prima del vegas viaggio


 
アメリカへ発つ日の朝。鼻歌を歌いながら、友達のイザベラとラウラに作ってもらった持ち物リストを片手に最後の荷物確認をしていると、情報分析チームのニコロから電話がかかってきた。

「ナマエです。朝からなんですか?今日は良い報せしか聞きたくないんですけどー」

ベガス旅行とプロシュートともうすぐ結婚できる喜びからテンションの高さが抑えられず、冗談っぽく言ってみた。
──数秒。ニコロから反応がないから「ニコロ?」と聞いた。まだ反応がない。
間違えて電話を掛けられたのかと思って耳を澄ませてみると、受話器から聞こえてくるのは荒い息遣いで、他の雑音が一切聞こえてこなかった。
何かあったのかと思って暫く黙っていると、深く息を吐く音が聞こえてきた。

「……オレだ。今いい?よく聞いて欲しいんだけど……頼むから一生オレに電話をしてくるな。この電話が切れたらすぐにオレの電話番号を消してくれ。他の仲間にも同じように指示して。それから当分は組織のやつらに関わるなと伝えておいて……」

「大丈夫ですか?それってどういう……」

いつも間延びした話し方をしていたニコロが今日は危機迫るような口調になっていて、こっちまで緊張が伝わってきた。

「とにかく、組織のやつらには一切関わらないで欲しい。当然仕事をする上で無理だと思うけど、接触した時には余計な情報は一切聞くなよ。オレ以外のやつからの情報は信じるな。不確かな情報は嘘だと思え。噂とかくだらないゴシップに耳を傾けるな」

「わかりましたけど……理由は?」

「……ソリッド・ナーゾの噂は知ってるよな?」

「ボスの昔の偽名ってところまでは」

ソリッド・ナーゾはボスが幾つも持っている昔の偽名のうちの一つの名前だ。それにまつわる噂が最近組織内で再燃しているらしいけど、その理由まではわからない、とリーダーが訝しんでいたのを思い出した。

「暗殺チームのクセに情報が遅いな……ふたつき程前にカラブリアの町でドナテラ・ウナって女が死んだ。死ぬ数日前にソリッド・ナーゾを探せって遺言を残してな」

「えっと、その女性が昔ボスと因縁があったってことですか?」

「少なからずそういうことだけど、調べてみると因縁どころの話じゃあ──いや、これ以上の話はできない。その女についての情報は嗅ぎ回らないことだ。それと、ロクなことにならないからそれ以上の噂も信じるな……っと、そうだ。結婚、というかまだ婚約か。もうどっちでもいいけど、おめでと。噂は聞いてたよ。あのさ、おまえの夫最悪なヤツだけど悪いヤツじゃあないよ。お幸せに──」

「ありが──ニコロ?」

最悪だけど悪くないんだ、と思いながらも御礼を言おうとすると、言い切る前に電話が切れてしまった。
まさかニコロがボスの正体を調べようとして組織に追われているのか、と考えてしまう。だとしたら、うちのチームにニコロの殺害命令が出る可能性がある。ニコロは守銭奴なところがあるだけで悪い人とは思わない。それでもボスが命令したのなら、やるしかないけれど。

「ナマエ、誰と話していた?」

突然声を掛けられて肩が飛び上がってしまった。
声が聞こえていたのか、プロシュートが部屋に様子を見に来てくれたみたいだった。

「ニコロから電話が来たの。なんか様子が変だった……」

「あいつはいつもそんな感じだろ」

「ううん。それが焦ってるみたいで、当分は組織の人間に関わるなって。自分には一生電話してくるなって」

「キナ臭ェな……警告めいてたか?」

「うん。そんな感じ……ボスの偽名について調べるなとか……心配だからリーダーに伝えておく」

カラブリアで亡くなった女性の話をプロシュートに伝えるか一瞬悩んだけど、やっぱりやめておくことにした。ニコロの物言いだと、亡くなった女性とボスの間に因縁どころじゃない話があるみたいだけど、これから私はプロシュートと結婚するのだから、余計な情報を話して取り止めにしたくない。黙っておくのは後ろめたいけれど、情報を探すなら帰国した後皆で探せばいい。

「それがいい。ったく、ここを発つ前に組織絡みの不安要素が出てくるなんてな」

「やっぱり、やめる……?」

「もう決めたことだ。航空券も買っちまったしホテルも押さえたしな。嫌な予感はするが、このままベガスに行っちまった方がいい気がする」

「どうして?」

「ニコロが関わるなっていうなら、その通りにした方がいい。あいつが絡みのあるホルマジオやオレではなくナマエに電話したのもあいつなりにナマエを庇いたかったからだと推測できる。つまり、本当に今は組織のやつらに関わらない方がいいってことだ。逝っちまったニコロの為にもオレたちはベガスへ行く」

「ニコロは死んだって決まってないよ!私はお留守番のふたりのことも心配かな……あ、イルーゾォなんか別にどうでもいいけど」

プロシュートが顔をしかめて不機嫌オーラを出すので慌てて訂正した。
今回ベガスに婚姻と新婚旅行目的に行くのだけれど、仲間がお祝いついでに遊びたいというから、リーダーとイルーゾォだけ仕事の為に残って、他の皆はベガスまで付いてきてくれるらしい。お酒とドラッグでやんちゃしないか心配だけど、皆が一緒の方が楽しいから来てくれる方がいいし、何より挙式に列席してくれるのは本当に嬉しい。

「それなら早くリゾットに連絡入れとけ」

「うん。それと、直接会いたいかな。空港行く前にアジトに寄って行っていい?」

リーダーには電話だけでなく、直接会って警告しておきたかった。勿論、ドナテラ・ウナのことは話せない。もし話したら、私と他の仲間がいない間にリーダーとイルーゾォがその女性のことを探してボスに殺されちゃったら私は一生自分を許せないと思うから。

「ああ。それより準備はできたのか?」

「あとちょっとかな。あ、一応皆の分の胃痛薬買っておこっか。多分皆飲み過ぎるだろうから。あと、酔い止めも」

「オメーはあいつらの親か?自分のことだけ考えろ」

「やだ。買う。せっかく楽しい旅行で皆が潰れちゃったら可哀想」

「ナマエは優しいな。流石オレの天使だ」

「ありがとう。褒めて丸め込もうとしても、私は買うけど」

「本心を言ったまでだ。好きにしていい」

プロシュートは肩を軽く竦めると部屋から出て行った。プロシュートは昨日のうちに殆ど荷造りが終わっていて確認も念入りに終わらせているから暇らしく、今は家の戸締り確認であちこち動いているみたいだった。
私はニコロから連絡を受けて持ったままの携帯でリーダーに電話を掛けた。



*



空港に行く前。特に用がないから、とタクシーから降りようとしないプロシュートを置いてアジトにいるリーダーに会いに行くと、なんとご祝儀をもらってしまった。既に同棲しているから物より金がいいだろうってことらしい。

「リーダー、ありがとう……!これでお土産いっぱい買ってくる……!」

「いらん。それは挙式代や旅費に使うといい」

「本当にありがとう!あ、ニコロの話だけど、イルーゾォも聞いて」

つまらなさそうにソファの肘掛けに頬杖を付いて座るイルーゾォにも声を掛けた。

「ニコロの遺言の話か?」

「イルーゾォまでニコロを勝手に殺さないで。あのね、直接電話を受け取ったからわかるんだけど、ニコロは多分何かに巻き込まれてて、その危うい中でわざわざ連絡してきた……だから、寄越される噂は絶対信じるな、ってニコロの話は信じて欲しいんだけど大丈夫?」

「……噂の内容による。まさか、その確認の為に来たのか?」

「本当にニコロの言う通りにして欲しくて……それに旅立つ前に会いたくて」

ここを出たら帰ってくるのはだいぶ先だ。予測のしづらい、不定期に仕事が舞い込む特殊職だというのにこんなに長い休みを貰う申し訳なさと、組織内の不穏な空気を感じ取ってふたりが心配になって顔を見たかった。

「そうか。楽しんで来い」

「なんか縁起悪ぃーな。今のところ組織内で妙な動きはないみてぇだし、こっちのことは気にせずさっさと行ってこいよ。土産はセクシーカレンダーでいい」

「前向きに検討しとくね」

イルーゾォが珍しく気の利くことを言ったと思って見直したら、お土産の話で台無しになった。セクシーカレンダーは多分ビキニを着た女性のカレンダーのことだと思うけど、万が一アジトに飾られたら嫌だから、褐色の男の人が際どい水着を着たカレンダーを代わりに買おう。

「じゃあ、行ってくるね。チャオチャオ!」

ふたりに手を振ってアジトを出てタクシーに戻った。後部座席でベガスの地図を見ながら待ってくれていたプロシュートは、私の顔を点検するようにジッと見つめてきて居心地が悪い。

「なにか言われたか?」

「別になにも。なんで?」

「不安げな顔をしている」

プロシュートに指摘され、ニコロの寄越してきた情報が気になっているのが顔に出ていることに気がついた。

「そんなことないよ……」

「何か気になることがあるならオレに言え。言いたくないなら強制はしねえが、ニコロのことを考えてるなら、あいつが死んでもオレたちの目的に変わりはねえと言っておく」

オレたちの目的──それが結婚のことなのか、復讐のことなのか私にはわからなかったけど、どちらにせよプロシュートにさえドナテラ・ウナのことは話せない。

「ニコロのことは忘れるから気にしないで」

「それならもっと楽しそうな顔をしろ。今朝までうきうきだったじゃあねえか」

確かにニコロから連絡を受けるまで鼻歌を歌いながらベガス旅行のことを考えていた。挙式ではどんなデザインのドレスを着ようかとか、プロシュートのタキシード姿は絶対かっこいいんだろうなとか、皆で写真をいっぱい撮りたいなとか。
またその時のわくわく感を思い出して、笑顔を作ってプロシュートの肩に寄り掛かった。

「ニコロのこと忘れて楽しむ」

「それがいい。あいつならしぶとく生きてるだろうし、忘れちまえ」

「うん」

瞳を閉じて、ミラバッシの『Hasta siempre』の鼻歌を歌いながら頭からニコロや例の女性の名前を締め出し、ベガス旅行で何をしようか考えたけど、私の鼻歌に合わせてタクシーの運ちゃんが勝手に合いの手を入れだし、それから突然ネアポリスの民謡『アメリカかぶれ』を歌い出したせいでせっかく盛り上げた気分が台無しになった。



*



空港までの道のりでペッシを拾って、出発の2時間前には空港に着いたから頭痛薬とかその他色々皆の分の薬を買っておいた。
他の仲間も同じ便に乗るらしく、先に出国審査を済ませて搭乗口の近くで待っていると、搭乗締め切りの20分前になって漸くメローネがひとりで来た。メローネは出入国審査の為か、流石に片眼を覆うマスクはしていなくて、代わりに青磁色の瞳によく映える黒縁眼鏡をして、白Tにダメージジーンズを身につけていた。ラフな格好だけど、今日は金髪にピンク色のメッシュを少し入れているみたいで大都市で働いているクリエイターみたいないでたちになっている。

「メローネ、他のふたりはどうしたの?」

「ギアッチョとホルマジオが別室に連れていかれた。おまえたちより早く着いたのだが、搭乗に間に合うかはわからないな」

「入国審査には引っかかると思っていたが、出国でも止められんのかよ」

プロシュートが呆れたように言った。
私もプロシュートの所感に同意で、入国はホルジオの柄の悪さで運び屋を疑われて難しいと思っていたけど、出国審査でホルマジオとギアッチョまで止められるとは、もうどうしようもない。
搭乗締め切り残り5分となったところで、漸くホルマジオとギアッチョが来た。

「ふたりとも、大丈夫?」

「まあな。こいつが暴れようとするのを必死に止めたオレに感謝しろよな」

「ギアッチョ、暴れようとしたの?」

「審査官ってのは腹立つだろォ〜?あいつらオレを売人扱いしやがって〜ッ!思い出しただけで──」

「暴れるならベガスに着いてからにしろ。時間がねえ。行くぞ」

プロシュートについて行き、搭乗前のゲートに並んでパスポートと搭乗券を用意した。いよいよベガスに行ってプロシュートと婚姻するんだという期待と、リーダーとイルーゾォを残していく不安で胸がいっぱいになる。それに私がニコロから聞いたドナテラ・ウナの話を黙っていたと皆が知ったら、皆は私を嫌いになるかもしれないと思うと気持ちが沈んだ。

「ナマエ、先に行け」

プロシュートに促されてプロシュートの前に行き、受付のお姉さんにパスポートを手渡して顔写真の確認を受けていると、携帯が鳴った。お姉さんから渡航券とパスポートを返されてから搭乗口を目指して歩きながらポケットに手を突っ込んでみると、イザベラからだった。

「誰からだ?」

後から追いついたプロシュートに聞かれた。

「イザベラだけど、何の用だろう」

「仲間以外の電話なら今切っとけ。機内は使用禁止だ」

「うん……でも、何かあったのかも。ラウラの彼氏のこととか」

「詐欺野郎か。それは気になるだろうが、ベガスに着いてからでもいいだろ」

確かにこれからベガスへ行ってしまう私が何かできるわけでもないのだから聞く必要はないけれど、また電話するね、くらいは言ってもいいと思う。
迷った末に──


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