vegas vaggio ep1
私はイザベラからの電話に出ないことにして携帯の電源を切った。
搭乗ゲートから機内へ乗り込み、プロシュートの隣の座席に着いても、離陸の怖さとかイザベラからの電話が気になって落ち着かないでいると、これでも舐めとけ、とプロシュートに飴玉を渡された。
口内で飴玉を転がしながら、ヘッドフォンで音楽を聴いてベガスのガイドブックを見ているうちに離陸と電話のことは幾らか忘れられて、あっという間に乗り継ぎのパリスの国際空港に着いた。待ち時間の間に念の為に一度イザベラに電話をすると繋がらなかった。電波の悪いところにいるか電源が落ちてしまったのかもしれない。一応リーダーにも電話してみた。
「何か変わったことなかった?」
「特にはないが……強いて言うならネアポリスの銀行で強盗が人質を取って立てこもりをしているらしい」
「銀行強盗?テレビで見てるの?」
「ああ。生放送でどのチャンネルもそれ一色だ。チャンピオンズリーグ前の振り返り試合も放送中止になっている」
「あ、そうだ。3日と4日のチャンピオンズリーグの予約できる……?」
実は贔屓のチームが二次リーグのグループ最下位で敗退したのだけれど、準々決勝の他のチーム同士の試合は実際に映像で観たいし、結果が凄く気になっている。というのも実は仲間内でトトカルチョ(サッカー賭博)をしていて、プロシュートは自分の贔屓チームではないクセにミュンヘンに賭けて、ペッシもそれに乗り、他の仲間はマドリードやバレンシアに賭けていて、見事その三チームが準々決勝まで勝ち上がっているのだ。一応宿泊予定のホテルにスポーツバーがあるらしいからそこで観られるかもしれないけど、信じられないことにアメリカではサッカー人気がそれ程ないらしいから期待はできない。
「準々決勝の試合だな?任せておけ」
「リーダー、ありがとう!じゃあ、何かあったら連絡よろしくね!」
「ああ」
電話を切って空港内のカフェに向かった。既に皆が店の窓際にいて、私は空いているプロシュートの隣の席に座った。
「携帯ばかり気にして新婦らしくねーな」
電話を気にしていることがバレていたのか、向かいに座るホルマジオに注意されてしまった。
「お店の子からの電話だから、オーナーの勤めだよ。それに電話繋がらなかったから、今度は時間を空けてベガスの空港に着いてから電話するから携帯はもう使わないよ」
本当は友達として心配しているのだけれど、批判されている気がして言い返した。
「へいへい。ほら、おめーに頼まれたココアだ」
「ありがとう」
電話している間に代わりに買うように頼んだココアをホルマジオが指さした。
「買ったのはオレだ。ナマエ、そんなクリームだらけの飲んで機内で吐くなよ」
隣に座るプロシュートに注意された。確かにココアの上には、というかココアが見えない程クリームが堆く乗っているけど、待ち時間があと二時間もあるしそんなに胃は繊細じゃないから問題なさそう。
「大丈夫。というか皆フランス語わかるの?注文大丈夫だった?」
「スペルは母国語と似ているからなんとなくわかったな」
メローネがまともに会話に入ってきたけど、視線はバリスタの女性の身体を追っていた。
「そういや、メニュー表の上の方に最低なメニューが書いてあって吐き気がしたな」
プロシュートがレジカウンターの上の方を振り返った。ここからだと字が小さくてなんのメニューのことを言っているのかわからない。
「あれはあり得ねェよなァ〜。この店出ようかと思ったぜェェ」
「だな。あんな犬の小便みてえなコーヒーをメニューに書くなんて信じらんねーぜ」
プロシュートだけでなく、ギアッチョにホルマジオまで批判するなんて一体どんなメニューなのか凄く気になった。
「オレは別に好きだけどなァ……母国にも置いてる店あるし……」
「はァッ!?おまえは一体何人なんだァ〜?」
「ペッシぃ、だからおめーはマンモーニなんだぜ?」
ペッシがぼそりと言うと全員からあり得ない、とでも言うような鋭い眼を向けられた。ますますどんなメニューなのか気になる。
「ひっ。だ、だって、アメリカンコーヒーって胃にあんまりこないからエスプレッソよりはずっと飲みやすいんだよォ!」
「えっ。ペッシ、アメリカンコーヒーなんか飲んでるの?」
カフェラテばっかり飲んでる流石の私もアメリカンコーヒーの不味さはよく聞いていたから驚いた。
「だってよォ……」
「イタリア男ならエスプレッソくらい飲めねえとアメリカのブロンド美女を口説けねぇぜェ〜?」
ホルマジオがペッシの肩に腕を回してダル絡みし始めた。昔からそうだけど、最近は特にホルマジオがペッシをイジるところをよく見るようになった気がする。
「オレは別に……」
「いいか?オレらはイタリア人ってだけでアメリカ女にモテる優位性があんだ。ほらよ、ベガスの三大カジノの名前は全部イタリア由来だろ?アメリカ人はイタリアが大好きだ。それでエスプレッソが飲めれば、アメリカ女は犬の小便なんか飲んでるアメリカ男なんか捨ててこっちに寄ってくるってわけだ。それにアメリカには色んな人種の女がいる。イタリアに来れない美女をアメリカで調達するのもいい。よし、エスプレッソ注文してくっから待ってろ!」
ホルマジオがペッシの肩を叩くとレジカウンターに行ってしまったけど、女性の店員にしつこく話しかけまくった挙句にペーパーナプキンに何かを書いて女性に渡していた。多分、電話番号書いてナンパしている。
「イタリア人ってアメリカ人にモテるの?」
ただでさえモテるプロシュートがアメリカの美女からアプローチを受けたら嫌だな、と思って聞いてみた。
「さあな。ホルマジオは適当なことを言うからな」
「フンッ。プロシュートは国籍関係なくモテるだろうよォォ。オレらはナイトクラブで遊ぶ為にカジノに命を賭けるぜ。なあ、メローネェ?」
「命は賭けないが、金は作ってきた」
メローネがどこで作ってきたかは聞かないけど、皆ギャングなだけあってそれなりに危ない手法でお金を作ることがあるらしい。誰とは言わないけど、たまにカモを見つけて保険金を解約させてお金を強奪したり、投資話を持ちかけてお金を騙し取ったりとか手口は色々で、それなりに儲けているらしい。
「そういえば、ホテルは?」
私とプロシュートは事前にホテルを取ってあるから問題ないけれど、皆がどこに泊まるのか気になった。ペッシは自分で予約するといっていて、少ないお給料で旅行費をどこから捻り出してきたかも不明だけど、泣きついてこなかったあたり、ベガスの中心から離れた安いホテルにでも泊まるのだと思っている。
「予約はしてねェーよ。カジノで儲けた金で泊まんだよ。満室でも当日キャンセルは幾らでも出るだろォ〜?それにクラブでナンパした女の部屋ってのもありだ」
ギアッチョはビッチだの、ふしだら女だの、よく女の人の悪口を言っているからクラブにいる女性と遊ぼうとしているのは意外に思えた。やっぱり、皆ハメを外したいのかな。
「それもありだが、最悪1泊3万リラのホテルがあるからそこに泊まる」
「メローネは夢がねェーな。オレはぜってェ、MGMホテルに泊まってボクシング賭博するぜェェ〜」
「……頑張って」
プロシュートと私はそのMGMホテルよりも格付けが上のホテルに泊まるとは言えないから黙っておいた。今回の旅費はデートで行った競馬のG1レースで、プロシュートが買ってくれた私の誕生日馬券が高配当になったお陰で少し余裕があったから、ハネムーンということで奮発したのだ。初日はホテルのカジノで遊んで翌日は挙式とベガス観光、そのあとは臨機応変に楽しむ予定だ。
「なんの話だ?」
漸く戻って来たホルマジオが聞いてきた。見る限り両手が空いているので、確実にエスプレッソのことを忘れている。
「ホテルの話だ。オレらはベッラージョに泊まるから、オメーらはせいぜい神頼みして稼いでろ。ペッシにはオレらの部屋のソファを貸してやってもいい」
「はァァ〜?ベッラージョだとォォ〜?」
プロシュートが泊まるホテルの名前をばらしちゃった所為で案の定ギアッチョがキレてるけど、そんなことよりプロシュートの弟分への好意に口を出さずにはいられなかった。
「ペッシィ!あんたはギアッチョたちと同じやっすいホテルに泊ってなさい!」
「オ、オレだってふたりの邪魔したくねーよ!だからギアッチョたちと同じやっすいホテルにするよ!」
「なんだ。それならいいよ」
「やっすいやっすい言ってんじゃあねーぜェェ〜ッ!オレらはぜってェ1億リラ以上稼いでおめーらより上階のいい部屋に泊まってやる!メローネにホルマジオォ、オレが賭けるところにベットしやがれよ!」
「いや、オレは堅実にいくからおまえには賭けない」
「オレはベガスのゴージャスな女目的だからな。女の部屋に泊まる」
「言ったな!オレに賭けなかったこと後悔しやがれッ!」
ギアッチョは挑戦的に言うけれど、カジノのディーラーにキレて出禁になるところしか想像できなかった。
*
カフェで皆と馬鹿話したり、ホルマジオの英語講座が始まって現地で使える英語を教えてもらいながら時間を潰し、それからパリスからロスの国際空港を乗り継いで漸くベガスに着くと、真っ先にリーダーに着いたことを報告して近況を聞いた。特に何もないらしい。とりあえずは安心して、皆はどこのホテルカジノに行くのか聞くと、皆プロシュートと私の部屋に荷物を置きたいと言って面倒なことになった。
明日の挙式に列席してくれるみたいだし、一応祝ってくれる気持ちがあるのは伝わっているから仕方なく了承して、タクシーでホテルに向かった。
空はまだ明るく、母国の時間で13時に出たのにこっちの時間も13時だった。ベガスは母国より9時間程遅れているらしい。ストリップというベガスの大通りをタクシーで走ってもらい、密集する規格外な大きさで意匠の凝った建物をタクシーの窓から見ながら圧倒されていた。建物も凄いけど、通りを歩く人の多さも凄かった。流石年間4千万人近くの人が観光で訪れるだけはある。
これから泊まろうとするホテルの大きさやその目の前に位置する湖の広さにも驚いた。
わくわくしながらホテルに着くと中も人が多く、よく磨かれた大理石や高い天井のデザインなどの洗練された内装を堪能する余裕もなく、人混みを縫いながらフロントにたどり着いてチェックインを済ませて部屋に着いた。ベルボーイに多額のチップを渡したお陰で皆の分の荷物も特別に部屋に入れて貰えた。
部屋は事前にインターネットで見てた通り、赤を基調とした高級感溢れる内装で、家具一つとっても洗練されたデザインにはため息が出るほどうっとりさせられる。ベッドルームとリビングルームは別れていて、ミニバーまである。
「てめーら、こんなに良い部屋取ったのかよォォ〜!クソっ!コネクトしてやる!」
ギアッチョのいうコネクトとは多分コネクティングルームを使ってこっちの部屋と行き来する、という意味だ。この部屋の隣がこことツインルーム設計の為か、行き来できる扉が用意されているのだ。
「隣の部屋空いてなかったら無理だと思うけど、遊びに来たらいいよ。あ、噴水ショー見れるんだ!」
大きな窓からはベッラージョホテルの特徴である大きな噴水が見えて、窓に駆け寄った。ちょうど噴水ショーをやっているみたいで、ターコイズブルーの水面から噴水が白いしぶきを上げて踊るように形を変えていく。きっと夜はイルミネーションでキラキラと光って素敵なんだろうと考えると胸が弾む。
「本当だァ。すげーや!」
ペッシも興味津々で私の隣に来て窓に手を付いたところでハッとした。ふたりして子供みたいに窓に手を付いているのが恥ずかしくなって噴水ショーは見るのをやめて、ひとまず荷物を解きながら着替えることにした。
プロシュートとベッドルームに移動して、スーツケースに詰め込んだ私服をクローゼットに仕舞おうとリビングルームに戻ると皆スーツに着替え始めていて、メローネはパンツ一丁でシャツを羽織ろうとしているところだった。ベッドルームとリビングルームの間に扉はないけど、半分以上は壁で仕切られていたから気付かなかった。
「着替えるなら言ってよ!」
「オレも今から脱ぐから見てていいぜェー!」
「見ないから!」
揶揄ってくるホルマジオに言い返して慌ててベッドルームに戻ったら、今度はプロシュートが着替えているところだった。元からカジュアルスーツだったけど、無地のフォーマルなダークスーツに着替えるらしい。
「何顔赤くさせてんだよ?あいつらの裸なんて赤ん坊の裸と一緒だろ?」
「そんな可愛いものじゃあないし、メローネが下まで脱いでたの!」
「そりゃあ、眼に毒だな。オレの着替えでも見ていろ」
「それもいいけど、私も着替えるから入口見張っててもらえる?」
「ああ。監視しながら着替える」
ベッドルームの出入口の辺りにプロシュートにいてもらい、服を脱いでパーティドレスに着替え、靴はヒールのあるパーティシューズに履き替えた。
パーティドレスはオフショルダーで背中が大胆に開いているけどバックリボンを結んで隠す形になっている。露出は多く、かつ下品に見えないように色は黒で、裾はフィッシュテールのものを選んだからお尻が見えにくい分動きやすい。
「プロシュート、背中結んで」
「ああ。綺麗だな」
「くすぐったい!」
プロシュートに背中を向けると露出しているところへキスをされて、空気にさらされた肌に走る温かな温度に身が捩れた。
「動くな。結べねェだろ」
「だって急にキスするから……!」
ぞわぞわする感覚をなんとか落ち着かせて、プロシュートに背中のリボンを結んで貰った後は髪を整えて化粧を直しながらいつもより濃くしていった。
プロシュートのネクタイと同じ紺色のショルダーバックを持って鏡の前で色合いを確認した。黒に紺は難しい組み合わせだけど、プロシュートが紺の中でも黒に合うトーンとデザインを選んでくれたお陰で違和感はない。
リビングルームに行くと、ホルマジオに口笛を吹かれた。
「口説きたくなるな。酒奢ってやるぜ?」
「茶化さないでよ。お酒は無料なんでしょ?」
「だが、チップで金はかかるぜ?」
「1ドルから3ドルだっけ?メローネ、私の顔はここだから」
ジッと私の胸ばかり見てくるメローネの顔の前で指を鳴らして視線を顔へ誘導した。こっちが少しでも胸を出すと男の人はすぐ見てくるけど、それは一瞬のことだけで、こんなに長く見てくるのはメローネくらいだ。いや、イルーゾォも前に私の胸に顔があるかのように話しかけてきたことがあったっけ。
ペッシを見れば、ウィングカラーシャツに蝶ネクタイをしていて、似合っているといえば似合っているけど、余計に子供っぽさが増している。それに太い首──多分首っぽいところのせいで蝶ネクタイがキツそうだ。
「ペッシ、蝶ネクタイ曲がってるし、長さ足りてる……?」
ペッシの蝶ネクタイの紐を調整してあげようとすれば、後ろに下がられた。
「なんで逃げるの?」
「オ、オレはいいんだってよォー!それより、ギアッチョもネクタイ曲がってるよォー!」
「オレの曲がってるかァ?」
「というか、雑……結び直した方がいいよ。ほら貸して」
ギアッチョのネクタイの結び目が見ていられない程酷すぎたから解いて一から結び直してあげることにした。
「ここをこうして──」
「おい、やめやがれ!こんくれェひとりでもできんだよッ!ナメてんのか、オレをッ!?」
「なんで?教えてあげるから覚えてよ。本当にさっきの酷かったよ?立派なイタリアーノがネクタイ結べないのは駄目だよ」
「確かにナマエのいう通りだが、やめとけって。オレがギアッチョに教えてやるからよ」
ホルマジオがやるというから、ギアッチョが嫌がっていることも考えて、ギアッチョのネクタイを結ぶのをやめた。
「それなら、オレにやってくれ」
「メローネ、自分で解いたの……?というか、私の顔はここだから!」
また視線が下になっているメローネの前で指を鳴らした。
「オレが結んでやる」
「それなら自分でやる」
プロシュートの申し出にメローネが自分でネクタイを結び始めた。
「ベッラ、こいつらは放っておいて行くぞ」
「うん」
プロシュートが出した腕に抱きついて廊下に出ると、皆も置いていかれないように付いてきた。29階以上の部屋はルームキーがないとエレベーターを乗り降りできないから一緒に行動するしかないのだ。
カジノのあるフロアに下りてカジノエリアに入ると予想通り年齢確認されたけど、プロシュートが、服装倒錯者用のブティックを隠蓑にしているID偽造屋さんでパスポートを作ってくれていたお陰でペッシも年齢制限に引っかからずに入ることができた。
まずはスロットで遊ぼうと思っていたら、プロシュートに捕まってテーブルゲームのエリアに行くぞ、と言われた。
「テーブルゲーム以外は勝率に期待できねえ。とりあえずはブラックジャックだ。勿論ルールはわかるだろ?」
「うん。流石にわかるけど」
フィウミチーノで裏カジノの監視をしていた時は移動式だったから移動が簡易なテーブルゲームだけを専門に稼いでいた。ディーラーになったことはないけど、ディーラーの練習はしていて、ディーラーとお客さん両方の不審な動きを見抜くための勉強もしていた。
「けど?」
「スロットでちまちま遊ぼうかなって」
賭け事なんて所詮運に左右されるから遊びでやるのが一番楽しめる。だから1ゲーム5セントの台でゆっくり遊ぼうと思っていた。
「スロットなんか金を捨てるゲームだろ。それでいいなら構わないが──あいつ、勝つ気あんのか?」
プロシュートの視線の先を見ると、景品のスポーツカーが上に乗ったスロットエリアの端の席にギアッチョが座っていて、必死にレバーを叩いていた。
「車に釣られたんだね……ギアッチョの分も稼いであげよう?」
「いや、いい。あのレバーの叩き方だ。そのうち黒服に捕まって追い出される。知らない振りだ」
「うん」
とりあえずプロシュートの言う通りに知らない振りをしてブラックジャックのテーブルに向かうと、また身分提示を求められて面倒だったけど、今回はプロシュートまで年齢確認を求められて笑ってしまった。
「プロシュートが21歳未満に見えるのかな?」
ディーラーに年齢確認の為にパスポートを見せるプロシュートが可愛くて仕方がない。
「30歳以下は疑えってやつだろ?にしても毎回これをやられたら萎えるな」
「私はプロシュートが遊戯台を替えるごとに年齢確認を求められるか毎回賭けようっと」
「オレはナマエがパスポートの偽造を疑われるに10ドル賭ける」
「それ当たったら冗談じゃあ済まされないんだけど」
「ナマエがパスポートを剥奪されて豚箱にブチ込まれてもオレが絶対助けてやるから安心しろ。そういう約束だろ?」
プロシュートが私を見つめながら指先で私の髪を掬い、毛先までスルスルと滑らせていく。こういう自然な動作でも一々かっこよくやってくれて胸がときめいて仕方ないのに、今日の無地のダークスーツ姿のプロシュートは一段とかっこよくてずっと見ていたい。
「口は閉じとけ。可愛いイタリアーナがいるって狙われるぜ?」
耳の近くで囁かれ、そのまま顔の輪郭の部分に口付けされた。
ハッとして緩んだ唇をしっかり引き結んで、締まった顔を心掛けた。
ちょうどその時、隣の席にホルマジオが来た。
「オレもやるぜ。ブラックジャックはチーム戦だ。そして、オレらは魔法の言葉で守られている。これはそれぞれが担当カードをカウンティングすれば勝てるぜ!」
ホルマジオの言う魔法の言葉は母国語のことで、カウンティングは場に見えるカードを暗記して次にどんなカードが出やすいか計算することだけど、生憎私にはそんな芸当はできない。
「いや、ディーラーはどうみてもメキシコ系だ。数字系は特にスペイン語と似てるからできねえよ。カウンティングは個人でやれ。今言ってることだってバレてるぜ、おそらくな」
プロシュートの言う通り、スペイン語は母国語と似ていて、特に数字は紛らわしいくらいだ。
ちらりとディーラーの男性を見ると、愛想良く笑っている。
「"Do you speak spanish?"」
ホルマジオが割と流暢な英語でディーラーに聞いた。
ディーラーはホルマジオの問いに随分と長く答えて、カードを配り始めてしまった。
「もう始まるの?緊張してきた……」
「大丈夫だ。こいつオレらが話してんのポルトガル語と勘違いしてやがる。両親がメキシコ系なだけで英語しか話せねえって。プロシュート、赤と黒の2から10まではおめーが暗記しろ!ナマエは絵柄だけな!」
「オレの負担デカすぎだろ。ひとりでやってろ。"Hit"」
プロシュートがディーラーに促されて賭け金のチップを置きながら、もう一枚カードを引くことを選ぶことをディーラーに伝えた。
プロシュートの場にはキングと2が出ていて、"Hit"で引いたカードは9だった。キングは10と数えるから全部を足すとちょうど21(ブラックジャック)で幸先がいい。
それから何十ゲームかブラックジャックで遊んだ。プロシュートからカードをもう一度引くべきだとか、逆に引かずにディーラーにバーストさせるべきだとかアドバイスされてそこそこ勝っていた。プロシュートはブラックジャックがチーム戦であることを理解してちゃんと同じ卓に着くホルマジオや端に座る他のお客さんが勝てるようにうまく調整し、とにかくディーラーがあまり勝てないように場を回していった。着実に増えていくチップに気持ちよくなって、さっきカクテルウェイトレスの女性から買ったカクテルが美味しく感じる。
一旦勝ち分を持って私とプロシュートはテーブルを離れたけど、ホルマジオは「ツキが逃げる」と、そのままテーブルに残った。
「プロシュート、カジノで働いてた私よりセンスある」
「逆になんでそんなにセンスがねーんだ?カウンティングとまではいかねえが、見えてるカードの何枚かくらい暗記しておけよ」
「そりゃあ、数枚は覚えてなんとなくで計算するけど……まあ、いいや。500ドル勝って気持ちいいからブラックジャックはもうやめよう?次はルーレットしたいかなあ」
スロットはいつでも簡単に出来るし、遊べるお金が手元に出来たから失ってもいいお金としてレートの高い遊びをしたくなった。
「ルーレットか。勝率の悪い賭けは嫌いだが……仮に赤か黒の色賭けしてその50パーセントを連続で当てる確率は知ってるか?」
「0.5の2乗で25パーセントでしょ?それで3回連続は12.5パーセント。これでもカジノで監視員やってたからね」
「流石だな。まあ、どんなに低い確率でも起こるもんは起こることを考えれば、確率ってのは結局0か100みたいなところはあるが……しかし、監視員としてイカサマ野郎をしょっ引くナマエか。可愛いじゃあねーか」
「そんなに可愛いもんじゃあないけど、いいや。美化しといて」
仕事とはいえ、イカサマ野郎を捕まえて汚い言葉を吐きながら痛めつけていた時の私は可愛いとは程遠いものだった。
プロシュートの頭の中で私がかなり美化されてるのは知ってたけど、それはそれで助かるから余計なことは言わないでおくことにしよう。可愛いらしくぺちぺちとイカサマ野郎の頬を叩いてるところを想像してくれてたら嬉しい。
「じゃあ、元監視員の私は確率を理解しているということでルーレットいかない?」
「スロットよりはずっとマシだからな。いいぜ」
「まずは100ドル賭けて2倍にして、ギアッチョが1日泊まれるようにする」
「好きにしろ。オレは見ている」
「うん。お酒でも飲んでて」
プロシュートに腰を抱かれてルーレットのテーブルに移動して、何も考えずに赤ばかりにベットした。こういうのは適当だ。今日は赤の気分だから赤狙い。いくら偏りがあっても、連続で赤が来る確率が下がっていっても、どうせ毎回2分の1だから次に黒を賭けようか赤を賭けようが一緒に思えてきたのだ。ただベットする金額だけは流れを考えて多めにしたり少なめにしたりして調整した。黒がいつ来るかなんてわからないから考えるだけ無駄なのだ。プロシュートも言ってたけど、確率なんて結局0か100なんだ。成功したら100。失敗すれば──
*
「……もうやめる」
何回か勝って一時800ドルまでチップが増えたけど、結局ブラックジャックで勝った500ドルがなくなってしまった。やっぱり、ルーレットなんかやらなきゃよかったと後悔した。
「そんな顔すんな。さっきオレが勝った分を使えばいい」
「ううん。いらない……スロットでせこせこ貯める……」
「スロットで勝つのは難しい。ブラックジャックは楽しかっただろ?またやるか?」
確かにさっきは楽しかった。でもルーレットで負けたからか、ブラックジャックでも引き際を間違えて無理な賭けに乗って負けてしまいそうな予感がした。
「ううん。やらない」
「気分転換に遊びに行くか?」
「行く!」
遊びに誘われ、俄然プロシュートとドレスアップした姿で出かけるのが楽しみになった。
わくわくしながらカジノエリアを出て、ホテル内に入っているハイブランドのお店で服を見たり、観光名所でもある内庭に行ってゆっくりと花や草木を見て回った。
その後ペッシも呼んであげてホテル内のカフェでパンケーキを食べてゆったりと過ごした。ペッシはさっきまで1ゲーム5セントのスロットをやっていて一進一退らしい。
「ペッシぃ、そんなんじゃあ、ここのホテルには泊まれねェぞ。夜はオレらの部屋を使っていいからもっとまともなレートのもんをやれ」
「で、でもナマエが……」
「別にいいよ。邪魔になりそうな時以外は部屋にいても許す。こんなところで外に放りだしたら、生きていられるかわからないし」
宿がないせいでペッシがカジノを楽しめなかったら可哀想だからここは大人になって許してあげることにした。
「怖いこと言うなよォ……」
「あ、電話だ」
ショルダーバッグの中から微かに音が聞こえてきて携帯を取り出すと、リーダーからだった。リーダーからということは何かあったということだ。
急いで電話に出ながらカフェを出た。
「リーダー?」
「ナマエ、今大丈夫か?」
「大丈夫。どうしたの?」
「こっちで動きがあったから報告しておく。ニコロと闇医者が死んだ」
「えっ……?」
一瞬心臓が止まったみたいに息が詰まった。頭からサーっと血の気が引いていくのを感じる。
リーダーが本当のことを言っているのかすらよくわからなくなった。
「それと、これは落ち着いて聞いて欲しいのだが……」
「な、なに……?ニコロと闇医者が……?なんで死んじゃったの……?他にも何か……?」
「大丈夫か?胸に手を当てて落ち着いて呼吸しろ……プロシュートが近くにいるなら支えてもらえ」
リーダーに言われるまま胸に手を当てて息を吸って吐き、カフェの店内を見た。プロシュートはここからだとよく見えなかった。
「プロシュートとはちょっと離れてて……他に何かあるの?」
胸の辺りがじりじりと痛むし、凄く嫌な予感がする。気になるけど、聞きたくない。
「結論から言うと、ナマエの友人であるイザベラとラウラも死亡した。こっちの方は今のところ組織とは無関係そうだが、何度も本人たちであるか確認したから間違いない」
「えっ……?」
ニコロに闇医者が死んで、それに関係ないイザベラとラウラまで亡くなったのがよくわからなかった。到底受け入れられないし、リーダーが何を言っているのかもよくわからない。そもそもリーダーはふたりのこと名前しか知らないはずだし、なんで亡くなったのか知ってるなんておかしい。段々世界が現実に思えなくなってきた。
「……連絡すべきか迷ったが、早く事実を知りたいだろうと思ってな」
「なんで……?本当に……?どうして……?」
「ニコロと闇医者については死んだことしかまだわかっていないが、これ以上調べられない。ボスから、ニューヨークで開かれる議会に出席する要人を殺すように命令されているからな。それから、ナマエの友人たちについてだが……銀行強盗の話を覚えているか?」
「うん……」
確かサッカーの放送が中止になってネアポリスの銀行で──なんとなく、繋がった気がした。イザベラが電話してきた時間……多分、その時にはもう……。
「強盗に人質として捕まり、殺された」
「そう……」
「婚礼の前に言うべきことではなかったが、ナマエなら知りたいと思うはずだと判断して伝えた」
「……ありがとう。えっと、こっち来るの……?」
「ニューヨークに行って任務を終わらせてからな」
「じゃあ、挙式遅らせようかな……明後日とか明々後日なら平気かな……リーダーにも祝って欲しくて……写真もいっぱい撮ってもらって……イザベラとラウラに見せたら綺麗って褒めてくれるかなあ……」
ふたりの方がずっと綺麗だけど、私もウェディングドレスを着たらベッラっていっぱい褒めてくれそう。
「ナマエ……」
「ねえ、ニコロと闇医者ってちょっと変なところあったけど……ふたりとも悪い人じゃあなかったよね……?」
ニコロと闇医者の悪口を冗談っぽく仲間に話していたことを思い出した。でも実際はあの人たちのこと嫌いじゃないし、ナメられないように冷たくすることもあったけど、本当はいつも助けてくれてることに感謝してた。
「そうだな……」
リーダーもふたりが悪い人じゃあないって思ってたみたいだ。
だとしたら、尚更罪悪感が増す。もし私が黙っていたことを皆に話していたら、ふたりは無事だったのかもしれないと思うと、やるせない気持ちになる。それから、もし私がイザベラの電話に出ていたら、とか──
「リーダー……」
「どうした?」
「……ごめんなさい」
「何がだ?」
「……言えない」
今ドナテラ・ウナのことを話したってもう遅いことはわかっている。これからどんなタイミングで話したってもう遅過ぎる。ここまできたら、いつ皆から嫌われる覚悟ができるか自分でタイミングを選ぶしかない。
「……ナマエ、カジノはどうだ?賭けたのか?」
「えーと、勝ったのに負けちゃった」
リーダーが急に関係ない話を振ってきて、つい反射で答えた。
「どのくらい勝って、どのくらい負けた?」
「えーと……」
リーダーの質問に答える為に上手く思考できない頭を動かしてカジノに入ってからの記憶を辿るけど、どうにも亡くなってしまった彼らのことが頭を過ぎる。
それでも今はリーダーへの返答を考える時間が何よりも、出てきてはいけない感情を抑えるのに助かっていた。多分プロシュートが来たら、その抑えもきかなくなっちゃうんだろうけど。