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ローマのお墓参りから帰った日から、怒涛のような事務処理の日々が続いた。亡くなったフィウミチーノの7人全員が私に隠し財産を残していたのだ。7人とも家族やきょうだいと縁を切っていて、私の力になればという遺言書と共に海外の隠し口座や飲食店、最低なことにストリップクラブの経営権まで相続された。
遺産についてチームの皆に相談したところ、全部ナマエのものだから好きに使えと言われた。ただし、ストリップクラブについては皆の意見が割れた。
「おれが毎日店の様子見に行ってやる」
「それならオレも一緒に行ってやる」
と、いつもいがみ合っているイルーゾォとホルマジオはこの時ばかり意見が一致する一方で、他の人たちは放棄しろだの利権を売ってもっと儲けろだの言ってきた。
「私、風俗嫌いだからお店を潰したいかな」
女性が変態共に搾取されてるなんて可哀想だからこういうのは絶対ヤだ。
「やめとけって。金のない移民が稼ぐ場だ。移民の可愛い子たちが職を失えば、もっと酷い店に行かされるだけだぜ?」
「イルーゾォの言う通りだな。オレらだって殺しをして稼いでいるんだ。商売に貴賤はない」
「こんのスケベ共がッ!あんたたちの意見は聞かないからいいッ!ねえ、プロシュートはどう思う?」
ずっと黙っていたプロシュートに不安を覚えて聞いてみた。プロシュートとは私がローマとネアポリスを行き来しているせいであまり一緒にいられなくて、軽いキスを5回した程度の仲だった。デートらしいデートもまだしてないし、なんだか恋人という実感がまだ持ててない。
「女の眼線で、水商売の女たちを守ってやればどうだ?」
「どういう意味?」
「イルーゾォとホルマジオみてえな客は何するかわからねえから入店させねえ、とかだな」
「なるほど」
イルーゾォとホルマジオはプロシュートの意見を鼻で笑い飛ばしていたけど、確かにプロシュートの言うことも一理ある。
女性たちを守るという意味で私が経営するのも悪くないかもしれない。
「じゃあ、明日契約書にサインして来ようかな。この後はオペラ劇場の支配人と会ってくるから」
「ナマエ、行く前にこっちに来い」
プロシュートに呼ばれて3人掛けソファの端に座るプロシュートの横に行けば、腕を引っ張られて身を屈めさせられた。
「明日の18時にはちゃんと来れるんだよな?」
プロシュートは声を落として聞いて来た。今朝、明日の18時以降に用事が入ってないか聞かれて、入ってないと答えてそれきりだった。何か私に用があるみたい。
「うん。大丈夫だよ?」
「なら、忘れんなよ。遅刻は許さねェからな」
「はいはい」
適当に返事をして、アジトを出た。
さっきからずっとなんともないような振りをしてプロシュートに取り合っていたけれど、本当はすごーく心臓が高鳴ってて緊張していた。関係が変わって、いつもよりプロシュートのことを男の人として認識してしまうのだ。多分距離感がわからなくなってしまっているんだと思う。恋人なのにまだデートをしてなくて、キスとハグしかしてないし、キスも軽いものだけ。もっと先のこともしたいけど、まだ怖いし今は忙しくてそれどころでもない。
ただ、明日ストリップクラブの契約が終わった後は暇を持てるから、漸くプロシュートとはゆっくりできる。18時にムニピチオ広場の噴水の前に集合らしい。食事だと思うけど、わざわざ食事なのかと聞くのもなんだかがっついて見えるから、恥ずかしくて確かめられてもいない。一体明日の18時から食事だけなのか、それとも他に何かあるのかな、とその日中悩んだ。
*
翌日、開店前のストリップクラブの店内を見て回っていた。そこではショーガールたちが舞台の上でポールダンスや床上でのダンスの練習に励んでいた。
ネアポリスにある繁華街からは外れたところにあるけれど、店内の内装は凝っていて居心地が良さそうだし、女の子たちは皆可愛い。
「ショーガールは全部で20人……いや、昨日解雇した子がいるから19人だな。彼女たちの何人かは日々ダンスや歌の練習、会話術の勉強に励んでいる」
ストリップクラブの店長が説明してくれた。この界隈では珍しくカタギの人で、40代後半程のの肌のよく焼けた健康そうな人だ。
「会話術ってお客さんと話すサービスもあるんですか?」
まだ契約書にはサインしていないけど、この店のオーナーになって女性たちを不快な客から守るには、サービス内容をちゃんと知っておく必要がある。
「ああ、実はVIPルームとして用意してある。個室といってもソファがあるだけで、カーテンで隔てられてるから半個室みたいなものだよ。あの子たちが嫌がればすぐに逃げられるようになってる」
「嫌がればってどこまでのサービスなんですか?」
「一応膝の上に乗ってダンスするだけかな」
「一応って、まさかその先も……」
「表向きは禁止にしてるけど、チップ目的にする子もいる。勿論発覚次第解雇にして、客の方は永久出禁にしている」
「本当ですか?今までの解雇履歴と出禁リスト見せてください」
「いいよ。でも、資料を出すのに時間がかかるから先に説明させてくれよ。正直言うと、ルール違反をしても人気の子は解雇せず、人気のない子は契約違反を理由に解雇してる。ま、こう言っちゃあなんだけど、人気のない子程ヤってるから逆に助かってるくらいだ。いい解雇理由が見つかるからな。客の方は身分証があればそれを取り上げてコピーを取る。なければ、顔写真を撮って入口にいる監視員に見せて覚えさせてる。資料は帰りでもいい?」
「はい。帰る時までにお願いします」
聞いてる限りそれなりに対応しているみたいだ。ここは信じて一旦契約を先にしてもいいと思えた。それに店長がここのオーナーをやっていたフィウミチーノの仲間のアンドレアと10年来の友人というから信じたい。
店長にアンドレアのことを聞くと、アンドレアはオーナーという立場上、あまり店に顔を出していなかったらしいけど、ネアポリスにいる知人に会いに来る時だけついでに店の様子を見に来ていたらしい。
「もしかして、君のことだったのかな?」
「違うと思います。アンドレアとはもう1年以上会っていませんでしたので」
とは言ったものの、アンドレアはこっそり私の様子を見に来てくれていたのかもしれない。私は全く気づかなかったけど、あり得る話だ。
会話もそこそこに契約内容の確認をして、契約書にサインをした。たまにお店に顔を出す口約束をして帰ろうとすると、店長は女の子たちと少し話して行って欲しいと言う。時刻は16時で、プロシュートと約束の時間にはまだ間に合う。一旦帰ってシャワーで汗を流して、化粧を直したかったけど仕方ない。
「いいですけど、何を話すんですか?」
「なんでもだ。とにかく彼女たちのことを理解して欲しい。ナマエの彼女たちを見る眼が同情的で気になるんだよ……彼女たちは皆自分たちの夢があって頑張っていることを知って欲しい」
「……わかりました」
そこまで言われたら断るわけにもいかなかった。確かに私に偏見があることは否めないし。
丸テーブルをソファで囲う席について、店の女の子ふたりとお話することになった。女の子はふたり共東欧出身で身長が高く、出るところが出ててスタイルが良くてとても可愛い。
話によると、ふたり共ダンサーを目指しているのだけど、生活費を稼ぐ為にここで働いていると言う。
「でも、ここで働いているうちにわたしもお店を持ちたいなって思うようになって……大学で経営を勉強してお店の経営者になるか、このままダンサーの夢を追いかけるか迷ってるんです。オーナーはどう思いますか?」
同年代の子にオーナーと呼ばれ、人生相談されるのは初めてでタジタジだ。いい助言をできる自信はないけれど、頼ってくれるのは凄く嬉しい。
「大学に行かなくても、経営者になれると思うよ?そういう人はいっぱいいると思う。私の場合は縁が合ってなれたの。学位なんかないし、最終学歴は小二かそこらで止まってるし……」
それがちょっとコンプレックスであったりもした。でも、こっちの世界では低学歴の方がうまく行くことがある。例えば、アングラ組織の潜入の為に入団面接を受ける時、学位が小五以下だと警察の潜入捜査官だと思われないから面接が通りやすい。更に犯罪歴があると信用できると喜ばれるし、前科三犯以上なら即採用だ。っていうのをチームの誰かが言っていて、その為に中学と高校の学位の返上申請をしたらしい。
「えー!それなのにこのクラブのオーナーになれたんですか!?すごいわ!」
「すごーい!」
「そうかな?えへへ……まあ、知り合いから譲り受けたみたいな感じだけど」
女の子とまともに話すのは久しぶりだけど、ふたり共至ってどこにでもいるような普通の子で、話していて楽しい。
*
「──それでね、今日の18時から約束があるんだけど、ただの食事だけかな?」
気づいたら、自分の相談を女の子たちにしていた。黒髪のイザベラも金髪の巻き毛のラウラもふたり共熱心に私の話を聞いてくれて凄く助かる。
「ナマエちゃん!それは絶対食事だけじゃないわよ!」
「そうよ。ぜーったい、家に呼ばれるか、ナマエの家でファックよ!ファック!」
「そうなんだ……どうしよう……私自信ないし、怖い……」
「最初は皆そうよ?あ、時間大丈夫?ナマエは化粧と服そのまま?」
「うん。どうせその辺で食事だろうからいつも通りでいいかなって」
「下着は上下揃えてるの?」
「うん。一応。というか、殆ど黒とかしか持ってないし」
「コットン生地?」
「ううん。でも、機能性重視でデザインが地味かも」
「ちょっと更衣室に行くわよ!」
「えっ?ええ?」
ふたりに腕を掴まれて、お店の舞台の奥の更衣室まで連れて行かれてしまった。更衣室は広く、沢山の衣装と化粧品に囲まれている。
「化粧と髪はわたしたちに任せて!あとは新品の服と下着があるはずだからちょっと待ってて!ナマエの胸のサイズは……」
「ぎゃっ!」
突然ラウラに両胸を鷲掴みにされてびっくりした。
「おっけー」
ラウラはニコリと笑うと、部屋の奥の方へ行ってしまった。
「ほら、ラウラが来る前に脱いで」
「脱ぐの?」
イザベラは早くと促すけど、周りには下着姿でうろついている子や、化粧をしている子、共演者と喧嘩している子たちがいる。皆の前で脱ぐのは憚られる。
「その恋人の前で脱ぐよりは簡単にできるでしょ?」
「そりゃあ、そうだけど」
「脱いで!」
「は、はい!」
言われるままに服を脱いだ。下着の地味さを酷評された後はラウラの持ってきた白地にレースがたっぷりの下着に着替えさせられた。まさか好きな人より、ストリップクラブの女の子に先に全裸を見られるとは思わなくて変な汗をかいた。
「下着買ってきたばかりの子から買い取ったの!ここで働いてる子って買い物狂いでよく服とか化粧品買ってから来るのよ〜。あ、服は皆派手なのしか買ってなかったからなかったわ。でも、よかったわ。こんなに可愛い下着があって!」
「もう服着ても……?」
「いいわよ。でも、ナマエちゃん、パーカーにショーパンは似合ってるけど、スカートとか穿かないの?」
「職業柄、スカートは動きにくいからダメなんだ」
一応家にスカートはあることはあるけど、穿く機会がなかった。穿くとしたら、仕事で変装する時くらいだ。普段出先でチームの誰かに会ったら、「ナマエがスカート穿いてんのか?」って絶対からかってくるから穿きたくない。
「でも、今日はデートなんでしょ?」
「多分……でも、もう時間ないから」
「そうね。じゃあ、髪と化粧をなんとかするわね!」
「お願いします……」
私をどうにか可愛くしようという使命に燃えているふたりに気圧されて身を委ねることにした。