una assassina ep5 end
薄らと意識を取り戻した。うるさいサイレンの音の中、あの人とペッシの声がする。
あの人とペッシ、また私の邪魔しに……あれ?ジュダは殺したんだっけ。そっか。皆の仇をとったんだ。じゃあ、漸く先のことを考えられる。先、先……そうだ。ボスを殺さなくちゃ。全てこの人が命令したせいで起きたことなんだ。皆の為にボスを殺さなくちゃ。あ。暗殺チームの皆と一緒の目的だ。そしたらまずは暗殺チームの皆のことをどうするか考えなくちゃ……考え……。
*
手に伝う温もりで瞳がぱちりと開いた。部屋に射し込む陽光が眩しく、薄ら視界に入る部屋の内装でアジトの自分の部屋だとわかる。
さっきまでローマの郊外にいたはずなのに、もうアジトにいる。もしかして、夢を見ていたのかもしれないし、今も夢かもしれない。
だってプロシュートがベッドに横付けしたソファに腰掛けて、私の手を握ったまま下を向いて寝ているんだもの。ソファの位置が変わってるし、プロシュートが私の手を握って眠るなんてあり得ない。
これは良い夢だけど……早く目覚めよっと……。
「うあ……」
幾ら待っても目覚めないどころか意識がはっきりしてきて夢じゃないとわかって、変な声が出た。
私の手を握るプロシュートの手がピクリと動いた。
「ナマエ、起きたのか?起きたんだな!」
プロシュートが目を覚まし、前のめりになって私の顔を覗き込んでくる。こんなに心配そうな表情と声を出すプロシュートを見るのは初めてで驚いたし、反応に困った。
「うん……あ、はい……」
元というべきか、つい最近まで兄貴分だった人に対してどう接して良いのかわからなくなっていたし、まだチームの皆に対しての考えがまとまっていなかった。
「丸一日寝ていたな。具合はどうだ?」
プロシュートは私の瞳を見つめながら、手を強く握って聞いてくる。プロシュートの心配そうに細められる瞳を見つめ返すのはなんだか私には難しくて、咄嗟に顔を背けた。
「えっと、まあ、問題はない、かも……?いや、なんで私生きてるんだろ……」
ジュダを殺した後の記憶があんまりなかったけど、確か床に倒れて動けなくなっていたはずだ。正直死んだと思ったし、事実あの状況で生きてるなんておかしい。それに何かしらの怪我を負っているはずなのに、体にそんな気配はない。
プロシュートから手を離してバッと掛け布団を捲った。ふくらはぎ丈まであるガウンタイプの病院着を着ていた。左腕を見たり、プロシュートにあんまり見えないようにガウンの裾を捲って左の腿を確認した。傷はない。あの炎に囲まれていた状況にいたのに肌が焦げている様子もない。
「安心しろ。組織お抱えの闇医者に治してもらった」
多分、外傷を完璧に治癒してくれるスタンド能力使いの医者のことだ。私も何回かお世話になったことはあるけれど、こんな病院着を着せられた覚えはなかった。私は一旦入院していたのかもしれない。
「ありがとう……ございます……」
どんな風にプロシュートと話したらいいかわからなくて、半身を起こしたまま両膝を抱え、ほんの少しだけプロシュートの方に顔を傾け、自分の膝頭を見つめながら敬語でお礼を言った。
「さっきから他人行儀だな」
「だって……あんなことがあったから……」
暴言を吐いてアジトを飛び出し、ヴァチカンでプロシュートに見つかった際は制止を聞かずに逃げ出した。あんなことをした後に、今まで通りに振る舞えるわけがなかった。
「あんなこと、か……ナマエ、オメーは間違いなくオレらの仲間で、オレらは仲間のオメーの為を思って行動してきたつもりでいた。だが、オレたちが間違ってたな」
あのプロシュートが私に謝ってる。いつも自分に自信があって、「自分は絶対正しい」という態度を取っていたプロシュートが、私に謝ってる。勿論、プロシュートはいつも殆ど正しいから悪くないことだけど、半ば耳を疑ってしまう。
「──結果として、ナマエの大事な仲間たちが知らないところで亡くなっちまったのはオレらのせいだ。ピエトロの頼みであってもオメーには伝えるべきだったな……念の為に言っておくが、ピエトロ殺害の依頼は受けたが、オレらはオメーに実行させる気は殆どなかった。ピエトロが刑期を終える前までにボスに復讐するつもりでいたからな。ダニエレの件は予行練習ではなかったことは理解してくれ。ナマエ、オレらが隠し事してたせいで不快にさせちまって悪かったな……もうオレたちに隠し事は一切ねェし、するつもりもねェよ。だから……許してくれるか?」
プロシュートにこんなに誠実に謝られるなんて初めてのことで戸惑った。
復讐を遂げて冷静になれた今ちゃんと考えてみると、チームの皆にも言い分はあると思うし、ピエトロさんたちが亡くなったのはジュダが悪いのは勿論、自らの命を懸けて復讐することを選んだからだ。彼らは根っからのギャングで仲間思いだったからそれができた……仲間思いだったから……そうだ。だから、ピエトロさんたちは私に黙っていたし、暗殺チームの皆もそうしていたんだ。
最低なのはそのことを一瞬でも考えたり、ちゃんと話を聞こうとしなかった私の方だ。
「それはもう過ぎたことだから大丈夫です。あなたたちに裏切られたと思って悲しかったけど、仲間の仇をとった今は気持ちが楽になったから……酷いこと言って勝手に飛び出してごめんなさい。これからはあなたたちとの関係を考え直したいです……」
「関係、か。そうだな。ナマエ、オメーは間違いなく一人前だ。今までオレらを形式的には敬ってたみてえだが、もうそんなもんはいらねーよ。オレらと対等だ。この前オレらに怒鳴った時みてえな感じでいいぜ?」
プロシュートは茶化すけど、全然笑えない。あの時は冷静になれなくて、皆に酷いことを言ってしまったと思う。後で皆にもちゃんと謝りたい。
「対等でいいんですか?本当に一人前?どうして?」
突然卒業証書をもらったみたいだけど、何をもって一人前になったと認められたのか自分でもわからない。
「そりゃあ、死ぬ覚悟で正体不明の敵に戦いを挑んで見事討ち取ってきたからだろ」
「討ち取ったって、ジュダの死体を見たんですか……?」
「ジュダ?教会でくたばってたヤツのことか?」
「はい……」
「オメーをあの教会から引きずり出す時に見たんだよ。血塗れのガキみてェなヤツを。オメーが殺ったんだろ?」
「そうですけど、来たんですか……?」
「ああ。オメーに逃げられた後、あのお喋りクソ野郎を脅してオメーを探し出したんだぜ?オレが来てなかったら丸焼きになってたな」
「あなたが……そう。ありがとうございます……本当にありがとうございます……」
プロシュートが来てなかったら絶対死んでた。こうして怪我の一つもなく無事でいられてよかった。それに私の手を握って看病してくれていたみたいだし、プロシュートには感謝しかない。
プロシュートの言うお喋りクソ野郎は多分ニコロのことだ。ニコロには口止めしておいたけど、結果的にプロシュートに協力してくれたお陰もある。あとでニコロにも感謝しておかないと。
「……」
「……」
暫く沈黙が続き、何か言わないと、と思ったけど、何を話せばいいのかわからない。
「なんか調子狂うな」
「気まずいです……あ、そうだ。チョーカー、知らないですか?」
「それなら、そこのテーブルにある」
プロシュートが後ろを顎ってしゃくった。
チョーカーを手に取ろうとベッドから抜け出そうとすると、寝起きでフラついてしまった。
そこをプロシュートが抱きとめてくれた。
「大丈夫か?」
「ご、ごめんなさい……」
心臓が痛い程脈打ち、呼吸が荒くなる。この時ばかりは自分でも呼吸をコントロールできなくて、まだまだ半人前だと思ってしまう。
それにプロシュートが私を抱きとめたままで、離すどころか、背中とお尻に手をまわされて持ち上げられた。
「ヒィッ!」
プロシュートから落ちないようにプロシュートの腕にしがみついた。
「ヒィじゃあねーよ」
プロシュートは私を抱っこする形でソファに座る。力を込められ、抱きしめられて気が気じゃあない。心臓が破裂しそうな程鼓動するし、顔を背けてもプロシュートからまとわりつくような視線を浴びせられて苦痛さえ感じる。
「あ、あの……」
「オレの名前、呼べるか?対等になった今はもう兄貴呼びも敬語もナシだぜ?つーか、他人行儀なのはマジでやめろ」
「プロシュート……」
プロシュートが何をしたいのかわからず、とりあえずプロシュートの胸に頬をくっつけたまま呼んでみたけれど、初めて本人を前にしての名前呼びは慣れなくて違和感があった。
「もう一度だ」
「プロシュート」
「妙な感じだが、悪くはねーな。約束、覚えてるか?」
プロシュートが少し身を引いて私の顔を見下ろしてくるから、こっちは更に必死で顔を背けて眼を合わせないようにした。
「約束って……あっ。アレのこと?一人前になったらっていう……」
多分、一人前になったら恋人にしてくれるって話だ。でも、こうも突然一人前と認められて、死地から戻ってきたばかりのこんな状況では心の準備とか整理もできていない。
「オイ。さっきから反応が鈍いな。約束は反故にする気か?」
プロシュートの声は苛立ち混じりで、私の背中に回される腕に力が込められた。
「えーと、そんなつもりはないけど……」
「けど?」
「わ、わかんないの!まだこんな格好だし、突然一人前で対等って言われても……!というか、この格好着替えたいし、私寝てたってことはお風呂入ってないから臭いよ!」
突然自分の匂いがどうなってるか気になって仕方がなくなった。普段は香水はつけないで代わりに匂いつきの制汗剤やボディフレグランスしか使ってないからそこまで匂いを意識しているつもりはない。それでもプロシュートとこんなことになるなら、シャワーを浴びて良い匂いのボディクリームをつけて、香水をつけたかった。それに口内が乾燥しているし歯磨きだってしたい。
「やっと、オメーらしくなったな。気にすんな。汗のイイ匂いしかしねえよ」
「嘘!やだ!無理!」
プロシュートの胸を押して離れようとしたけど、プロシュートはキツく私を抱きしめるから抜け出せない。
「オレは好きな女の汗とか気にしねーよ」
「でも!あ……」
プロシュートのとんでもない発言に遅れて気づいた。
「今のはなんの『あ』だ?」
「えっと、今、好きな女って……」
「まさか、オレがオメーのことをどう思ってるか知らねェのか?」
「うん……」
私は好き好きアピールしてるけど、プロシュートからそういう単語を聞いた覚えがなかったし、好かれていると思えるようなことをしてもらった覚えはなかった。強いて言うなら、思わせぶりな約束をしてくれたことくらいだ。
「ナマエはどこまでアホなんだよ……正直な話、オメーのことは、まあ好きだな程度の好きだと思っていたが、ヴァチカンでナマエが知らねェ男に手を握られてオレから逃げやがった時は怒りで気が狂いそうになったぜ。それに嫌いと言われた時は好きと言い直すまで首を絞めてやろうとまで思ったな。自分で思ってるよりもナマエのことを相当好いているみてえだ。いや、ちゃんと言うとだな……愛している。オメーの為ならなんでもしてやるし、その覚悟がオレにはある。人を殺したっていいんだぜ?試しにあのカニ頭を今から殺しに行くのもありだな」
生まれて初めて人から、「愛している」と言われて胸の奥が熱くなった。ただ、さらりと色々怖いことを言われて血の気が引きもした。プロシュートから逃げようとプロシュートの胸を押してもびくともしない。細身の割には力が強いし、そういえば体の所々が硬い。
「首を絞めるは冗談だから逃げようとすんじゃあねーぞ。オメーが何をしたとしても、オメーのことを傷つけることはねーよ」
「じゃあ、カニ頭を殺すとか言ったのも冗談……?」
「ああ。神に誓ってな」
「それこそ冗談じゃん!」
「本当に神が存在するなら邪悪だな」なんて主張してるプロシュートが、「神に誓う」なんて冗談でしかない。
今思えば、プロシュートがライアン先生を殺したのも私のことが好きだからだったんだ。本当に私の為なら殺しも厭わないんだ。嬉しいけど、怖い。
でも、自分に置き換えて考えてみたら、プロシュートの為なら私も人を殺せると思う。そのくらいプロシュートのことが好きだから。
なんだ。この点に置いては考え方が同じだから理解を示してもいいみたい。
「まあ、それ程ナマエを愛してるってこった」
「うへぇ……」
ずっと想ってた人から二度も「愛してる」なんて言われたら、照れ臭くて仕方がない。
「うへぇじゃあねーよ。オメーはどうなんだ?オレのこと……」
「えっ?そんなの、わかりきってるよね……?」
私が普段から好き好きアピールをしていたのに、今更そんなことを聞かれても困る。
「口に出して言えよ。オメーから最後に気持ちを聞いた時の言葉は『大嫌い』だったからな。オレの繊細な心が傷ついたぜ」
「……そうだ。皆に謝りたいし、着替えたいから離して欲しいな」
プロシュートの心が繊細かどうかは置いといて、こんな改まった状況で言うなんて恥ずかしいから誤魔化した。
「ナマエ、いつまでオレから逃げる気だ?オレの眼を見ろ」
顎を掴まれて、上を向けさせられた。至近距離でプロシュートの熱の籠もった瞳と視線が絡み合う。凪いだ海の水面に宝石をちりばめたような綺麗な瞳に、それを縁取る睫毛は濃密で私より長くて、まるで作り物みたい。
「眼、見たよ……」
こんな至近距離で眼を見ながら話すのに緊張して声が震えた。
「何ビビってんだよ。この前みてえに言ってみろよ」
「……プロシュートのこと、好きだよ」
なんとか声の震えを抑えながら気持ちを伝えた。
「それから?」
「それからって何……?」
「オレが愛してるっつったのによォ、『好きだよ』ってなんだ?それは甘いものが好き程度の好きなのか?」
「甘いものよりプロシュートの方がずっと好きだよ!でも、愛してるなんてよくわからないから言えないよ……」
言われたら嬉しいものだけど、愛してるという言葉の感覚がよくわからなかった。「愛ってなに?」とまで思う。愛で全てを解決するらしい国に生まれたけど、愛で解決したことなんて一つもない。
「そうか。愛ならオレが懇切丁寧に一生かけて教えてやる」
後頭部を支えるように、後ろの髪に手を差し込まれた。これ以上ないくらい顔に熱が上るのが自分でもわかる。あの鮮やかな青色の瞳が近づいてきて、見えなくなった。鼻先が擦れ合った瞬間に怖くなってギュッと眼を瞑った。
一瞬で終わった。ふわっとして、生々しくて、少し湿ってて、温度も感じた。でもって、優しかった。
思ったより、軽くて驚いて眼を開けた。プロシュートは笑いの掠めた表情で私を見下ろしている。
てっきり、舌を挿れるものだと思ってたのに拍子抜けした。
「何そんなに震えてんだ?」
「ふ、震えてないよ!ああ、もう無理!これ以上一緒にいたらおかしくなっちゃうし、シャワーが浴びたいの!」
「それなら一緒に浴びるか?」
「え?あ、浴びないよ!一緒には!」
いつの間にか活力が戻ってて、プロシュートの腕の中から逃げ出すように裸足のまま床に足を下ろした。
「おい、乱れてるぞ」
プロシュートもソファから立ち上がると、肩口が見える程はだけたガウンを直してくれた。
「オレの女になったからには他のヤツらに隙は見せるなよ?」
「隙ってなに?攻撃されるの?」
「……ああ。オレの前以外では気を引き締めておけ」
プロシュートは唇の端を持ち上げると、私の頭を両手で優しく掴んで額の辺りにキスをしてくれた。ドラマとかでよく見るヤツで、なんだかじんわりと額と胸が温かくなった。
*
階下に行くと、皆ソファに着席していて無言で各々下を向いていたり、ソファの背もたれの縁に頭を乗せて振り仰いでいたりする。大の男が6人も集まって暗い部屋で無言でいるのは怖い。
居室に入って最初に気づいたのは北側に座っていたリーダーで、ソファから立ち上がって私の方まで来てくれた。
「ナマエ、大丈夫か?痛むところはないか?」
「うん……あの──」
「ナマエ、起き出して大丈夫なのかよ?」
「珍しくホルマジオの言う通りだな。まだ寝といた方がいいんじゃあねーの?」
「顔が赤いな。熱を測った方がいい。母体に障る」
「てか、眼も赤くねーかァ?大丈夫なのかよォ〜?」
「ナマエが目覚めてよかったよォォォ。オ、オレ、ナマエに謝りたいことがあるのに死んじゃったらどうしようって……」
まずはリーダーに謝ろうとしたのに皆してぞろぞろ私の周りに来て、皆に取り囲まれてしまった。
皆私より背が高いから圧迫感が凄まじい。それでも、皆が心配そうにしてくれるのが心に響いてきて、じんと胸が熱くなる。
「皆、酷いこと言って勝手に飛び出してごめんなさい……」
「気にするな。ピエトロの件はナマエには話すべきだった。オレの選択が間違っていた」
「でも……」
リーダーも皆も、本当に私の為を思っての選択だったことを今は理解してるから、私の思考が浅かったのが悪いと思っている。
「でも、じゃあねーよ。さっさと着替えて祝賀会でもしようぜ」
ホルマジオが私の肩を叩いてニイッと歯を見せて笑った。
「祝賀会って、何の祝賀会?」
「ナマエの祈願達成祝いだろ。仇討ったんだろ?」
「ひとり立ち祝いじゃあねーの?」
「それは初任務成功した時のがよくないか?」
「オレが初めてひとりで初任務行った後よォ、誰も祝ってくれなかったぜ〜?」
「誰がてめーの祝いなんかするかよ」
「なんだってェェェ〜!?」
イルーゾォとギアッチョが喧嘩をし始めて、皆の視線がふたりに集まったところで脱衣所に向かった。
「ナマエ」
「なに?」
ペッシに呼び止められて振り返れば、ペッシの眼に涙が溜まっていて、今にも溢れ落ちそうになっている。
「ローマのホテルで、ナマエのこと傷つけてごめんよ。体は大丈夫なのかい?」
「あの医者のお陰でなんの問題もないよ。ペッシ、あの時私が怪我しないことを優先してくれてありがとね」
「そのことはいいんだよ……あの後兄貴に殴られたり蹴られたり酷い目にあったけど、ナマエの状態の方がずっと酷かったから……」
「どのくらい酷かったの……?」
闇医者のお陰で今はなんともないけど、実際どのくらいの怪我を負っていたのか気になった。多分肌は多少なりとも焦げてたはず。
「それが顔は煤だらけで脚なんかはナイフが刺さったまま焼け爛れてて、見るのも怖かったんだ……髪まで焦げててすげー可哀想なくらいボロボロで、ナマエは死んだんだってその時思っててよォォ……ナマエが死んじまったって泣いてたら兄貴にまた蹴飛ばされて……」
嫌な予感がして、髪に触れた。少し軽くなった気がする……というか少し短くなった。ハッとして、脱衣所に飛び込んで鏡で確認すると、髪がいつもより数センチくらい短くなってた。
「なにこれ……」
たった数センチだけど、左右非対称に切られててショックを受けた。
「ほら、あの医者の能力って時間制限の他に自分の知識の範囲内でしか治せないっていうじゃあねーかよ。髪は専門外だし、ハゲ野郎に日に日に消滅する毛根を戻しに毎日通院に来られても困るから髪を治す方法なんか一生知りたくねえって。それで焦げたところだけ医者が切り落としてくれたから大丈夫だぜ?」
「そう……まあ、仕方ないよね。じゃあ、シャワー浴びるから出て行って」
「う、うん」
ペッシを脱衣所から追い出し、扉に手をかけたところで、ペッシの背中を見てローマのホテルでペッシが言ってたことを思い出した。
「ペッシ」
閉めようとする直前に背を向けるペッシを呼び止めた。
「なんだよ?」
「ローマでペッシが言ってたこと、正しかったよ。あんたってプロシュートの兄貴のことわかってるんだね」
「兄貴のこと?あ、ま、まさか、ナマエ……兄貴と何かあったのかい!?」
「とりあえず、兄貴は私のモノだからあんたは兄貴にちょっかいださないでよね!」
前のめりになってこっちに来ようとするペッシを遮断するように扉を勢いよく閉めた。
ペッシには優しくしようと思ってたけど、今までプロシュートを取り合うライバルだったからついつい喧嘩腰になってしまう。まあ、ペッシとはこんな感じの方が性に合ってるから今まで通りでいいや。
*
シャワーを浴びて新しい服に着替えた後は、アジトの2階のダイニングルームで祝勝会と題してお酒を飲んだり、プロシュートとホルマジオが作ってくれた美味しいご飯を食べたりした。
翌日は皆でローマまで行って、ピエトロさんたちのお墓参りに付き合ってもらった。ピエトロさんたちは自分たちのお墓の手配まで生前に済ませていたらしく、親友の墓石の隣に7人分の墓石が新しく作られていた。
黒のチョーカーを入れた小瓶を親友の墓の前に置いた。
8人それぞれに弔辞の言葉を述べれば、皆もピエトロさんたちに弔いの言葉を言ってくれた。それから最後にピエトロさんたちに向けて、「ボスを倒すから天国で見守っててね」と、伝えておいた。
「ボスを倒して、漸くってヤツか?」
隣にいるプロシュートが感心したように声を掛けてくれた。
「うん。私の次の目標はソルベさんとジェラートさん、ピエトロさんたちの弔いでボスを殺して、ついでに麻薬ルートを乗っ取ること!トニー・モンタナに私はなるッ!」
ジュダへの復讐を遂げて自信がついた今、ボスへの恐れは和らいでいた。このチームの皆と運命を共にする道を私は自分の意志で貫きたい。
「『スカー・フェイス』の主人公トニー・モンタナ、か。ヤツの最期は破滅だったが?」
リーダーに指摘されたけど、トニーと私の境遇は違うから全く問題ない。
「大丈夫!私に兄弟はいないから!」
トニーにはジーナという妹がいて、妹を溺愛するあまり、妹に手を出した自分の弟分のマニーを殺してしまうのだ。もし私がトニーでも、こんな身の破滅の元になる兄弟はいないよって意味で言ったのに、皆してプロシュートの方を見た。
「オイ。おまえら何こっち見てやがる?ヤツの破滅は殺しの依頼に失敗したからだろ?それにオレとナマエに血の繋がりはねェだろ」
「いや、プロシュートがトニーでナマエがジーナでよォ、妹分のナマエを溺愛するあまりに仲間を殺す──とか考えちまうだろフツー」
ホルマジオの指摘は合っているらしく、プロシュート以外の皆が頷いた。
「ならマニーみてえにブッ殺されたくなかったら、てめーらはオレの女に手ェだすなよ」
プロシュートに腰に手を回されて、体を引き寄せられた。プロシュートの体にぴったりとくっついて、そんな私たちをリーダー以外の皆が驚いたような顔をした。
まさか皆の前でこんなことされると思ってなくて、私でさえびっくりした。昨日だってプロシュートは寝る前にアジトの私の部屋に来て、おやすみを言って額にキスしてそれで終わりだった。だから、プロシュートと私の関係の変化に皆は気づいていなかった。ペッシでさえ驚いている様子だ。
「そうだろうとは思っていた」
「オイラのプロシュート兄ィが……」
「まあ、いいんじゃあねーの?お幸せにな。だが、オレの前ではイチャつくなよ」
「オレの前でおっ始めやがったらよォォ、氷漬けにしてやるからなァァァ〜?」
「プロシュートに泣かされたらおれのところに来てもいいんだぜ?」
「ナマエ、プロシュートに抱かれたら何が良かったのか感想を教えてくれ。ナマエのデータを取る」
反応はまちまちだけど、イルーゾォとメローネにだけはとりあえず中指を立てておいた。