addio al celibato -prociutto side-



結婚、っつーものを意識するタイミングは何度もあった。休日に家のポーチで新聞のスポーツ欄を読みながらナマエとゆったり過ごしていると、向かいに住む夫婦が家の前でキスするのを見た時や、リストランテで男が女にプロポーズしているのを見た時、ナマエがエプロンを付けて一生懸命料理しているのを見た時──ふとした時にナマエの愛おしそうな熱い視線を感じる時。極め付けはナマエと外を歩いていると、決まった時間外に教会の鐘が鳴る時だ。定刻以外の鐘の音は、今まで意識外にあってまともに耳に入ってこなかったり、誰か死んだんだな、程度にしか思わなかったが、鐘の音イコール挙式、と捉え始めたのは病気だ。
ここまで重症になったのは、恐らく近所に住むのが家族だらけってのがデカいかもしれねえ。
高級住宅街といっても差し支えない郊外の、景観の洗練された通りに住むのを決めたのは、家がタダ同然で手に入ったからだった。そこに住むようになってからは殆ど寝る為だけに帰る家のつもりで贅沢な使い方をしていて、昼間にポーチや庭に出ることは殆どなく、近所のやつの顔もまともに知らなかったが、ナマエと同棲し始めてからはポーチで団欒したり、庭の手入れをし始めたりしたことにより、子供や夫婦がそこら辺で歩いているのを見る機会が増え、漸く子供のいる家族住まいが多いことを意識し、自然とナマエとの結婚のことを考えた。一度、ポーチでナマエとキスをしていると、通りの向こうでボール遊びしていた子供が手を止めてオレらを見ていて、終いには声を掛けてきてうざったかったが、ナマエは子供をうまくあやして一緒にボール遊びをし始めたこともあった。その時は結婚よりもその先の、ナマエとの子作りを考えた。瞳や髪の色はどうなるかとか、男と女どっちだとか、そもそも天使からは天使しか生まれねえからどっちにしろ可愛いだろう、とか色々考えていた。
とにかく、そんな風に家族というものを見ると、ナマエとの結婚を意識するようになった。正直同棲も結婚も変わらねえと思っているが、ナマエのウェンディングドレス姿は見てえし、子供を作るなら結婚した方が何かと都合がいいだろうし、何より心から愛する女との確かな絆が得られる。
結婚ってのは書類上の契約だが、神の前では永遠の誓約だ。まあ、神が本当にいるかはおいといての話だが、一度挙式すればその瞬間に夫婦は永遠だ。離婚したって再婚したって、神にとってふたりは夫婦であり続ける。つまり婚姻はこれ以上ねえ結び付きだと思っている。

「長いな。つまりはナマエを孕ませたいのか?」

「長ェェ。オレもタダで郊外に一軒家が欲しいぜェ〜」

「話が長ぇってよォ〜。要は自分が結婚する前にリゾットがナマエと偽装結婚すんのが嫌なんだろ?嫉妬にかられて滑り込み婚ってのは感心しねえなァ〜」

「てめーら全く話聞いてねえじゃあねーか」

ラウンジの個室で結婚を決めるに至るまでの話をすれば、メローネとギアッチョとホルマジオに見当違いな返しをされて苛立った。
きっかけは勿論、任務の為にリゾットとナマエが別人に成り済まして偽装結婚するのが決まったことだった。それは認める。ただ前から結婚を意識していたことをオレは言いたかったのだが、誰も聞いちゃあいなかった。イルーゾォは早々に接待に来た女とどっかへ消え、ペッシはソファの隅で赤い顔でミルクの入ったグラスを両手で持ち、向かいに座ってリゾットにべったりしている際どいドレス姿の女をちらちらと見ていた。
現在時刻は夜の九時頃。数時間前に他のヤツらに婚姻証明書を取りにベガスに行くことを伝えると、ゼロ次会だ、といってアジトで軽く酒盛りが始まり、一次会は独身さよならパーティと題してナマエはストリップ嬢の友人と飲みに行き、オレは接待サービスのあるこのラウンジに連れてこられた。オレらは仲良しクラブじゃあねーんだよ、と思って拒否したが、全額奢りに加えて車代も出すとか言うから来てやったのに誰も新郎を立てやしねえ。

「だったら要約しろってーの」

ホルマジオは空のウィスキー瓶をカクテルテーブルの上で傾けてクルクルと弄ぶ。

「ナマエを愛しているから結婚することにした。これでいいか?」

「惚気かよ。ケッ」

「しっかしよォォ〜、まさかプロシュートが結婚とはなァァ〜」

「ギアッチョは意外か?オレはプロシュートとナマエが同棲を始めた時点で結婚するだろうと思っていた。結婚など書類上の問題だろうが、女の方が必ず結婚したがるからな」

メローネは予想していたように言うが、相変わらず人の話を聞いてねえ。

「だから、この国での結婚は書類上の問題にとどまらねえって言ってんだよ」

「だが、挙式はベガスでやるのだろう?」

「どっちにしろ教会で挙式をする。こっちに戻ってきてもキッチリ婚姻登録するしな」

「女の為にそこまでするとは理解に苦しむ」

「だろうな」

「待てよ。ベガスって何の話だ?」

ホルマジオが急に食い気味に聞いてきて、ここに来る前からまるっきり話を聞いてねェことを知った。

「ゼロ次会から全く話聞いてねえじゃあねーか。メローネより耳が雑だな」

「ベガスってまさかカジノで有名なとこか?」

「ああ。ラスベガスだ。すぐに婚姻手続きできて挙式もできる」

「ベガスならオレも行く。ついて行っていいか?」

「来んなよ。ハネムーンも兼ねてんだぞ」

「オレの今の愛人のひとりはアメリカ人だ。お陰で日常会話程度の英語なら話せる」

「来てもいい」

オレもナマエも英語なんてもんは話せねえからホルマジオを通訳として連れるのは悪くねえ。

「よっしゃあ!リゾット、休みくれ!」

「好きにしろ」

「ホルマジオが行くならオレも行っていいだろォ〜?」

「好きにしろ」

「それならオレも行く。リゾット、いいか?」

「……ペッシも連れて全員で行くといい」

「え!オ、オレもですかい?」

「ああ。弟分なのだから当然だろう。プロシュート、問題ないか?」

「いや、問題あんのはそっちだろ。仕事はひとりで回せんのか?あの件──おい」

簡単に全員行っていい、というリゾットに仕事の方が心配になり、枢機卿暗殺の件でナマエとの偽装結婚に負い目を感じてんのかを聞こうとしたが、接待の女がいることを思い出し、ジェスチャーで出て行くように伝えた。
女はスネたように顔をしかめると、ドレスの裾を柔らかく揺らして出て行った。
そーいや、金を出せば脱ぐ店らしいがペッシや女の隣に座るリゾット以外は女の存在を無視していた。ホルマジオは「どーせならチェンジだな」とボヤいているあたり、好みじゃあなかったんだろう。メローネは女の後ろ姿だけはじっくり眺めていたが、舌舐めずりはしていない辺り、メローネも同様のようだ。それにオレも好みじゃあなかったし、ストリップ嬢と飲んでるナマエが心配で気が気じゃあねえ。美女が集まればナンパがひっきりなしにくるはずだ。早くナマエを迎えに行きてえ。

「偽装結婚のことで気は遣うなよ。休みを貰えただけで十分だ」

「気は遣っていない。こっちのことは問題ないから気にするな。イルーゾォを残すからな」

「ふたりいれば十分だな」

人選に気ィ遣いまくりじゃあねーか、とは思ったが、イルーゾォがいればターゲットにスタンド能力者がいても問題ないのは事実だ。イルーゾォは慢心の塊のような男だが実力はある。それに、イルーゾォの方も来たがらないだろうしな。
オレがナマエと結婚すると言った時のイルーゾォの面から一切の表情が消えたのを思い出す。あの時改めて、イルーゾォがナマエに抱いているのはただ抱きたいだけの淫欲ではないことがハッキリとわかった。わかったところでオレはナマエを守るだけだが、気に入らねえことには変わりねえし、鈍感なナマエがイルーゾォのそんな気持ちに気づいた時の反応を考えると、イルーゾォの野郎をブッ──まあ、とにかくイルーゾォが来ないならオレはいい。

「こっちのことは気にせずゆっくり過ごしてこい。何かあれば連絡を入れる」

「ああ。そっちも気にせず連絡してくれ。オレはそろそろ出るぜ。ナマエを迎えに行く。ペッシも来るか?」

「え、ええー、オレはいいよォ……オレがいたら、ナマエは怒るだろうし」

ペッシにこの店はまだ早過ぎだと思い、帰らせる為に声をかけたが一丁前に気を遣いやがる。ナマエと交際を始めてからペッシは遠慮しがちでオレの家の晩餐に来いといっても来ねえし、休日に声をかけても用事があるとかいって付き合いが悪くなった。

「そんなんでナマエは怒らねーよ。オレがいいっつったらいーんだよ」

「でも、オレは別にいいってよォ」

「なんだァ、ペッシ?自分の兄貴分について行かねーってのかァ〜?それならオレと女漁り行こうぜ?」

ホルマジオはペッシを無理やり立たせて個室から出て行っちまった。
仕方なくひとりで店を出てナマエに電話をして迎えに行くことを伝えた。



*



ナマエには店の中にいろと伝えておいたが、繁華街の裏通りの、ネオンの目立つ店の前でモデルみてえなスタイルの黒髪とブロンドの女にナマエが挟まれていて、オレに気付くと走り寄って来た。

「どうした?そんなに慌てて」

「ふたりが私の彼氏見たいってしつこくて!早く帰ろう!」

「ナマエの友人がどんなもんか見たくて店内まで行くって言ったんだぜ?紹介してくれねえのか?」

「やだ!恥ずかしい!」

「このオレが恥ずかしいってのか?」

「違うの!かっこよすぎて恥ずかしいの!彼氏雇ったと思われる!」

「そんな性格の悪い友人なら付き合うのやめろ」

「性格はいいよ!いいけど、恥ずかしいの!あ、見ないで!眼合わせないで!」

ナマエの友人の方を見ようとすると、ナマエは足を爪立ててオレの顔の前に両手を広げて視界を遮って来た。その必死さが可愛いらしくて、ナマエの背に左腕を回し、右手をうなじに当て唇を重ね合わせたが、すぐに顔を背けられちまった。

「なんでキスするの!」

「雇った男ならここまでしねえだろ。友人もちゃんと見てくれてたしな」

「見られてたの!?もうやだ、早く帰ろう!チャオチャオ!」

ナマエは嫌がりながらも後ろを振り返って友人に手を振ると、オレの腕を両手で掴んで早く歩くように、と引っ張ってくる。

「引っ張るなって」

「だって早くここから立ち去りたいんだもの!うっわ、やだあれ」

ナマエの視線の先を追うと、通りの向こうで落書きだらけの壁を背にした男の股間に女が背を屈めて顔を埋めて頭を前後に揺すっていた。
夜の繁華街の路地裏ならよく見る光景だが、ナマエはいつも激しく絡むカップルを見る度に文句を言っていた。

「オレたちもやるか?」

「やらない!ねえ、イザベラとラウラが明日泊まりに来てって」

「別に構わねえが、泊まって何すんだ?」

「ラウラの彼氏が逮捕されちゃって大変みたいだから寂しくないように一緒にいて話し相手になるの」

「何やったんだ?」

「詐欺罪らしいけどラウラも詳しく知らないみたい」

「詐欺罪か。執行猶予が付くといいが」

「どうなるかなあ」

ナマエは心配そうに眉を落とす。オレからしたら、面倒ごとに巻き込まれねえようにそんな友人とは縁を切って欲しいが、せっかくできた同性の友人を切れとは言えねえ。それに聞いている限りは、ストリッパーということを除いては真面目で良い子たちらしいから口を出さないでおくことにしている。ナマエを余計なことに巻き込んだその時は流石に縁を切らせるが。

「その彼氏ってのはロクでもねえやつじゃあねーのか?あんまり関わんなよ。いいか?友人に書類のサインを求められたらそれは借金の連帯保証人の書類だからな。サインすんじゃあねーぞ」

「ラウラはそんな子じゃあないよ。ねえ、皆とどこで飲んでたの?」

「ラウンジだ。接待付きで女はひとりだったな」

「接待付きかあ。女の子腕に抱いたの?」

「被害にあったのはリゾットだけだったから安心しろ──いや、この言い方はオレらがゲイみたいだな。オレはナマエ以外の女に興味ねえから安心しろ」

「ふーん?まあ、たまになら他の女の子を見たり触ったりしてもいいけどそれ以上はやめてくれたら嬉しいな。私も色々頑張るから……」

ナマエはオレの腕に自分の腕を絡み付けながらオレを見上げる。ナマエの酒気を帯びた赤い頬に、光を湛えた潤んだ瞳、それから下方に引かれた形の良い眉──こんな何かを哀願するような顔で見つめられると、どんな内容でもオレはナマエの願いを断れなくなるだろう。
ナマエの言う色々頑張る、とは女としての努力をするってことだろーが、ナマエにそんな必要はねえし、そんな風に健気に言われるとまたあの単語が欲求を持って頭を掠める。

「ナマエと結婚してえ」

「え?するんだよね?」

「するが、そう思ったから口にしただけだ」

「そうなんだあ……」

ナマエは照れたように顔を正面に戻して黙り込んだ。
路地裏から大通りに出ると、近くの教会から重てェ鐘の音が聞こえてきた。
こんな夜だってのに連想するのは挙式のことで、自分の結婚への取り憑かれ具合には呆れる。

「ベガスの教会の鐘の音もこんな感じなのかなあ」

首を傾げて呟くナマエもオレと同じような思考になっていることに気付き、余計に結婚への執着が加速するのを自覚した。


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