data al primo ep2
午後6時15分。約束の時間にちょっとだけ遅れたけどなんとかムニチピオ広場まで来れた。
集合場所の噴水の前には既にプロシュートがいて、少し離れたところから手を振れば目礼で返してくれた。
今日のプロシュートはシャドーストライプの青地のスーツに淡いブルーシャツを合わせ、パープル系のソリッドタイを付けている。
いつもピシッとスーツを着こなしてかっこいいけど、なんだかプロシュートから気合い的なものを感じてしまった。やっぱり、イザベラとラウラの言う通り、今日の私の格好はアウトだ。
プロシュートの方も私の格好を見て、眉間にシワを寄せた。
「おい、コラどういうことだ?なんでナマエはいつもの格好してんだ?」
「ご、ごめんなさい。ちょっと手続きに手間取っちゃって……着替えに戻れなかったの」
「冗談だ。だろうと思って待ち合わせを早めにしてある。とっとと着替えに行くぜ」
プロシュートはニッと笑うと、私の肩を抱いて、広場を横切るように誘導してきた。
密着するプロシュートに胸を高鳴らせながら、プロシュートの顔を見上げた。
「着替えって?ご飯食べるだけじゃあないの?」
「その飯を食うだけで、着替える必要があんだよ。パーカーはドレスコードにひっかかるぜ」
「ま、待って!食事ってその辺のトラットリアとかピッツェリアじゃあないの?」
「大事な女とのディナーでそんなところ連れて行けるかよ。そういや、髪型と化粧がいつもと違うな」
「うん。ちょっとクラブの子にやってもらったの」
プロシュートに緩く巻いた髪を触られてドキドキしながら答えた。
「綺麗だ。似合ってる」
「うぇっ!?」
初めてプロシュートに綺麗と褒められて動揺した。
「なァーにビビってんだよ?」
「だ、だって、綺麗だなんて……あのプロシュートが私に……」
1年以上片想いしていた相手から、綺麗と言われたのだ。予想もしてなかったし、流石にびっくりする。
「ナマエは元々綺麗だが、今まで口に出さなかっただけだ。これからは思ったまんま褒めるから慣れとけよ」
「本当に思ったまま褒めるの……?お世辞じゃあなくて?」
こういうことを聞くのはプロシュートは嫌いだと思うけど、不安に思って聞かずにはいられなかった。
「オレが世辞を言うように見えるか?オレがナマエを褒める言葉は全て愛の言葉だと思え」
「愛の言葉……」
お世辞を愛の言葉として受け取っても、どちらにせよ恥ずかしいことには変わりなくて、一生慣れる気がしなかった。
*
何件かブティックをまわって、プロシュートに見立ててもらい、白色のノースリーブのレースワンピースに淡い灰色のカーディガン、プロシュートのスーツと同じトーンの青色のハイヒールを買ってもらった。ハイヒールの後ろには白色のリボンが付いていてとっても可愛い。鞄は既にイザベラからブランドもののハンドバックを借りていたから買わずに済んだ。
「ナマエはパンツもいいが、スカートもよく似合うな」
「う、うん……ありがとう……」
ここに来てから褒められっぱなしで、自尊心を擽られ過ぎて疲れてきちゃった。とりあえず、素直に御礼を言うことでかわす方向ではいるけど、毎度照れ臭くてしょうがない。
食事の場所はホテルにあるレストランらしく、ロビーで暫く時間を潰して、通されたのは屋上のテラス席だった。外は既に暗くて、フロアランプや篝火に灯が灯されていて、テラス席から離れたところにはミニプールがある。
席にはワイングラスが4つも手元に置かれていることに気づいて頭がパニックになった。
「どうしよう……こういうところ初めて……私、マナー大丈夫かな?」
マナーに自信がなくて、緊張で手が震える。今まで何回か良いお店には行ったことあるつもりだったけど、グラスが4つ置かれているお店は初めてだった。ビビってるそばから、ボーイが一番左のグラスに炭酸水を注ぎに来た。ボーイがグラスに注ぎ終わった後、プロシュートが一番左のグラスを持ち上げた。
「これがゴブレットだ。大抵左から順に注がれていく」
「そうなんだ」
「グラスなんざァ、ボーイが勝手に注ぎに来るんだからナマエは気にしなくていい」
「うん……でも、プロシュートに見られながら食事するの恥ずかしい……」
「ナマエよォ、それは今更だろーが。ええ?何回オレと一緒に飯食ってんだ?」
「そ、そうだよね……」
と言っても、いつもと違う雰囲気のプロシュートを前に緊張してしまう。しかも、この後プロシュートの家に呼ばれるのか、私の家に送ってくれるついでにプロシュートが私の部屋に上がり込むのか、どっちかわからない。食事して終わりの可能性もあると思うけど、イザベラとラウラが言うには絶対そのどっちかって言ってたから覚悟しておく必要がある。
緊張を抑えるように深い呼吸をして、両手を合わせて神様に祈ってみた。全てがうまく行きますように、と。
「食前の祈りか?」
「うん……私には神さまがついてるの。だから大丈夫……」
少し前にその神様の家で殺人という罪を犯したけれど、それを許してくださることも込みで祈りが届くと助かる。
「さっきから様子がおかしいぜ?何かあったのか?」
「ううん。なんでもないよ。あ、き、来た!」
「ビビり過ぎだろ」
ボーイが食前酒としてスパークリングワインを持ってきた。どのグラスに入れるかドキドキしながら見ていた。プロシュートの言う通り、左から2番目のグラスに黄金色の液体が細かい気泡を作りながら注がれていく。
その時、ちょっとしたことが頭に思い浮かんだ。ワインを多めに飲めば、緊張がなくなるはず。これだけは間違いない。理性を失わない程度に調整して──
*
なんだか楽しい気分になっていた。心のどこかでは緊張していたけど、適度に酔ってなんとか楽しく食事を終えた。プロシュートの選んでくれたコース料理はとっても美味しかった。ワインも料理に合ったもので、美味しく飲めた。なんだか幸せな気分。体がふわふわとして軽く、もうちょっとプロシュートと飲んでもいいかなと思えた。
屋上から地上階まで移動して、プロシュートにもたれながらロビーを歩いていた。
「ずっとニコニコ笑ってどうしたんだ?」
プロシュートが私の肩を抱いてくれていた手を伸ばして、指で頬を撫でてくれた。
「えー?そう?どうしたんだろ」
言われてみれば、口元が綻んでる気がする。
「足元が覚束ねえな。危ねェからそこに座ってろ」
「うん」
言われた通りにロビーの椅子に座ってプロシュートを待っていた。プロシュートは大きな花瓶の置いてあるフロントまで行くと、受付の人と話し始めた。
なんとなしにそれを見ていて、プロシュートがフロントからカードを貰って帰ってきて、そこでハッとした。
「それ、なに……?」
「ホテルのカードキーだ」
「ホテル?カードキー?泊まるの?」
「ああ。スイートルームだ」
「スイート?な、なんで?」
せっかくお酒を飲んで自分を騙そうとしていたのに、酔いが醒めてきた。
プロシュートが私の為にスイートルームを用意してくれたことは凄く嬉しい。けど、ここまでしてくれたってことは、そういうことだ。絶対、そういうことだ。
「嫌か?」
「ううん。嬉しいけど……」
イザベラから借りた鞄をギュッと抱いて、プロシュートの視線から逃げるように体を丸めた。
「けど?」
「緊張して……」
「寝るだけだぜ?緊張なんかしてどうする」
「……な、なんだ。そうだよね。寝るだけだよね?よかった……」
俄然安心して、立ち上がった。プロシュートは紳士なところあるし、一緒のベッドに入っても何も起こらなさそう。
プロシュートと手を繋いでエレベーターに乗り、上階まで移動して真っ白な廊下を部屋番号を辿りながら歩いた。カードキーと同じ番号の書かれた部屋の中に入っても、暫く手を繋いでいた。個室に入るとまた緊張してきて、お酒も抜けてきた気がする。
「オレはシャワーを浴びてくるがナマエは?」
プロシュートが手を繋いだまま、空いた方の手を私の髪に伸ばして聞いてきた。じっと眼を合わせられ、頬にかかる髪を耳の後ろに払いのけられた。プロシュートの表情や動作一つ一つに大人の色気を感じてどぎまぎする。
「わ、私は後で浴びさせてもらうよ。この部屋凄いね!見てていい?」
「ああ。ルームサービスも好きに頼んでいいからな」
「本当?プロシュート、ありがとう!」
プロシュートの手を一度ギュッと握ってから離した。
プロシュートが私に背を向けて脱衣所に入った瞬間、鞄の中に手を突っ込んで携帯を取り出した。ちなみにトル・ベッラ・モナカで投げ捨てた携帯はプロシュートが拾ってくれていたけど、登録していた携帯番号が情報分析チームのニコロの以外全て消されていた。
急いでイザベラに電話をかければ、3コールで出てくれて今の状況を説明した。イザベラは仕事で着替えているところで、あと数分なら相談に乗ってくれるという。
「──それでどう思う?」
「寝るだけって言うのは嘘ね」
「嘘なの!?」
あのプロシュートがそんな嘘をつくとは思えなくて、衝撃を受けた。
「男は皆そう言うの。ちょっとマッサージしてやるだけとか、先っちょだけとか。でも、ナマエちゃんは一応は抱かれたいのよね?」
「うん……ずっと好きだったから抱かれたいとも思ってたけど、いざこうなると怖くて……ねえ、シャワー浴びるなら化粧は落とすべき?」
「彼の好みによるわ。彼を興奮させたいなら落とさない方がいいけど、部屋を暗くするなら落としてもいいかも」
「わかった……痛い……?」
「わたしの時は少し痛かった程度よ。彼の巧さにもよるし、女性側にもよるわ。彼は巧そう?」
「う、うん。女の人いっぱい抱いてると思うから巧いと思う……」
自分で言っておきながら悲しくなった。プロシュートは何もしなくても女の人が群がってくるくらいモテる。私の目の前で逆ナンなんていっぱい見てきたから間違いない。
「彼氏浮気症なの!?」
「あ、違うよ。モテる人だから経験豊富そうかなって……ねえ、もしうまくいかなかったら、捨てられると思う?」
今更だけど、プロシュートみたいな見た目が完璧で男らしい人が私みたいなちんちくりんに好意を寄せてくれているだけで奇跡みたいなものだ。それなのに体の方でうまくいかなかったら、飽きられてしまうんじゃあないかと不安になった。
「彼はそんな男なの?」
「違うよ。でも、不安で……」
プロシュートのことを信じたい一方で、私のどこに惹かれたのか謎な上にまだ聞いてないし、本当に愛されてるのか自信がない。
「彼氏がどんな人かわからないけど、ずっと目をかけてくれてた人なんでしょ?そんなことで飽きないわよ」
「だといいな……あ、シャワー浴びるんだけど、バスローブの下は下着着るべき?」
「そうね。彼氏から下着を外す楽しみを奪っちゃダメよ」
「それ楽しいの?」
「楽しいのよ」
そうなんだ。プロシュートがそんなことを楽しむような人には見えないけどな。
そもそも、私がプロシュートに抱いてもらえる姿も想像できない。
「本当にスルのかな?」
「120パーセントの確率でスルわよ。覚悟はいい?」
「まだできてない……」
「彼がシャワーから戻る前に覚悟をしておくといいわ。幸運を祈っとくわね」
「ありがとう。私もイザベラのステージが上手くいくように祈っとくね」
イザベラとの電話を切ると、部屋がしんとして、遠くから僅かにシャワーの音が聞こえてきた。
イザベラのステージが上手くいくことと、私の気持ちが整うまでプロシュートのシャワーが長引くように両手を握り合わせて祈った。