリスとあまり大差なく、狭い路地は汚いし、壁には酷い落書きがある。それでも大通りは車通りが多く、歩道では若い女性や子供がひとりで歩いている。

「ナマエ、この辺車で周るだけでいいか?」

ズッケェロに聞かれたけど、ここに来てからは徒歩で現地の人に直接聞いて探すつもりでいた。

「もう降ろしてくれていいよ。ここまで送ってくれてありがとう」

「……関係ねえかもしれねえけどよォ」

トル・ベッラ・モナカに近づいてから口数の少なくなったサーレーが重苦しい声を出すので何を言うのかと身構えた。

「──ここ1年の間に子供の行方不明事件が何件か起きてる。不穏だからこの町では車から降りない方がいい」

「行方不明事件?トル・ベッラ・モナカで?」

「ああ。しかも全員神学校に通ってるガキだそうだ。それにピエトロ達が亡くなる前に神父が教会で溺死した事件がある」

「教会で溺死……?」

「肺に水が入り込んでいたみてえなんだ。だから溺死扱いさ。その教会は神父が死んでから一時的に閉鎖されているが……教会の前まで行ってみるか?」

「うん。あ、ピエトロさんたちの亡くなった場所ってわかる?」

「その閉鎖された教会だ」

「それって関係あるんじゃあないの?」

「それがサツの調べでは神父は自殺扱い、ピエトロたちは勿論他殺扱いだ。神父にはとんでもねえ告解が書かれた遺書があったし、仮に他殺だとしても殺し方があまりに違うから殺ったヤツは別人だと思ってるぜ。なんせピエトロたちは毒ガスで死んだしな」

「毒ガス?ショック死とか出血死じゃあなかったの?」

「言わなかったか?ピエトロ達の死因は毒ガスだ」

1年前の記憶がまざまざと蘇る。確か私は敵の姿を見た後に、急に呼吸が苦しくなって意識を手放した。目覚めた時には椅子に縛りつけられて親友の死を見させられた。
敵がスタンド使いであることはなんとなくわかっていたけれど、そうなると色んな種類の毒ガスを発せられる能力かもしれない。

「じゃあ、敵スタンドは毒ガス使いかもしれない……」

毒ガス使い相手に私の能力は不利だ。そもそも遠距離向きだし正体不明の相手の所有物を手にすることは難しいし、歌って眠らせるには息を吸わなくちゃあいけない。

「そりゃあ、オレたちも不利だな」

「できるとしたら、毒ガスのない部屋に逃げることくらいだな。それなら得意だ!」

ズッケェロの能力はまだ見ていないけど、口振りから逃げるのが得意なスタンド能力を持っていることはわかった。
ただふたりに頼って戦うつもりは一切ない。これは私の戦いだから。

「復讐相手が見つかるかわからないし、今日はその教会に行ってくれればいいよ」

といっても、教会に着いたらこの人達を安全な場所に保護して私はヤツが現れるまで待つつもりだ。今はそれしかヤツを見つける手段がない。
それから数分後には例の教会の前まで来れた。教会の造りは至って平凡だ。クリーム色の壁に煤けた赤茶色の屋根。その屋根に十字架を頂いた礼拝堂とそれに連なる離れは2階建てで、少なくとも最近まで聖職者が住み込みで働いていたと思われる。正面以外は高い壁に囲まれているものの、特に門があるわけでもなく、敷地内に白線が引かれていて10台程車が停められそうだ。ただ最近殺人事件が起きた為か礼拝堂の入口とその離れの入口には立入禁止のテープが貼られている。

「どうするよ?サツが見張ってる可能性があるぜ?車の中にいたって事情聴取されるかもしれねえよ」

サーレーは心配そうに言うけど、本当に警察がいたらお金を握らせて黙らせるか眠ってもらうしかないし、そもそも警察がまだ捜査をしているとは思わなかった。弁護士のマリアーニさんは、「警察はギャングの抗争で片付ける」と言っていたからだ。
とりあえず車を停めてもらって、不意打ちで子守唄を歌ってサーレーとズッケェロには眠ってもらった。それからズッケェロを運転席から退かして、代わりに私が車を運転して駐車違反になりそうなところまで行って車を乗り捨て、警察に通報しておいた。ふたりには悪いけど、巻き込みたくないから大人しく警察にしょっ引かれて欲しい。一応ふたりの体を弄って拳銃や刃物、ハッパを持っていないことを確認したから逮捕されることはないはず。
それからひとりで教会まで戻り、忍び込めそうなところを簡単に確認した。
離れの方と礼拝堂の方には裏口があり、礼拝堂の方の裏口から入ることにした。驚いたことに扉には鍵がかかっていなかった。
呼吸を整えることで気配を消して、恐る恐る扉を開けようとした時、ショーパンのポケットに入れていた携帯が鳴った。慌てて携帯を取り出して電話を受けた。

「誰!?」

礼拝堂の扉から距離を取りながら聞いた。

「あ、いや、ニコロだけどさ……」

あまりの間の悪さに怒りながら電話に出たせいか、ニコロの困惑している様子が伝わってきた。
ニコロは悪くないのに怒ってしまったことを後悔した。それにニコロが電話してきたということは情報を持っているということだ。ここは丁重に扱わないと。

「ちょっと間が悪くて……怒鳴ってごめんなさい。えっと、何か情報を見つけてくれたんですか?」

「あ、ああ。直接伝えたいことがあるんだ。今オレ、ローマ市の中心街なんだけど、ナマエはどこにいるんだ?トル・ベッラ・モナカか?」

ニコロの口調はいつもより真面目な印象で、何か悪い情報なんじゃあないか気になった。

「今電話で教えてくれないんですか?」

「えーと……ひっ……そ、それがそうもいかなくてさ」

どうにもニコロの態度が怪しく聞こえる。もしかしたら、ホルマジオあたりに捕まって脅されているのかもしれない。

「急いでるんで、後で折り返します」

電話を切り、そのまま電源を落として地面に投げ捨てた。荷物は少しでも少ない方がいい。
もう一度呼吸を深く整えて、礼拝堂の中へ入った。念の為ガスを警戒して扉は薄く開けておいた。中は薄暗く、光源はステンドグラスから差し込む陽光だけだ。
入ってすぐに祭壇や説教台があり、その奥には信徒の座る長椅子が、赤い絨毯の敷かれる中央の通路を挟んで左右対象に何列も並べてある。上を見上げれば、天井はアーチ型になっていて、太い鎖でシャンデリアがいくつも吊られている。アーチを支える石柱や壁には壁掛けの電球燭台がある。
テレビや雑誌、その他何回か行って見たことのある他の教会と比べて特別豪奢であるとは思わない。教会毎に意匠の特色はあるけれど、ここは至って平凡な礼拝堂だ。
神経を研ぎ澄まし、呼吸を更に深く整えた。人の気配はないけれど、上からシャンデリアが落ちたり、電球が破裂してガラスが飛び散ったりしないか警戒してしまう。
その場でガスの臭いがしないか臭いに注意を向けた。特に違和感のある臭いはしない。
敵がどこにいるかどうかもわからないまま長居するのは得策じゃない。次は離れの方を離れの裏口から侵入しようと思い、後ろを振り返った瞬間、裏口の扉がぴったり閉まっているのに気付いた。
薄く開けていたから風で閉まったのかもわからないけれど、背筋が凍り、全身の毛穴が開いたように肌が粟立った。
周囲を見回したけど異常はない。ただ扉の外で微かな物音が聞こえてきた。心臓が飛び出しそうな程強く脈打ち、呼吸が乱れる。深く息を吸ってもどうにも整わない。思ったより緊張と恐怖に体が支配されていた。
元首さまから祝福を受けておきながら、神様の家に殺し目的で侵入した自分をカトリックの信徒とは思わないけど、元首さまに祝福された時の万能感を思い出してその場で十字を切りながら呼吸を整えた。
ガスを警戒して扉を蹴破ってでも外に出るべきか一瞬迷った。ここを出た瞬間に攻撃される可能性がある。もしこの場にあの人がいたら、「そこで神頼みでもしてろ」と呆れて、迷わず扉を蹴破っているだろうと思った。こんな時にあの人のことを考えるのはきっと、私が初めてたったひとりで死地にいるからだ。
今までは保護されている立場にいたし、それを求めていたけれど、今はひとりで戦わなくちゃあいけない。私を守れるのは私しかいない。
頭を振ってあの人のことを頭から締め出した。今はそんなことを考えている余裕なんてない。咄嗟の判断で礼拝堂の赤い絨毯の上を全力で走った。間違った判断かもしれない。けど、もう動いてしまったものはどうしようもない。
中央通路を走り抜け、奥にある両開きの開き扉を思いっきり押した。内側からは鍵が閉まっていなかったお陰で問題なく開き、正面に玄関へと繋がる扉、右手側に恐らく離れへと繋がる扉のある四方形の部屋に出た。その瞬間に絶望した。
赤、赤、赤。部屋の床一面、赤黒い血の跡に塗れていた。
この部屋でピエトロさん達は亡くなったことを一瞬で悟った。
正面扉には内側だというのに、扉の取手は厳重に鎖に巻かれていて南京錠まで付いている。離れへの扉も同様だ。息を止めて礼拝堂に戻ろうとしたけれど、扉を引っ張ってももう遅かった。
何故か手に力が入らず、体が痺れ、目の前が暗くなった。



*



ハッと眼が覚めた。どのくらい気を失っていたのかわからない。
礼拝堂の最前列の長椅子の上にいた。身を起こしたけれど、腿に強烈な熱さと痛みを感じて身を折って腿を確認した。私のサバイバルナイフの刀身の半分と柄が左の腿から生えている。
──やられた。

「やあ、ナマエ。起きた?」

「あ……」

中央の通路を挟んで右手の長椅子に子供がニコニコ笑いながら胡座をかいて座っていた。私がずっと探していた男の子……いや、容姿はどうみても可愛らしい女の子だった。
浅く被った黒のマリンキャップからは栗毛の真っ直ぐな髪が肩の下辺りまで伸びていて、服は白いシャツの上に真っ黒のワンピースを着ている。ワンピースからは不健康そうな程痩せこけた青白い足が覗いていて、丸っこい瞳の目尻には幼顔と子供の体格には不釣り合いのシワが何本か刻まれている。ただ肌は卵のようにツルツルで皮が突っ張ってるような感じを受ける。
いざ、対面すると恐ろしさで背筋がぞくぞくと震え、緊張が全身に走った。呼吸が乱れてくる。

「久しぶりだね。ねえ、そのチョーカーって……」

「ち、近寄らないで!」

立ち上がって近づいてくる復讐相手に叫んだ。出来るだけ離れようと足を動かして長椅子の奥に移動しようとしたけれど、腿が酷く痛む上に気分が悪くて思うように動けない。しかも、ここであったが百年目の憎くて憎くて仕方のない相手を前にして、恐怖で吐き気がした。本能的にこの吐き気はガスのせいではないとわかっている。
そいつは肩を竦めて、元の長椅子に戻って足を投げ出すようにして座った。

「残念。ねえ、ここまでキミを運んでくるの大変だったんだ。キミ重いから疲れたよ。あ、重いって言ってもオレがこんなちっこい体だからだよ?いやー、ほんっとオレの能力も身体もハズレだよね?」

「……ガス使いは、当たりだと思う」

声の震えを抑えて答えた。かつて男の子だった子がいつの間にか女の子のような容姿で現れた気味の悪さと、まるで友達に話すかのような口調に相手からの余裕が窺えて恐怖した。
今の状況はかなり不利だけど、チャンスはある。敵は子供の体格で更には油断している。
今は逃げて体勢を立て直すか、腿に刺さっているナイフを思いっきり引っこ抜いて敵の喉元を突き刺すかのニ択しかない。恐らくポケットや隠し持っているナイフを取り出すのは手数が多くなって難しい。

「ガス使い?あ、そっか。普通はそう思っちゃうのか」

敵が納得したように頷く様子から、どうやらスタンド能力はガスではないとの情報を得られた。こっちが不利な分、もっと情報を引き出さなくちゃ。

「ガスじゃあないの?」

「ああ。オレの『ブラインド・ガーディアン』はガスなんて出せないよ。それはオレの能力がハズレだから補助として利用させてもらってるだけ。このスタンド能力はガスと相性がいいんだ。ガスは大学の実験室から拝借したクロマトグラフっていう機械を使って作ってるんだけどさ、これが中々面白いやつでさ──って女の子が化学なんて興味ないか」

「難しい話はわかんないけど、あんたに興味はある。惨たらしく殺してやりたい程憎んでる相手の名前すら知らないから」

「ええ?オレの名前を知らないの?ったく、ボスったらそんな重要なことを教えてやらないなんて信じらんないよ。オレの名前はジュダ。ジュダ・アデス。本名が死ぬ程嫌いだから正反対な名前にしたんだ。困ったことに本名もハズレでさ。あ、勿論姓も自分で考えたんだ。ジュダ・アデス。まあ、そんな後呂はよくないけど、オレにはぴったりな名前さ」

「ジュダ……ジュダ・アデス。ジュダ・アデス」

自分の殺すべき相手の名前を胸に刻み込むように唱えた。もし、"殺しリスト"なるものを作ったら、ジュダ・アデスの名前は間違いなく一番上に来るべきだ。
不思議とジュダの名前を呟くと呼吸が整い、少し余裕がでてきた。

「キミからそんなに名前を呼ばれると嬉しいねえ。ねえ、キミの仲間皆殺しちゃってごめんね。アイツらって男だし、名前が気色悪くて反吐が出る程嫌いで殺したくなっちゃったんだ。去年キミの大事な仲間を殺したのはボスとの個人的な取引でやらかしたから、お詫びで引き受けただけなんだけど、最近のはオレが仕向けたんだ。といっても、ピエトロってヤツにオレの居場所の噂を流しただけなんだけど、まさかキミ以外全員が来るとは思わなかった。それ程身内を殺したオレが憎くかったのかなあ?まあ、ずっと殺したいと思ってた気色悪い名前のヤツらをいっぺんに始末できてよかったよ。薄汚いケツ穴みたいな口を塞いでやってさあ、本当スッキリした」

ジュダは口の端を歪めて笑った。気味の悪い、それこそ反吐の出る不愉快な笑い方だ。
ジュダの明かした話は不快な内容だったけれど、こいつか私が死ぬ前にピエトロさんたちが何故ここで亡くなったのか理由がわかったのはよかった。

「私は殺さないの?組織の人間勝手に殺していいの?」

「ひとつ目の質問の答えは単純明快だ。キミは殺さない。だって、キミは女の子だから。死ぬべきは変態の男どもだけだよ。ふたつ目の質問は愚問だね。ピエトロたちが明らかな殺意を持ってオレのところに来たから、自己防衛の為に殺しただけ。勿論ボスの耳に入る前に伝者を通じてボスに報告したさ。ボスは今のところオレとの取引をやめずにいてくれるから助かってる。きっと、ボスは組織の人間の命なんかに興味がないんだろうね」

ジュダはスラスラと淀みなく答える。子供の声と女の子の容姿だけれど、知能や人格は大人の男だ。以前よりチグハグさが増して不気味だ。そして、私の大事な人たちを殺したことを謝った癖に、全く悪びれる様子がないことに憎しみが増して仕方がない。しかも、殺したい理由が「名前が気色悪い」からだ。聖人の名前なんてこの国では一般的でカテゴリとして一番多いと言っても過言じゃあないのに。
ジュダが幾ら子供の容姿でも、決して許すことのできない行いをした張本人だ。その全身にナイフを突き刺して殺してやりたいという考えで頭がいっぱいになる。
それでも、今はここを耐えてもっと情報を引き出し、その間にジュダの隙と弱点を見つけるしかない。未だ状況はこちらが不利だ。さっき探りを入れたけれど、ジュダはスタンド能力を明かさなかった。

「ねえ、他に質問はない?キミとはもっとゆっくり話したいんだ。そのチョーカーをあげたのはキミの大事な仲間をキミの目の前で殺しちゃったお詫びとしてキミの元に贈ったんだけど、本当はキミに会いたかったからなんだ。そのチョーカーを見たら、オレを思い出して探しに来てくれると思ってさ。ま、すぐには来てくれなかったけど、ピエトロたちを殺したお陰でこうして会いに来てくれたから嬉しいよ」

「私に会いたかったの……?」

ずっと私に好意的なことに違和感を覚えていたけれど、会いたいと言われてゾッとした。殺さないとは言ったけれど、会って私にどんな酷いことをしたかったのか考えてしまう。

「オレはキミが好きだ。いや、正しくは女の子は皆好きなんだ。女の子は綺麗で清潔でいい匂いがするし、何よりオレにとって無害だ。ただ困ったことにオレはこの容姿だからモテないし、勃起不全を抱えてる。だから、キミのようなこっちの世界の若い女の子は貴重なんだ。オレみたいなヤツに耐性はあるだろ?キミみたいな可愛い子がオレを男として認識して、オレの眼を見て話してくれれば、それだけで嬉しい」

ジュダははにかむように笑い、片膝を長椅子の上に立てて両手で抱えた。ジュダの、膝頭に頬をくっつけながら私を見つめてくる様子はどうみても可愛らしい少女にしか見えない。
人の仲間を殺しておきながら、私に好意を示すのは火に油を注ぐだけだ。ジュダはそれを全く理解する気配がないし、こっちの気持ちを知ろうとする姿勢が見られない。

「でも、その服……」

「ああ、これは気色悪い男がオレを男として認識するのが気色悪過ぎて最近この格好にしている。この容姿も少しは役に立つこともあるんだ。仕事もやりやすいしな。要は男に見られるより、女に見られる方がマシな上に便利だから選んだってことだ。矛盾はしていない」

ジュダはワンピースの裾を持ち上げて笑った。ここに来た時からずっと口角を上げて笑っていて上機嫌だ。
約1年前の時と一緒だ。ジュダは気でも触れたように常に笑顔だった。

「仕事って?あんたは組織の構成員?」

「ううん。オレはただの運び屋の手伝いだ。ただ、たまーにボスから殺しの依頼を受ける。オレの目的を知っているから、それに合った仕事を伝者を通して寄越してくれるんだ。ボスはいいヤツだよ。オレは末端過ぎて周りからの扱いはチンピラだけど、ボスはこんなオレの望みを叶えてくれようとする。で、運び屋業の方でオレみたいな綺麗めの格好をした娘がいると、疑われにくくて便利なんだ。女の子の真似は得意だしな」

ジュダは可愛らしく片眼を閉じてウインクして見せた。
吐き気がする。下を向いた瞬間、会話しているうちに忘れかけた腿に激痛が走った。耐えきれず喉の奥から呻き声がでてくる程痛い。恐らく暫くは鈍痛と激痛を繰り返す筈だ。

「大丈夫?ごめんね。キミが逃げないように刺したんだけど、やり過ぎだったかな?膝と迷ったけど、膝は腹を刺すのと同じくらい痛いからちょっと気を遣ったんだ」

「病院に行けば大丈夫。悪いけど、タクシー呼んで病院に行かせてくれる?」

ジュダにタクシーを呼ばせてその隙をつくか、一旦逃げて体勢を立て直すことは可能だ。死を覚悟してここまで来たけれど、無駄死にだけは避けたい。
私のお願いにジュダは朗らかな表情を一変させた。ジュダは眉を落として、首を振る。ジュダの様子が突然おかしくなった。小さな身にまとう雰囲気から異常な空気を感じて、『今すぐ逃げろ』と頭の中で警鐘が鳴る。

「……キミは今日ここでオレと死ぬ」

「え……?」

さっき殺さないって言ったのに、ジュダに心中を仄めかされて戸惑った。

「キミのことは殺さないって言ったけど、正確には一緒にオレと死んで欲しいんだ。オレの最期の願いはキミの腕の中で死ぬことなんだよ!ボスの伝者にはもう伝えてある。そのうちオレは自分で遺体を焼き尽くして死ぬってさ。ボスからの返事は無いけど、ボスなら理解してくれたと思うよ……はあ。オレはもう疲れたんだよ。この国の神学校に通う男の子と聖職者全て殺すつもりでいたけど、どんなにうまくやったって、ひとりじゃあ捌ききれないんだよ!ドーピングしたって、キミみたいな女の子をひとり運ぶだけで酷く疲れる。それにずーっと、その使命に取り憑かれて他のことが考えられない。常にどこの教区から殺していくかとか、ボスはヴァチカン銀行に世話になってるから、ヴァチカンは後回しにするべきかとか、それともボスを裏切って先に生けるカトリックの頂点を殺すことでオレの気が晴れるのか試して見るべきなのか、とかさ。頭の中そればっかりだっ!」

ジュダはイラついたように足を組み、何か黒いケースのようなものを長椅子から手に取り、中を開けた。ライターと巻紙と薬草のような塊が中にはいっている。間違いなく麻薬の一種だとわかる。
最近神学校の子供が行方不明で神父は溺死した、と言っていたサーレーの言葉を思い出した。ジュダが犯人であることは容易に想像がついたから特別驚かなかった。そして、神父が溺死であることや、ガスと相性が良いという言葉、ジュダにはガスが効かないと思われる状況から、ジュダの能力は自己と外界を分断する能力かもしれない。例えば、神父の口に水を注ぎ込み、能力で口に蓋をする。それなら、溺死させることはできる。逆に自分の口や眼、毛穴などを塞いでガスから身を守ることもできる。だとしたら、やっかいだ。私の能力や物理的攻撃がジュダに届くかわからない。歌うにも口を塞がれ、ナイフを投げても見えない壁で弾き返されるイメージが脳内を巡った。

「オレはハズレ者だ」

ジュダは話しながら、手際良く巻紙に薬草の塊のようなものを包み、紙の先に火をつけた。煙が出始めると反対側を口に含んだ。
今ならジュダの意識は麻薬の方に向いている。今がチャンスだ。
ごく自然な動作で上着のジッパーを胸元まで下ろしながら、右膝を長椅子の上に立てて、死角を作った。左手をゆっくり上着のポケットの中に入れた。フォールディングナイフが入っていない。焦りからか、ズッケェロのハンカチでサーレーに手当てしてもらった左腕も今更傷口が熱くてチクチク痛んできた。
恐らく、ポケットは全て探られて武器は没収されている。あとはブラの中と靴の中に仕込んだナイフしかない。ブラの方のフォールディングナイフを取り出すのは多分動作でバレてしまう。完全に死角となった左の靴からなら取り出せそうだ。靴から投げナイフを取り出し、更にナイフカバーを取るまでの動作が多くなるけど、やるしかない。

「──生まれ、性別、名前、容姿、体格、それからスタンド能力。スタンド能力を持ちながら、こんなモノに頼らなくちゃあ人ひとり捌くのに汗だくさ。ピエトロたちを殺った翌日は一日中眠りこけてたんだよ。なにせ7人もいたからな。ヤツらの気色悪い口を塞ぐのに随分労力がかかった」

ジュダは仰反るようにして、後ろを振り返った。殺害現場の方を見ている。その間にゆっくりと痛む左腿を持ち上げて膝下を長椅子の上に置いた。これでジュダからは左脚の靴は見えない。

「疲れるのはその薬の副作用なんじゃあ……?」

「ああ。そうだよ。これで楽した罰だな。だけど、これはスゴいんだよ!吸った直後は身体能力が高まるんだっ!こんな体格でも大の大人以上の力が出るし、俊敏に動けるっ!その左手にあるナイフをオレに投げてみてよ!」

ジュダの言葉に心臓が凍りついた。今まさに、靴の中から取り出し、カバーを剥いだ投げナイフを左手に持っていたからだ。
今投げるのは得策ではない。頭ではわかっている筈なのに、立ち上がるジュダの首元を狙ってナイフを投げつけ、長椅子の背を掴み、片脚を庇いながら後退した。
ジュダは片手で簡単に私の投げたナイフの刃の部分を手で掴み取った。

「聴力も動体視力も良くなるんだよ。それに手のひらが切れても痛みがない。痛覚が鈍るって怖いし後々故障に繋がるから大変だけど、戦闘中は最強なんだよね」

ジュダはナイフの柄を掴み、自身の手のひらを削るように滑らせて、ナイフを床に捨てた。線状に血の筋が浮かび上がるけど、ジュダは痛がるどころか笑った。帽子の下から覗く瞳孔が小さくなっていて、不気味に見えた。
──もう戦うしかない。

「"NInna nanna──"」

歌うのに息を吸おうとしても吸えなかった。空気が鼻や口の中に入ってこないし、吐けもしない。恐らく外界を遮断された。能力の発動条件はわからないけれど、ジュダの射程範囲からはきっと逃れられない。ブラの中に手を突っ込んで隠していたフォールディングナイフを取り出し、刃先を出して戻らないようにロックした。
ジュダの能力は、空気など人為的に力の加えられていないものを遮断するのみで、刃物は貫通できることに賭けて近距離で仕留めるしかない。

「そんなところにも隠してたんだ。ナイフを隠してないかお尻を触ったけど、胸は気が引けてね。こう見えても紳士なんだ」

ゆったりと中央の通路に足を踏み込み近づいてきた。
私は少し距離を取るように1歩後ろに退がった。今は息苦しさを忘れ、神経を研ぎ澄ましてジュダの出方を窺った。すると、ジュダは能力を解除してくれたのか、息が吸えるようになった。空気を求めて胸が大きく膨らみ、短い間隔でなんとか呼吸を整えようと努めた。

「大丈夫。窒息死はさせないから。オレと一緒に焼け死のう。玄関ホールの小部屋で管を切ったクロマトグラフを作動させたまま放置したんだ。可燃性のガスが充満して時期に爆発する。肺が焼ける前に一緒に炎の海に飛び込もう。焼死は遺体が玩弄されない最高の死に方だよ」

ジュダは悲しそうに笑って、礼拝堂の出入口の方へ眼を移した。その一瞬を狙って、ジュダと一気に距離を詰めた。
右手でフォールディングナイフをジュダの喉元目掛けて突き出したけれど、喉元へ届く前に腕を掴まれ、捻り上げあげられた。ジュダの細い腕からは想像もできない程凄まじい力で驚いたけど、冷静さは失わずにわざとナイフを取り落とし、自由の利く左手で取り落としたナイフを宙で掴んでジュダの腹部へと第二撃を繰り出すと、簡単に刺さった。出血を促すようにジュダのお腹からナイフを抜き取ろうとすると、手を叩き落とされて、骨に響くような激しい痛みが走った。意を決して叩き落とされた流れで、腿に刺さっているサバイバルナイフの柄に手を伸ばしたら、その手も掴まれてしまった。

「それは絶対に駄目だ!もし動脈に刺さってたら1分も経たずに死ぬ!」

「あんたを殺せるならそれでも構わない!」

死にたくはないけれど、ジュダを殺せるなら死んでもいい。
ジュダが何か言おうと口を開いた瞬間、後ろの方で爆発音が鳴った。中央扉が吹っ飛んだのかどうか判別する前に奥から黒い煙が噴き出してきてそれを追い越すように真っ赤な炎が噴射してきた。間一髪その場で地面に伏せたお陰でなんとか炎に焼かれずに済んだ。
一瞬で礼拝堂が炎と煙の海と化した。熱いし、喉が渇くしで仕方がない。口元を上着の袖で押さえながら、煙による涙で歪む視界の中ジュダの方を見ると、ジュダも同じく地面に伏せている。

「ナマエ!こっちに来て!オレの手を繋いで!」

ジュダは私の方に小さな手を伸ばす。迷わずその手の平に向かって伏せた時に拾ったナイフを突き刺そうとすれば、簡単に避けられてしまった。

「いい加減諦めてオレと一緒に死のう!今のオレにナマエは絶対敵わないからさあ!」

ジュダはふらりと立ち上がろうとするので、私はその場で跳ね起き、周りの状況を確認した。
床や長椅子、壁の所々から炎が上がっている。
突然息が止まるのを感じてジュダが私に能力を使っているのがわかった。ジュダのスタンドは見えないし、モーションが特にないから呼吸で確認するしかないけれど、今回ばかりは肺が焼けないようにジュダが能力で私を守っているのがわかる。余程私の腕の中で炎に包まれて死にたいらしい。
それならそれを利用するしかない。声の出せないまま、ジュダに向かって両腕を広げて唇を動かした。
──おいで、と。

「ナマエ、オレを赦してくれるのか?」

煙のせいかはわからないけれど、ジュダはポロポロと涙を流す。
初めて幼い少女の外見に似合う繊細な様子を見れた。

「ナマエ、オレは全てが赦せないけど……ずっと昔から赦されたかった……こんな穢れたオレを赦してくれる人が欲しかったんだ!」

私に抱きついてきたジュダの小柄な体を抱きしめてあげた。ジュダのお腹に刺さったままのナイフの柄が私に当たる。
呼吸がまた出来る様になった。むせ返るような煙が口内に流れ込んでくる。体内が熱い。喉はカラカラで、煙のせいで息が上手に出来ない。

「ナマエ、能力を解除したよ?」

ジュダは私に抱きついたまま、私を見上げる。帽子の下の丸っこい瞳は今は瞳孔が開き、黒眼がちになっている。

「うん……ジュダ、帽子が邪魔だよ」

ジュダの帽子を取ってあげ、ジュダの頭を私の体に押し付けるように片手で包んで、その形の良い後頭部を撫でてあげた。

「ナマエ、赦してくれてありがとう……」

「ここで死のうね。最期まで一緒だよ」

「うん……これでお互い楽になれるよね?」

「そうだね。私もこれで楽になれるよ」

「ナマエ……あッ」

ジュダの背後から『エル・セブン』が腕を突き出した。その鋭い腕はジュダの薄い体を貫き、私の体を透過した。ジュダの帽子を元にエル・セブンを自動追跡させていたのだ。
ジュダはその場に崩れて床に転がった。一瞬で意識を失った様子だ。これなら数十秒後には体の全ての機能が停止して完全に死ぬはず。でも、いつ医学的にジュダが死ぬかなんてどうでもいい。
ジュダの体からナイフを引き抜き、ジュダに惨たらしく殺された8人の仲間を想って、力任せに何度もジュダの体をナイフで突き刺した。煙のせいで息が持たないかもしれないのに、怒りに身を任せて返り血で服が汚れるのも気にせずジュダの小さな体の胸やお腹などの胴体を刺し続けた。
ジュダの顔は煤けているけれど、確かに涙の跡が残っていて、それでいて幸せそうな顔をしている。ジュダの過去や異常な性癖のルーツには私は一切興味がない。ジュダが遺体をなぶりものにされるのを恐れるのなら、私はジュダの嫌がることをする。私の大事な人たちの体をなぶりものにした罰だ。
段々涙が溢れ出てきた。ジュダを刺す手が震える程疲れて呼吸が殆どできなくなった頃、ジュダの血に塗れた死体を見て漸く気が晴れた。
──皆、私やったよ。仇を取ったよ。
ぐらりと視界が揺れてその場に倒れた。物凄く熱いし、肌や体内が焼けるみたい。苦しくて仕方がない。少しずつ意識が薄れていく。
──仇を討って漸く先のことを考えられるようになったのに、死んじゃうなんてヤだな。死ぬ前にやりたいことがそれこそ死ぬ程あるのにな。

「ナマエ!どこだ!?どこにいる!?クソッ!」

パチパチと炎の弾ける音や何かが崩れる音の中、馴染みのある声が聞こえてきた。いや、気のせいかも。どうせここ数日のように私の頭の中に勝手に入ってくるヤツだ。きっと。こんな時にまで私の脳を侵食するなら、拒否はしない。それ程あの人のことを慕っているってことだから。それなら、私の最期はあの人との思い出を反芻するのがお似合いだ。
──リトル・フィートで小さくなった私を手の平に乗せて運んでくれた時のこととか、白いスーツに派手な化粧をして緊張していた私の髪を優しく梳いてくれた時のこととか、私の為に危険を冒してシーノくんを助けてきてくれたこと、雨の日に黙って私の話を真剣に聞いてくれたこと。それから……私の話したことを覚えていて、ヴァチカンまで来て逃げ出した私を必死に追いかけてきてくれたこと。嫌いって言っちゃったけど、本当は大好きだよ。あーあ。死ぬ前に、謝って訂正したかったな。

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