illuso side
雨の日の午後6時。ナマエがアジトにいると聞いて会いに行ってやれば、ソファに丸まって寝ていた。せっかくおれが来てやったのに爆睡しやがっているのは腹が立つが、無防備に寝ているところを見るのも悪くねえ。
ナマエの顔をよく見るのにソファの傍のフロアランプを付け、雨音の聞こえてくる窓辺を背後にローテーブルに座ってナマエの様子を見た。
左腕を枕にし、静かに瞳を閉じて気持ちよさそうに眠っている。いつも大きく見開いたり、薄く細めたりする瞳は瞼に隠れてみえず、いつもうるせえ口は緩やかに閉じている。淡く色づいた唇は滑らかで柔らかそうだ。
──やべえ。キスしてえ。
今すぐにでもナマエの頭を引っ掴んで無理やり唇を奪い、服をひん剥きたくなった。
だが、まずは起こさないとつまらねえ。起きている時のナマエを反応を楽しみたい。
ナマエの髪をそっとかき分けて耳を露出させた。
「ん……」
ナマエは鼻から抜けたような声を出す。セックスの時もこうなのかと想像を掻き立てるような声だ。
ナマエの耳に唇を近づけ、フッと息を吐いた。
「んーッ」
「いでッ」
バシッと右手で顔を叩かれた。まだ寝ているようだが、結構いいのをもらっちまった。
次は殴られないようにナマエの右手を掴んでソファの背にくっつけて固定した。
「ナマエ〜、起きねーと犯すぞー」
ナマエの着ているパーカーのスライダーを掴んで下におろすと、パーカーの下に隠れていたボディラインが浮き出てきた。
本能のままに胸を揉もうと手を伸ばしかけたところで、ナマエが瞳を開けた。
「な、何!」
驚いたように眼を剥き、おれに掴まれた右腕をぶん回して逃れると、おれから離れるようにソファの隅に縮こまった。
「やっと起きたか」
「いや、そうじゃあなくて!私に何したんスか!?」
「まだ何も」
「まだ?何しようとしたんスか!?」
「そりゃあ、セックスだろ」
「てめぇ!ぶっ殺されてーのか!?」
ナマエはパーカーのポケットからフォールディングナイフを取り出し、刃を出した。
可愛らしい唇からとんでもない暴言を吐きやがる。見た目は牙も爪も持たない小動物のようだが、キレた時の態度や口が頗る悪い。
──だが、それがいい。そんな女を屈服させた時の快感はきっとどんなものにも勝るものだろう。
「そんな照れんなって」
「照れるか変態クソ野郎!」
「おい、変態クソ野郎はねーだろ」
流石のおれも変態クソ野郎とだけは言われたくない。それはメローネの為にあるような言葉だ。メローネと同じような扱いを受けるのはごめんだぜ。
「じゃあ、二度と私に近づかないで!卑猥な言葉も禁止!」
「無理だな。そうやって嫌がる態度が堪んねーからな」
「ヒィッ!やっぱり、変態クソ野郎じゃあないっスか!もうやだ!出てって!」
「ここはおまえの家じゃあないだろうが。飯でも行こうぜ。奢ってやる」
「……変なこと言ったり、触らなければ行くっス」
ナマエは急に怒りを引っ込めて、猜疑心に満ちた眼で言う。疑いながらも、飯には釣られるようだ。
恐らく前のチームで蓄えていた財産をボスから没収されたみてぇだから、奢りとなれば簡単にホイホイ付いてくるんだろうな。ちょろいヤツだ。
「んじゃあ、行こうぜ?」
「ういっス」
可愛げのない返事で、ナマエはトテトテとおれの後ろをついて来る。玄関口に置いておいた傘を手に取ると、ナマエは「うげっ」と奇声を発した。
「雨降ってるんスか?」
「雨の音気づかなかったのかよ。傘ねえと困るくらいには降ってるぜ?」
「傘持ってないっス」
「おれが持ってる」
「じゃあ、それ貸してくれっス」
「一緒に入れよ」
「あんたデカイからくっつかないと入らないじゃあないっスか。やっぱ行くのやめよーっと」
ナマエはくるりと背を向けると居室へ戻っていった。
──おいおい。マジかよ。
予想外の反応に行くのをやめるか迷ったが、ここで追いかけるのはおれのプライドが許さねえ。
「タクシー拾って"Cibarè"にでも行くかな」
ナマエに聞こえるように"Cibarè"を強調して声を張った。
"Cibarè"はそこそこの値段のリストランテで開店は19時からだ。ここからそれなりに近い分待つことになるが、予約していないからちょうどいい。
「"Cibarè"っスか……?」
まんまと釣られたナマエは玄関口へ戻ってきた。
「ああ。"Cibarè"だ」
「タクシー拾うんスか?」
「拾えたらな」
「行くっス」
なんだ。簡単じゃあねえか。財布にはチトいてーが、こんなんで付いてくるなら安いもんか。
アジトを出て傘をさすと、ナマエは濡れないようにおれに身を寄せてきた。ここで肩を抱くと嫌がって逃げるだろうから仕方なく我慢して歩いていると、前方から見覚えのある奴が現れた。
黒地に派手な柄の入ったスーツを着たブロンド野郎──プロシュートだ。
「あ、兄貴ーっ!」
ナマエはバッとおれの傘の下から飛び出すと、プロシュートの下へ走っていった。
プロシュートはナマエが濡れねえように傘を傾ける。なんだかんだいってナマエを女扱いしているところを見るとプロシュートの気を疑っちまう。マジで好きなんじゃあねーのか、って。
ナマエの方はいつからかプロシュートのことが好きみてえで、いつも兄貴兄貴と慕っている。それを眼にする度に胸の辺りに不快感を感じていた。今日の不快感はその一千倍は強い。
ナマエはプロシュートとこっちに戻ってくると、すれ違い様にアジトでプロシュートと明日の任務の打ち合わせをすると言ってアジトに戻って行きやがった。
「クソ女が」
呟いた言葉は雨音に吸い込まれるようにして消えていった。
──あの女、あっさりとプロシュートを優先しやがって。コケにされた気分で胸くそわりィー。今日のツケはいつかぜってえ身体で払ってもらう。無理やりにでも犯して泣かせて、嫌と言うほどおれを味合わせて惚れさせてやるから覚えとけよ、クソ女。