vegas vaggio ep2 -pro side-


 
ナマエの笑顔を見るのが好きだ。
ベガスに来てからそれを感じることが以前にも増して多くなった。例えば、ホテルの部屋に入った途端に無邪気な笑顔ではしゃいで見せた時とか、ブラックジャックで勝つ度に両手を上げて顔いっぱいに笑みを浮かべた時とか、ホテルのカフェでパンケーキを旨そうに食い、オレに「美味しい」と微笑みを向けてきた時とか。オレはその笑顔を見る度に愉悦に胸が満たされ、「またこの笑顔がみてえ」とナマエの為に何でもしてやりたくなる。
ナマエはベガスに来る前は、恐らくニコロや友人からの電話のことで浮かない顔をすることが多かったが、こっちでは殆ど楽しそうにしていたからオレもここまで来た甲斐があると思っていた。
だがそのナマエがたった今、泣きそうな顔をしながらカフェの外の壁際に寄り掛かっていて、オレを見るなりわっと抱きついてきた。
「皆、死んじゃった!」と何度も言うナマエを宥めて部屋に連れ帰り、リビングルームのソファに座らせた。ナマエは大理石でできたティッシュ箱を抱えながら泣き腫らし、オレはそのナマエの頭や腕を撫で続けてなんとか泣き止ませた。その間リゾットから連絡があり、事情を察した。ただ時折泣きながら、「私の所為だ」とか、「ごめんなさい」と謝る理由はわからなかった。

「ナマエの所為じゃあねーだろ」

オレがそう言う度にナマエは頭を横に振った。ニコロの件で何か隠している、と勘付いてはいたが、どうやら本当に何か隠しているみてえだ。

「オレに話してみろ」

「……プロシュートに話したら嫌われちゃう」

「オレがナマエを嫌うわけがねえだろ。どんなナマエも受け入れる。わかってるだろ?」

「仕事の話は別だから……プロシュートは仕事には厳しいから……」

確かに仕事については別だが、例えナマエが任務を放棄したとしても、オレはナマエがどうしてそうしたのかを考え理解に努める。嫌いになるわけがねえ。
ナマエもそれはわかっていると思っていたが、そんなことを考えるとはオレのナマエへの愛情が伝わっていないのかと心外に思う。

「それなら嫌わねえと約束する」

「本当……?」

「ああ」

ナマエは迷う様子を見せつつも、少しずつ話し出した。オレは聞けば聞く程その内容に呆れ、自分の中で苛立ちが募っていくのを感じた。
ナマエがいうには、ニコロから連絡が来た時、ドナテラ・ウナというボスの過去の女らしきヤツの名前を教えてもらったが、そのことをオレらに伝えれば、情報の収集を優先し、その為に婚姻が取りやめになることが嫌でずっと黙っていたという。
ナマエが復讐やこのチームの未来よりもオレとの婚姻を優先したことに、この関係の難しさを実感した。ナマエはチームの一員としてでなく、完全に女としての自分の感情を優先したってことだ。
オレは元々ナマエと婚姻するつもりでいたが、本当はナマエとリーダーの偽装結婚の件がなければ、後回しにする予定だった。だが、ボスを倒す情報があればそっちの方がなによりも優先される。
それはオレが人生において恋愛というものを一番に位置付けていないからだ。勿論ナマエのことは大事だが、こんな屈辱的な環境で生き続けることはできねえから婚姻よりも前に今の環境を変えることが何よりもオレにとっては重要だ。それに他の仲間だって同じはずだ。ナマエもひとりで自分の復讐を果たしたことから、何かの為に命を懸けれる女だ、とオレは見直していたし、感心もしていた。だが、結局はただの女だったわけだ。せっかくのチャンスを棒に振った。何故なら確実にドナテラ・ウナがボスと絡みのある存在であることを、ボス自身が呈示してきたのだ。その情報を渡してきたニコロを殺し、かつオレたちのチームにわざわざニューヨークまで行かせる殺しの依頼をしてきたということが何よりの証拠だ。
だが、もう遅い。リゾットもイルーゾォもじきにこっちへやってくる。オレたちはボスの正体を探るチャンスを逃した。ボスはもう女関連の痕跡を消し始めているはずだ。それどころか、他にも自分に関わった者を徹底的に洗い出して消し始めるだろう。ボスを倒すチャンスは永久に失われたかもしれねえ。

「やっぱり、呆れたよね……?プロシュートと結婚したいからって黙ってたの駄目だったよね?もし私たちがここに来なくて、ドナテラ・ウナについて調べてたら……」

「オレたちはボスの正体を掴めていたかもしれねえな。闇医者のことは知らねえが、ボスがニコロを殺したのはドナテラ・ウナ絡みのことなのは間違いねえ。チームにニューヨークまで殺しの依頼をしたのもオレたちに知られたくなかったからだろう……オレたちはボスに信用されてねえし、脅威になり得るからな。ボスの隠遁っぷりを考えば、そうに違いねえ」

怒りを抑え、ナマエが傷つかねえように言葉を選んだ。
正直ナマエがオレにさえ話さなかったことに苛立っている。前にオレや他の仲間がナマエに重要なことを黙っていたのがバレた時、ナマエは激しく怒っていたが、自分の時はいいのかよ、とナマエの身勝手さを疎ましく思う。
だが、ナマエを責めても過ぎたことは仕方ねえし、ナマエがオレとの婚姻を優先させる気持ちも理解できる。いや、理解しようと今努力しているが、どうにもボスの正体を掴むチャンスを奪われたことが我慢ならなくてそんな余裕がねえ。この件がどれ程大ごとなのかナマエなら理解できると思っていたが、どうやら無理だったようだ。今もナマエは「嫌われる」とかくだらねえ次元のことで心を乱されてんだろう。

「プロシュート、怒ってる……?」

「いや、怒ってねえよ」

ナマエに苛立っているのがバレているようだが、こっちが怒りを抑えようとしてんのも理解して欲しいもんだ。
ナマエを許してやりたいが、今は無理そうだ。いや、当分無理かもしれねえ。このままだとナマエを酷ェ暴言で傷つけちまいそうだ。オレはもうここにはいられねえ。

「怒ってるよ……」

ナマエはクッションを抱きながら声を震わせ、悲しそうに伏し眼になって視線を落とした。まるで被害者のように振る舞ってやがる、と婚姻の約束をした大事な女に対して思っちまった自分の心の狭さにさえ腹が立ってきた。

「……そうだな。確かに怒ってる。悪いが、暫く外に出てくる。ナマエは?」

「部屋にいるよ……」

「なら、ルームキーはもらっていく。何かあったら携帯で呼べ。ルームサービス用の金は置いておく」

ナマエの頭を撫で、耳の上辺りに口付けた。
いくらナマエに怒っていても嫌う程ではなかった。ただ腹が立って許せねえだけだ。
オレは幾らかカクテルテーブルの上に金を置いて部屋を出た。



*



SUV車のレンタカーを呼び寄せ、できるだけホテルから遠くへ離れるように適当に車を走らせた。混んでいない田舎道では車を爆走させ、開け放った窓から流れ込んでくる風に当たると気分が幾らかマシになった。
それからベガスの中心地から外れた砂漠のど真ん中に車を停め、ひとり思案し続けた。それで気付いたらベガス時間で日付を超していた。ルームキーを持ったままだが、ホルマジオから連絡があり、オレらの隣の部屋を借りた上にスペアキーまで手に入れたというから大丈夫だろう。一体どんな手を使ったか聞けば、口説いた女がホテルのオーナーの親族らしく、ホルマジオにゾッコンでなんでも言うことを聞くらしい。
ホルマジオたちには事情を全て伝えたが、誰ひとりオレのようにナマエに怒るやつはいなかった。ナマエが婚姻を優先させたのは当然だ、と理解を示したのだ。あの復讐に取り憑かれたようなリゾットでさえ、電話でわざわざオレに「ナマエのことは責めてやるな」と言ってきやがった。オレの仲間はどうかしてやがる。が、どうせどいつも心の中では「チャンスを逃した」と思っているのは間違いねえ。そう思っていないクソッタレはこのチームにはいねえはずだからな。
しかし、ホルマジオが塞ぎ込むナマエをサーカスやボクシングアリーナだけでなく、ナイトクラブに連れ出したと聞いた時はナマエのことが心配になったが、ペッシが命懸けで他の男からナマエを守っていると聞いて安心した。もう暫く戻らなくていいだろう。
もう昼過ぎだ。今頃ナマエと婚姻して挙式の準備をしているはずだった。ウェンディングドレスを着たナマエが幸せそうに微笑む姿が頭を過ぎる。
そうだ。オレはナマエの笑っている顔が見たくて、ナマエを喜ばせる為になんでもしてきた。ナマエの行きたいところへ連れて行ってやり、月に二回以上はナマエの好きな花を買って渡し、毎日愛を囁いた。
ナマエの笑顔はオレにとって大事な宝みてえなもんだ。
その笑顔は今、亡くなったナマエの大事な友人の為に奪われ、恐らく自惚れでなければ、オレがナマエと距離を置いた所為で余計に悲しんでいるのだろうな。それは容易に想像つく。
オレは怒りを鎮める為にこんなところまで来たが、距離を置いたことでナマエはオレに罰せられていると思っているだろうか。いや、実際オレがナマエを罰したいと思っているのかもしれねえ。自分と自分の女の未来を自分の女自らの手によって潰されたわけだからな。ナマエから笑顔を奪いたいわけじゃあねえが、自分のした事の罪の重さを理解して欲しい……だが、どうだろうな。ナマエはオレや他の仲間と根本的に価値観が違うようだ。オレらに合わせろとは言わねえが、ナマエのしたことはどう考えても裏切りだ。やっぱり、簡単に許すのは無理だ。オレはまだ帰れねえ。



*



「プロシュート兄ィ!早く帰ってきてくれよォ!」

「うるせえッ!さっきから同じことを何度もガタガタぬかしてんじゃあねーぞッ!いいからオメーは黙ってナマエを慰めてろッ!」

携帯を片手にとある目的地へ車を走らせながら、電話で泣きついてくるペッシに怒鳴った。さっきからペッシだけでなく、ホルマジオやギアッチョが早く戻ってナマエを許して慰めろと電話でうるさく言ってきやがる。
オレだってナマエを許してやりてえし、せっかくできた友人の死を悲しむナマエをこの腕に抱いて優しく慰めてやりてえ。だが、今はそんなことはできねえ。できねえから、できるように努力しているところだ。その最中に何度も邪魔されたら堪ったもんじゃあねえ。

「でもよォ、オレに弱いところ見せたくないみたいで、『ペッシはひとりで遊んでて!』ってオレのこと部屋から追い出すんだよォー」

「ナマエを外に連れ出してんじゃあなかったのか?」

「それは昨日の話で、今日は今朝から部屋に籠ったきりなんだよォ!」

「部屋にいる分には安全だからな。部屋から出る様子がねえならずっとそばにいてやらなくてもいい」

「本当かい?実はご飯も食べないで部屋の外でナマエが出てくるの待ってるんだ……でも、ナマエはひとりで大丈夫かなァ……」

「それはオメーに任せる。とにかく、今日中には帰るようにするからそっちのことはよろしく頼む」

「えっ、結局オレはどうしたら──」

ペッシがぐだぐだうるせえから電話を切った。とにかく今はある目的地へ辿り着き、自分の気持ちを確認したかった。
数十分後、目当ての教会に辿り着いた。教会の無駄に広い駐車場に車を止めると、鐘の音が聞こえてきた。砂漠の砂を被った窓からだと外の様子がよく見えねえから車の外に出ると、ちょうど教会の前に新郎新婦と司祭がいた。円形のハイテーブルの上に置いてある鳥籠を新郎新婦が開け放つと、真白い鳩が飛び立っていき、その様子をカメラマンが撮影していた。
新婦のウェンディングドレスは丈が短く、簡易なものであったが十分綺麗だ。満面に笑顔を浮かべ、幸せそうに新郎を見つめる。
これがナマエだったら、と新婦にナマエの姿を重ね合わせて見て、同時にナマエがオレを普段から見つめる瞳に見える愛情と憧憬を思い出し、胸に迫る感情を正直に受け止めた。たった今、漸く、ナマエが結婚を優先させた理由を理解できた気がした。理解して初めてナマエへの怒りが鎮まり、オレはナマエを許せた。
車に戻り、ベッラージョのホテルへ急いだ。今は一刻も早くナマエに会いたくて仕方がなかった。
ホテルに着いてすぐにエレベーターに乗り込み、ナマエのいる部屋の階で降りると、ドレス姿のナマエが廊下の向こう側にいた。ベッドで未だに泣いているものだと思っていたが、オレの目の前まで走り寄ってきたナマエにそんな雰囲気はなく、それどころかイルーゾォと部屋にいたとか言いやがった挙句に、一緒に部屋に戻る途中でナマエの左手の薬指に指輪が無くなっていることに気付き、漸く鎮まった怒りがまた別の形でこみ上げてきた。


 
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